閑話 荒地の戦場
おかしい……徐々に文字数が増えていく……。
次回から本編に戻ります。
事態は切迫していた。
「ファック! ライフルなんかじゃ通じねぇよ、もっとデカい弾持って来い! デカい弾!」
「うっ、腹の傷が開いた。俺も下がる。後は任せた」
「腹を撃っても効きゃしねぇ、足だ! 足を狙え!」
「もうすぐ手榴弾が尽きる。敵の攻撃に注意しろ!」
「このままじゃ交代まで持たないね。煙幕を張るんだ」
「ぐぁ、あ、足を挟まれた。誰か助けてくれぇ」
耳が割れるほどの銃声が鳴り響き、鼻が利かなくなる濃度の硝煙の香りが周囲を満たす。断続的に爆発が起こり足下を揺らす。地面には空薬莢や弾倉が散乱しており下手したら踏んで転倒しかねない。
この激しい銃撃戦は三十分前から続いている。事の始まり自体はさらに一時間も前だ。
「っ! 敵の魔力が集中……魔法来ます!」
「盾前へ! 攻撃隊は下がって伏せろ!」
魔力感知スキルを覚えている隊員が煙幕の向こう側で魔力が高まるのを感じた。散発的だった攻撃が収まり示し合わせたかのように魔力の高まりが集中する。
一瞬の空白。攻撃隊が血に伏せ、大きな盾を持った人達が前に出る間の静けさ。……煙の向こう側から魔法が飛来する。
人一人を容易に飲み込める大きさの炎が、拳サイズの爆発する炎球が、鋭利な風の刃が、岩で出来た矢が、彼等に襲い掛かる。着弾とともに凄まじい衝撃が盾に加わった。
「ぐぅ! うおぉー!」
「銃弾すら防ぎきる盾なのに壊れそうだ」
「くそっ、罅が入った」
「もう持たない……!?」
隙間なく壁のように構えられた盾は削られ溶かされ砕かれる。
特に魔法が集中した箇所の盾は完全に破壊され、その背後にいた人達の命を容易く奪い去った。
何とか凌ぎきった盾はボロボロで使い物にならない。
彼等に向かわなかった魔法の大半はその後ろにある軍事施設にぶつかり頑丈なはずの壁を傷付けた。何度も魔法に曝された建物は既に穴だらけで倒壊しかねない状態だった。
「あーくそっ、いい加減もう無理だ。後退するぞ後退」
「射撃は続けろ。ここを破棄して後退する。残ってる煙幕をばらまけ。威嚇射撃をしつつ後退を開始する」
「畜生! 何でこんなことに……」
「攻撃が散発的になりました。今のうちに下がりましょう」
「岩には注意しろよ」
今から約一時間前のことだ。朝と昼の中間といった時間帯に突然強い揺れに襲われテレパシーのようなものを全員が聞き取った。
そしてここ、陸軍基地の敷地内に謎の空間が出現した。
乾き罅割れた大地。それなりに草木は生えているものの土の質が良くないのか健康状態は悪い。凸凹した大地は所々隆起しており、獣でも潜んでいそうな穴蔵が散見される。そんな空間が兵舎の真横に広がっていた。
突然現れた荒地に軍は騒然とするも、すぐに調査隊を編成し送り込む。
兵舎に隣接しているためすぐにでもその安全性を確かめる必要があった。
その結果は調査隊の半数が帰還したことで判明する。
出迎えた部隊は怪我を負い数が減った調査隊員達と獲物を追いかけてきたモンスターに遭遇した。
仲間を殺された彼等は現れたモンスターに対して引き金を引くことに躊躇はなかった。
そして戦いが始まった。
軍は目の前のモンスターを排除することを決断。
現れたモンスターに対して銃撃戦を開始する。
モンスターの数からすると過剰とも言える銃撃を以て即座に掃討を完了した。
荒地に踏み込んで潜んでいるモンスターを捜索しようと考えたがその必要はなかった。血の臭いや銃声に釣られてモンスターの方から姿を現したためだ。
枯れ木の陰や穴蔵の奥、どこに隠れていたのか後から後から湧いてくる。
