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第53話 歓迎会

 叡智の霧森(ウィズダム)の攻略メンバーも何とか決まり、次の話に移ろうと口を開くミレーヌだったが、それを遮るように若い男の声が広場に響いた。


 「僕も参加を希望する」


 光と陽菜の参加が決まったことで定員に達した攻略メンバーだったが、ここに来て余剰人員が現れる。

 なぜすぐに立候補しなかったのか、まさか叡智の霧森(ウィズダム)の制限効果を知らないなんてことは……。

 そんな疑念を抱きながら信司は声の主に目を向ける。

 男は防御性能よりも機動性を重視した装いで、下手な金属で作られた装備よりも頑丈なそれなりに強力な魔物の皮で誂えたと思われる革製の防具を身に付けている。

 ルミルの庭の集団から僅かに距離を空けて佇んでいる彼は、風にそよいでいる肩にまで届く金髪を片手で梳きながらクールに笑っていた。

 堂々とした態度で参加を表明した男は確かにここに集まっているルミルの庭の人々の中ではミレーヌを除けば最も実力が高そうであった。

 その斜め後ろでは突然注目が集まったことで冒険者らしき少女が慌てふためいている。

 ……野良冒険者の二人か。

 Bランク冒険者のボー・ナグアスとDランク冒険者のアンディー・シュコットであった。

 ミレーヌが再び、どうしましょうか、と信司に判断を委ねるように顔を向ける。その表情には一度目とは違い仄かに困惑の色が見て取れる。

 ミレーヌの反応から信司に決定権があると判断したボーは信司へ身体を向ける。


 「……理由は分からないけど、どうやらこの件に関しては君の意見が重要視されているようだね。Aランク冒険者から信頼されている未登録の地球人、君は一体どういう人物なんだい?」


 信司はボーの疑問に対して無言を返す。

 答える気はないという意思が伝わり、けれどボーは動じることなく言葉を続ける。

 元々答えてもらえるとは思っていなかったためだろう。


 「おっと、無用の質問だったね、すまないすまない。一人旅が長いせいか、それとも元来の気質なのか、思ったことをすぐ口にしてしまう質でね。……ゴホンッ、えぇー、僕は小さな女の子が大好きだ」


 唐突なカミングアウト、集まっている人達に衝撃が走る。

 陽菜は怖気を感じ、光を盾にして後ろに隠れた。

 周囲の反応など何のその、ボーは続けて口を開く。


 「穢れを知らない無垢な瞳、小さくて可愛らしい柔らかな身体、ふんわりとした甘さを帯びた香しい体臭、天上の世界を思わせる天使の歌声。この世で最も尊き存在……それが少女なのだ! 僕は未来ある三人の幼い少女達が死地に向かうことに耐えられない! だから僕が彼女達の身代わりとなれるよう立候補させてもらうよ」


 まごうことなきロリコンであった。それも取り返しがつかないレベルで拗らせている重病人である。

 何が伝えたかったのかは理解できた。だが立候補する理由なら最後の部分だけでよかったんじゃないだろうか。

 ルミルの庭の集団はボーとの距離をそれとなく広げる。

 断片的に理解できた言葉からヤバい奴だと認識した光が一緒のパーティーになるのは嫌だと首を振る。言っている言葉の意味は分からなくても、やけに熱っぽい眼差しを送ってくるボーに光は本能的な恐怖を覚え、強張る身体に汗を滲ませた。

 行き過ぎた思想を根源とした今すぐ通報されてもおかしくない発言であった。しかし、そんな変態の意見ではあるが、過程はともかく結論には信司が納得できる側面もあった。

 つまるところ光達の安全である。

 でも今から変えるのもなぁ……。

 三人の安全は大事だが叡智の霧森(ウィズダム)魔物暴走(スタンピード)を起こすのを止めない限り未来はない。

 まだまだ未熟ではあるものの将来性はある光と陽菜。精霊魔法を扱えるフィオ。妹達が参加を希望するまで連れて行くという考えはなかったが、考えてみれば悪くない選択肢だと思えた。

