あかのほんにん
今日も世界は変わらない。
犯罪は起きるし、雨は降るし、シャープペンシルの芯は折れる。
何の変哲もない日だった。
「いやー暇だなー。」
大学生の木林琳は夏を無為に過ごしていた。
大学生に与えられた夏休みというものはとにかく長い。
真の目的は学生のフットワークの軽さを活かした自己研鑽のための時間であろうが、学生にとってみればただの長い休みである。
約二カ月もあれば暇な日が必ずできる。
そしてだらけた生活から昼夜が逆転する。
琳は暇を持て余し、夜の公園のベンチで空を見上げていた。
星が綺麗だなぁなんてことは思わず、ただぼーっと名前も知らない星たちを眺めていた。
「ねぇ。」
声を掛けられた。あまりにも不意だったため、びくっと身体がこわばる。
空から徐々に下へ目線を着地させていくと1人の女性が立っている。
右肩に黒いトートバッグを掛けた彼女はその風貌から自分と同じぐらいの歳だろうと推測できた。
「あなた木林琳よね?」
「そうだけど……誰?知り合いじゃないよね?」
名前を知ってる?一体誰なんだ?ここまで記憶がないとなると小学校の同級生なのか?などど頭の中の検索機能をフル回転させる。
「……助けてくれない?」
彼女は琳に言った。
彼女の表情からただ事ではないことは明白だった。
自分に何かできるのか?という思いもある。疑問もある。しかし、言うことにした。
「分かった。どうすればいい?」
すると彼女はトートバッグから白い大きな布を取り出し、両手で広げてみせた。
「行けば分かる。」
「は?どこに……」
彼女は手に持っていた白い布を投げるように琳に被せた。
視界が白に染まった。
「おい!なんだよ!」
慌てて布を払いのける。すると。
そこは夜の公園ではなくなっていた。
夜ではなくなり、公園でもなくなり、女性は消えていた。
琳は建物の入り口にある階段に腰掛けていた。目の前では大勢の人が行き交っている。
一見したところここは日本だ、外国に来たわけではない。
頭の整理が追いつかない。大きな都市だがここはどこだろうか?
渋谷?新宿?はたまた大阪?
分からないことだけが分かった。
見上げるとビルに埋め込まれた大型スクリーンが目に入った。
軽快なOPと共にこんにちはと女性が頭を下げた。ニュース番組のようだ。
「7月××日お昼のニュースをお伝えします。今朝、天子様が来週行われるサミットについての意気込みを述べられました。」
は?天子って何?名前?肩書?
頭が情報過多でまともに機能しない。
映像が切り替わると中年の男性が登場した。見るからに生地のよさそうなスーツを身にまとっている。
『この2045年サミットを成功させ……』
「2045年!?え、、、じゃあここって20年も未来ってことか!?」
呆気にとられながら画面を見ているとこの天子とか言う人物に見覚えがあるような気がしてきた。
誰だ?こんなおっさん知らない。けどすぐ近くにいるような気がする。
不思議な感覚が琳を襲った。話し方、声、立ち方、身につけている物の趣味、顔。
なんだ…この気持ち悪さは……
そして、気がつく。
「俺だ……このおっさん俺だ!」




