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火星、τ105地下コロニー居住区

 そういえば「なろう」に完結済み小説を一本も乗せてないことに気付き、どうせならと五年以上前の、リアルに中二だった当時の作品をHDの奥から引っ張り出してみました。

 キーワードの「若気の至り」とはそーゆー意味です。

 あしからずご了承ください。

 音の衝撃という尾を引きながら、火星政府重力下爆撃機フェルカタックが頭上を駆け抜けていく。続く機影が二つ、地球軍戦闘機タピア──敵機だ。

 鋭くしつこい動きで鉛弾をばら撒くタピアに対し、フェルカタックは鈍重な身体にも関わらず、懸命に左右へと振りきろうとする。だが、タピアの攻めは執拗だ。火線は徐々にフェルカタックを削り、操り損ねよろけた隙を見逃さず喉笛に食らい付いていく。

 爆発。燃料に引火でもしたのだろうか、フェルカタックの機体は中央部を貫いた一掃射にて四散する。

 だが、彼は役目を果していた。満載していた爆薬を、敵の基地上層部に叩き込んだのだ。

 故に、続く爆発は彼の命を散らせたそれよりも大きかった。

 号令は、両陣営から発せられた。

 塹壕に潜んでいた火星政府の強化装甲兵オブセルギの一群、基地の前に陣取っていた地球軍特殊機甲服ファスマの軍勢が、

その身に込めた弾丸をぶちまける。

 同時に、オブセルギの一機が味方の弾幕を楯に敵陣に切込み、

「自由をーーっ!」

 叫びをあげ集中砲火を浴びて撃滅する。だが、その隙に火星軍の戦線は前進する。頭上で舞うタピアの機銃掃射に薙ぎ払われながらも、装甲兵の群は止まらない──。


 χ


 強化装甲兵の肩に特殊機甲服の肩がぶつかった。頭上に集中していた強化装甲兵は一瞬バランスを崩しかけ、特殊機甲服の男は気付かなかったのかそのまま立ち去ってしまう。

『2083年2月23日 10:21pm』

 天井から投影された戦争物のホロムービー横のデジタル時計はそう示す。

 火星、τ105地下コロニー居住区。火星のどこでも見かけられる光景だった。地球軍、火星政府間の全天戦争の終結が二千七十八年、四年、じき五年が経過する今、当時の兵士の装いはファッションとなっている。

 強化装甲兵の男はぽりぽりと頭を掻いた。相棒が約束した時間を二十分もオーバーしている。彼の相棒は普段融通が効かない程生真面目な人間だから、何か突発的な事態が起きたのだろうと思うが連絡が無いのは妙である。

 探しに行くか、と思う。強化、装甲付加された鋼の巨体を腰掛けていたベンチから引張り上げた。装甲強化兵とは、神経系及び消化器系を維持する為の最低限の身体を残し、残りを機械強化、武装付与された火星政府兵士の総称であり、民間に転用された今も──武装がスタンレベルに格落ちしている点を除けば──同一である。危険な香りのするファッションはうけるものだ。例え、相棒がなんらかのトラブルに巻込まれていたとしても、何とかできる力を持っている。

「ガードナー」

 立上った男に、声がかかった。

「遅れた。すまない」

 車椅子に座っているのは、女の子。車椅子に乗っている理由が明確なほどにやつれた身体の中で眼鏡の奥の目だけがやたらと鋭い。

 自律駆動する車椅子は機魄の一種だろう。乗り手に不釣り合いな大きさと流線形のシンプルな形を持ったもので、物自体は大分古い。小さな膝の上には、買い物篭が乗っていた。

 真面目な顔で見上げる相棒に、ガードナーと呼ばれた強化装甲兵は軽く笑う。

「構わねえって。……何かあったのか、(かい)?」

 上等市民コード以上の者が住む事の出来る地上コロニー居住区と違い、武器携帯も野放しの地下コロニーの治安は無いも同然だった。彼が心配するのも無理はない。

 海と呼ばれた女の子は首を振る。

「いや……。欲しかった軸受けボールの物が悪くてな。まともな品を探していたら予想以上に手間取った」

 そうか、と頷いたガードナーは、相棒釧井海の膝の上から巨大な買い物篭を取り去った。がちゃり、と金属の重々しい音がする。火星の低重力下であっても、女の子にはきつい代物だ。

