墓参り
泣き腫らして、上がった息が、少しずつ落ち着きを取り戻す。彼女は、じゃれつく猫のように、僕の胸に髪を擦りつける。くしゅくしゅと音が鳴った。
そして、彼女は乱れた髪の隙間から、僕の顔をまじまじと見つめた。なぜか僕は照れくさくなって、視線を逸らす。すると、彼女の視線が追いかけ始める。追いついて、目が合って。ゆっくりとはにかんだ彼女。
ようやく、笑った。笑ってくれた。
するりと伸びる細い腕、僕の頬を優しく撫でた。
「……強引な人」
彼女の唇から漏れた言葉、率直な感想だな、と思った。
立ち直った彼女、「一緒に来て欲しい」と僕に呼びかける。藍色の空の下、再び玉砂利を踏みしめる音が鳴り響く。――途中、彼女の懐中電灯を拾った。
「ここが、光のお墓」
彼女は、当たり前のようにその名前を口にした。
「ひかる?」
「ああ。……呆れるでしょ? 生まれてくる前に殺した自分の子供に、勝手に名前を付けているんです。男の子なのかも女の子なのかも分からないから、中性的な名前にしたんです」
自分の過去に触れるとやはり、自嘲が付きまとうらしい。
「そんなことは――」
「いいの。そこで優しくしてもらう必要も義理もないですし」
「でも、今の木戸さんは、それを悔やんで」
「……だから、なんですか?」
励ましの言葉をかけたつもりだった。けれど、それを彼女は半ば怒ったような口調でつき返してきた。
「それを悔やんでいたら、光は戻ってくるんですか」
また、彼女にかける言葉がなくなってしまった。
「……もともと、許してもらうつもりもありません。もう、戻らないんですから」
そう。そうだけど、だったら僕は、彼女にとってどんな存在になればいいのだろうか。
彼女が地蔵に手を合わせるのを見て、遅れて僕もそうする。覚えていない振り付けを誤魔化すみたいで不格好な僕。
彼女が黙祷する間、しばらくの無言が続いた。僕も隣で黙祷をする。時々、目を開けては、まだ目を瞑っている彼女が目に入って、再び目を瞑った。
「ありがとうございます、三島さん」
黙祷が終わると、彼女が僕に礼を言った。けれど、僕は彼女の力になれた覚えがなく、「えっ」と戸惑いの声を漏らしてしまう。
「僕は何も……」
「何もしなくていいんです。同情とか慰めじゃなくて、ただ、誰かに傍にいて欲しいんです。愚痴を垂れたときは、聞いてくれて。泣きたいときには、泣きつかせてくれて。それだけで、いいんです」
そう言いながら、彼女はしゃがんだままで身体を傾けて、僕に体重を預けて来た。
「……今晩、また泊りに行っていいですか」
僕は静かに頷いた。ああ、やっと、彼女が戻ってくるんだ。彼女の肩に腕を回して、格好をつけたけれど、心は浮き足立っていた。