戦っているとモンスターに銃弾が効き辛いことに気付いたが効かないことはなかったのでそのまま銃撃戦や続行した。
雲行きが怪しくなってきたのは戦闘ヘリを飛ばした辺りからだった。
上空からの荒地の偵察とガトリングによるモンスターへの攻撃を目的にしたヘリは、荒地の樹木に引っかからない高度を維持しつつ進んでいく。
搭乗者達は荒地の広さに驚きつつも、モンスターの集団を発見する度にガトリングを掃射して的確に仕留めていった。
順調に荒地の奥へと進んでいたヘリはまた新たに見つけたモンスターの集団に向けて容赦なく攻撃を浴びせる。
だが、その集団の中には銃弾を受けても無傷の個体が何匹かいた。
信じられない、と驚愕を露わにするパイロット。
彼等は眼下に集中するあまりすぐ近くを怪しげな鳥が飛んでいることに気付けなかった。
それが致命的な結果を生んだ。
ヘリ前面のガラスが割られパイロットの首が転がり落ちる。ガラスには十五センチほどの直線が幾つか刻まれていた。
防弾仕様だから油断していた搭乗者達は突然の攻撃を受けて混乱した。
コントロールを失ったヘリは姿勢を乱して高度を著しく下げる。正気を取り戻した搭乗者の一人がハンドルを握った。
高度を上げて安全を確保しようとする搭乗者だったが地上から放たれた炎の塊が直撃し意識が途絶する。
炎の塊をぶつけられたヘリは外郭の一部を歪ませ小規模の爆発を引き起こすと荒地に墜落した。
戦闘ヘリからの信号が途絶え、まさか撃墜されるとは思っていなかった軍上層部は騒然とした。
どうやらモンスターの中には近代兵器に対抗出来る存在がいるらしい。軍はその危険性から本腰を入れてモンスターを掃討する決断を下した。
その頃銃撃戦の状況も怪しいものになってきていた。
凶悪な動植物から醜悪な容姿の亜人まで、現れるモンスターの種類は豊富であった。たまにモンスター同士で争い始めることもあったが人間に対して敵意を向けてくる点は共通していた。倒せども倒せども学習しないのか、モンスターは現れる。
そしてついにライフル弾が通じない個体が現れ始めた。
その個体は同じ種類のモンスターと比べても一回り身体が大きく、色合いも少し異なっているものが多かった。端的に言えば強そうであった。
銃弾が効かなくなったことでモンスターにも攻撃を行う機会が訪れる。
それは目を疑うような光景だった。
何もない空中に炎が、水が、岩が生まれ、害意を持った形になって飛来してくる。
魔法、そうとしか表現出来ない非現実的な光景だった。
それを受けた隊員は防刃防弾性のある装備を身につけているのにも関わらず負傷した。耐熱性の許容範囲内と思われる温度で燃焼し、防刃効果などないかのように寸断される。
一方的だった戦いがそのまま逆転した。
銃弾の効かないモンスターに対して部隊が少しずつ削られていく。弾丸の大きな狙撃銃や手榴弾などの爆発物であればダメージを与えることが出来たがライフルと同じような密度で放つことは出来ない。
魔法によって死傷者がどんどん増えていく。兵舎や他の軍の施設にも容赦なく魔法が飛んでいき被害が拡大する。
状況を打開するために軍は戦車を持ち出した。
普通に考えれば人間サイズの相手に対して戦車を差し向けるなど正気の沙汰ではない。しかし実際のところ頑強なはずの軍の建物を損壊させる魔法にどれだけ耐えられるのかは未知数であった。
耐えられないならやられる前にやるしかない。これで通じなければ、もうどうしようもないだろう。
隊員達を無駄死にさせる訳にはいかない。戦い続けるか否か、その判断基準を戦車が握っていた。
戦っていた隊員達を後ろに下げ、戦車を前に進ませる。