 何より言うまでもなく妹達はボーとパーティーを組むこと嫌がっている。ボーの言葉を聞いたフィオも嫌そうに顔をしかめてしまっている。

 信司としてもボーの実力がいくら他の人より高いとは言っても光達と一緒にさせるのは不安だった。


 「……気持ちはありがたいけど、遠慮してもらってもいいかな? 理由は察してくれると助かる」


 信司はボーの参加希望を出来るだけ刺激しないように断ろうと試みる。

 呆れた顔をボーに向けていたアンディーが信司の言葉に同意するように後ろでうんうんと頷いている。


 「それは一体どういう……」


 意味なんだい、と続くかと思われた言葉をボーは寸前で呑み込んだ。察してくれと言われたのに正面から聞き返すのは無粋極まると思い直したのだ。

 口を閉ざしたボーは暫く無言で信司を見つめた後、ぐるりと周囲を見回した。

 ロリコンの視線から逃れるようにルミルの庭の人達はすっと目を背ける。その中にいた何が起きているのかよく分かっていない様子の小さな女の子がボーと目を合わせてしまい、にっこりと笑いかけてきたボーを見て、ひいっ、と悲鳴を漏らすと母親と思わしき女性の後ろに逃げていった。

 ボーは少しだけ悲しそうな顔をする。


 「僕がいると女の子達を怖がらせてしまうってことかな?」


 ボーは自分の感情を押し殺しているような声でそう口にした。

 独り言のような問いに信司は静かに頷いた。


 「くっ、それでも僕は……!」


 女の子達が怖がっていることを肯定されたボーは溢れそうになる感情に声を荒げる。

 かろうじて爽やかと言えた雰囲気はどこかへ押し流され、迂闊に触れれば血を流しかねない鋭さを帯びた空気、剣呑な気配を纏ったボーがそこにいた。

 信司はその様子に僅かに目を見張る。


 「これでも天使達に嫌われることには慣れているつもりだよ。流石に異世界の女の子達にも同じ反応をされると傷付くけどね……。それでも、例え嫌われたとしても、やっぱり僕は彼女達が危険な目に遭うのを見過ごすことは我慢出来ない! ……もし、僕を選ばないことが彼女達の安全に繋がると言うのなら、それを証明してくれないか?」


 自分がいることで彼女達のパフォーマンスが低下したとしても、それを補えるくらいの実力はあるとボーは自負している。だというのに明らかな戦力アップであるボーの参加を断るということは、彼女達のポテンシャルがボーよりも高いか、信司にとってボーは足手纏いにしかならない、そういうことではないのか? 閲覧の結果から前者はないと判断したボーは必然的に後者であると結論を出した。現に信司への閲覧は弾かれている。

 信司の判断が最善であるならばボーにも文句はない。だからボーは確かめたいのだ、異世界人である信司が天使達を託すに値する人物なのかどうかを。

 信司は思わず口元に笑みを浮かべる。

 あぁー……たまにいるんだったな、こういうの、忘れてたよ。

 結果は分かりつつも閲覧を使えば当然のように弾かれた。

 ……後回しでいいと思っていたが閲覧スキルのレベルも早めに上げておくべきか。

 特異体(ユニーク)と戦うことになるだろうことも踏まえて、信司は脳内の閲覧スキルのスキル上げ優先度を上げた。

 さて、とばかりに信司は口を開く。


 「分かった、証明するとしよう。場所はここ、時刻は午後四時、今から大体三時間半後だな。細かいルールや審判は勇壮の風(ヴァリアントガスト)に任せる。この条件で問題ないか?」


 「良いと思うよ。僕が勝ったら一番幼い娘と交代してもらうからね?」


 「いいだろう。ミレーヌは問題ないな?」


 「はい、お任せいただいて構いません。ルールはオーソドックスなものになると思いますが」


 それで問題ないと信司は頷く。

 ひとまず話がまとまり不穏な空気が薄れたことで、状況が分からず不安そうに様子を窺っていた矢野とトラップの運転手達は安堵の溜め息を漏らすのだった。



 それから漸く支援物資の配給作業に移った。

 ミレーヌが中心となって勇壮の風(ヴァリアントガスト)が配給する側の手伝いに回ることで、混乱もなく作業はスムーズに進んでいく。

 本来物資を降ろして受け渡す作業もするはずだったトラックの運転手達は仕事を奪われ、重たいはずの物資を軽々と運んでいる勇壮の風(ヴァリアントガスト)の面々を目にして口を開けたまま棒立ちしている。中には少女と言える容姿の女性もも混ざっていて、大の大人でも顔をしかめかねない重さの荷物を軽々と運んでいる。これには慣れているはずの運転手達も驚くほかなかった。