 おい、と言いかけた海の言葉をガードナーは遮る。

「どうせ、全部俺の予備パーツだろ?」

「……助かる」

 強化装甲兵の腕力持久力は常人を遥かに凌ぐ。

 海はほうと息をついた。首を起こした動作が疲労となったらしい。

「休んどけ。人ごみなんて久しぶりだろ、お前」

「……そうする」

 海が目を閉じると、強化装甲兵は往来の激しい雑踏の中を歩きはじめた。その後ろを車椅子が自動追走する。

 その様子を確認するともなく確認して、彼は前方に目を向けた。どんなに道が混雑していようが、肩幅のある強化装甲兵の後をついて行く限り車椅子が他人とぶつかる事はない。

 人ごみには、様々な人間が溢れ返っていた。

 まず目に付くのは、全天戦争の最前線で戦ったガードナーと同じ強化装甲兵。敵軍の装備であった筈の特殊機甲服を着込んでいる輩もいる。こちらは強化装甲兵とは違い、生身の体にプラグを植え付け機甲と接続、反応速度を上昇させ、服自体の膂力を以って重火器を操るものだ。ファッションとしては、強化装甲兵よりも手軽な為それなりの人気があった。

 地球時代と似たような、露出過多な割に派手な布を纏う者も多い。古典的異形の姿を真似る者もいれば、羽を広げた孔雀のような者もいる。道端には、物乞が多く座っていた。

 雑然。彼のいるτ105地下コロニー居住区に限った話ではない。それが、中等市民コード以下の住む地下コロニーなら当たり前の光景。

 そういった路地を、ガードナーは歩く。それは彼らの当たり前。


 χ


 雑然とした世の中だから、大小織り交ぜ様々な問題を社会は抱えている。ガードナーはそれらの解決の糸口の一つの担い手だ。

 地下コロニーの中でも裏路地に位置するうらぶれた探偵事務所。ガードナーと釧井海の二人の住処。

 その事務所の前に一人の女性が立っていた。依頼人かとガードナーが考えるより先に、車椅子が前に出る。

「機魄か」

 既にこちらに気付いていた女性は軽く会釈すると、はい、と頷いた。

「事情によりこのような仮の身ではありますが、実は、ご相談したい事があるのです」


 χ


「とりあえず、茶、頼むな」

「ああ」

 言葉の前には既に海は台所へ向かっていた。機魄内臓の車椅子からマニュピレータが幾本か延び、お茶の準備を始める。

「寝てりゃ良かったのに」

 普段よりも更に海本人の動きから精細が欠けている。人ごみが相当たたったらしい。

「あんな場所では寝られない」

 一言、海は湯飲みをお盆に載せて戻ってきた。女性の機魄が飲めるタイプだという事は先程既に確認している。

「では、お話を窺いましょうか」

 一転して真面目な声音でガードナーが言った。

 目の前の機魄が頷く。

 機魄とは、簡単に言えば脳に埋め込んだ端末によって操作する外部ユニットのことだ。簡単な物なら海の車椅子の様に持ち主の意志に連動して動く乗り物。高級なものになると、このように本人の代理として動く自動人形すら存在する。

 目の前の女性はその中でも更に高級であり、液体摂取機能とともに精密なラインで人間が再現されている。恐らく持ち主は地下コロニー住民ではないだろう。

 女性は自らの名をデビー・ラファと名乗った。同時に語られた事情に、ガードナーは唸る。

「こりゃ、豪気な企業スパイもいたもんですな」

「戦時中に鹵獲した機甲服を使っているということは、火星政府と繋がりがあるということか」

 海の呟きに、依頼人は頷いた。

 事の次第はある企業が一機の特殊機甲服に襲撃されたことに始まる。

「しかし、警備兵は民間と違って軍の横流しの強化装甲。幾ら相手が全天戦争の機甲服だからって、多対一で負けるとも思えませんが。まして、一人の装甲兵に頼る状況なのですか?」

 ガードナーの言葉に、依頼人は首を縦に振った。

「はい。……是非ともご助力戴きたく」

 首を捻るガードナー。

 海が助け船を出した。

「聞くなということだガードナー。相手は政府と繋がりのある特殊機甲服。対人仕様の装備は役に立たないから、警備兵は相応の武装を使用せねばなるまい。だが、何故そもそも一般企業が機甲服と戦闘になる?……残弾が減れば武器の使用は公的な記録として残る。対機甲服用の大型兵器の使用となれば、政府は公然とその理由の調査を行なう事が出来るな。機甲服を持ち出してでも入手したい何かのことを」

