第48話 不気味な夢とレイアウト
夢とは睡眠時に脳に蓄積された情報が最適化される際に見られる幻であるとされている。
それは時に全く関係のない記憶の断片が繋がり合い世にも奇妙な世界を形成することもある。
例えば広大な海がプリンに変化していたり、四本腕ののっぺらぼうが無数に町中を徘徊していたりだ。環境の変化から情報の欠落を無理矢理継ぎ接ぎ修正した怪物の出現までその内容は様々で予想がつかない。
夢の中で夢だと自覚するのは難しいがよくよく夢を観察すればそれが自分の記憶にあるもので構成されていることに気付ける。
海なんてプラホで検索すれば幾らでも出てくるし、最近信司はプリンを作った。何故たくさんいるのかは分からないが四本腕ののっぺらぼうには斎藤のおばさんの面影が見て取れる。
正直怖い、のそのそと動きが鈍いところが余計に不気味だ。
兎も角、夢とは本人の記憶の中にある情報の集合体なのだ。
では信司が今見ているものは果たして夢なのだろうか。
信司は比較的明晰夢を見易いタイプである。
昨日は四本腕ののっぺらぼうと遭遇した辺りで夢だと自覚した。今日も夢を見始めた信司はすぐにこれは夢だと気付いた。普段見ている夢とは違って明らかに異質だったためだ。
周囲はひたすらに闇、幾らかの光は感じられるがそれは遙か遠くから届いていることが分かる。端的に言えば宇宙空間にいたのだ。
広大な宇宙を流されるように漂っていた。だというのに普通に呼吸出来ているのは夢だからだろうか。
人間が生身では耐えられない空間だというのに寒暖も感じず三百六十度全方位の様子が知覚できていた。上を見ているのに下も見ている、右を向いているのに後ろも見える。遠くにあるはずの惑星やその間に横たわる小惑星群が見え、下手をすればまるで掌で転がしているような感触を覚えた。
頭がおかしくなりそうな得体の知れない感覚だった。もしそのまま何も気付かなければ信司は気が狂っていたかもしれない。
幸いなことに頭が割れそうになっても勝手に入ってくる膨大な情報を遮断するために身の内へ意識を向けたことであることに気付く。
これは……寂しい……? 俺以外の感情?
信司は自身の身の内に自分以外の感情が同居していることに気付いた。もしやと思い信司は身体を動かそうとするがピクリとも動かなかった。
これは……俺じゃない!
明晰夢だということを自覚しているのに自分の身体を自由に動かせないなんてことはまず有り得ない。明晰夢に慣れている信司であれば尚更だ。
これは自分の身体ではないと信司が認めた瞬間、自分の身体だと思っていたものがその形を変える。
風船のように膨張し手足が次々と生え出しては複雑に絡み合う。形容し難い変貌を遂げたそれは無意味に蠢き宇宙を漂う。
変貌し始めるとともに意識を外に弾き飛ばされた信司は自分の身体を構築しながらその様子を眺める。
信司はそれを見ているだけで心がガリガリと削られていくような感覚を覚えた。
そこには名状し難き肉塊が在った。絶え間なく脈動を繰り返しその形を変えては揺蕩う。
信司はあまりの悍ましさに吐き気を催すが魅入られたかのように肉塊から視線を逸らすことが出来ず引き寄せられていく。
「ぐっ、ぐおぉー!」
このままだと不味いと感じた信司は強引に右手を動かすと自らの両目を潰した。強烈な痛みに襲われる信司、だがそのおかげで引き寄せられていた身体が止まる。
これは本当に夢なのか?
