89.ハルカせんせい
夏がやって来ました(違います)
結界を張っている植物の近くは、魔物もあまり寄り付かないというので、集落から出てすぐの所で特訓だ。見学者3人は、安全の為に一番集落側にいてもらう。
「ミアは、リーアもだけど、武器とかは使わないのか?」
「戦いには使いませんね。料理をしたりする時は刃物を使いますけど、狩りなどは基本素手です。」
「そうなのか。じゃあ、えーっと、何を伸ばしたい?」
「ボクは、戦いのときの動き方とか、考え方を教えて欲しいです!」
「私は、お姉ちゃんと一緒かな。後は、身体能力の向上を目指します!」
「私もそう。戦い慣れしていないのよね。後はこの流輝鞭と魔法をどう使うかのアドバイスが欲しいわ。」
「分かった。じゃあまず、体操して、軽く体を温めるために走るぞ。テイルは、足に負担をかけない範囲でな?」
自分が指導者側になると、ちゃんとしないといけないので、面倒くさい体操もしっかりやらなければいけない。はっきり言って面倒くさい。だが、これが怪我のリスクを減らすのだ。
走る、と言っても森の地面には斜面や木の根があり、これだけで足や体幹が鍛えられる・・・と思う。枝の上を猛スピードで走っていた二人に、今更体幹云々と言ってもあまり意味がない気もするが・・・まぁやるに越したことはない。
テイルは運動は避け、戦い方を考える事に留めておくため、体操だけで辞めさせておいた。
ミアには俺の考えたコースを走ったり跳んだりしてもらっている。体力と判断力が必要なコースだ。その間に、実践が一番良い練習となるリーアとの模擬戦だ。
「ミア、適度に疲れたら声を掛けてくれ。身体能力を伸ばすのに、俺が手伝える事は少ないからな。」
「それは分かっていますよ。自分の努力でしか伸ばせない物もあります。私は行ってきますので、お姉ちゃんをお願いします。」
「ああ。木の上は手も使って最短時間で動くようにするんだぞ?あと、何かあったら吠えろ。すぐに向かうから。」
「分かりました。じゃあ行ってきます!」
そう言ってミアは木の上を走っていった。
「よし、じゃあリーア。とりあえず俺と模擬戦だな。その中でアドバイスしていく感じで良いか?」
「ええ。よろしくお願いします!先生!」
先生、か。そんな呼ばれ方も良いもんだな。最初は・・・俺も素手でいこう。
「ハルカ、私は何をすれば良いのかしら?なんか放っておかれている気がするんだけど?」
「あー・・・じゃあ俺達の動きを見て、自分ならどう動くか、とか考えておけ。」
「分かったわ。ハルカせんせい。」
何故だろう。コイツに言われると物凄く腹が立つ。まぁいいか。
「皆も、勉強になると思うから見ておいたほうが良いよ。」
テイルが見学3人に声を掛ける。そして、俺の方を向き、構えた。表情がまるで別人だ。
「よし、いつでもかかって来て良いぞ。ただ、途中でアドバイスするために止めるかもしれないから、その時はその時な。」
「うん。じゃあいくよ!」
ダッ
リーアが突っ込んでくる。足の力だけの初速にしては、凄い速い。流石にそれには驚かされたが、一旦止める。顔面を狙ってきた拳を左手で受け止める。
特に衝撃もなく止まった。だいぶ強いとは思うが、俺のDPが高過ぎるせいだろう。
「早速で悪いが一旦ストップだ。リーア、開始と言っても、すぐに突っ込む必要はない。それに、今は相手と向き合っている状態で、距離も狭い。真っ直ぐ突っ込むだけじゃ、今みたいに簡単に対応されるぞ。」
「・・・なるほど。今までやってきた相手はボクのスピードに付いてこられなかったからこれでもイケてただけか。」
「そうだな。それに、真っ直ぐ突っ込むのは一番の愚策だ。今回は俺が素手で、魔法も使わないから死んでないが、魔法の中には一瞬で張れる防御魔法があったり、相手が武器をもっていたらすぐに殺されて終わりだ。」
「確かに、言われてみれば・・・」
「ただ、狙い場所は正解だ。それと、相手が自分の3倍、いや4倍あるときは、今のスピードで懐に入り込めば有利になる。分かったか?」
「分かった。じゃあ仕切り直して良いかな?」
「あぁ。相手と向き合っている時は、まず動いて相手の隙を見つける。そしたら、そこを狙えば良い。さぁ来い!」
リーアは俺に言われた通り、俺の周りを走り始めた。木の幹を蹴り、枝を渡り、俺も目で追うのがやっとだ。
そして俺はここで、対人戦における狼の獣人の強みに気づいた。―――魔力を感じないのだ。魔力が無いということは、魔法が使えない代わりに魔力探知に反応しないという事だ。確かに、反応が無い部分を追えばいいのだが、瞬時に場所を特定するのが難しい。特に空気は魔力が薄いので判別がつきにくく、厄介だ。
―――見失った・・・っ!どこに・・
ゾクッ
急いで横に跳ぶ。魔力探知とか、気配とかではなく、本能が警鐘を鳴らしたのだ。急いで振り返ると、追撃に来ているリーアの膝が目の前に・・
「防御壁!」
どん!
今のは本気で対応してしまった。って、もう消えた!?―――上か!
迫ってくる左足の外側から左手を回し、足首を掴んで左に振り下ろす。そのままだと頭を打ち付けてしまうので、右手でカバー。
孤独な高校時代、独学で身に着けていた体術が役に立った。人生何があるか分からない。何事も、しておいて悪い事はないのだ。
「これ決まらないのかぁー!」
「いや、今のは凄い良かった。やっぱり身のこなしが上手いな。特に最初の攻撃からの膝蹴りは、正直なところ本気で対応してたよ。」
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