第50話 練習開始後編
光は信司と陽菜の魔法に驚きつつも剣術の訓練に戻っていた。
片足を踏み出すと共に体重の乗った振り下ろしが為され風を鳴らす。
間髪入れずに木剣の勢いを殆ど殺さずに斜めに切り上げては、踏み出した足を後ろに下げつつ木剣を横に薙ぐ。
剣術部がどういったものなのかは知らないが思っていたよりも随分と本格的なものらしい。
迷いなく木剣を振るう光の姿は信司が思っていた以上に洗練されたもので、思わず魅入ってしまうほどだった。
剣道とは違い木剣を縦横無尽に、自由に走らせている。それでいて体重の乗った一振り一振りは決して剣道に引けを取るものではない。体重の乗りが軽い戻しの一振りは牽制と受け流しを担っているのだと分かる。
力の入りが少し甘い気がしたが、昨日の夕飯の時に言っていた実戦向きな剣技だということは見ていて十分に理解できるものだった。
感心した様子で光の練習を眺めていた信司は、練習していた型が一段落したのか、光の動きの流れが途切れたタイミングで声をかける。
「なかなかいい動きだな」
「……あれ? お兄ちゃんいつの間にこっちに?」
練習に没頭するあまり信司が近付いていたことに気付いていなかった光は驚きつつも向き直る。
「陽菜の方が一段落したから光の様子を見に来たんだ。剣道の動きとはだいぶ違うんだな」
「そうだんだ、ふふっ、これが我が剣術部が誇る剣術ってやつなのだよお兄ちゃん。これでも私、剣術部の中じゃ結構強い方なんだよ?」
自慢げな表情を浮かべ胸を張る光。
一番強いという訳でもないのにドヤ顔をしている光を見て部活を楽しめているようだと安心する。
それと共に少しだけ沸き上がってくる闘争心。
「……なら少し試してみるか」
信司は月影をウェストポーチにしまうと時空倉庫を開いて中から木刀を取り出す。
月影だと攻撃力が高過ぎてまともに打ち合えない。倉庫に放り込んであったこの木刀であれば特に効果もついていないためは問題ない。
木刀を使うため月影をウェストポーチにしまう。
『信司よ、そんなに乱暴に押し込むでない。む? 何かおる……うねうねがっ!? 得体の知れないうねうねした何かが──』
ウェストポーチの中で月影が何か騒いでいたが信司は気にせずに押し込んだ。
信司がどこからともなく木刀を取り出すという怪奇現象を披露したため、車道に飛び出した狸のようにその身を強ばらせる光だったが、信司の言葉が頭に染みたことで息を吹き返し目の色を変えた。
「ルールは?」
「身体のどこかに先に一撃入れた方が勝ち、それだけだ」
簡単且つ単純なルール。だからこそ地力が問われる。
「……昔より少しは強くなったってこと、お兄ちゃんに教えてあげる」
光は攻撃されてもすぐに打ち返せるように油断なく木剣を構えると信司に目を向けたままゆっくりと後退り近過ぎた距離を整える。
鋭い瞳が勝利への渇望を表すように僅かな隙も見逃さないと信司の動きに注視する。
「ご教授願おうかな」
張り詰めている光とは対照的に気楽な調子でそう口にした信司は次の瞬間、鋭い踏み込みと共に一気に距離を詰める。
信司のステータスは光の倍以上あるためまともにやり合えば光に勝ち目はない。
すぐに決着がついてしまっては練習にならないので力を抑えた上で信司は立ち向かう。
光にとっては四歩の距離を信司は二歩で踏み越えると片手で持った木刀を振り下ろす。
木と木が強くぶつかる音を響かせて光は両手で構えた木剣を横に倒して受け止める。
「っぅ!? はぁっ!」
いつも部活で受けている振り下ろしよりも遥かに重い一撃。光は自分が思っていたように衝撃を受け流すことが出来ず息が零れる。
これが片手で為された威力なのかと信司との力の差を一瞬で認知する。
相手は自分よりも圧倒的に格上なのだと心構えを新たにし、力一杯木刀を押し返すと同時に木剣にかかっていた力を受け流しそのままの勢いで切りかかる。
信司は元気が良過ぎる切り返しに内心では驚きつつも表情には出さず、半歩身体をずらすことでそれを軽々と回避する。
光の攻撃はそれだけでは終わらず振り下ろしが避けられた瞬間、僅かに軌道を変えて即座に切り上げに移行する。
先程練習していた時以上に鋭く巧みな木剣の反転。切り上げに移る可能性を予測していながらも目を見張るような華麗な連撃。
信司は切り上げを後ろに下がることで回避した。
それを見た光は待っていましたとばかりに瞳を輝かせた。
木剣が二度目の大きな折り返しを経て横への薙ぎ払いに移る。開いた距離を詰めるように足が前に踏み出され、力の籠もった一撃が信司に迫った。