非現実的過ぎる光景は間違いなく夢のそれだ。自分の身体を構築出来たことからもそれは確かだ。
だが妙に生々しい感覚に、自由に動かせない身体、遮断しているつもりなのに感じた痛みがこれはただの夢ではないのだと訴える。
あの異形は俺に気付いていない……いや、知覚していないのか? それも気になるが……そうなると引き寄せられている原因は俺にあるのか? ……いまいち判断がつかないがとりあえず追いかけるか。
信司は片目を再構築して治すと、遠く離れた場所にいる異形を見つけて追い掛けた。
普通の夢であれば時間の経過か、意識をすれば覚めるだろう。だがこの夢が同じであるとは限らない。
あの異形を見失えば果てしない宇宙を延々と彷徨うことにもなりかねない。少なくともあの異形が何かの鍵であることはその特異性からして間違いないのだから。
それから信司は異形に追いついては引き寄せられ目を潰すということを何度か繰り返した。痛くないわけではないが万が一夢が覚めなくなるよりは余程いい。
異形に近付く度に異形の思念のようなものが信司に流れてくる。それは一番最初に感じた寂しいという感情、孤独に苛まれた異形の嘆きだった。
他にも何かが流れ込んで来ていることは分かったが信司の感覚では理解出来ないものだった。
ん、覚めるか。
目を潰し過ぎて痛みに慣れてきてしまった辺りで信司は自分の意識が浮上するのを感じた。視界全体に靄が掛かっていき薄闇に包まれる。
ゆっくりと遠ざかっていく寂しそうな異形の後ろ姿が印象に残った。
「っ!?」
信司は長い潜水から上がったかのように息を荒げて飛び起きた。ギシッとベッドが音を鳴らし、夢から覚めたことを信司に伝える。
あれは何だったんだ……?
冷や汗をじっとりと滲ませながら思考に耽る。
明らかに普通の夢とは違った。夢の特徴を持っていながらも感じられた臨場感が現実のそれだった。
思わず両目が無事か確かめる。いくら夢が記憶の断片の集合体と言えどあれは相当に異常な夢だった。あんな異形を夢見るような出来事に心当たりはない。
そう思う信司だったが若干の違和感を覚えた左手に視線を向けるとピタリと動きを止めた。
いや、いたわ。
触手やら肉塊で出来ている邪神さん(仮)が左手にちょこんとくっついていた。
どこが目なのかはさっぱり分からないが、予期せぬ遭遇を果たしてしまったかのような沈黙とともに邪神さん(仮)と見つめ合う。すると根負けしたように邪神さん(仮)は素早く触手を解くとベッド横に置いたウェストポーチの中へ引っ込んでいった。
どうやら原因はあれだったようだ……。
邪神さん(仮)の謎がさらに深まった。
信司は夢の中で出会った異形がこちらに悪意を向けることが無かったためひとまず静観することにした。邪神さん(仮)に何かしらの思惑があって多少の危険があったとしても悪いことにはならない、漠然とそんな気がしたからだ。
そして何よりも。
──────ステータス──────
名前:渡里信司 性別:♂ 種族:人間 年齢:21
レベル:1 必要経験値:10 総獲得経験値:0
class:運命の申し子 タイプ:ニュートラル 状態:普通
HP:120(+156) SP:140(+229)
STR:11(+14) VIT:8(+10)
INT:13(+16) MEN:9(+11)
AGI:12(+17) TEC:14(+21)
LUK:10(+83)
物理攻撃力:25物理防御力:21
魔法攻撃力:29魔法防御力:25
素早さ:29
装備:防具:★1青色のパジャマ
装飾:★3隠蔽の指輪
アビリティー:★4時空倉庫★7麒麟児★7極運★8ルミルの友達★9龍神の叡智★9ルミルの加護★9進化の階段
スキル:料理の匠Lv23、家事の匠Lv27、睡眠の匠Lv22、警戒Lv1、閲覧Lv1、鑑定Lv83、刀の手入れLv14、魔力感知Lv49、不抜Lv34、俊敏Lv16、器用Lv20、幸運Lv3、言語理解Lv14、刀の扱いLv1、時空倉庫拡張Lv2、痛み耐性Lv4、狂気耐性Lv37、幻惑耐性Lv2、支配耐性Lv11、精神耐性Lv33、麻痺耐性Lv13、魅了耐性Lv32
─────────────────
