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クシー・カイ

「ご飯だよ?」

 暗い部屋。明かりはディスプレイただ一つ。

「聞いてる?ベネットさん待ってるよ?」

 その前に、人影があった。激しく点滅するディスプレイに照らされ、あるいは闇と同化する。

「目、悪くなるよ」

 言葉と共に部屋に明かりが点いた。入ってきた女の子は、車椅子の少女に近づいていく。

「聞いてるの?返事して、クシー」

「また、人が死んだ」

 女の子はぎょっとした。車椅子の少女が見ているのは戦地の映像だった。音のないマズルフラッシュが弾け、火炎の華がクシーの頬を照らす。

「聞いているよ、タウ・カイ。今行くって、ベネットに言っといて」

「駄目だよ」

 ぱちん、という音が、音のない戦場を終わらせた。クシーは初めてタウに目を向け眉根を寄せる。

「何故?」

 タウは視線を逸らさない。

「見てても、戦争は終わらないよ」

「だろうな」

「ベネットさん、待ってるよ」

「そうだな」

「……クシー、変ったね」

「そうかもな」

 無音で車椅子がターンした。部屋の出口に向かうクシーを、タウは慌てて追いかける。

「ねえ」

「なあ」

 二人の声が重なった。タウは驚いて口をつぐみ、クシーは構わず言葉を続ける。

「タウの薬は、人を助けてるんだよな」

 話題の転換にタウはついていけない。

「どうしたのクシー。なんか変よ」

「けど、タウの薬は効き目が良いから、普通だったら負傷兵扱いの兵士もまた戦えるようになるんだよな」

「クシー?」

「タウの事だけじゃない。シータも、プサイも、私は人殺しの仲間にしてしまった」

「クシー……」

「取り返しのつかない事をしてしまった。……それを償う方法など私は知らない」

「そんな事……、ないよ、クシー・カイ」

 タウはクシーの前に回り込んだ。車椅子に座り低いクシーの視線に自らの視線を合わせる。

「戦争が起きちゃったこと。……クシー一人の所為にしていいなんてことは絶対無い。もしそんな押し付けをする奴がいたら、クシーの代わりに私が叩いてあげる」

「……タウが殴ったら間違いなく相手は死んでしまう」

「そういうことじゃなくて!ああもう、とにかく、もうそうゆうこと考えちゃだめなんだから!」

 タウ・カイは小指を突き出した。

「……なんだ、それは」

「指切りよ。……知らないの?」

「……指を切断するのか?」

「そんな訳ないじゃない。クシーの好きなジャパニーズの約束の……って行っちゃわないでよクシー!待ってったら」

 その後、クシー・カイはタウ・カイとベネットと共に夕食を食べ。

 クシー・カイは脱走した。


 χ


 超乗熱甲。全天戦争の決着は火星政府軍が地球軍の要であった天輪機構を破壊した結果だが、その存在が数と練度で劣っていた火星政府軍に勝利をもたらしたとされている。

 生体と地面に接しないフレームを灼熱化、素手の一撃で機甲服を突き破り、殆ど全ての制限装置が取り払われ思考加速が追い着かないほどの高機動を実現する。人体改造兵器という禁忌を破って、火星政府軍が強化装甲兵を強硬採用した理由はここにある。

 そのシステムを完成させたのがフォボス社だった。戦争を勝利に導いた企業として、今もなお軍部や政府の中枢に絶大な影響力を持っている。

「……妙な気分だな」

 釧井海はひとりごちた。額に擦りむいた跡があるが、残るほどの物でも無いだろう。

 あの特殊機甲服は海に激突する寸前、超乗熱甲を展開したガードナーの体当たりを回避する為に上空へと進路を変えた。海を掠めた衝撃波は彼女を吹っ飛ばしたが、事前に伸ばしておいたマニュピレータは主人を衝撃から守り抜いた。

 そのガードナーは現在麻酔が効いて眠っている。破壊された左腕は幸いにも神経系との接合部位までは無事だった。流石に製造元だけあってパーツには事欠かない。元々ガードナーが対機甲服戦の為に装備する予定だった新型への換装には海も立合った。

