再会
敵陣に躍り込んだ強化装甲兵がいた。
『へ、遅いぜ』
軽く笑いを浮かべ、その真っ只中を駆け抜ける。火星の低重力の中飛翔し、舞うようにばら撒かれる鉛弾が次々と直撃していく様はある種曲芸的だ。
“殺し屋”のキルス。前線の更に前に出て、文字通り殺しの役目を担う装甲兵だ。
だが、敵も一体の装甲兵に苦戦などしていられない。体勢を立て直し、単独乗り込んで好き勝手する敵を徐々に追いつめていく。
キルスの背後に機甲服が滑り込んだ。
その攻撃を叩き潰すように、榴弾が落ちて来た。
『前に出過ぎだキルス』
倍率の違う思考速度の相手と通信する為の特殊システム。
軽く忠言を入れて、次の敵に狙いを定める。
“守護神”のガードナー。驚異的な先読み能力で、前以って味方の死角に落ちるように榴弾を打上げておくという正に曲芸的後方支援を行なう装甲兵。
両の腕からせり出したグレネードランチャーを頭上へと構えあるいは頭上に気を取られた敵に機関銃の掃射を浴びせる。
キルスは徹底して前に出てかき乱し、部隊の他の連中から火線を逸らす。
ガードナーはキルスを援護しその状況を崩させない。
そのコンビネーションは後にも先にも無敗だった。いつからかその名を敵味方双方に知られる程に。
『じゃ、そろそろ行くか』
キルスの言葉を、
『整備班に文句を言われることを承知しておけ』
ガードナーが返す。それが何時の間にか了解の合図となっていた。
『超乗熱甲スタンバイ。加熱開始』
火星政府軍のカラーは赤。表面装甲に過剰に集められたエネルギーが、それを真紅の輝きに変える。
四肢が赤熱していた。これが、強化装甲兵ひいては火星政府軍の切り札、超乗熱甲。
赤熱した鈎爪は、戦場に満ちる霧を消し去った。跳躍は陽炎を生む。
『行くぜえ?』
χ
ガードナーは目を覚ました。見なれない景色。
とりあえず動こうとしたが身体が動かない。
「……?」
彼が眉をひそめる。がちゃりと音がした。
「起きていたか」
「海」
ドアが開いて海が入ってきた。ここが個室であることを認識
するが上方だけの視界では良く解らない。
「身体が動かないんだが」
「すまない。予定外の来客があってな。来るのが遅れた」
戦闘用視界加工をかけると、彼の身体に接続された端末をいじり出した海が見える。
殆ど同時に視界の端にパーツのデータが流れはじめた。
型番もなにも知らない名のパーツばかり。
一つを取り出して詳細を見てみる。三年前から使い続けている軍パーツよりも高性能。作戦にあたって、フォボス側が譲渡してくれる予定だった新型強化装甲だ。
「今、最終チェックが終わる。……もう動いても構わないぞ」
ガードナーは身を起こす。新型とは言えそれ程見かけに差はないようだ。いや、敵を油断させる為にわざとそうしたのか。
「そう言えば、左腕はともかく残りの部品はどうなったんだ?」
ガードナーの言葉に、海は眉根をよせた。
「あんな状態ではもう使い物になる筈が無かろう。処分した」
が、言った途端海は眉尻を下げる。
「もしかして不味かったか?……あれのうち幾つかはお前の部隊の連中の遺品だった」
若干うなだれた感のある海。
「……すまない、軽率だった」
涙まで浮かんでいるようなのは気の所為か。
そう言えば、とガードナーは想う。
あの出会った時、彼女の命はガードナーが拾った。
ガードナーの相棒と言われた時、彼女は反発した。
思考しだしたガードナーの眼前で、海はとんでもない事を言い出した。
「……だが、勘弁してくれ。私ももうじき終わりだ」
「は?」
「私がお前に対し行なっていたメンテナンスで幾つも不備が見付かった。その内幾つかは私にも行なえる類の項目だったが、やはり大半が設備的な問題で私にはどうしようもないことだと解った。メンテナンスはその手の職人にやってもらえ。私は不要だ」
