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寝ているだけで代理人が世界征服してしまった話  作者: ルリア
第9章 平行人類
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生命、宇宙、そして万物についての一般的な理解(信仰?)

 レストランの奥にある更衣室で、私は黒いワンピースに着替えた。上半身はジョーゼット・クレープで、腰に向かった半円形の飾りがついている。全体的には筒状で、料理を運ぶアールデコ調の銀色のワゴンと調和していた。


 朝陽で目が覚めた時、すでに開店準備をしていた釋に頼まれた。昼には出前をしてほしいと。


 私はすっきりとした気分だった。人生で初めてくらいの快眠で、眠る前までの頭のもやもやや苦悩が嘘のように晴れていた。


 なので、頼まれた時、快諾した。


 ただ、服がこのままでは失礼ではないかと思い、着替えはありますか、と訊いた。


「私の妻のコレクションから、君に似合う服を探してきたよ」


「奥様は服がすきなの?」


「古いものを集めるのが大好きでして」

と、彼は少し困ったような表情しながら、私にシャワー室と更衣室の場所を教えた。


 室内は綺麗に整えられていて、これを一人でやったのかと思っていたら、長身の美女が奥から出てきたので、奥様だと思いお礼を言おうとした時、建物が揺れた。地震、と身構えた私を彼女は抱き寄せて、大丈夫よ、と微笑みかけてくれた。


「大切なのは、どんな人生を夢見たかということだけよ」


 彼女はそれだけいうとすっとした姿勢で店の中を忙しく動き出す。


 着替えを終えた私をみた彼はとても喜んでいた。


「妻の言うとおり、スタイルこそ普遍です」


 にっこりとして、私にワゴンを指し示した。


「出前、よろしくお願いします」


 行き先はワゴンが勝手に進んでいくので、手をかけてついていけばいいらしい。


 店を出て、坂を上っていく途中、ふりかえると、二人が並んで私をみていた様子に、なぜか涙しそうなった。


 そう、今、カウンターで思い出に耽っているノーラも涙しそうになっている。


 それは絶望的なまでにこの世界から失われてしまった思い出が記されているはずの、四十二冊の本が行方不明であることへの絶望からでもなく、不可思議な実態のつかめない平行人類によって覆われた地球への哀愁でもなく、ただ、起きたばかりで、まだ、眠かったためだった。


 そして、その眠りこそが、実のところ、宇宙とって深刻に大切だった。


 コーヒーをちびちびと飲みながら、彼女は欠伸をして、両腕を肩甲骨を剥がすようにして天井へと向けて伸ばした。


 しばらくは休暇だから、どう過ごそうか。新しい鍵付きの本が生み出す痕跡の報告は今のところはない。


 あったとしても、それが宇宙なのか、深海なのか、誰かの心の中なのか、それによって手段は異なってくるので、準備が大変だった。


 今へと完全変態してしまった世界たちから溶け落ちた事柄が記された鍵付きの本という何かが実在するのが判明したのすら、まだ、一年前のことだった。


 それは一般的な日本の団地の一室でみつかった。


 遺品整理人が人体独特の腐敗臭とそれを好む大小の生物たちの便やそれ自身の死骸たちが発する形容し難い腐臭に悩まされながらも、やっと部屋の床が全面的に現れるまで片付けた時だった。


 時刻は夕方の三時だった。


 休憩をとって、防護服から少しでも顔を出し、きれいな空気にあたりたいと切に願っていた時、彼の頭上から本は落ちてきた。


 本は小説らしく思えた。


 小説好きの彼は、本を手に取るとふるってみた。何かが挟まっているかもしれないし、あと、中身にも興味があった。次に頭上をみた。


 点検口が開いていた。


 入った時はしまっていたが、古くなっていたので、何かの拍子にネジが緩んだのだろうか。


 まぁ、天井裏に普段使わない荷物をしまうのはないことではないので、一応、脚立にのって、懐中電灯で確認する。


 衣服の入ったビニール袋がいくつかあるだけで、特別なものは何もなかった。


 その日、朝九時から始まった清掃は夕方の五時には終わり、預かった鍵と大家に返した彼は、家で風呂に入りつつ、つい、作業服に入れたまま持ち帰ってしまった小説を手にして風呂に入った。


 西暦千九百六十九年の三月二十四日のことだった。


 次の日、彼は仕事場に現れなかった。そして、次の日、次の日も。心配した会社の仲間が自宅へ訪れた時、部屋には何もなかった。


 彼は失踪したのだと片付けられつつも、当時、燃え上がっていた学生運動に関連づけられて、半年後に起こった日大紛争では彼らしき人物をみかけたいう噂が流れた。


 彼は赤ん坊を背負っていて、傍には黒髪の和服をき美人が寄り添っていたという目撃談は何故か、あっという間に東京中の学生に広まった。


 そして、誰もがその赤ん坊の行方を気にしたけれども、その存在が本当に噂だけだったかのように、その後、三人の行方は誰も知らないまま時はすぎた。


 同時代、アメリカにBGという愛称でよばれる男性がいた。彼は始まったばかりのコンピューター通信を仕事にしていた。


 彼は仕事中に、あることに気がついた。


 ある日を境に、通信にノイズが入ることにだ。


 将来への布石として、日本に設置した端末との通信に限って、奇妙なノイズが入りだしたのだ。


 その後、ノイズの原因を突き止めて、公式の端末設置までには十二年を要することになった。


 そして、その時には発売され世界的に利用されることになるパソコンの中には、極秘にそのノイズをやりとりできる装置が組み込まれていた。


 BGは考えた。


 あれはノイズではなく、恩寵なのだと。


 BGは「恩寵」を弘める機械を作ろうと決意したのが一つ目の重要な決断だった。


 そして、二つ目が、その機械の秘密を暴露しようとした人物を殺害するために、旅客機を墜落させたことだった。その時、まだ、世界は現実を知ってはならないと考えたからだ。


 三つ目は、恩寵の発信源にメッセージを送ることだった。これは殺害に比較すると遥かに緊張する行動だった。


 BGは、ゆっくりと何度も考えた文面を打ち込んだ。


「死なないものは生きていない、と学者はいうが、君は死なないものだ」と。

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