107.当日
皆さん体調には気を付けましょう。
その日の朝は、気持ちの良い目覚めとは程遠いものだった。
急いで携帯食を口に放り込み、服を着替え、装備を整える。部屋の鍵を閉め、ロビーに向かう。
ロビーには既に何十人かの冒険者がいた。それぞれ、緊張していたり、武器を手入れしていたり・・・とにかく、空気が張り詰めている。
俺とテイルも椅子に座り、その時を待つ。その間にも、次々と冒険者がロビーにやってくる。
そのまま時間は過ぎ、緊張している者達の精神が摩耗していく。正午を過ぎた所で携帯食を食べる者、食べない者、緊張で疲れ切っている者に分かれてきた。
―――カンカンカンカンカンカンカンカン!!
鳴り響く警報。一瞬ビクッとするものの、皆一斉に席を立ち、集中を高めていく。
「皆さん!報告が入りました!魔王軍は西より接近中との事!ギルドに残る者以外は街の西側に展開!急げ!」
アルバルトさんの言葉で移動を開始する。昨日配られたプリントの内容は全員頭に入っているようで、それぞれが素早く自分の持ち場に着く。俺とニックは前衛の中でもさらに前に出て、魔王軍を待つ。
「・・・あれか。」
「皆、魔王軍を倒すぞ!絶対に街に入れてはならない!良いな!」
ニックが振り向いて前衛に喝を入れる。それに呼応するように、雄叫びが上がる。そう、俺達の後ろにいる人達も、ちゃんと強いのだ。安心して良い。
そして、魔王軍が数百m先で進軍を止める。一番前には幹部と思わしき二人。そして、その後ろには思っていたよりも数が多い魔物や眷属。結構な大軍だ。
「私は、魔王軍5幹部が一人、バルべリス!」
「同じく5幹部が一人、レヴィアタン!」
お互いに名乗ってから戦が始まるタイプか。鎌倉時代を思い出すな。いや、別にその時代に生きていたわけじゃないが。
バルべリスと名乗った方は、全身に黒で統一された武具を纏った青年だ。そして、レヴィアタンの方は・・・
「は!?・・・え?」
俺は驚きを隠し切れなかった。だが、そんな事は当たり前なのだ。何故なら・・・レヴィアタンと名乗った女は、見間違うこともない、リリーの姿をしていたからだ。
「お、おいニック・・・あのレヴィアタンって方、俺の知り合いの冒険者に見えるんだが・・・」
「・・・は?」
俺とニックは魔王軍そっちのけで思考がフリーズした。特に俺。昨日一日居なかったのは、まさかそういう事だったのだろうか?いや、リリーが魔王軍なんて、そんな事はありえない。ありえて欲しくない。でも、それでも、あれはリリーだ。顔、体型、声、装備、全てがリリーだ。訳がわからない。
俺の思考がフリーズしている中、ニックは俺の言葉を一度忘れ、魔王軍に対して叫んだ。
「僕は勇者ニコラス!お前らを倒す、勇者だ!」
あれ?これって俺も言ったほうがいいのかな?とか考える事もできず、俺はリリー、もといレヴィアタンを凝視することしか出来なかった。
「かかれ!」
俺が何もできない内に、バルべリスが魔物を先に進軍させて来た。引き連れているは俺が知っているのが殆どだが、最初は小手調べとでも言うように、Dランクのフィテラとボアシシ、そして赤い牛のような奴が来た。
こちらは魔法で応戦する。攻撃型の魔法使いや、MPが高く魔法を主に使う人達だ。炎獄や双閃雷が撃ち込まれる。その魔法間の隙は上位魔法のそれでは無い。流石Bランク以上の事はある。
魔法をすり抜けた奴は、俺やニックも加わって近接を得意とする人達が次々に倒していく。ちなみに赤い牛は、パウパティより少し遅いぐらいのスピードで、魔法が効いていなかった。
「はっ、さすがに雑魚は通じないか。」
今度は、スカラピアやモウラヘイラ、あとは大きなカブトムシと大きなカマキリだ。B~Cランクの奴だろう。何故か一貫して地球の虫の巨大版しか来ない。サソリとクモはクモ科だが。
もうリリーの事に考えを巡らすことを諦め、俺も戦闘に集中する。Bランクレベルの魔物は、Bランクの冒険者も少し手こずっている。ニックは近場の敵を斬り伏せつつ、戦況が悪い場所には雷磁砲を撃って味方を助けている。
「閃雷!閃雷!塊炎!塊炎!」
俺も魔法を多用して、魔物が近づく前に倒していく。まったく、これだけが続けば楽なのになぁ・・・
そんな時、補助班からの連絡が拡声器を使って全体に伝えられた。それは、幹部についての詳細だ。確かに、それなら魔王軍に聞かれても大丈夫なので拡声器が一番効率がいい。
バルべリスは今までの4回の襲撃全てに来ており、判明している能力として、自身と味方の攻撃力と移動速度上昇、あと単純に力が強い。魔法は使わず、眷属も召喚しない。恐らくできない。
レヴィアタンに関しては前回も来ていたが、戦闘には参加しなかったため未知数。そして、見た目が前回と今回では全く違うらしい。
魔物の波が弱まった時を見計らい、ニックが声を掛けてきた。
「ハルカ!幹部を倒せば、軍は引き返すはずだ!突撃するぞ!」
「り、了解!」
「僕は女の方に行く!戦闘能力が未知数らしいからな。」
「えっ!ちょ、ちょっと待って・・・」
止めた時には既にニックは遥か前の方にいた。もし本当にリリーだった場合、本当に魔王軍だとしても傷付けたくないからだ。とりあえず、俺も幹部目掛けて走ることにした。
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