魂の滋養に役立つであろう贈り物
夢は午前2時にみる。
そして、
節子もまた、
大体、
午前2時に電話をかけてくる。
毎晩、
だから僕は若干、
寝不足気味だ。
おかげで、
節子との付き合いが深まってからは、
未来との葛藤からも遠ざかり気味だった。
BGさんの提案はとても興味深く、
ある種の信仰がもたらす心地よさというか、
節子と飲むワインのような、
そんな酩酊をもたらしてくれた。
そもそもな話、
未来はみえたとして、
具体的な不都合は特にない。
五臓六腑を焼かれるような葛藤を味う機会が、
親しい者や物の数だけあるかもしれない、
という程度だ。
(アップルの新型PCやスピルバーグの新作映画のラストなんかをみれるという喜びもあるけれど)
世界には、
未来がみえなくとも、
そうした地獄の責め苦のような苦痛を友として暮らしいる人は少なくないのだから、
僕程度の話は正直、
悩みというには、
あまりにも存在として軽すぎる。
節子との交際が始まってから、
特にそう思う。
彼女との会話は、
大半が愚痴であり、
僕との不道徳な関係には、
当然、
誰かの不幸があるわけであり、
彼女は恋する女性特有の残酷さで、
それらを率直に、
そして僕に対する愛情をたっぷりとふくませて、
表現してくれる。
そうした時、
僕は常に節子とすごす景色が、
夢には数年先以上、
夢に出てこないからには、
この間柄も五年、六年とは続かないものだと知っていたから、
逆にとても愛おしく思える。
皮膚の中に生まれるこの感情がなければ、
こうした日々を安全に過ごせないであろうことも、
薄々気づいてはいる。
きっと、
僕が彼女に依存している静電気を出しているから、
それが距離を超えて彼女の皮膚を感電させ、
深夜のラブコールを呼び寄せているのだろう、
と夢想する。