第52話 昼過ぎの集い
リーダーシップという言葉がある。他者を纏めて率いる力、才能と言ってもいい。
協調性が無く学ぶことを知らない愚者、突出した能力が無く周囲の目を窺っている凡人、他人を軽視し心すら道具として扱う才者。
多種多様な人間性を有する大衆を纏め上げるには並大抵の統率力では務まらない。規模が大きくなればなるほどそれは顕著で、不測の事態に陥れば瓦解する可能性も高まる。
「──以上が昨日私が知り得たこの世界の情報とそこからの推察も含めた私達が置かれている現在の状況です!」
メイド服を着た猫耳の少女が自分に集まっている百人を越える視線に対して堂々とした態度でそう述べた。
常人であれば臆して口を開けなくなってしまう。そんな重圧を物ともせず、説明を終えたのだ。
一通り話を聞かされた人々の中には戸惑いや驚きの表情を浮かべる者もおり、少数だが不安そうにしている者もいる。しかし、恐慌に陥り慌て騒ぐような者は一人もいない。
Sランクギルド勇壮の風、その存在が一本の大きな柱となって彼等の心を支えていた。
ギルドランクとはそのギルドの実績や能力、信頼度を示す一つの指標だ。
遙か昔に設立され、今に至るまで数多のギルドを擁立しては支援し、子供を見守る母のように他のギルドをサポートしてきた。時には厳格な父の如く悪人を裁き、非合法なギルドや犯罪行為に手を染めているギルドには制裁を加え、厳しく取り締まってきた。
そんな勇壮の風だからこそ誰もが指示に従い、話に耳を傾ける。Sランクという肩書きにはそれだけの信頼があるのだ。リーダーシップのある者が中心となってギルドを立ち上げる、それらのギルドが緊急事態において安心して指示を仰げるだけの信頼が。
話を聞かせているのがAランク冒険者ミレーヌ・アリアルスであることも彼等の精神の安寧に一役買っているのだろう。
勇壮の風のサブマスターの一人である彼女はAランク冒険者の中でも上位に属する。高い戦闘能力に加え、事務能力も持っているミレーヌは伊達に21歳という若さでSランクギルドのサブマスターを務めているわけではない。
ミレーヌに現状を聞かされた聴衆は仄かにざわめく。同じギルドに所属している仲間や仲の良い知り合いと小さく言葉を交わし先行きの見えない不安を紛らわす。
ざわめきが落ち着くまでそれほど時間はかからなかった。一人、また一人と口を閉じていき、話し足りない者も周囲の静けさに気付いて口を噤む。
一部の者がまだミレーヌの話は終わっていないと気付き、押し黙ったためだ。
「……我々、勇壮の風は全面的に地球の人々と協力体制を築いていくことを決めました。まだ勇壮の風の内部には地球の人々を信頼出来るか否かと懐疑的な意見もありますが、今朝、勇壮の風ギルドマスター、ユーディス・カイアルゲン様より協力するという決定が下されました。何分この世界は広く、我々の常識が通じないことが多々あります。地球のたくさんある国家の中には、我々に悪感情を持ち危害を加えてくる国家もあるかもしれません。ですが、魔物暴走という現象が予想した通りのものであるなら、ルミルの庭の人々だけでは到底立ち向かえようがありません。各地の勇壮の風メンバーから上がってくる報告から我々の世界は飛び地のような形で地球と融合しているようです。この緊急事態を乗り越えるにはルミルの庭と地球、双方が一丸となって取り組む必要があるのです。どうか皆さんご協力をお願いします!」
長い説明を経てミレーヌは頼み込むように頭を下げた。
Sランクギルドが今後の方針を決めた。その決定はそれ以外のギルドにとって大きな意味を持つ。
例えば、大手の商業ギルドが商品を売らないと決めれば、仲介して商売をしているギルドも商品を売れなくなる。高名な冒険者ギルドが地球に敵対すれば、慕っているギルド達も後に続くだろう。
この場合、協力を断れば勇壮の風のサポートを満足に受けられなくなる可能性があった。
混乱した様子は見当たらず、されど容易に賛同するには難しい、そんなタイミング。ミレーヌ側で静かに大衆を眺めていた信司の父、信吾が一歩足を踏み出す。
