閑話 砂漠の樹海
GW&やっと物語の一日目が終了した(遅過ぎ)ということで!
閑話投稿です。
同日にて、別の場所での話となります。
今日、明日、明後日と閑話投稿になりますのでご理解のほどをよろしくお願いします。
その後は主人公視点に戻りますので安心してください。これで少しは戦闘分を補給出来た……はず!
ここは見渡す限り砂に埋め尽くされた砂の世界。昼間は死ぬほど暑く、夜は凍えるほど寒い砂漠の国だ。
それは誇張でも何でもなく、科学技術の発達した現代に於いても少なくない数の人間が過酷な環境に耐えられず日々その命を落としている。
自動車が一般市民層にも普及してきたことで数は年々減少傾向にあるが油断は出来ない。特に裕福とは言えない生活をしている人々にとっては、壊れても修理する金もない中古の大型車に鞭を打っては砂上の旅路を行き交う、毎日がそんな命がけの綱渡りなのだから。
もうすぐ日が暮れる。いつも通りに隣町への行商を終えた僕は自分の住んでいる町に向かって車を走らせていた。たくさんの砂を踏み散らしてようやく遠目に町の入り口が見えてきたその時、それは起きたんだ。
「う、うわあぁー!」
凄い地震だった。
大声を上げながら思わずブレーキペダルを踏み込んで停止する車。舞い散った砂埃が風に吹かれて広がり視界を濁らせる。
他の車とぶつかることはなかったけど前後の車も急ブレーキをしたせいで、辺り一面に砂埃が舞い上がり周囲の様子がさっぱり見えなくなった。この国では殆ど地震は起きない、だからこれが人生初めての地震だったけど、埃を吸い込んで咽せる音がそこかしこから聞こえたから一人じゃないと思えて不安は少なかった。
砂埃が収まり視界が晴れても地震は暫く続いた。
「おいっ、なんだあれは」
あまりにも揺れが長引くものだから、自宅は崩れていないだろうかと心配していると、ようやく揺れが収まり誰かの驚く声が聞こえた。
僕は声を発した男が見ている方角へと目を向けると言葉を失った。
「……俺は夢を見ているのか?」
「蜃気楼だ」
「行ってみりゃ分かるだろ。っていうか行くしかねぇ。おいっ早く進めよ」
ちっとも進まない状態に焦れた誰かがクラクションを鳴らし、連鎖するように前の車が邪魔で進めない車の持ち主達がクラクションを鳴らす。途端に周囲は騒がしくなった。
僕達の視界の先には森があった。どこまでも続いているような木々の群れ、樹海と言っても過言じゃないほどに鬱蒼とした緑が眼前に広がっていた。乾いた砂の大地続いているだけだったはずの町のすぐ近くに樹海が出現していたんだ。
砂漠の樹海、誰かが言ったそんな言葉がやけに耳に残った。
そして緩やかに前に進み出した車達はそのまま町に向かった。
一部の車は道から外れて森に走っていったけど、僕は大半の車と同じように町に入って自宅へと向かった。その途中で頭の中に知らない人の声が聞こえてきたけど、言っていることはいまいちよく分からなかった。
それから家に帰り着いた僕は室内でゆっくりしていると、突然知り合いの男が飛び込んできた。
「手の空いてる奴らであの森に木を切りに行くことになった。お前、車持ってるだろ? ちょっと車出してくれよ」
どうやらあの森に木を切りに行くことになったみたいだった。何だか嫌な予感がするから行きたくなかったけど、その場合車を貸し出すことになりそうだったから仕方なく車を出すことにしたんだ。この車は大切な商売道具なんだ、貸し出して乱暴に使われたくはなかった。