これである。
寝ている間にログが溜まっていたのでステータス表示してみると七つも耐性スキルを習得していた。多過ぎである。
あの夢での体験がフィードバックされているようだ。
習得し辛いスキルやレベルの上げにくいスキルをかなりの高レベルで手に入れている。ついでに時空倉庫拡張スキルのレベルも上がっていた。
流石に見辛くなってきたな。ゲームで使っていたレイアウトに変えておくか。寝汗で気持ち悪いことになってるしシャワーも浴びておこう。
夢のことなんて無かったかのように今日の予定を組みながら浴室へと足を進める信司。
時刻は朝七時をやや過ぎた辺り、睡眠時間が短かったわりに驚くほど疲れが取れているのは睡眠の匠スキルのおかげだろう。正直普通に寝起きしていた時よりも疲れが取れている。
一階まで降りてくると既に誰かが朝食の支度をしていてくれたようで美味しそうな香りが漂ってくる。台所を覗くと目を覚ました光がフライパンを握っていた。
「あっお兄ちゃんおはよう。ご飯もうすぐ出来るよ」
「おはよう、そうか、分かった。先にシャワーを浴びてくるよ」
「じゃあその間に準備しちゃうね。あと炒め物だけだから」
そう言いながら手際良くフライパンに油を敷き火にかける光。
昨日の陽菜もそうだったが元々料理上手だった二人の料理は店に出せるレベルの美味しさになっているようだ。手際の良さも目を見開くほどで料理の匠スキルの影響は絶大であった。
美味しい料理が嫌いな人なんていない、これからの食事の時間がとても楽しみである。
信司は料理をしている光に昨日気絶している間にした話を簡潔に伝えてから浴室に向かった。
汗を洗い流しながらステータスメニュー全般のレイアウトを変更する。
ステータスメニューとはプレイヤーの行動をサポートするために存在している。
だったらもっと使いやすい形に変えられるはずだ、と誰かが言った。
所謂メニュー画面のカスタマイズ、大抵のゲームではオプションやコンフィグなどで設定出来る部分だ。だが珍しいことにルミルの庭にそれらの項目は見当たらない。元々洗練されていたレイアウトだったため不満を持つ者は少なかったが、それでも全くいないというわけでもない。
その中の誰かが言ったであろうその言葉は事実間違っていなかった。
慣れれば意識するだけで操作出来るようになるステータスメニュー。実はそこまで慣れていれば意識することでレイアウトの変更は可能だったのだ。
意識を向けることでステータス画面の形状からその出現位置、表記されている内容の整理までもが操作出来た。当然下手に弄れば使いにくくなるが自分に適したレイアウトにすることで利便性が増したと喜ぶ人達もいた。
「よしっ、こんなものか」
信司のステータスメニューはかなり手が加えられている方だ。
HPとSPをゲージ化させて視界内の上部に常駐させている。パーティーを組んでいればメンバーの分も簡略化、縮小させて常駐。
戦闘の邪魔になりにくい数ヶ所をステータスメニューの基本表示位置に設定し、各種画面の表示位置も設定する。他にも各種画面のレイアウトを大幅に変更し、より見易く、より分かり易く再編する。
ステータス画面の整理、アイテム画面のジャンル分けとソート機能の条件追加。
時空倉庫の操作画面をステータスメニューに結合、項目の追加。
信司は今のレイアウトをゲームで使っていたステータスメニューに限り無く近付けるのだった。
──────ステータス──────
名前:渡里信司 性別:♂ 種族:人間 年齢:21
レベル:1 必要経験値:10 総獲得経験値:0
class:運命の申し子 タイプ:ニュートラル 状態:普通
HP:120(+156) SP:140(+229)
STR:11(+14) VIT:8(+10)
INT:13(+16) MEN:9(+11)
AGI:12(+17) TEC:14(+21)
LUK:10(+83)
物理攻撃力:25物理防御力:19
魔法攻撃力:29魔法防御力:21
素早さ:29
装備:装飾:★3隠蔽の指輪
アクティブアビリティー:★4時空倉庫
パッシブアビリティー:★7麒麟児★7極運★8ルミルの友達★9龍神の叡智★9ルミルの加護★9進化の階段