 また同じように物資を受け取ったルミルの庭の人達も内容物の説明を受けてその高度な技術に驚きを隠せず目を見開いていた。コンパクトに纏められ、機能性の高い物資の数々。それらに魔法や魔術が一切使われていないのだから意味が分からない。

 図らずしも配給作業を通じて両世界の違いをお互いにより深く実感することとなった。

 トラックの運転手達は気を取り直すと食料の配給の後にする予定だった仮設住宅や仮設トイレの設置、発電機などの機械や電気関係の配置作業に移行した。

 魔力が含まれていないためルミルの庭の人達からしたら脆弱と思えるような物ばかりであったが、その構造や技術は目が飛び出るほどに驚嘆するオーパーツのような物。興味を持った、もとい抑えきれない数人のルミルの庭の人達が手伝ってくれたことで、これまた予想していたよりも順調に作業は進んだ。

 一部の者はルミルの庭と比べて圧倒的に快適な仮設トイレを利用し、歓喜の涙を流していた。流石ヌホンが誇るトイレ技術である。

 信司はそれらの作業が進む中、包丁を片手にまな板と向き合っていた。胸の話ではない。


 「それなりに育っている料理スキルを持っている方は集まってください。料理を手伝ってもらいます」


 支援物資の中には食料全体から見たら少量ではあるが長期間の保存は難しい食材も積まれていた。

 食材は時間の経過と共に鮮度が落ちていき、食べられるとは言っても美味しさは徐々に失われていく。

 だったら早めに使った方がいい。幸いなことに集まっているルミルの庭の人達は皆空腹だ。それを見越してこの量なのかもしれないが、流石に全ての食材を使い切るのは難しい。

 料理をすることで運ばれてきた大型冷蔵庫の中に収まり切るくらいには減るはずなので多少の鮮度の劣化はするだろうが許容範囲だろう。

 食堂を営んでいるギルドと酒場を営んでいるギルドで使ってもらえればロスもない。

 そこには料理スキルの影響か、作れるのならば出来る限り美味しい物を、と考えてしまう信司がいた。

 さて、どんな料理にするべきか……。

 あまり手間が掛からず、大量に作っても美味しさと栄養を損なわない料理。

 ルミルの庭の人達が受け入れやすい味であればなお良いし、おかわりされることも考えて取り回しがよく持ち運びしやすいものがあればいいだろう。

 支援物資の中にあった巨大な鍋やフライパンなどの調理器具を見て調理可能な料理を考える。

 信司が作る料理を決めた頃には呼びかけに応じた人達が集まり終え、雑談を交わしながら指示を待っていた。

 集まった人数は光と陽菜も入れて十七人、人数の少ないギルド以外から一人くらいずつ集まってくれた形だ。食堂と酒場のギルドからはその半数以上が参加している。


 「みんな、集まってくれてありがとう。早速だけど料理スキルのレベルが幾つくらいなのか教えてもらってもいいかな?」


 支援物資に関する作業が順調に進んでいる現状では作業が完了するまでそれほど掛からないと信司は予想した。

 お手伝いさんの料理スキルのレベル次第でどういう分担にするのか変わってくる。

 出来ればあまり待たせずに出来立ての料理をみんなで一緒に味わってもらいたいのだ。料理作りを嗜む者であれば誰もが持っているであろう想いである。

 集まってくれているお手伝いさん達の料理スキルを纏めてみると光と陽菜を除けば、料理の匠が二人と二桁代の料理が十三人だった。

 もう二、三人、匠クラスの人材が欲しかったなぁと思いながら指示を与えるべく信司は口を開く。


 「なるほど、大体分かりました。では次に料理の話と調理機器の説明に移ります。言語理解スキルを持っている方は持っていない方に伝えてあげてください。今回作る料理は豚汁、おにぎり三種、サンドイッチ三種、春野菜の炒め物とサラダになります。おにぎりとサンドイッチは好きな方を選んでもらう形で、時間に余裕があれば追加で品数を増やしていくことにします。豚汁というのは豚肉と野菜をふんだんに使ったスープで──」