練習していた型では後ろに下がりながら放っていたが、前に足を踏み出したことで体重が乗りより強力な一撃となっている。
迷いなく放たれた剣筋が今までどれだけ剣を振ってきたのかを物語っていた。
この三連撃が光の得意としている型なのかもしれない。
素早い薙ぎ払いとはいえ、さらに後ろに下がれば避けることは出来る。だがそれでは光の攻撃に対処することが出来ず退いたかのようにも思える。
背の低い光が放つ薙ぎ払いは相対的に背の高い信司にとって、しゃがんで掻い潜ることは難しい。
だったらその低さを利用すればいい。
信司は勢いよく跳び上がることで薙ぎ払いを回避した。
回避スキルを習得した。
「えっ?」
常識的に考えて人間の身体能力では不可解な動き、しかしそれはステータスが適応されたことで数値によっては可能な動きとなる。
信司は光の頭上を越える勢いで跳び上がり体操選手並みの動きを見せて文字通り光を飛び越えた。
いや、助走がない分、体操選手以上だろう。
宙を舞う信司は空中で緩やかに反転しながら落下に合わせて木刀を振り下ろした。
「っ!?」
全く想定していなかった信司の動きに木剣を振り切ったまま唖然と見上げる光だったが、木刀の切っ先が自分に向けられるのを目にすると考えるよりも先に身体が動いた。ジャージが汚れるのも厭わずに地面を転がるようにして慌ててその場から離れる。
すぐ隣から木刀が通り過ぎる音と風の流れを感じて、光は身体中から汗が滲ませた。
「なかなかやるな、今のを避けられるとは思わなかった」
尋常じゃない動きをして見せたにも関わらず息を乱した様子もなく、足元に転がる光に感心した表情を向ける信司。
「はぁはぁ……跳び上がるなんて聞いてないよ……」
信司とは真逆にたった数手動いただけで肩で息をしている光。
張り切っていたがために普段以上に力んでいた身体。
命の危険があるとまではいかないが当たったらただでは済まないであろう一撃に対する緊張感がそうさせたのだろう。
「言ってないからな。魔物は人間よりも基本的な身体能力が高いやつが殆どだ。格上との戦闘やトリッキーな動きにも慣れておいた方がいい」
一般人と力士、乗用車と戦車、正面からぶつかればどうなるかなんて言うまでもないだろう。
人より膂力が優れている存在に立ち向かうにはどうすればいいのか。その答えの一つが経験だ。
危機的状況に陥ったとしてもそれが一度目なのか二度目なのかによって生存率は大きく変わってくる。誰しも初めてに対する対応というものは拙いものだ。二度目であれば前回の経験を活かしてもう少し上手く対応出来るようにもなる。
この打ち合いはそのための練習でもあるのだ。
「自信あったんだけどなぁ……。私もまだまだってことかぁー……」
光は乱れた息を整えながら、今のままでは信司の役に立てないと悟って気持ちを沈ませる。
「だから練習してるんだろう? なあに、何度か生存本能を刺激してやればすぐに戦えるようなるさ」
片手で木刀を振り回し、器用に指先で操って繊細な動きをしては何かを確認している信司の言葉を耳にして、光は恐ろしいもの感じて微かに息を潜めた。
それにしても上がり過ぎだな。
ルミルの庭のスキルを引き継いでいるわけじゃないだろうけど、ゲームでの感覚を思い出すように木刀を振るうと面白いくらいスキルレベルが上がる。
この調子なら近いうちにゲームで使っていた技を全て再現出来るようになりそうだ。
木刀を振りながら口元を歪める信司。
知らない人が見たら逃げ出しかねない邪悪さが滲み出ていた。
光の発する荒い息遣いが途絶えた辺りで信司はゆっくりと光との距離を取った。
「仕切り直しだ、続きを始めるぞ」
「……ふぅ……よろしくお願いします!」
十分な距離が開き木刀の切っ先を向けられた光はジャージに付いた汚れを手で払い落としながら立ち上がる。
気持ちを切り替えるように瞳を閉じて息を吐き出し静かに瞼を持ち上げた。
そこには先程以上に鋭い気配を纏った光がいて、気合いの入った挨拶を口にすると共に力強く木剣を構えた。
その様子を見た信司は楽しそうに息を漏らす。
二人は打ち合わせもなく同時に駆け出すと互いの得物を振るい重ね合わせた。
魔法の練習をしていた陽菜は時折詠唱を忘れてしまったかのようにまるで演舞のような打ち合いに目を奪われた。
力強く流れるような連撃を繰り返し、反撃の隙を与えないよう立ち回る光。たまに木刀を重ねるも華麗な足捌きと予想のつかないトリッキーな動きで相手を翻弄しては鋭い一撃を放つ信司。