戦車がモンスターの前に姿を見せるとすぐに魔法が向かってくる。炎の塊が衝突した戦車は少し装甲が歪んだものの問題なく炎を抜け出してきた。
安定した平らな地面まで進み終えた戦車はモンスターに照準を合わせると戦車砲を発射した。轟音を響かせ放たれた砲弾が周辺の地形諸共モンスターを吹き飛ばした。
大砲なら効くことが分かり、後方でそれを見ていた隊員達が歓声を上げる。
モニター越しに見ていた軍上層部も安堵の息を漏らした。何度も魔法をぶつけられれば戦車といえどいずれ動けなくなるだろう。しかし、これならば何とか押し切れる。そう判断した軍は残りの戦車も順次発進させた。
戦車を中心にして陣形を組み、ライフル弾が通用する相手には歩兵で応戦、隊員達には念のために盾を持たせて戦車を壁にしつつ進む。これで問題ない……はずだった。
戦車の発射した砲弾の一つがモンスターを吹き飛ばし、偶然にも穴蔵の中へと撃ち込まれた。
その穴蔵は目視できる穴蔵の中でも一際大きな穴蔵だった。
撃ち込まれた砲弾は吸い込まれるように暗闇の中へと消えていき、少しの間を空けて着弾音を響かせると穴蔵は音を立てて崩れ落ちた。
中にモンスターが潜んでいるかもしれない、それを確かめる思惑もあったのだろう。しかし穴蔵はすぐに崩れ落ちてモンスターが抜け出してくることはなかった。
だが安心した次の瞬間、穴蔵だった瓦礫を押し退け何かが顔を覗かせた。
そいつは周囲の瓦礫を吸収しながら見る見るうちに巨大化すると感情の読めない無機質な頭部を戦車に向けた。穴蔵を崩壊させたのは戦車の放った砲弾だ。だからそいつは戦車に対して怒っていたのかもしれない。
……ゴーレム! その土と岩で出来た姿を見た誰かがそう口にした。
その巨体から放たれる威圧感に戦車内にいる人達は命の危険を感じた。ゴーレムを敵だと判断した戦車の動きは早かった。
冷却時間を無視してでも攻撃しなければ不味い、戦車内にいる人達の想いは一致する。
動き始めるゴーレムに向かって砲撃が放たれた。ゴーレムの胸部に砲弾が命中する。爆音が鳴り響き凄まじい衝撃がゴーレムを襲った。
土煙が晴れていくと動作が停止したゴーレムの姿が見えてきた。その胸部は大砲の直撃を受けたというのに僅かに凹んでいるだけだった。
土煙が完全に晴れるとゴーレムは動作を再開させ、鈍重な動きで腕を振るう。
ダメージを殆ど与えられていないことに愕然としていた戦車内の人達は回避行動が遅れ、飛んできた大岩によって戦車ごと押し潰された。
短くなったゴーレムの腕は周囲の地面を取り込んですぐに修復される。
まるで砲撃などなかったかのように元通りになったゴーレムを見て、軍上層部は戦車による応戦を中止し、この基地を放棄することを決めた。
ライフル弾は通じず戦闘ヘリも落とされた。戦車の砲撃すら動きを止める程度の効果しかない。
地対地ミサイルや空軍による爆撃など、まだ通じる可能性のある攻撃手段は残されている。
しかし、今それを行うことは出来ない。あまりにも相手が軍の基地に近過ぎるのだ。
この距離でそれらの攻撃を行えば間違いなく軍の施設に被害が及ぶだろう。
だからといってこのままここに居座って戦っていても被害が増えるばかりだ。
故に放棄、可能な限り迅速に軍事物資の輸送と人員の避難を完了させる必要がある。
そのためには誰かが作業が終わるまでの間、モンスターの注意を引きつけておかねばならなかった。
幸いなことに手榴弾やバズーカを使えばゴーレムの動きを僅かに止めることが出来た。
何度か交代しながらも彼等は三十分の間、これを繰り返し注意を引き続けていたのである。一時は減ったライフル弾の効かないモンスターも時間の経過とともに再び数を増し隊員達を苦しめた。