「おいおい。今迄まともに動いてたし、別に問題無かったじゃねえか」
ガードナーの言葉を、海は首を横に振ることで否定する。
「それは全くの偶然だガードナー。奇跡と言っていい。元々、強化装甲は生体と接続されたデリケートな兵器。装甲が壊れるならまだしも、最悪お前自身にダメージが蓄積される。思考加速もそうだし、その視界加工もそうだ。一つのパラメータ設定ミスで脳障害を引き起こしかねない。今迄問題がなかったのは私の腕がどうこうではない。事実、昨日の超乗熱甲の展開で装甲の大半があの状況に追い込まれたのも全ては私の不備。お前が焼け死なずに済んだのは幸運だった。……だが、その所為でお前は仲間の形見を」
「それはいい。別に、その程度でどうのこうの言うほど繊細な連中じゃなかったよ。……それより、昨日の超乗熱甲だって?」
海は頷く。
「ああ、お前は一日以上眠っていたからな。あの妙な機甲服との戦闘は昨日の事だ」
「馬鹿言え」
ガードナーは言った。
「俺は超乗熱甲なんて使ってないぞ」
「冗談を言うな。ならば私はもう既に死んでいる」
「ちょっと待て。っていうか俺が戦闘中に気絶したのによく無事だったな海」
「…………は?」
「…………お」
噛み合わない会話。
「戦闘のショックで記憶が飛んだかガードナー。……昨日は飛行ユニットを再装着した特殊機甲服に私が殺されかかる寸前にお前の超乗熱甲が間に合って敵が離脱したんだ」
「有り得ないぞ海。今戦闘記録を漁ったが、超乗熱甲展開の記録もなければ、敵が逃げたことも記録には残っていない。大体飛行ユニットの速度に幾ら超乗熱甲とは言え追い着ける筈が無いだろ」
辻褄の合わない会話。
強化装甲の破損と海の無事の事実。
その戦闘記録がガードナーにない事実。
ノック。ドアが開いた。入ってきた人物は、沈黙に瞬き。
「どうか、しましたか」
依頼人、デビー・ラファである。
「……そういうことか」
「はい?」
海の呟きに、機魄は首を傾げる。その動きがぎこちないのは首の修理が応急的なものだったからだろう。人を模した高級機魄がそう簡単に修復出来るとも思えない。
「いや、何でもない」
海は首を振った。
「そういえば」
と、ガードナー。
「あなたは、昨日の戦闘の最後に何があったか見ていませんでしたか」
「いいえ。フレームが破損して機魄がダウンしていましたから……何かありましたか?」
「問題無い。少々気になることがあっただけだ。もう、殆ど解決している」
海の素っ気無い言葉に、依頼人はそうですか、と納得した。
「それより、例の状況は準備出来そうか?」
「はい。廃棄された氷採掘施設の使用許可が下りました。指定された通りになるように現在作業中です」
その言葉に、少なからず海はほっとした様子だった。肩の荷がおりたかのように一息。
「そうか、助かる」
「……何の話だ、海?」
話についていけないガードナー。
海はあっさりと、
「良い話、だガードナー。これで勝てる見込みが立ったぞ」
と言った。
χ
「それで、それは何の冗談だタウ」
釧井海は言った。
換装した強化装甲の説明をガードナーが聞きに行った為に、部屋には海と依頼人、デビー・ラファの二人のみ。いや。
「いつばれたの?クシー」
海の旧友、タウ・カイ。その機魄。
釧井海、クシー・カイは溜息。
「ラファはヘブライ語で医者。医薬品を作るのが上手かったタウをふざけて大天使ラファエルと言ったのはシータだったか」
「じゃあ、最初から?」
「いや、ついさっきだ。……事実が全て事実だとするなら、シータの開発していた装甲兵のハッキングシステムが完成していたと考えるのが一番楽だったからな。シータがそう簡単にそんな大事なもの他人に渡すとも思えないしラボの中の誰かでラファといったらタウしかいない」
