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警告

 大阪歴史博物館の展示内容は充実していた。十階から下っていくにつれ、古代、中世・近世、近現代へと展示物のテーマが変わっていく。かつて大阪にあったという難波宮、天下の台所と言われた近世の大阪の街並み、角座を中心に賑わう昭和の道頓堀の街並みなどを再現した大掛かりなセット展示があって、見応えがあった。

 彼女は、大阪城を歩くときもやけに楽しんでいたし、こういう歴史的な展示物が好きなのか。そう聞くと、好きとか嫌いとかじゃなくて楽しみたいからだと。彼女の中では、目の前にあるものに対して、まず楽しもうという気持ちが思い浮かぶらしい。僕とはまるで順番が逆だ。けど、その考え方が僕には羨ましく思える。僕がやっていることは、自分の世界を自分で狭めているだけかもしれないな。

 ミュージアムショップで目を輝かせながら品定めをする彼女。――何か買うつもりなのか、と考えている時点で僕は、頭が凝り固まっているのかもしれない。全てにおいて目的意識が最善というわけではないのだ。


「絵葉書か」


 宙に指を泳がせている彼女に話しかけてみる。


「うん。館内では撮影が禁止されている所もあったから。それにやっぱりこんな綺麗な写真は、自分ではなかなか撮れないし」


 絵葉書は五枚のセットで百円。お手頃なのをいいことに、彼女は既に五セット買い物かごに入れている。その他フィギュアやストラップなども……。


「あんまり買いすぎるなよ」

「いいんですっ。全部自分のお金で買うんですからっ。三島さんは何か買わないんですか」

「あ、ああ……」


 自分は買い物かごすら持っていないと気付く。たいてい、この手のお土産屋では、会社へのご機嫌取りのための焼き菓子を買う程度だ。だからどこかを訪れても何も買わないことがほとんどで、写真も撮らない。そして、ついには行ったことすら思い出せなくなる。彼女を見ていると、そんな自分がもったいないなあと思えてくる。


「一緒のストラップでも買うか」


 ひとりでに口が動いてそう呟いた。彼女がぐいぐいと僕の腕を引っ張って、ストラップのコーナーへと誘う。勧められるままに間の抜けた顔をした埴輪のストラップを買った。底には大阪歴史博物館の文字が。――自分だけでは絶対買わないからこそ、彼女といるときの僕が詰まっているように感じた。何処に付けようか。スマートフォンには、一昔前の携帯電話のようにストラップを付ける場所はない。

 彼女は、いつも持っているお気に入りの鞄に付けると言った。僕には、決まって持ち歩いている鞄はなく、今でこそ書類をしまうためにリュックを背負っているが、普段は手ぶらで出かけることの方が多いくらいだ。結局、悩んだ挙句、財布の小銭入れのジッパーに付けた。少し不格好で彼女に笑われた。


     ***


 被害届を出してから、それまで届いていた脅迫状がすっかり届かなくなった。しかし、だからと言って素直に安心はできない。事実、非通知からの無言電話は続いていた。それどころか頻度が増えた。――まるで、こちらが被害届を出したのを察知したかのように、足のつきにくい脅迫手段だけが残った。


「気取られた――かも知れませんね」


 江戸川は紅茶を一口飲んだ後に口を歪めて言い放った。加えて、不味い方向にシナリオが動き始めている、と。


「もともと、脅迫状の目的は、木戸さんの執筆されている暴露本の原稿データの削除を要求することでしたが、これは――私は建前だと思っています」


 建前とは、何か別に要求内容があるということなのか。

 僕は、裁判の話がいよいよ動き始めたこのタイミングで、自分だけが探偵事務所に呼び出されているということに、少し警戒心を抱いていた。これは、彼女には聞かせたくない内容を今から話すのだろう、と。


「そもそも、データを削除したかどうかって、どう確認すると思います?」

「え……」

「それこそ、目の前で削除させるか……としてもその削除したデータがもとからただ一つだと保証はできますか? バックアップを取っていれば抜けられるなんて、そんな素人でも思いつく逃げ道のある要求に、効力は微塵もありません。つまりは、最初から脅迫状は単なる精神攻撃に過ぎないんです」


 彼女は、嫌がらせが激化するのを恐れて、彼女は被害届を出さずに脅迫状を無視するという選択をした。それ自体が天命院の意図したところで、こちらがその筋書きを外れた今、天命院は強行手段に移る可能性があると。


「身も蓋もないことを言うようですが、暴露本を出させたくないなら、著者を殺すのが最も手っ取り早いことです」


 面食らった。というより、それができるならもうしているだろ。と冷めてしまったというほうが正しい。


「短絡的な考えだと思ったでしょう?」


 それを江戸川は僕の表情の変化から読み取ってみせた。本当に彼の前では油断ならない。


「誰かを殺すのは、誰かを生かすよりもよっぽど簡単です。他の誰かを巻き込んでも構わないというのなら特にね」


 いつもは開いているか閉じているかという具合の眼を見開いて、刺すような視線を送る。単なる脅しではなく本気で言っているのだ、と。


「宗教は、人間に命に勝る大義があると錯覚させます。これほど人を殺すのに便利なものもありませんよ」


 そのことを彼女も重々分かってはいるだろうが、今日話したことはあくまで僕に向けての警告であって彼女にはくれぐれも伝えないようにと念を押された。そうは言われても、僕はおそらく彼女より肝が据わっているわけではない。――いつ殺されるか分からない。それは紛れもなく、僕にも言えることだろう。想像しただけで背中を虫が這うようだった。

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