武器の特徴がよく現れている二人の動きは見ていて飽きがこない。
部活で実戦向きな剣術を習っている光とルミルの庭で魔物相手に刀を振るってきた信司。
信司が手加減することで成り立っていた練習は時間が経つごとに光が劣勢になっていった。
打ち合う度に徐々に鋭さを増していく信司の太刀筋。
それは明らかな技術の向上を意味しており、光からすればまるで動きを読まれているような、攻撃を誘導されているような気さえした。
更に木剣をかわすタイミングがギリギリになっていき、だというのに命中する気配が遠ざかっていくような感覚がして、事実木刀との接触頻度が下がって……全く当たらなくなった。
刀の扱い、回避スキルのスキルレベルが戦っているうちに上昇した影響だ。徐々に発揮するステータスを落とし、既に光のステータス以下の力しか発揮していないがそれでも圧倒的であった。
この結果は手合わせを続けている間に、更に二つのスキルを習得してしまったせいでもある。
見切りスキルと推測スキル、相手の挙動を判断しやすくなるスキルと未来の出来事を推し量りやすくなるスキル、戦闘において攻めにも守りにも使えるスキルだ。
「……スタミナ切れだな」
攻撃を避けられ続けて息が上がり、信司の木刀を上手く防ぎ切れなくなってきた光の首に木刀を放ち、寸止めしてから軽く当てた。
悉く攻撃を避けられて負けた光の顔に悔しさの色はなく、ただただ疲れ果て酸素を求め喘いでいた。
「注意すべきは近付かれたときの迎撃に力が入り過ぎてること。あとは単純に体力不足だな、それ以外は悪くなかった」
「はぁはぁ……はぁはぁ……分かったけど……お兄ちゃん強過ぎ……はぁはぁ……だよ……」
「上には上がいる、俺もまだまだだよ。俺より力の強い魔物や素早い魔物なんてうじゃうじゃいる」
「それはそうだろうけど……はぁはぁ……人は? ルミルの庭でお兄ちゃんより強い人はいるの?」
「……いたとは思うが、俺はあまり強いプレイヤー同士で戦うってことをしてこなかったからなぁ。正直分からん」
木刀をウェストポーチにしまい、息も絶え絶えな光の質問に答える。
そっかー、という疑問が晴れなかった不完全燃焼気味な返事を聞いた信司は光から離れ陽菜の方へと歩いていく。
「光は一旦休憩、次は陽菜の番だ」
信司は木刀の代わりに月影を取り出すと背後に光が来ないように移動する。
『月影、魔法に触れたら吸収を頼む』
『了解なのじゃ……』
ウェストポーチから脱出した月影はどんよりとした返事を返す。どうやら声を荒げる元気も無くすほどの恐ろしい時間を過ごしたようだ。
何となく予想のついた信司は何があったのか聞かずにそっとしておくことにした。
地面に刺したままにしておくのは悪いと思ってアイテムボックスにしまったけど……次からは出したままにしておくか……。
月影のあまりの沈みように流石に悪いことをしてしまったと信司は反省した。
移動しながら地面に転がっている氷に月影で触れて吸収しておく。そのままにしておいても溶けて足下がぬかるむだけだ。吸収しておけば投擲物として有効活用することも出来る。
「俺に向かって当てるつもりで魔法を放つんだ」
自分の番だと言われて一体どうすればいいのかと困惑した表情を見せる陽菜に魔法を使えと信司は言う。
「そんな!? お兄様を攻撃するなんて私には出来ません!」
「大丈夫だ、陽菜が本気でやっても俺に当てるのは難しい。それよりも動いている相手に対して魔法を使う練習をすることの方が重要だ。一人でも魔物と戦えるくらいになってもらわないと困るからな」
信司の話を聞いて反射的に口にしそうになった拒絶の言葉を飲み込む陽菜。
夜中のテレビで目にした魔物の姿を思い浮かべ、確かに今のままでは戦うどころかまともに魔法を当てることすら出来ないだろうと気付いたためだ。
今やっている練習は何のための練習なのかと自分に問い掛ける。
「……分かりました、でも絶対に怪我をしないでくださいね」
「あぁ、任せておけ」
攻撃するが怪我をしないで欲しいという矛盾した陽菜のお願いに信司は微笑みながら答える。
信司の返事を聞くと同時に陽菜は甘さを捨て即座に詠唱を始める。
陽菜の真剣な顔を見た信司はそれでいいと頷き、ゆっくりと歩き始める。
「冷気よ、我が手に集いて形を成せ! 氷!」
光と手合わせする前よりも鋭く大きな氷が放たれる。
身体の中心を穿つように撃ち出されたそれを信司は光の時と同じように半歩下がり身体を傾けて回避した。