 ルミルの庭の人達に振る舞うための料理作りは信司が想定していた以上に順調に進んだ。

 調理機器の使い方や調理方法をお手伝いさん達が思いの外早く身に付けてくれたおかげである。

 ルミルの庭とは違う、地球産の品々を前にして驚きと興奮を顕わにしたお手伝いさん達は大変意欲的だった。

 調理機器の便利さに感動し、その多様性に料理の可能性が広がるのを感じて瞳を輝かせる。

 信司がお手本として作った料理を試食した時などは雷に打たれたかのように固まり崩れ落ちる人が続出した。お手伝いさん達の美味しいという概念が一新され、ルミルの庭の食文化に革命が起きた瞬間であった。

 それ以降人見知りの気質は鳴りを潜め互いの距離感は縮まり、師匠と弟子とでも言うような貪欲に知識を得ようと率先して動き回るお手伝いさん達の姿が散見された。

 おかげさまで調理作業終了の目安にしていた午後二時になる頃には天ぷらや唐揚げなどの揚げ物を品目に追加することができた。

 そんなこんなで無事料理は完成した。

 物資の配給と設置作業の方が先に終わると思われたが、予想に反して調理作業の終了から遅れること十分、漸くトラックの荷台が空になった。

 作業が遅れることになった原因はこれでもかと香ってくる信司達の作っていた料理の匂いであり、今まで嗅いだことのない胃袋をもぎ取られるような強烈な香りに集中力を乱されていたためだった。

 作業をしながらチラチラと視線を向けてくる者が多く、生唾を飲み込む音が幾度も聞こえた。ちょっとした作業を手伝っている子供達にいたっては涎をこぼしながら料理をガン見していて完全に手が止まっていた。

 暫くしてそれを気付いた信司達は仕方ないなぁと料理をしながら苦笑していた。

 それに余った十分でお手伝いさん達を中心に紙コップや紙皿の準備や地面に敷くためのビニールシートの展開をしてもらったため暇にはならなかった。



 配給作業が終わったことで段々と人が集まってくる。

 全員の手元に料理や飲み物が行き渡り、漸く食事の準備が整う。

 途中、土足のままビニールシートの上に上がる人が出てきたり、我慢出来ず料理を口にしてしまう子供がいたりと、小さなトラブルはあったものの、さほど時間も掛からずに終息した。

 慣れない材質のシートの上に座ったルミルの庭の人達は食事の許可はまだ下りないのかとそわそわしている。

 たくさんの皿の上に今にも零れ落ちそうなほど山盛りに盛られた料理が彼等を誘うように魅力的な香りを放っている。

 ふと信司が目をやると、いつの間に準備したのか、そもそもどこから持ち出したのか、巨大なビールサーバーが設置されていた。そこから注いだビールを片手にご機嫌な様子の父さんが適当な場所に座った。

 飲み物は幾つかの種類のお茶やジュースがあるのでそれぞれが選んだものを注いでいる。

 そこそこの人数がどう見てもビールを持っているわけだが、恐らく父さんのせいだろう。


 「えー、皆さん、ご協力ありがとうございました。おかげさまで大きな問題もなく作業を終えることが出来ました。地球の方々のご厚意に我々は感謝の念が耐えません。若輩者ではありますがこの場にいるルミルの庭の代表として厚く御礼申し上げます」


 メガホンを持たされたミレーヌが声を発する。

 拡声された自分の声に驚くミレーヌだったが、すぐに平静を取り戻すとゆっくりと言葉を紡いだ。

 労いと感謝の気持ちが籠もった言葉が集まっている人達の耳に届く。深く頭を下げるミレーヌの姿から言葉が分からない人達にも真摯な気持ちがしっかりと伝わっていた。


 「あまり長々と話していてはせっかくの料理が冷めてしまいますね」


 頭を上げたミレーヌに向けられる視線には様々な色があった。

 感謝、歓喜、感嘆、しかしその中の大半は目の前の料理を食べたいという気持ちが滲み出ており、信司としてもお礼なんていいから温かい料理を味わって欲しいと思っていた。

 一瞬信司と目を合わせたミレーヌはその気持ちを汲み取る。畏まってはいるが、何よりミレーヌ自身も早く料理を食べたいと思っているのだから分からないはずがない。


 「難しい話はなしにしましょう。作業をしている間に地球の方々が歓迎の料理を準備して下さいました。おかわりはあるので慌てずに味わって食べて欲しいとのことです。それでは皆さんお飲み物を手に」