「……そうでしょうな」

 相槌を打つものがいた。縦横に深く皺の刻まれた白髪の老人である。

 今、海がいるのは本社ビルのエントランス。今回の仕事でガードナーはあくまで一個人として機甲服と戦うので応接間に通されたりはしない。

 フォボス社の様に、自社で独立したコロニーを持っている会社に部外者が入ってくることはあまりない。社員は海を怪訝な顔で見るだけで話し掛けては来なかったし、だから、海もその声に一瞬はっとした。

 だが、延びた背筋と強い双眸に海は見覚えがあった。

「ベネット……。そうか。そう言えばここだったな」

 その言葉は溜息に似ていた。

 老人は頷く。

「はい。あの終戦の混乱の最中、行方知れずだったお嬢様から手紙が届いた時の皆の喜びようは言葉に言い表せません。その後は、こうしてお嬢様の用意して下さった居場所で生活している次第であります」

 ベネット老人の言葉に、海は沈黙を返した。最初に老人の容姿を確認した後は、顔も見ようとはしない。

「皆散り散りになってしまいましたが、今でも連絡は欠かしておりません。特にタウ様はお嬢様の事を大層ご心配されておられましたから、この事をお知りになればさぞお喜びになられるでしょう。……何故今迄ご連絡を下さらなかったのです?」

「タウ・カイには」

 海は唾を飲み込んだ。

「クシー・カイは既に死んでいる。そう伝えてくれ」

「何故ですか。何故」

 ベネットは首を横に振った。

「タウ様だけではありませぬぞ。シータ様も誰も彼も皆、お嬢様の帰還を待ち望んでいるのです。何故お会いにならないのです。何故死んでいるなどと嘘を」

「嘘ではない、それが事実だから」

 海は車椅子を前進させた。ベネットは黙って後ろに続く。ガラス張りの壁から、火星の地平が一望できた。

「その機魄はお嬢様の作品でしたな」

 海は聞いているのかいないのか、ただ自らの暮していたコロニーを探す。

「苦労をかけてばかりのじいやに楽をさせてあげると、一人意気込みなさって徹夜を三日も。誰が休むように勧めても、頑固に作業室から出ようとしないで。完成したと喜ぶお嬢様の顔はまるで天使のようでした」

 ベネットは苦笑。

「その後の三週間、無理がたたって肺炎をこじらせて、結局私がいつもの様にお世話をいたしました。懐かしい、今でも鮮明に覚えております」

「天使はたちが悪い」

 呟き。

「天使は悪意を持たない。信じて疑わない。だから、たちが悪い。取り返しがつかなくなるまで、それに気付かないから」

 地平を見ていた視線は何時の間にか空を見上げていた。火星の空は紅の色をしている。

「そんなことはございませぬ。誰も、お嬢様を責めたりなどはいたしませぬ。全ての責は天輪機構を都合の良い支配の力としか捉えなかった地球軍に」

 ベネットは大きく首を横に振った。何度も。

 釧井海は小さく縦に一回。

「そうかもしれない。いや、ラボの仲間達は多分そう言うだろうな。だが天輪機構が、私が地球軍に利用されただけだとしても、事実に変わりはないんだよ、ベネット」

 ベネットは言葉も無い。

「じき、事実になる。……終戦の間際、戦場で一人の兵士を助けたが、そろそろそれも終わりだ」

 海は笑った。ベネットが久しぶりにみた海の笑顔は、自嘲。

「私は強化装甲について素人だったからな。今日、ここに来て奴の修理に立合って確信した。私は不要だ」

「やめて下さいお嬢様。そんな」

「失望したかベネット。だが、私はこういう者だ。さっさと見限って見放してくれ。そしてクシー・カイの事など忘れてしまえ。その方が、お前の為だ」

「本気で」

 ベネット老人の声は震えていた。

「本気でそんな事をおっしゃるのですか!?自分は不要だと、本気でそんな風に考えていらっしゃるのですか!?」

「……すまない、ベネット」

 海は老人の涙声に気付いていた。

「どうやっても、無価値どころか有害としか思えないんだよ。私という存在は!」

 気付いていたが、どうする事も出来ないと、諦めていた。

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