 と言って、そのまま応戦せずにいてもいずれは機甲服がそれに辿り着く。

 だから、こうして機魄が地下コロニーの路地裏、貧乏臭い探偵事務所を訊ねたのだ。探偵をというよりもむしろ装甲兵を。

 細かい事情など語れる筈も無い。語れる事情であれば、一介の探偵など頼らずに事件は済んでいる。

「しっかしアレだな。なんで取り締まる気もないのに銃砲火器関連の法律があんなに厳しいのかと思っていたが、そういう裏の使い道があったのか」

 その事情を理解し、ガードナーがぼやく。逆に、デビー・ラファは目を見開いていた。視線が向けられていることに気付き、海は小さい動作で肩を竦める。

「ああ気にするな。私の名は釧井海。だが、コイツの助手であること以外、名前も覚える必要はない」

 言い放った少女に、今度は唖然とする依頼人。慌てて頭を下げるガードナー。

「すみません。無遠慮な相棒で」

「私は助手だガードナー。それ以上の事をするつもりはない」

 多く喋って疲れたのか、海は一つ息を吐く。言葉に、ガードナーは溜息を吐いた。

 デビー・ラファはこほん、と咳払いを一つ。

「お受け戴けるのでしたら、今から三時間後、午前一時に百五十六号階層間ステーションまでお越しください。地上へのパスを二人分ご用意してお待ちしております」

 依頼人は立ち去った。結局海の用意したお茶には手をつけぬままに。

「最初の襲撃で子会社を襲い、本社の設計図を盗み出した。それも、まともな装備が使えないとは言え数で勝る強化装甲兵を倒した特殊機甲服使い。受けるか否か時間的な余裕はないが、楽な仕事ではないぞガードナー」

 海の機魄のマニュピレータが事務所に一台だけある端末を静かに操作している。ネットワークにアクセスしているようだ。

「解ってる」

 ガードナーは苦い顔で答えた。目の前にあった自分の分と依頼人の分のお茶を、矢継ぎ早に飲み干してしまう。どうにも扱いかねるといった様子で、完全に彼の範疇を超えて手に負えないのは確実なのに、それでも断るという選択肢を忌避してしまうのは彼の性分。

 そんなガードナーの様子を横目で見ていた海はほうと溜息。

「ついでに、だ。……火星政府が絡んでいるのにどうして襲撃なんて強引な手段を選んだんだ?」

 問いに、ガードナーはぽかんとした顔になる。

「ああ?だってお前さっき重兵装の使用記録がどうとか」

「それは現状で件の企業が追いつめられているというだけの事に過ぎん。政府が絡んでいるなら、適当な名目で強制捜査してやればいい。回りくどい手段など不要だ」

「適当な……っておい。幾らなんでもそりゃ無理だろ」

 端末の電源を落とし、向き直ると海は首を横に振った。

「甘いな。……そもそも政府というのは集団の中で善悪白黒付ける為の組織だ。政府が黒だと言ったらそれが黒。真実善悪の区別は最初から無い。だが、無ければ共同体が成り立たない。善悪を定義し成立させる、それだけの力を元来持っているから政府と呼ばれる」

「おい」

 ガードナーが動揺したのは喋る海の目に一種異様な影があったからだ。しかし、それが過ぎったのは一瞬、言葉の合間の息継ぎの間に、消え失せてしまう。

「今回それが無いのは、件の企業が火星政府に根深く食い込んでいるからだろう。先程調べた所、大戦末期に鹵獲された最新型が機甲服一機、残留地球軍に強奪された事になっている。……あくまで、これは火星政府とは無関係なゲリラの仕業にしたいんだろうな」

 だが、勘違いでは無かった。今度はガードナーも確かにそれを確認した。皮下を流れる血液がさらさらと音を立てるかと見紛う程にやつれ弱々しい顔に、明確な暗い靄のようなものをガードナーは見た。

「結局の所企業側も、お前という一個人を非公式に連れ込む事で火星政府と明確な敵対関係なるのを防ぎたいに過ぎん」

 けほけほと海は咳をする。だが、きつい視線を外しはしない。眼光が鋭いのはいつものこと。だが、これは――。

「どうする?……政府と企業の思惑の上で、受けるか否か。私は助手で、お前が探偵。お前が、決めろ」

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