そして彼等はついに耐えきれなくなった。
モンスターの動きに変化が生まれて負傷者が増加した。今まで魔法を防げていた盾も一度で壊されるようになってしまった。
次の交代メンバーが来る前の後退であった。
このままでは全滅すると判断した彼等は兵舎の裏側まで後退する。
大量の魔法や岩を受け続けた兵舎は半ば倒壊しており本来の機能を失っている。しかしその大きさから盾の代わりとしての機能ありそうである。
隊員の一人が上官に報告を入れようと無線を手に取るとゴーレムの投げた岩が兵舎にぶつかり大きな音を立てた。
「こちら第二ウォール小隊、本部応答願います!」
「こちら本部、第二ウォール小隊どうぞ」
「報告です! モンスターの攻撃激化に伴い死傷者多数、現場判断でこれ以上の戦線維持は不可能と判断し第三兵舎裏まで後退しました。武器も予定より以上に消耗し余裕がありません。撤退の許可を願います! どうぞ」
「……状況了解した。あと約二分で最後の輸送物資の搬入が完了する。なので第二ウォール小隊には第三兵舎を活用し残り三分間何とか凌いでもらいたい。第一、第三、第四ウォール小隊は既に撤退作業に移っているため交代はない。迎えの車は三分後、そちらに到着する予定だ、衛生兵の準備もしておこう。健闘を祈る! 以上」
「くっ……了解!」
あと三分間耐えればいい。明確な時間が判明したのは朗報だ。
だが三分間も、である。
ゴーレムの動きを阻害出来る武器はほぼ使い切った。煙幕も底を突き、ライフル弾はあっても通じないモンスターばかり。
つまり兵舎がどこまで持ってくれるかに全てが掛かっているという事だ。
無線の内容が耳に入ってしまった隊員達は憤りや不安を露わにしていたが、ここで異を唱えても何が変わるわけでもない。
理不尽な命令に対する憤りを溜め息にして吐き出すと無線の指示を全員に伝える。それぞれ思うことはあれど、今すべき事を見失うほど落ちぶれてはいない。
文句を言うのは無事生きて帰ってからだ。
覚悟を決めた第二ウォール小隊は魔法の着弾音とともに兵舎の裏から飛び出した。
戦いは当然のことだが劣勢だった。
モンスターは数が増えて攻撃の厚みが増していくのに対して、こちらは隠れることしか出来ないのだから当たり前だ。
魔法やそれによって飛散する瓦礫で既に隊員の半数以上の者が負傷している。ゴーレムの投げた岩によって大きく崩れた兵舎の下敷きになった者は三名もいる。
ここにいる誰もが早く時間が過ぎ去ることを祈っていた。
「高魔力反応感知! これは……魔法……? いや、これは……まさか!?」
残り時間一分を切った辺りで魔力感知スキルを覚えている隊員が慌てた様子で兵舎裏から飛び出した。
「そんな……何でこんな場所に!?」
「お、おい、どうした」
飛び出した隊員はモンスターの方を見て真っ青な顔をしていた。戦車を壊されたときも落ち着いていた彼が何かに怯えている。
これは彼がルミルの庭のプレイヤーだったからそこ分かる恐怖。魔力を感じられてしまったが故の絶望。
本能がもう手遅れだと喚き立てる。
他の隊員達はそんな彼を心配そうに、或いは怪訝な表情で見つめる。
仲間達の表情が目に入った彼は僅かに残っている冷静な自分を奮い立たせて口を開いた。
「あ、あいつに、あの茶色の宝石がついた杖を持っているやつを攻撃してください! あいつを倒さないと私達は一人残らず殺されます!」
ライフル弾は間違いなく通じないし、戦車の砲撃すら効かない可能性が高い相手だ。かといって逃げることを許してくれる相手でもない。