アクティブスキル:閲覧Lv1、鑑定Lv83
パッシブスキル:料理の匠Lv23、家事の匠Lv27、睡眠の匠Lv22、警戒Lv1、刀の手入れLv14、魔力感知Lv49、言語理解Lv14、刀の扱いLv1、時空倉庫拡張Lv2
タレントスキル:不抜Lv34、俊敏Lv16、器用Lv20、幸運Lv3
レジストスキル:痛み耐性Lv4、狂気耐性Lv37、幻惑耐性Lv2、支配耐性Lv11、精神耐性Lv33、麻痺耐性Lv13、魅了耐性Lv32
─────────────────
少しは見易くなったな。殆どパッシブスキルだったから細分化して少し分けてみたがひとまずこれでいいだろう。またスキルが増えてきたらレイアウトを弄ればいい。
シャワーを終えてさっぱりとした信司は普段着に着替えると居間へと向かった。
居間に足を踏み入れると既に朝食は出来上がっているようだった。食卓の上には出来上がったばかりの料理が並べられ、仄かに湯気を立ち上らせている。
五つある席のうち四つは既に埋められていて信司が最後の一人のようである。信司は空いている席に座りながら口を開く。
「陽菜、母さんおはよう。……父さんは?」
「お兄様、おはようございます」
「信司、おはよう。パパは昼前まで寝ているわ。ママが寝るのと入れ替わりで起きる予定なのよ」
「そういうことか」
不測の事態に対応出来るようにどちらか片方が起きているらしい。偉い人とのやり取りもあるのだろう。
スキルのおかげでいつも以上に美味しく料理を作れたからか自信満々の光、起きたばかりでまだ少し眠気が残っているのかぼんやりとしている陽菜、対照的に徹夜明けだというのに普段と変わらない様子の母さん。
「信司様、おはようなのです!」
そして美味しそうな朝食を前にして瞳をキラキラさせているフィオが席に着いていた。もしかしたら朝食の匂いを嗅ぎ付けて来たのかもしれない……。
「おはよう、フィオ」
「信司様、フィオも一緒に朝食を食べたいのです……フィオが食べても大丈夫です?」
「あぁ、問題ないだろう。好きに食べていきなよ」
父さんが寝ているなら席が一つ空くわけだし大丈夫だろう。そして何より食卓の上には既にフィオの分の朝食が配膳されている。
ということはつまり、そういうことだろう。
母さんや妹達の様子からして受け入れているのは確実だ。別に俺の許可なんていらないだろうに。
「わーい、やったのです! 嬉しいのです!」
許しを得たフィオは昨日食べた料理の味を思い出して頬を蕩けさせる。
喜びのあまり隣に座っている信司に抱きついた。
「うおっ、こらっフィオ、料理の前で暴れるな」
料理が落ちでもしたら惨事である。
突然抱きついてきたフィオに信司は注意しつつも優しく抱き締め、目についた可愛らしい尻尾を撫で回した。
「ご、ごめんなさいなのです……でも、もう少しだけ……」
信司は仕方ないなと、フィオが満足するまで撫でてあげた。
反対側の隣にいる光が、くっつき過ぎだと二人に抗議するまでそれは続いた。
向かい側にいた母さんは微笑ましそうに、陽菜は羨ましそうに眺めているのだった。
「えぇっと……それじゃあいただきます」
抗議されるも十分に撫でられて満足したフィオも席に座ったため、信司は気を取り直して食事の挨拶をする。四人も追従するように言葉を重ねると漸く朝食と相成った。
いつも食べている光の料理よりも数段美味しくなっている朝食に驚く母さんとドヤ顔をしている光。昨日の夜食からスキルの効果を実感している信司と陽菜は美味しいと感じながらもそれに対するリアクションは薄い。フィオは昨日と同じように美味しい美味しいと言いながら料理を味わっていた。
今日の朝食は白米に油揚げの味噌汁、ベーコンエッグ、レタスとしらすのサラダ、牛肉ともやしのさっぱり炒めの五品だ。
昨日とは具材の違う味噌汁にカリカリに焼かれたベーコンを下地にした半熟の目玉焼き、仄かな塩味と胡麻が香る瑞々しいサラダ、塩胡椒のみで味付けされたさっぱりとした炒め物。
フィオの箸がどれかに伸びる度に歓喜の声が上がる。そんなフィオの様子を見て、光は嬉しそうに笑うのだった。