「どうも、初めまして。先程の話の中で挙げられていたここの土地の持ち主の渡里信吾という者です……、って話し辛いな。すまんが丁寧な言葉遣いは苦手なんだ、許して欲しい。まず渡里家としてはミレーヌさん達に協力を惜しまないつもりだ。だから突然ここから出ていけと言うつもりはないから安心してくれ。ルミルの庭の食糧事情があまり良くないと聞いたから支援物資を要請しておいた。そこには食糧品以外にも生活の役に立ちそうな物も入っているから後で確認してみてくれ。……おっ、噂をすれば、ちょうど来たみたいだな」
信吾は先回りするように彼等が最も心配しているであろう事柄について言及した。ルミルの庭のメシマズ事情を憂慮した駄目押しだ。
ゴクリと誰かが喉を鳴らした。
だが、彼等の内の誰かが答えを出すよりも信司の到着の方が早かったようだ。
積載車特有の重苦しい走行音が信吾の耳に届いた。
耳の良い獣人は信吾よりも先に音に気付き、聞き慣れない音に先程から警戒していたが、信吾の話から危険なものではないと分かり少しだけ肩の力が抜ける。
広場にいる他の人達にもトラックの走る音が聞こえ始め、なんだなんだ、と音の発生源を探して騒ぎ出す。空気を揺らすような重みのある音は、トラックの知識がなく正体が分からなければ恐ろしいものに感じられるかもしれない。
一見冷静なように見えるミレーヌも尻尾だけはビシッと伸ばして警戒しているのだから。支援物資とやらを運んでいる音なのだと分かっていても、未知に対して警戒心を抱かないようにするのは難しい。
そうこうしているうちに重苦しい音を発する何かが近付いてきた。
「なんだ、あれは!?」
「……鉄の塊? まさか鉄人形!?」
「いえ、それらしき魔力の流れが見えません。恐らくただの鉄の塊かと……」
「馬鹿な……鉄の塊がどうやって動いているって言うんだ」
「上に誰か乗って……はぁ!? なんだあの武器、ヤバい気配がプンプンするぜ……!」
「乗り心地は悪そうだな」
トラックが広場から見える範囲に入ると広場は騒然とした。
馬が引いているわけでもなく、人形でもない、だというのに魔力を使わずに鉄の塊が移動しているのだ。ルミルの庭では考えられない代物の登場に彼等が目を見開き騒ぎ立てるのも無理はない。
動作原理の分からないそんな鉄の塊が六台だ。信吾の話がなければ騒がれるだけでは済まなかっただろう。
信司を上に乗せたトラックを先頭にしたトラックの群れ。それらは何事もなく広場に到着すると、集まっている人達を迂回するように移動して空いているスペースに停車した。
やっぱり警戒してるなぁ。
信司は集まっているルミルの庭の人達を見下ろしながら予想通りのリアクションにそっと笑う。
大半の人達はトラックを見て驚いていたが、一部の目敏い人達は上に乗っている信司が持つ月影を見てギョッとした表情を浮かべ、とんでもない物を見てしまった、とでも言うように慌てて目を逸らしていた。
『全く失礼な奴らじゃ。勝手にワシを鑑定した挙げ句、弾かれるや否や露骨に視線を逸らしおって』
『妖刀や魔剣だと思われたんじゃないか? 月影の外観は如何にも呪われてますって感じの見た目だからなぁ』
絶えず模様を変化させ濃淡さえ変えながら闇がうねっているのだ。疑われるのも無理はない。
『ぐぬぬ……じゃが目を背けるのは流石に酷いと思うのじゃ』
『まぁまぁ、悪気はないだろうから許してやりなよ』
信司はここに集まっているルミルの庭の人達に襲い掛かってくる気配がないことを確認すると、失礼な態度に憤慨している月影を宥めながらトラックの上から飛び降りる。
周囲の視線が信司に集まるがトラックの中から人が降りてきたことですぐに注意はそっちに逸れた。信吾の姿を認めた矢野が降りてきたのだ。
「どうも、矢野さん。突然の連絡にもかかわらず、こんなに持ってきてくれたのか。事情は見ての通りだからかなり助かる」
信吾はトラックに近付くと軽く頭を下げながら矢野に挨拶をする。矢野は周囲に集まっている人々の風貌を見て呆然としていたが、信吾に声をかけられてはっと正気に返る。
「い、いえいえ、お気になさらず。寧ろ慌てて準備してきたものですから、こちら側に不手際があるかもしれません。こちらが支援物資の内訳と受領書、その他諸々の書類となります」
矢野が差し出したそれなりに厚い紙の束を受け取った父さんは慣れた様子でパラパラと紙をめくり目を通すと一緒に渡されたボールペンを使って受領書にサインした。
「確認はよろしいので?」
「矢野さんなら間違いないだろう? それに足りなければまた頼むだけだしな」
「そう言っていただけると何よりですな」