「良かった。私だけ気付いてなかったら気まずいもん。私も白状するとね。気付いたのはクシーが『それでこれ以上殺すな』って言った時。機甲服もシータの原案だったよね。……それでクシーは、その事を凄く気に病んでた。……シータに戦争の手伝いをさせたって思ってたから」
海は何も言わない。沈黙に耐えかねた様に、タウは機魄に喋らせる。
「ホント、他に何も思い付かなかったの?釧井海なんて、殆ど語呂合わせじゃん。そりゃ、私も最初は気付かなかったけどさ」
海は何も言わない。どこを見ているのか、まるで何かを探すように視線を動かす。
「けど、カイを海にしたのは、何となく解る気がするな。だってクシー元々」
「言わないでくれ、タウ。ただの偶然だ」
海は言った。偽名に海の字をあてた少女は。
「あの時のその考えこそ、そもそも傲慢だった。強力な武器の持つ影響力を考えもせずに、天輪機構に荷電粒子砲を組み込んだ。それがなければ、戦争は起きなかったかもしれない」
「クシー、まだそんなこと言ってるの」
機魄がとったのは悲しみの表情だった。
「ベネットさん、久しぶりにクシーに会えたのに全然嬉しそうじゃなかった。クシーがそんなんだから」
「ベネットには、酷いことを言ったと思っている」
海は機魄を見ようとしない。
「失敗作で虚弱体質の私は、専属で世話をしてくれたベネットを本当の父親か、あるいは祖父のように思っていた」
見せるべき顔が見付からない。
「多分、ベネットもそう思ってくれていただろう。……そういう人に対して、一番言っちゃいけない言葉を私は吐いた。私はこんなんだから、もう誰の側にも」
「それは違うよクシー」
皆まで聞かずにタウは言った。
「クシーが何言ってベネットさんをあんなに傷付けたか知らないけど、その傷は多分クシーがちゃんとごめんなさいって言わなきゃ治らない傷だよ。逃げちゃったら、ベネットさんずっと辛いままだよ」
「……解ってる」
「なら」
小さく震える肩を叩く。
「……許して、くれるかなベネット」
「くれるよ。だってベネットさんだもん。だから、ちゃんと謝りに行こうね」
泣きながら頷く姉妹の頭をタウは優しく撫でた。
χ
破棄された氷採掘施設。
火星地下には豊富な水資源が氷という形で存在しており、入植時には様々な用途に使用する為にそれを採掘、解凍する為の設備が大量に作られた。
だが、入植から四十六年が経過した現在、そういった施設の殆どが閉鎖されてしまっている。氷を融かして新たに水を得るよりも、循環施設で浄化、再利用してしまった方が安上がりだからだ。
その中の貯蔵施設の中にガードナーはいた。水に転換する前の氷が、二メートルほどの厚さでまだ残っている。
少し寒い。
施設は巨大だ。普段人の立ち入ることのない氷の貯蔵庫は、百メートル四方の広さと倍の高さを持っている。
これが、釧井海の用意した状況だ。もし相手が海の予想した通りの相手なら、それは圧倒的に有利に働く。仮に、ただの特殊機甲服であったとしても、若干のアドバンテージがガードナーにはあった。あるように海がセッティングした。
(ひどく珍しい。こういうことは)
こういうこととはどういうことか。
だが、ガードナーは考えてる場合ではないことを性分として知っている。
「……来たか」
ガードナーは呟く。同時に、
天井が、爆発した。
「おう、来たぜえ来たぜえ」
突っ込んできたのは飛行ユニット。鋼の翼がこちらを狙っていないことなど先刻承知なので、ガードナーは天井を見る。
背後で飛行ユニットが壁に激突、爆発炎上したらしいが気にもならない。
見上げ、そこに奴はいる。
「お前の全部を、ぶち壊しによお!」
“殺し屋”のキルス。
“守護神”のガードナー。の相棒。
戦いは始まった。