だとしたらこちらから攻撃を仕掛けて万が一にでも倒せる可能性に掛けるしかない。
「あいつはゴーレムよりも危険なのか?」
「はい、間違いなく。このままでは全員生きて帰れません。勝てる可能性はとても低いですがそれ以外に生き残る術はありません!」
隊員達は彼の言葉を聞いて絶句する。
これまで的確に魔法に対する判断を下してきた彼への信頼が、その言葉が真実だと信じさせた。
相手の得物は杖だ、強力な魔法を使ってくるに違いない。
現状生き残れる可能性があるのならそれに掛けるしかない。第二ウォール小隊の出した答えは戦うことだった。
「……三、二、一、行くぞ!」
戦える隊員全員がタイミングを合わせて一斉に兵舎裏から飛び出す。
全員の視線が標的を捉える。
緑色の肌をした醜悪な小人。
似たような容姿のモンスターなら他にもたくさんいる。しかし、そのモンスターは他の個体と比べて幾つか異なる点が見受けられた。
他の個体よりもさらに一回り大きく、身につけている衣服が少しだけ立派で小綺麗なもので、くたびれた帽子を頭に載せている。そして他の個体はただの木の棒を持っているだけなのに対して、そいつは茶色の宝石のついた所謂魔法使いの杖とも言うべきとのを持っている。
飛び出した隊員達は素早く展開してライフルの照準を合わせると引き金を引く。
空気を切り裂く銃声、鼻腔に入り込む硝煙の香り。
放たれた弾丸は一斉に杖持ちに向かい──弾かれた。
薄い金属板に当てたかのような妙に軽く高い音が聞こえ、弾丸の軌道が逸らされる。
「魔力障壁……!」
「これならどうよ!」
隊員達はライフル弾が弾かれてもひたすら撃ち続ける。
隊員の一人が撤退用に温存しておいた最後の手榴弾を取り出すと杖持ちに向かって投擲した。
投げられた手榴弾は魔力障壁にぶつかり弾かれた瞬間爆発した。爆発音が鳴り響き、僅かばかりの土埃が舞い上がる。
隊員達は効いてくれと願うが現実は非情だった。
土埃が収まると、一切衝撃を受けた様子もなく、不快だと言わんばかりの表情を浮かべて隊員達を睨みつける杖持ちがいるだけだった。
至近距離で爆発音を聞かされて杖持ちの機嫌は恐ろしく悪くなっていた。
「鬱陶シイ人間ドモメ……。実ニ不快ダ。煩イバカリデ弱イ矢ダ。俺ガ矢ノ撃チ方ヲ教エテヤルヨ!」
突然人の言葉を口にした杖持ちに隊員達は目を見開いた。
魔力を感知出来る隊員はその意味を理解し、やはりという絶望を覚える。だがそれを隊員達に説明している暇はなかった。
矢の撃ち方を教えてやるよ、という言葉は何を意味しているのか、それが目の前で現出する。
杖持ちの魔力が急速に膨れ上がった。
桁違いの魔力が茶色の宝石を中心にして集まり魔法を形作る。
「全員伏せて!」
「石矢の群れ!」
刹那、地に伏せた隊員達の頭上を無数の石の矢が通り過ぎた。
幾つもの風切り音が耳元を過ぎ去り兵舎に穴を開ける。
何度も魔法やゴーレムの投石を受けてほぼ倒壊していた兵舎だったが杖持ちの魔法はそれをたった一度で貫通する。
石矢で穴だらけにされた兵舎は音を立てて崩れ落ち、それに何人かの隊員が巻き込まれて命を落とした。
「そんな……へ、兵舎が……」
「なんだ、これは夢か……?」
「化け物だ! あいつは化け物だ!」
伏せるのがあとほんの少しでも遅れていれば石矢に射抜かれて死んでいた。完全に瓦礫と化した兵舎を見れば、それは間違いない。その事実に誰もが戦慄し、嫌な汗が背中を流れる。
「ホウ、避ケタカ。地ニ伏ス姿ガトテモ似合ッテイルゾ」
土に塗れた隊員を見て杖持ちは耳障りな笑い声を上げて侮蔑の視線を向ける。
悪意溢れる杖持ちの態度に反意を示す隊員はいなかった。下手なことを言えばすぐにでもまた石の矢が放たれる、そんな予感がしたためだ。
