獣たちは自分の血を飲む
「身重の女と乳飲み子を持つ女とは不幸である、ですか」
BGさんが淹れ直されて、
あつあつになったコーヒーを啜りながら、
福音書を呟いた。
「20世紀末の予言本通りの展開っていうのが、
なんだかなぁ」
「確かに先日、
核戦争も起こりましたしね。
えーと、」
「ヨハネの黙示録はいいよ。
あれじゃ、
僕らが神ということになっちゃう」
遮りながら、
心の中では、
獣は7人目までいたが、
レムが言おうとしたのは4人目のことだ。
1980年代、
僕が自分の「夢」について、
まだ迷わされていた頃、
その手の本を渉猟した記憶が蘇る。
自分が夢見魔術師じゃないかとか、
馬鹿な想像をしていたけれども、
そういえば彼らの使っていた道具は、
魔女とか特定の人しか使えなかったが、
ペイガンの作ろうとしている人皮本はどうなんだろうか?
霊子が皆無でも、
使えるのだろうか?
「ちょっと、レム」
「はい。主さま」
「人皮本、ペイガンに使えるの?」
「無理だと思われます」
と、BGさんが断言した。
「なら、なんで作るのかな?」
僕は新しいコーヒーを運ぶ終え、
ノーラの様子を確認して戻ってきた節子に訊いた。
「莫迦だからです」
レムとBGさんが深く頷いた。
そうだった。
コマンド入力前提で、
計算するものとして生み出されたペイガンは、
自分が生み出した「物」の存在意義を理解できないんだった。
「だから、
とても危険なんです」
節子が続けた。
「自分たちでは使えないんですから、
使える者を捕まえてこなくちゃ、
というのがペイガンの計算です」
「基本的な奴隷制の始まりですか」
「計算に特化して労働能力の高いペイガンは、
社会制度の建設に適切化されていますから、
私達が生み出した発明を汎用化して、
突然、
大繁殖するのは歴史が証明しています」
レムは丁寧に説明してくれたが、
確かに、
18世紀以降、
急激に増え続けている。
「あと、
私の研究では16世紀以降、
ペイガンによる魔女狩りとの因果関係がみられます」
「BGさんの研究て、
霊子考古学だよね」
「はい。ペイガンが自然に受ける霊子の量が減れば減るほど、
彼らが本能としてもっている能力の抑えが効かなくなり、
最終的には暴走とよんで差し支えのない状態に陥ります」
「洗衣院や動物園もそうですわ」
と、節子が言った。
女性としては、
特に看過できない歴史的出来事だ。
「そうだね」
「同じ人間と思っている同士で、
相手を物扱いして喜ぶような状態が続いた結果、
人皮本や計画的大量殺人ですから、
どこかで歯止めをかけないといけませんね」
三人の言葉を受けて、
僕は歴史を思い出していた。
20世紀中期。
東西でほぼ同時に、
将来の食料不足を危ぶむ国があった。
人口は各々、
6000万人前後。
自国の農民を保護することで飢餓すれすれの自給率を維持していたが、
結果としては、
その保護政策が仇となり、
工業化に失敗する。
当時の工業化の失敗は、
そのまま自国通貨の下落を招き、
不足していた食料の輸入が困難になる。
両国の決断は、
養えない人々による、
隣国との戦争だった。
それもただの戦争ではなく、
そこに住む者を根絶やしにして、
自国民の生存圏を確立すること。
両国の企ては失敗したけれども、
戦後、
皮肉なことに、
侵略された国が自国民に対して同じことをした。
結果として、
両国が意図していた数の住民は消滅し、
そこには新しい人々が暮らしはじめた。
故に、
歴史家がそこを訪ねても、
今や誰もその蛮行を語れる「者」はいない。
それと同じことが、
22世紀、
人間とペイガンの間で起こるとしたら、
その契機は「人皮本」という新技術になるはずだ。
「つかえないのなら、
人間を奴隷にすればいい、か」
「それがペイガンの計算です」
「で、それも駄目ならば?」
節子が自分の首を手でしめるふりをして僕らを見回した。
「ペイガン10人で人間1人を殺せば勝てる、ですわ」
「自殺行為だね」
「ええ、それがペイガンです」