車を町の入口に移動させると既にたくさんの人達が集まっていた。二十台を越える車、それに乗り切れるか怪しい数の人々。斧や鋸を担いでいる人が大半だったけど、中には安全を確保するために銃を持っている人や奥まで探検するつもりなのか大きなリュックを背負っている人もいた。危険があるかもしれないので日が暮れる前に木を切り出して帰ってくるつもりのようだ。
僕が来てからそれほど経たずに森に出発することになった。明らかに定員オーバーな人数を乗せた車は重い音を立てながら走る。
木材を載せた後はどうするのかと思えば帰りは歩いて町に戻るらしい。まぁ大した距離じゃないしそうなるよね。安全性を高めるために最初だけは集団で向かう形なのだそうだ。
二、三分も車を走らせると樹海の入口に到着した。
より質の良い木材を求めて外周より少しだけ内側に車を進める。それに伴って密集していた車の距離も少しずつ離れていった。
車が停車すると乗っていた人達が次々と降りていき、それぞれが勝手に行動を始める。
日が落ちて暗くなっていけば自由に動き回るのは難しくなる。だからこそ彼等の動きは素早かった。
早速手近な樹木を伐採して車に積み込む者、周囲を警戒するように見回る者、木々をかき分け時間の許す限り樹海の奥に進もうとする者。
僕の車に同乗していた人達はその殆どが樹木の伐採が目的の集団だったようで木材を切り出しては次々と車に載せていく。
砂漠の地が大半を占めるこの国に於いて、木材は大変貴重な資源だ。少ない木々切ればただでさえ広い砂漠が広がってしまう、そのため国で使われている木材の殆どが輸入品なのだ。
だから切っても切っても無くなる気配のない樹木の山を目の前にして顔色を変えてしまうのは仕方ないことなんだ。嬉々として樹木に群がる男達の姿が木々を蝕む昆虫のように思えてしまったけどそれは許して欲しい。
そろそろ積載量をオーバーしてるから載せるのを止めて欲しいと言おうとした辺りで突如銃声が鳴り響いた。僕の車からそこそこ離れた場所で、銃を持った男が仕留めた獲物に近づき持ち上げた。
「気味の悪い野犬だ、こいつ食えるのか?」
持ち上げられた野犬の見た目は緑色をしていて、僕の食欲はとてもじゃないけど湧かなかった。赤い血が流れてるから一応食べられるんじゃないかな?
僕はいらないけど、血抜きを始める男の見ながらそう思った。
特に油断していたわけじゃない。かといって警戒していたわけでもない。ただ車の中で作業が終わるのを待っていただけだ。
危険が迫ればすぐに気付けると思っていたし、最悪の場合はみんなを置いてさっさと車で逃げればいいと考えていた。仕方なく車を出してやったことを理由に車の中に居座っていたのはそれが理由だ。
でもその考えは甘かったみたいだ。甘いも何もこの森がそんなに危険な場所だとは誰も思っていなかったわけだけど……。
既に太陽その半身を地平の向こう側へと隠しており樹海の中はそれなりに暗くなっていた。
これ以上載せると車が動かなくなると告げたことでようやく積み込み作業が終了したところだった。
それに気付いたのはただの偶然だった。
車を動かす前にあの野犬の血抜きは終わったかなって、銃を持った男に視線を向けたんだ。血抜きを終えた男は野犬を麻袋に入れているところだった。
男の頭にブスッと何かが刺さった。
「は?」
何が起きたのか分からなかった。脳が麻痺してしまったかのように思考が止まる。
頭に何かを受けた男は糸が切れた人形の如く倒れた。
倒れた男を挟んだ僕の向かい側の木々の隙間に何かがいた。草木に紛れるような緑色の肌をした人間の子供と同じくらいの大きさの何かが。人型に思えるソイツはしなった棒を木蔦で固定したものを持っていて……僕と目が合った。
ゾクッと言いようのない悪寒が身体中を走った。