いつもと変わらぬ信吾に矢野も調子を取り戻す。矢野は寄せられる信頼を感じて朗らかな笑みを浮かべた。
矢野はサインされた受領書だけを書類の束から抜き出すとファイルに綴じて懐にしまう。
「矢野さん、ひとまず運び出せるようコンテナを開けてもらってもいいか?」
「勿論です」
矢野がトラックに向き直り右手を上げる。それを見てていた運転手達がコンテナが開くように開閉操作を行った。
信吾はゆっくりと開いていくコンテナから視線を外してミレーヌを呼び寄せる。どうやら支援物資の搬入先や配給について話し合っているようだ。
信司は中程まで開いてたコンテナに目を向ける。
食糧六割、資材四割といったところか。
長期保存が可能な缶詰めやレトルト食品の入ったダンボールの山が見える。約三台分のトラックの積み荷はそれだ。他のトラックの一部には少量ではあるが野菜などのナマモノも積まれている。
雑貨の種類は多種多様だが、その中で特に目立っているのが仮説トイレと発電機だ。
元は王国に属する土地だったが、今では渡里家の敷地の一部でもある。野良猫のようにそこらで致されては困ってしまう。ルミルの庭の人達には慣れないトイレだが我慢してもらうほかない。
発電機は他に積まれている家電を使うために必要なのだろう。家の中から電源を引いてきてもとても賄いきれる電力量ではないため使えば即座にブレイカーが落ちてしまうのが容易に想像できる。融合してしまったルミルの庭の土地の扱いはどうなるのか、国家間の問題になる可能性を踏まえると迂闊に電気を通すわけにもいかない。だからこそ単体で完結する発電機なのだ。
全てのコンテナが全開になり暫く経つと話し合いを終えたミレーヌがルミルの庭の人達に向かって一歩踏み出す。支援物資を配給するよりも先に伝えておくべき事が残っているためだ。
「支援物資の話に移る前にもう一つ話しておきたいことがあります。高難易度ダンジョンである叡智の霧森、その対応についてです」
トラックに目を奪われていた人達はミレーヌの言葉を聞いてはっと現実に戻る。
ミレーヌの話が真実だとすれば叡智の霧森をそのままにしておくわけにはいかない。普通のダンジョンよりも強力な魔物が犇めいているとされる叡智の霧森から魔物が溢れ出してきたとしたら無事に生きていられるわけがない。現状で地球の人々よりも戦うことに長けているルミルの庭の人々でも、圧倒的な数の魔物を前にしては地球の人と大差なく飲み込まれるだろう。
それに対する対応と聞けば未知に驚いていた心も静まるというものだ。
「このまま叡智の霧森を放置していればリポップ速度上昇(極大)もあるため他のダンジョンよりも早く魔物暴走が起きる可能性があります。そのため早急な攻略、攻略出来なくても内部で増え続けている魔物を間引く必要があるのです。攻略することで魔物暴走を防止出来るかは不明ですがそれ以外に取れる手段はありません。そこで事後報告で申し訳ありませんが、こちらの渡里信司様が中心となって叡智の霧森の攻略に向かってもらえることになっています。私の妹のフィオレーナ・アリアルスも同行するため残り二名の同行者を募集致します! どなたが希望してくださる方はいらっしゃいませんか?」
同行者を求める声に広場は静まり返り、先程とはまた違った意味合いの視線が信司に集中する。
あれが渡里信司か。あいつは強いのか? Aランク冒険者のミレーヌさんが推すんだから間違いないだろ。どこにもプレートが見当たらないって事はまだ冒険者登録も済んでいないのか。
それは懐疑的な視線。信用に足る人物なのか、本当に攻略出来ると思っているのか、といった疑いの眼差しだ。
夢の中で叡智の霧森に潜ったことのある彼等は知っているのだ。このダンジョンがどれほど難しいものなのかということを。
それに広場の周辺に拠点を構えている人達の気質が総じて人見知りであるということも影響しているのだろう。言葉には出さず、色々な感情が入り混じった視線が突き刺さる。
叡智の霧森へ挑む者に自分達の命運が掛かっているのだから見定めようとする視線は強い。
隠蔽スキルが閲覧されるのを弾く感覚を覚えながらも信司は集まる視線に動じることなく彼等を見渡す。
分かっていたことだけどやっぱりあまり強い人がいないな……。
今ここにはダンジョンに潜ることで生計を立てている冒険者ギルドをはじめ、鍛冶に錬金、道具屋などの様々な種類のギルドが集まっている。