 ミレーヌの言葉に従って広場にいる人達は各々の紙コップを手にした。

 半数くらいの人達は言われる前から持っていたような気がするが……きっと気のせいだろう。


 「地球とルミルの庭の未来に、乾杯!」


 世界の違いなんて関係無い。両者が手を取り合い、笑顔に溢れた未来を歩んでいけるように。そんな気持ちを込めて。


 「「「乾杯!」」」


 そして歓迎会も兼ねた少し遅い昼食会が始まった。

 乾杯の声を合図にして凄い勢いで飲み食いが始まる。

 誰もがまずは飲み物を口にした。流し込むようにして一気に飲み干す者、味わうように少しだけ口に含む者、飲んでいる物や飲み方は様々だけれども共通している部分が一つだけある。


 「かぁーっ! なんだ、このエールは!? とんでもなくうめぇぞ!?」


 「まるで麦そのものを口にしたかのような、いや、それ以上に濃厚な風味……!」


 「後味もエールとは比べ物にならないくらいすっきりしてるわぁ! 身体の中にじわって染み込んでくるのが分かる」


 「お母さん、これ美味しいよ!」


 「そうね、甘くてとても美味しい。高そうだけど……どんな果物を使っているのかしら」


 「この泡立つ飲み物は素晴らしい! 喉を通り抜ける時の感覚がたまりませんね……!」


 「このお茶は凄く飲みやすい。いつも飲んでいるお茶が泥水のように思えてくるな……」


 それは笑顔。愛想で浮かべたものではなく、気付けば自然と浮かんでいた幸せの証だ。

 ルミルの庭の人達には飲み物一つとっても両世界の違いが如実に感じられた。

 喉が潤えば次は料理だ。それぞれが思い思いの食べ物を口に運んでいく。


 「このおにぎりっていう料理は味わい深いな。噛めば噛むほど優しい甘みが滲んできやがる!」


 「こっちのサンドイッチも美味しすぎるわ!? 貴族だってこんな上等なサンドイッチ食べたことないと思うわよ! 何なのよこの白いパンは!?」


 「豚汁が美味すぎる! こんな美味いスープ今まで食ったことがねぇ……!」


 「地球の食べ物は美味しいって噂は聞いていたけど、まさかこれほどとは……。野菜が嫌いな私でもこのサラダなら食べられそうだ」


 「外はパリッと中はジューシー、なんなのこれ? ……ふーん、唐揚げって言うのね。今まで食べた料理の中で断トツで美味いわ!」


 「僕はこの天ぷらというのが気に入ったよ。一口齧れば衣の中に閉じ込められていた素材の旨味が溢れ出してきて……もう堪らないよぉー!」


 料理に手を伸ばしたルミルの庭の人達は飲み物の美味しさが前座に過ぎなかったことを思い知る。

 一度口にすれば今まで培ってきた食べ物に関する常識が音を立てて崩れ落ちた。

 料理を手にした彼等はそれを一口口にすると一様に硬直し、次の瞬間には貪るように頬張った。

 こんなに美味しい物がこの世に存在していたというのか! そんな言葉が聞こえてきかねない。

 文字通り目の色を変えた彼等は、米一粒一粒、野菜の一欠片さえも味わい尽くさんとする勢いで料理を胃袋に詰め込んでいった。

 広場には感動のあまり雄叫びを上げる者、咽び泣く者、駆け出す者に呆然とする者が入り混じり混沌としていたが、料理を喜んでくれたことは間違いなく、作り手である信司達も料理を食べながらその様子を微笑ましく見守るのであった。

 腹を満たした信司は忙しそうに動き回る雑用側に回ってしまった人を見かねてそちら側に回る。

 おかわりを求める声に応じて元々何もなかったかのように綺麗にされてしまった紙皿に料理を追加して回る。

 口々に感謝の言葉を掛けてくるルミルの庭の人達と軽く言葉を交わしているとすぐに時間は過ぎていった。

 温かな料理のおかげでルミルの庭の人達との距離は縮まったようだ。幸せそうに料理を食べているルミルの庭の人達を見て信司はそう思った。

 大量にあったはずの生ビールはその味に魅せられた酒飲み達によっていつの間にか飲み干されており、空になったビールサーバーだけが物悲しそうに佇んでいた。


 「みんななかなかいい飲みっぷりだな。安酒ですまんが余力のあるやつはこいつを飲んでみないか?」


 ビールサーバーの近くでルミルの庭の酒飲み達が美味しそうにビールを飲むのを眺めていた信吾は、そう言いながら一見水が入っているように見える大きなペットボトルをどこからともなく取り出した。


