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寝ているだけで代理人が世界征服してしまった話  作者: ルリア
第9章 平行人類
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4891

古い木造の三階建ての喫茶屋檸檬を預かるようになったのは、4891年からと主張する男は中年で背筋の真っ直ぐな、少し白髪の入った短髪で、いつもグレーのスーツを着ている。


4891という数字は、彼の(しゃく)(はじめ)という名前を数字にしたもので、特にそれ以外の意味はなかったけれども、稀に某小説の話をする方々もいるが、あえてその手の話題には共感しないようにしていた。


そもそも、彼は文字という残ることを運命付けられている記号でできた言葉が嫌いだった。


どもう、ことの本質を間違わせるというか、間違いを犯させられる気持ち悪さに、あの時以来、メニューを置くのをやめてしまった程だ。


そもそも、思う速度よりも、言葉、そして文字の速度は遅すぎる気がする。まぁ、それを実体験として速記者と結婚した大作家や、彼を参考にして速記者を傍におこうとした作家たちが、代筆日記を知ったらどう考えるだろうかと、自分ではなく代筆日記という擬物化した人格が執筆したものは、仮に文の長さなどを分析した結果が同じだとしても、代筆問題になるか、同族嫌悪の対象になるかだろうなどと考えていた時だった。おはよう、と階段を下りるテンポのいい足音にかわいらしい声が重なった。


「ねぇ、あれつくれる?」


「えーと。鶏肉はあって、ザリガニがないですけど、それでよければ」


「ええ、お願い」

と、ノーラは一番湖側のカウンターに座った。


「種という、転生前の魂から精神だけが溶け出していますから」


彼はおいたカップにコーヒーを注いだ。


「きをつけてお飲みください」


そう、付け加えた。


しばらく黒コールタールのような水面から立ちのぼる湯気を眺めてから一口、飲んだ彼女をみつつ、裏へと入った。冷蔵庫から鶏肉を出して調理にかかると、ずっと、死にたいとか思ってるんでしょ、と、尖っていてけど透明感が深い声が飛んできた。


あわてて、カウンターを確認すると、カウンターの真ん中に、あの少女が座っていた。


少女は隣を見つめていた。誰もいない空席なのに。


そして、

「どうしたの」とノーラに訊かれた。


「いつもの通りですよ」


「大変ね、特典点がみえる人って」


「まぁ、正確には特異点そのものではなく、それが生み出す影のようなものですが」


「本が手に入れば、整理整頓できると思うんだけど、我慢してね」


「お互い様ですから」

と、裏に入った。


一人になったカウンターでノーラは思い出していた。


初めて今はこの小さな喫茶店の主人をしている男性にあったのは、前回の2099年も暮れだった。


母との諍いで居づらくなった部屋を出て、近所を散歩していた夕暮れだった。麻布暗闇坂を下った時だ。ふと、左を向いたら、金魚がみえた気がした。


勿論、夕暮れた時が逢魔の時とはいわれても、街路に金魚が揺蕩うことなどはありえないと思い、新手の宣伝か何かかと、気まぐれに左へといき、さらに薄暗い露地へと右に曲がった。


左は古い低層のビル、右と奥はコンクリートに覆われた崖だったが、金魚の姿はなく、かわりに白い服をきて何を押している人がいた。


こんなところの奥に、まだ何かあるのだろうかとあとをつけるようにして、気づけは小さな街灯が冬のはやい夜を照らしている中、白い服は見失い、闇へと向かって手をかざした時だった。


現れたのコンクリート作り横穴だった。

足もに点々と置かれた照明でかろうじて先があるのがわかる。さきほどの人はこの奥へと消えていったではと思い、生来の好奇心もあって足を進めた。


ほどなくして現れたのは、地下鉄の駅だった。


ホームにはまだ、電車はなく、静まり返った中にはさきほどの白い服をきた男性がワゴンに乗せた荷物の横に立っていた。


改札はなく、そのままホームに入れたので、ノーラは彼に話しかけた。


「鶏肉?」


「えぇ、鶏肉ももろちん」


「どこのかしら?」


「こちらは全て、ピエモンテの産です」

と、彼は箱の中身がトリュフや鶏肉、バローロ、チーズ各種だとノーラに説明した。


「お店には電車でいくのね」


「今日はちょっと遅れているようですが、もう少しでくるかと」


「お夕飯、食べれるかしら」


「ええ、よろしければ」


二人はやってきた一両の緑色の芋虫のような電車に乗った。


数人が降りた後、しばらくして来た方向へと進み始めた。


「今日のおすすめは、赤ワインのリゾットですが、いかかでしょうか」


「バローロ? バルバレスコ?」


好みについてのたわいない話をシテいるうちに、電車は地下から地上へと出た。窓の外にはこれまでみたことのない強く輝く星空があらわれた。


「夜空が綺麗ね、街の灯りがないせだわ」


「昼間も綺麗ですよ、今は一面に菜の花が咲いていて」


「季節違いじゃなくて、温室?」


「まぁ、降りればわかりますよ」

と、男は居眠りを始めた。


それからどれくらいだろうか、金属がすれあう悲鳴のようなブレーキの音が響いて、車両がとまった。外には駅のようなものはなくて、ただ扉の高さに合わせた石段とスロープだけがあった。


星空の下だった。視界の下半分には真っ黄色で、上半分は夜の闇、頭の上には天の川が煌々した光をふりおろしている。ノーラは圧倒されていた。


「店はこちらですよ」

と、男は菜の花の黄色の中を一筋に走る黒い部分を荷物を押しながら歩いてやがて地面は軽い傾斜で降っていった。その先に、菜の花畑の有機質な表面とは違った硬質な四角い暗闇が在った。


「あれだ」


「あれって」


ほらっと男が手を手に持った車の鍵のようなものについたスイッチを押した。人工的な照明の光が溢れ出す。四角いサイコロのような形を全面がガラスの家だった。


まわりを見渡せば、周囲の菜の花畑は建物へと緩やか傾斜している。建物の中に座れば、視界のほとんどは真っ黄色だろうと想像できた。


「すごいわ」


「あれが私の店です」


「名前は?」


「4891」


「変な名前」


私たちは店にはいると、彼は床から出てきた柱に食材などを仕舞った。


「ニューカナーンと違って柱や家具まで透明なんですね」


「柱がは11本あります。ですが、厳密には透明ではなく、人の視覚にとって完全な透明にみえるように光学的に機械で調整しています」


「まさか、柱に名前をつたりしてる?」


「いいですね、今晩から、あれはハマトと呼びましょう」


「では正反対の位置の柱はシドンね、それからわたしはノーラ」


「名誉、栄光、素晴らしい名前です」


「あたなは?」


「はじめです、しゃく、はじめ。はじめは漢字の一、釋はお釈迦様の釋です」


「ふーん、アルファにしてオメガみたいな名前ね」


「そういわれたのは、二度目ですね」


はじめはノーラをガラスの壁にそって並べられたテーブルと椅子へと案内した。

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