その中で最も魔物と戦うことに長けているのは冒険者ギルドだ。とはいえここに集まっている冒険者ギルドはC~Eランクと低く、叡智の霧森に挑むには厳しいと言わざるを得ない。それでも本人達に挑もうという気概があれば信司が鍛えるという選択肢もあったのだが、信司の見る限りその気のある人は見当たらなかった。
ここに集まっている冒険者ギルドで最もランクが高いのはCランクギルドのおっさんの底力、名前の通り三十歳を越えた中年ばかりが集った総勢十四名のおっさんギルドだ。若さという名のチャレンジ精神や頭部も薄れ、萎びているように見えなくもない。
静かな広場は時間の経過とともに少しずつ音を取り戻していった。募集をかけても立候補する者が現れないため、集まっている人達は相談でもするように囁くような声で言葉を交わす。されど同行を希望する者は現れず時間だけが過ぎていく。
これはこちらから指名するしかないか、と信司が諦め始めたとき予想外の方向から声が上がった。
「私、行きます!」
「私も希望します」
集まっている人達の視線が信司から逸れ、声の主へと一斉に向けられる。
そこには大勢の人達に注目されて視線の圧力にたじろぎながらも、挙手した手を降ろそうとしない光と陽菜の姿があった。見知らぬ人達から向けられる遠慮のない視線に気圧されてはいるものの、二人は引く気はないようで、真剣な表情を浮かべている。
……どうやら光と陽菜は本気のようだ。知らないうちに陽菜が言語理解スキルを覚えている。おそらくそれで辛うじてミレーヌの話が二人に伝わったんだろう。でもそうか……光と陽菜か……悪くはないな。
実際、陽菜は信司がトラックを迎えに行っている間、ミレーヌの話に耳を傾けているうちに言語理解スキルに目覚め、先程の話を断片的に聞けたことで大まかな内容が分かり、それを光にも伝えたのである。
「二人とも本気か? 死ぬかもしれないんだぞ?」
どうしましょうか、とミレーヌから顔を向けられた信司は妹達の覚悟を測る。
「だったら尚更だよ。お兄ちゃんがそんなに危ない場所に行くのに私は留守番だなんて我慢出来ないよ」
「お姉様の言う通りです。叡智の霧森に挑まなければどちらにしても私達に未来はありません。でしたら私は少しでもお兄様の力になりたいです」
「私もお兄ちゃんと一緒に戦う!」
二人の瞳に迷いはなく一切の濁りがない。たとえ駄目だと言われても無理やりにでもついて行く、そんな気概を感じた。
我が儘を言っているようにも聞こえるその声に身内だからこそ伝わる二人の覚悟を嗅ぎ取れた。普段の二人にはないどこか狂気にも似た何か、そんな覚悟を。
「……いいだろう、光と陽菜がそう決めたのなら俺は止めない。だが、叡智の霧森に挑む前に自分の身を守れるくらいには強くなってくれないと困るぞ? 俺が常に二人の面倒を見ている余裕があるとは限らないからな」
「うん! 頑張るよ!」
「お兄様のお手を煩わせないよう精進します!」
光と陽菜は思っていたよりも簡単に許可を貰えたことで一瞬瞳を瞬かせるも、すぐに嬉しそうに笑みを浮かべて喜びを表す。
そんな妹達の姿を横目に見つつ、信司はこれで問題ないと言うようにミレーヌに頷いてみせる。
今回、信司が叡智の霧森を攻略するに当たって同行者に必要だと定めたのは三つの要素。才能、経験、そして覚悟である。
当たり前と言われれば当たり前な要素だが、果たして現実ではそれがなかなか上手く揃わない。高難易度ダンジョンである叡智の霧森に挑むのであればメンバー全員がそれらの要素を満たしていることが望ましい。
だが、実際のメンバーでそれらを満たしているのは信司だけだ。フィオはまだ経験に不安が残り、光と陽菜に至っては弱い魔物を何とか相手に出来るかどうか……といったところでしかなく、将来性はあっても命のやり取りなんてしたことがない。
いくら信司が一度クリアしたことがあると言っても無謀と言わざるを得ないパーティー編成となる。しかし、他に交代出来そうな人員も見当たらないためそれぞれのポテンシャルに期待するしかない。
幸いなことは光と陽菜にそれなりの覚悟があることが分かり、前衛と後衛のバランスも悪くなく、全員に面識がある。
経験は現場で積めばいい、後は叡智の霧森のダンジョン構成が出来るだけゲームと同じであることを祈るだけだな。
完全に同じだと思うのは危険だが、そうであって欲しいと願う信司であった。




