お正月は餃子の日
「餃子が食べたい」
「あら、ノーラさんも連れてきてしまいましたか」
「お正月なのに、餃子、食べてないし、この中華料理っぽいスパイスで思い出しちゃった」
「あら、ノーラさんはギリシャ人では?」
「ノーラでいいわ。父親が中国系なの」
三人は光る球体の中にいた。
外は暗闇のままだ。
「死んだの?」
「いいえ、ここは虚の時、普段、私たちがいる空間の隙間のような場所に隠れたようです」
「これもレイシ? の力?」
「霊子です。そうですが、そればかりでもないようですね。特に私たちは」
「?」
節子が下を見つめた。
「河がある。綺麗な河ね」
「ええ、懐かしい」
薄茶色の大地の中、澄んだ群青色の水が悠然と流れている。岸辺には木々が茂り、泊りには船が荷を積み降ろしている。
「ここはどこかしら。服装からすると、中東?」
「今から五十万年前のユーフラテス河です」
「あなた...」
「私の真名は流瑠。最初のペイガンです」
「・・・・」
「あなたが人間と呼んでいるのは、私の十四人の娘の子孫たち」
「大丈夫? ショックでおかしくなっちゃった?」
河の景色は徐々に薄れ、消えてしまった。
節子は寂しげに目を閉じた。
わたしたちが初めてお会いした時、
あなたは、
あのユーフラテス河の水面を流れていましたね。
びっくりしているわたしを見つめるあなたは、
あの時、
なんと言われたのでしょうか?
節子は目を開き、
「もう大丈夫です」
とノーラの手をとると、
「お夕飯は一緒に餃子をつくりましょう」
と言った。
「ぼくも、てつだうよ」
僕の声はとてもだるそうで死にそうなのが自分でもわかった。
次元を跨ぐのは大変だけれども、
皇帝核爆弾を地球に被害の及ばないように封印しつつ、
アカーシャを守るには、
他に手段がなかった。
世界は唐突に明るさを取り戻し、
青空と菜の花畑。
そしてさっきまで穴だった場所は、
池になっていた。
「ねぇ、節子」
「はい、あなた」
「なんか懐かしい人にあった気がするんだけど、すごく綺麗な人なんだ」
「あら、女性ですか。昔の恋人とか」
「いや、いえ、そうじゃなくて」
「あいにいかないで下さいよ」
「いかないよ」
僕らをみていたノーラが言った。
「年下って、結構、楽しそうね」
「あげませんから」
節子が抱えていた僕を抱きしめると、
BGさんが現れた。
「主さま、地上も落ち着きました」
「ご苦労様でした」
「いえ、こちらも大変だったようで、ご心配いたしました」
そして、ノーラの方を向いた。
「お客様におかれましては、しばらくのご滞在が必要かと存じますが、いかがいたしましょうか」
「うーん、そうね。これじゃ、迎えもこれなさそうだし、お願いしていい?」
「勿論です。それではホテルのご用意をさせていただきます」
BGさんがそう言って下がろうとしたら、
「待って、お願いがあるんだけど」
と呼び止めて、
節子に話しかけた。
「節子さんちに泊まりたいな、なんて」
僕は「うそ」と思いつつ、
節子を見上げた。
「どうぞ、ご歓迎いたします」
笑ってるのか、怒ってるのか、良くわからないけれども、
僕が眠っている間、
二人の間で何があったのだろうか。
BGさんは僕らのやり取りをみて、
「それではそのように手配いたします」
と淡々と消えていった。
アカーシャが全世界から全面核攻撃を受けていた間、
BGさんは地上で攻撃を指示し支援していたペイガンたちを、
一人残らず霊子ネットワークに強制隷下させていた。
ペイガンの中には、
どうにも手強いのが混じっているようで、
もしかしたら、
この先もこんなことがあるかもしれない。
それでも、
小さい頃から視ていた夢は、
その夢の通りに終わった。
とりあえず、
餃子を食べよう。