 「そ、それは?」


 「これは焼酎だ。まぁ酒だな。ビールよりもアルコール度数が高いが……どうする?」


 「……一杯頼む」


 「お、俺にも頼む」


 「私も貰うわ!」


 黄金色に輝く生ビールというお酒は美味しかったが、それとはまた毛色の違う一点の曇りもない澄んだ色をしたお酒を前にして酒飲み達はゴクリと唾を飲み込む。

 その中でも自分は酒に強いと思っている無類の酒好きの三人が声を上げた。

 信吾はニヤリと笑うと好奇心が抑え切れない様子の三人の前に紙コップではなく小振りなガラス製のグラスを置いた。

 そこに大きめの氷を落とし焼酎を中程まで注ぐ。焼酎に包まれた氷はピシリと小気味良い音を立てると午後の日差しを浴びて眩く輝いた。


 「キツかったら水で薄めてくれ」


 信吾はそれだけ言うとただ静かに見守る。

 恐る恐る手を伸ばした三人は僅かに冷えたグラスを持ち上げた。

 透明度の高い容器も気になるが今は酒だ。三人の気持ちは同じだった。

 まずはどんな香りがするのだろうかと鼻を近づける。すると強くけれど透き通った酒精の香りが鼻腔を一気に突き抜け脳を揺らした。

 酔いに強いはずの三人はまるで焼酎に心酔してしまったかのようにぼんやりとした瞳でグラスを見つめる。

 中の氷がカランと音を立て、我に返った三人はその香りから高まる期待を胸にそっとグラスに口をつけた。


 「っ!? ……これは美味いな!」


 「と、とんでもなく濃厚な味だ! それに喉が焼けるような熱さがまた堪らん!」


 「こんな美味しいお酒、初めてだわ……!」


 ルミルの庭で一般的に飲まれているエールとは全く異なる風味のお酒。富裕層が好んで飲んでいるワインとも違う。

 今まで飲んできたお酒とは全く違う口当たりに驚く三人だったが、別格の味わいを持つお酒に魅了されるのは仕方ないと言えるだろう。

 グラスに注がれた焼酎は瞬く間に消えていき、後にはただ少しだけ大きさを減らした氷だけが残された。

 至福の一時を過ごした、そんな表情を魅せる三人。だが、あまりにも美味しそうに焼酎を飲んだせいで一歩引いたところで眺めていた人達は我慢が出来なくなってしまったようで……。


 「お、俺にも一杯頼む」


 「僕も欲しい!」


 「俺達もお願いしたい! 四人分頼む!」


 「私にも一杯お願いします!」


 そうして信吾は信司の視界から消えた。焼酎を求めて殺到したルミルの庭の人達に覆い隠されたためだ。

 心配するまでもなく、焼酎を求める声に紛れて、あまりの勢いに困惑しつつもどこか楽しそうに応対する信吾の声が聞こえてきたため、若干呆れた様子で酔っ払いの群れに視線をやりつつ配膳の合間に手に持った卵サンドを口にする信司なのであった。

 昼食を兼ねた歓迎会。長期保存の利かない食材や新鮮なうちに使用した方がいい食材を利用した料理の数々はがっしりとルミルの庭の人達の胃袋を掴んだようだ。

 お酒の存在は予想外で酔っ払いの量産という結果に繋がってしまったが、アルコールの後押しもあり地球とルミルの庭の人々の心の距離は急速に縮まった。

 飲みニケーションだけではなく美味しい料理や支援物資の数々、知りもしない他人のためにお人好し過ぎると叫び出したくなる対応に、この場にいるルミルの庭の人達は地球の人々を信じることにしたのだ。

 魅惑的な料理に舌鼓を打ち、楽しげに談笑する。時間の経過と共にそんな姿がそこかしこで見られるようになった。

 中には感動のあまり叫声を上げたり、ボロボロと涙を零しながら料理を掻き込んでいる人達もいるが、概ね平和な時間が流れている。

 広場一帯に降り注ぐ日差しは徐々にその角度を下げ、追従するように緩やかに気温も変化していく。

 春も後半、夏に近づく五月の日差しは屋外にいる彼等にうっすらと汗を掻かせる。そんな些事など誰も気に留めず、歓迎の宴は笑顔が溢れていた。

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