手持ちの武器では全く歯が立たない彼等に最早抗う術はなかった。
ちょうどそのタイミングだ、彼等の耳が背後から近付いてくる車の音を聞き取ったのは。
隊員達は打ち合わせることもなく一斉に立ち上がるとモンスターに背を向けて全力で走り出した。ただ逃げても彼等が助かる可能性は限り無くゼロに近い。だとしてもただ座して死を待つよりかはマシだと判断したのだ。
「ム? 逃ガサンゾ人間!」
再び魔力が高まり杖を介して宝石へと集束する。
杖持ちが現れてから止んでいた他のモンスターの攻撃が再開された。飛来する魔法や岩が直撃し、一人また一人と命を散らす。
漸くこの段階に来て、あぁ……俺達は遊ばれていたんだ、と気付く。再開された攻撃、必死に逃げる隊員達が簡単に殺されていく状況がそれを示していた。
「……泥沼の誘い」
隊員達の視界に迎えの車が映ったその時、背後で魔法の詠唱が完了する。
その瞬間、彼等を支える足場が緩んだ。
「な、んだよ、これは!?」
「くそっ、沈んで前に進めない……!」
「馬鹿な!? ここはアスファルトだぞ!? 何故沼のように沈む!?」
隊員達を中心にしてその周囲の大地も軟化する。
人間の体重程度で沈むはずのないアスファルトの地面がまるで沼地になってしまったかのように踏み出した足を飲み込む。
隊員達の希望であった迎えの車はその重量のせいであっと言う間に沈んでいき既に身動きが取れなくなっている。それどころか周囲の軍事施設までもがアスファルトの中へとずぶずぶと沈んでいく。
魔力感知スキルを覚えている隊員は沈みゆく自分の身体をどこか他人事のように感じながら改めて思う。
そもそも僅かでも逃げられると考えたこと自体間違っていたのだと。複数の高ランク冒険者を集めて漸く対峙出来るような相手を前にして生き残れるわけがなかったのだ。
彼はある意味この小隊の中で最も不幸だったのかもしれない。
ルミルの庭の知識があり魔力を感じることが出来てしまったがために絶望的な現状が理解出来てしまうのだから。
三度目の魔力の高まりを感じ取った。
それは今までと同様に宝石へと集束していく。
アスファルトの中でもがいている隊員達には分からない。これから止めを刺す一撃が来るだろう事を。
自暴自棄になった彼は最後に小さく呟いた。
「ダンジョンの入口に特異体とか馬鹿げて──」
「地針の園」
沼化していたアスファルトが硬さを取り戻し、突如変形して勢いよく隆起する。
先端の尖った無数のアスファルトが細長く真っ直ぐに伸びていく。
それは所謂針と言うべき形状で、そこら中から生えてきたアスファルトの針はまるで花のように咲き乱れた。
無機質な一面のアスファルト色に仄かに赤が入り混じる。
アスファルトに足を飲み込まれていた彼等が針を避けられるはずもなく、全ての隊員が息絶えることとなった。
迎えの車を運転していた者も車ごと針に刺し貫かれ、いつの間にかエンジンも止まっていた。
動く者のいなくなったその場所からは応答を求める無線の声が空しく響いていた。
この大国の軍がモンスターに敗北を喫したという情報は世界の国々に大きな衝撃を与えた。
世界融合に伴う各地の異変。時間が経過するに従って徐々に上がってくる良くない知らせ。
各国首脳は痛む頭を押さえながら未だかつてない事態を収拾するべく奔走する。
既存の法則に異世界の法則が入り混じり、先の見えない時代が始まる。無謀にも未知に首を突っ込んだ、或いは運悪く巻き込まれてしまったのか、既に相当な数の犠牲者が出てしまっていた。
未だ世界融合が起きてから二十四時間も経っていない。




