表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/43

墓参り

 泣き腫らして、上がった息が、少しずつ落ち着きを取り戻す。彼女は、じゃれつく猫のように、僕の胸に髪を擦りつける。くしゅくしゅと音が鳴った。

 そして、彼女は乱れた髪の隙間から、僕の顔をまじまじと見つめた。なぜか僕は照れくさくなって、視線を逸らす。すると、彼女の視線が追いかけ始める。追いついて、目が合って。ゆっくりとはにかんだ彼女。


 ようやく、笑った。笑ってくれた。


 するりと伸びる細い腕、僕の頬を優しく撫でた。


「……強引な人」


 彼女の唇から漏れた言葉、率直な感想だな、と思った。


 立ち直った彼女、「一緒に来て欲しい」と僕に呼びかける。藍色の空の下、再び玉砂利を踏みしめる音が鳴り響く。――途中、彼女の懐中電灯を拾った。


「ここが、(ひかる)のお墓」


 彼女は、当たり前のようにその名前を口にした。


「ひかる?」

「ああ。……呆れるでしょ? 生まれてくる前に殺した自分の子供に、勝手に名前を付けているんです。男の子なのかも女の子なのかも分からないから、中性的な名前にしたんです」


 自分の過去に触れるとやはり、自嘲が付きまとうらしい。


「そんなことは――」

「いいの。そこで優しくしてもらう必要も義理もないですし」

「でも、今の木戸さんは、それを悔やんで」

「……だから、なんですか?」


 励ましの言葉をかけたつもりだった。けれど、それを彼女は半ば怒ったような口調でつき返してきた。


「それを悔やんでいたら、(ひかる)は戻ってくるんですか」


 また、彼女にかける言葉がなくなってしまった。


「……もともと、許してもらうつもりもありません。もう、戻らないんですから」


 そう。そうだけど、だったら僕は、彼女にとってどんな存在になればいいのだろうか。


 彼女が地蔵に手を合わせるのを見て、遅れて僕もそうする。覚えていない振り付けを誤魔化すみたいで不格好な僕。

 彼女が黙祷する間、しばらくの無言が続いた。僕も隣で黙祷をする。時々、目を開けては、まだ目を瞑っている彼女が目に入って、再び目を瞑った。


「ありがとうございます、三島さん」


 黙祷が終わると、彼女が僕に礼を言った。けれど、僕は彼女の力になれた覚えがなく、「えっ」と戸惑いの声を漏らしてしまう。


「僕は何も……」

「何もしなくていいんです。同情とか慰めじゃなくて、ただ、誰かに傍にいて欲しいんです。愚痴を垂れたときは、聞いてくれて。泣きたいときには、泣きつかせてくれて。それだけで、いいんです」


 そう言いながら、彼女はしゃがんだままで身体を傾けて、僕に体重を預けて来た。


「……今晩、また泊りに行っていいですか」


 僕は静かに頷いた。ああ、やっと、彼女が戻ってくるんだ。彼女の肩に腕を回して、格好をつけたけれど、心は浮き足立っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