読まれていたかのようなスレスレな動きに陽菜は眉を顰め、信司は驚いた様子で通り過ぎた氷に視線を向ける。
この短時間でここまで錬成された氷を使えるようになるとは……。流石陽菜と言ったところか。
信司の視線が外れたところで再び陽菜の詠唱が唱えられる。
前に向き直った信司が足を進めると先程と同じように氷が放たれた。
同じ軌道で向かってくる氷に対して信司は横に足を滑らせることで回避する。
一発目よりも丸みを帯びた横幅のある氷が地面に落ちた。
陽菜は一回目の信司の動きを見て二回目の氷の形状を変化させたようだ。その技術は拙いながらも魔法を使い始めたばかりの初心者が簡単に出来ることではない。
陽菜の魔法センスは信司の想像していた以上に高く、思わず胸が高鳴り無意識に足が早まる。
当てるつもりで工夫を凝らして放った魔法が簡単に避けられ、ゆっくりと近付いてくる信司を見た陽菜はどうすれば魔法を当てることが出来るのか途方に暮れて、徐々に後ろに下がっていく。
それから陽菜は何とか魔法を当てようと奮闘したものの、十数発の氷を避けられた末に頭の上に手を置かれて敗北した。
「やるじゃないか陽菜、想像以上にいい魔法だったぞ」
魔法を当てることが出来なかった陽菜は叱られると思い首を竦めるが、逆にそのまま頭を撫でられる。
「いえ、結局一度も魔法を当てることが出来ませんでしたから。全然だめだめですよ……」
「そんなことはない。この場合、当てるよりも当てるためにどうするのかが重要なんだ。陽菜の魔法には十分な工夫が見て取れた。その調子で頑張っていけばどんどん上達していくだろう」
「お兄様……! 私、頑張ります! 早くお兄様のお役に立てるように頑張ります!」
「陽菜……! よしよし!」
信司に撫で回された陽菜はきゃっきゃっと喜びの声を上げる。
少し離れたところからその様子をじーっと見つめる光の姿があったが悲しいことに構われることはなかった。
「さて、魔法系classだけで戦うことがどれだけ難しいのか実感出来たと思う。魔物と一対一で戦うようなことはあまりないと思うが、それなりに使える魔法が増えてきたら抵抗する術を見つけておいた方がいい」
「分かりました!」
「では普段はどう戦うのかというと戦士系classの人と組んで戦うわけだ。前衛後衛と役割分担することで互いを補い合いより力を発揮出来るようになる。慣れないうちは足を引っ張り合うことも多いが……こればかりは慣れるしかないな」
なるほどと頷く陽菜。構って欲しいのか、ジリジリとこちらとの距離を詰めてきている光にも聞こえているだろう。
「というわけでここからの練習は二対一の模擬戦形式としよう。光、陽菜、五分経ったら始めるからその間に打ち合わせを済ませておくように」
「はいっ!」
突然名前を呼ばれてビクッとした光は五分と言われて慌てた様子で陽菜の元に走った。
信司は二人が話し始めるのを見ると踵を返し周辺に散らばっている氷を回収して回った。
信司はそれほどかからないうちに目に付く範囲の氷を回収し終える。
まだ時間が余っていることを確認した信司はウェストポーチから木刀を取り出すと空いている方の手に構えた。月影と木刀による二刀流である。
信司はその場で二刀を軽く振るった。動きを確かめるようにゆっくりと、思い出すように徐々に早く。
二刀スキルを習得しました。
二刀スキルを得たことで動きがより洗練される。滑らかさと力強さが同居し、隙のない剣舞が生まれた。
ゲームでの動きを再現することでスキルレベルが跳ね上がり、加速度的に恐ろしい仕上がりを見せていく。
暫く舞った信司はゆっくりとその動きを緩める。
……ふぅ、こんなものか。まだかなり動きが鈍いがひとまずこれくらいでいいだろう。
自分の動きに満足、いや妥協した信司は五分を少し過ぎてしまっていることに気付き慌てて光と陽菜の元へと向かった。
えっ……そんなの微塵も太刀打ちできる気がしないんですけど……、といった顔をしている光を見て信司は苦笑いを浮かべる。
「いやいや、ちゃんと手加減するから。そんな死にそうな顔をしなくても」
「絶対だよ!? 絶対手加減してよお兄ちゃん!!」
涙目になりながら手加減してくれと訴える光の頭を木刀を手放しポンポンと撫でる。信司の上着を握り締めて必死に引っ張る様子はあまりにも真剣だった。
昼までに妹達がどこまで強くなれるか、まずは強張っている光を何とかしないとな。
しがみつく光を引き剥がした信司は木刀を拾い上げて二人を見据えるのだった。




