結婚=夫+妻+奴隷×2=二人
「結婚?!」
「主さま、計画当初には想定していなかったのですが、人類の脳をネットワーク化していく内に、情報の逆流が起こっしまい...」
美しい顔を言いにくそうに歪められると、被虐心が湧いてくる。
「要するに、無意識領域に干渉してしまった、ということだろ」
「そうなんです」
「世界に僕を演算させていたら、世界が僕好みに、というか、僕を好きなってしまった」
想像すらできない事態だ。
神様もびっくりだろう。
もし、この世界を創った神様がいたらの話だが...。
「でも、それが何故、結婚につながるの?」
「都市伝説なのですよ、下らないと思われるかもしれませんが」
BGさんがため息をつくように語り出した。
「世界をネットワーク化し、私たちは整然と計算だけをしているつもりでした」
「うん、僕のデータを再計算していたわけだよね」
「そのとおりです。ですが、先ほどレムが言いましたが、データの逆流、というよりも、拡散が起こってしまったのです。結果としては、人から始まり、自然界のあらゆるものに影響がでたのですよ」
「どんな?」
「まず、夢です。次には自然界における幻影。そして、芸術家や精神に多少個性のある方々が、主さまのことを語り出したわけです」
「つまり、僕は超有名な幽霊や宗教の教祖のようになったってこと?」
「まぁ、そのとおりです。22世紀の始まりとともに、あるじが目覚める、という都市伝説が蔓延してしまい、私たちにもどうすることもできませんでした。申し訳ありません」
いや、謝られても、こっちも困るが。
「でも、それと結婚とは何の関係が?」
「一つは、尾ひれがついて主さまは目覚められたらすぐに結婚される、と。もう一つの理由は、主さまの霊子量をコントロールする必要があるからです」
「結婚とコントロールって?」
「先ほど申し上げましたように、主さまだけは、霊子が体内から自然に湧いてこられています。それを放置した場合、ご自身が退行していくか、世界の時間自体が遡上して、いずれ消えてしまうかなのですが」
「うん」
「私たちの計算では他者に分け与えることで、平衡状態を保つことが可能ということがわかりました」
「分け与える?」
まさかね、と思ったが、
「夜伽のことですよ」
やっぱりか。
「遺伝子情報の伝達によって、霊子も大量に移動することが確認されていますので、それが一番、効率がよいのですよ」
「他の方法じゃダメなの?」
「効率が悪いのですよ。例えば、一日に溜まる霊子量を開放した場合、8時間、時間が遡ります。物理的な問題としては、日本の関東平野程度の三次元空間が消滅するのに相当します」
へーーーーーーー、なんだ、それは。
時間の力、というか、霊子って核兵器よりも危険じゃないか。
「20世紀では、霊子は全く利用されていませんでしたが、この百年で実用化されたことで、また、100年間蓄えられた莫大な霊子のために、今や主さまの力は実質的に無限なのですよ」
「たとえれば、人間核融合炉、夢のエネルギーですね」
「そうはいっても、僕の中に湧いてくる霊子は、どこからくるのかわかっているのか?」
「それがわかれば、未来の夢も再現できるのかもしれないのですが」
要するに、一世紀の眠りで起こったのは、自分の中に霊子という化け物のような何かが湧き出し続けているということか。
「それで、結婚式なのですが、明日です」
「明日?」
「はい」
一面の菜の花に舞い踊る桜の花びら。
百年ぶりに自然の風を受けながら、僕は考える。
何がどうなってこうなったのか、本当に道筋はよくわからない。
ただ、確実なのは、
この後の展開は、小さ頃から度々みた夢のようになるだろうことと、それは避けられないこと。
現実逃避に、世界と繋がった僕は、
軌道上の衛星を通して、
自分のいる場所を眺めてみた。
僕がいたのは成層圏。
地上のはるか上に浮かんでいる正立方体の巨大な塊の屋上だ。
この巨大な岩のような存在が、今の世界の中枢。レムアリの心臓部。
その名はアカーシャだった。