ソイツは醜悪な顔をさらに歪めて僕を嘲笑うように口元に笑みを浮かべたんだ。
その瞬間麻痺していた脳が現状を理解する。奴に何をされたのか把握すると、本能が命の危険を感じて全身から汗が噴き出した。
「悪魔だ! 緑の悪魔がいるよ! 一人殺された!」
暴れる心臓を抑えつけて周囲の人達に危険を知らせる。僕の声を聞いて頭に矢が刺さって倒れた男に気付いた他の人達は騒ぎ始めた。
みんなに危険を知らせた僕は、これで心置きなく逃げられるぞ、と車のエンジンをかけるが、その瞬間周囲の状況が一変し思わず愕然とする。
周囲の木々の間から緑の悪魔が次々と姿を現す。今までどこに隠れていたというのか、こちらの人数よりも多くの悪魔が現れて奇声を上げながら近付いてくる。
車で逃げ出そうにもこちらを包囲するように背後の道も塞がれているため抜けることが出来ない。
悪魔どもは錆びた剣や槍を持っていてこちらを殺そうとする意志に満ちている。
突然の悪魔の出現に混乱していた僕達だったけど弓矢を持った悪魔が躊躇無く矢を射ったことで完全に収拾がつかなくなった。
「ひぃー! 誰か助けてくげぇ」
「この悪魔どもめ! 死にやがれ!」
「やりやがったな、クソが! ぶっ殺してやる!」
「いてぇ……いてぇよ、俺の腕が無くなっちまった」
「オラァッ! ダチの仇だ、絶対に許さん!」
「嫌だ嫌だ、俺は逃げるぞー!?」
弓矢に対して銃で応戦する者、斧や鋸で悪魔とやり合う者、車に乗って強引に逃げようとする者。統率を取れる者もいないためみんなバラバラだ。
逃げ惑う人々は斬られ突かれ嬲り殺される。戦っている人達と悪魔の間に技量の差があるのか、何匹かは倒せてもそれ以上の数を殺されてしまう。銃を持っている人だけは善戦していたが、元々獣用に軽く準備しただけのものだ。弾が尽きてやられるのも時間の問題だった。車で強引に逃げ出した者は何匹かの悪魔を轢き殺したがタイヤを突かれてコントロールを失い樹木と正面衝突していた。
「くそ、何で僕は車を出しちゃったんだ。来るんじゃなかった、死にたくないよ……」
目の前に凄惨な殺戮現場が作り上げられていく中、僕は車の中で何も出来ずに震えていた。
だって仕方ないじゃないか、戦う術を持たない僕が悪魔に立ち向かっても勝てるわけがない。斧や銃を持っている人達だって簡単に殺されてる。車で逃げようとしたやつだって包囲を突破出来ずに事故ってるじゃないか。このまま車の中に隠れていればもしかしたら見つからずに助かるかもしれない。
弓矢を持った悪魔と目が合ったことを忘れた僕は、音を立てないように気をつけながら車の中で震えているのだった。
時間が経つ毎に車の外から聞こえてくる音の種類が減っていく。金属同が打ち合う音が消え、銃声が消え、果てには人間の発する音が消えた。
悪魔どもの下品で不快な話し声だけが僕の耳に届いていた。何を話しているのか、時折笑っているような声が聞こえてくる。
話したいことを話し終えたのか悪魔どもの声が突然止んだ。もしかしたら人間がいなくなったから森の奥に戻ったのかもしれない。これで助かるんだと僕の心に希望の光が射し込んだ。
「……っ!?」
だが、別にそんなことはなかったようだ。そこら中から再び金属を叩く音が鳴り響いた。残されている車を叩いて中に人がいるかどうか確かめているようだ。
「い、嫌だ……死にたくない!」
「あ、ああぁー! 誰か助けてくれー!」
どこかでガラスが割られ、タイヤが破裂する音が聞こえてくる。僕と同じように車の中に隠れていた誰かが悲鳴を上げる。
「うぅ……」
きっと車から引きずり下ろされて殺されたんだ。
悲鳴が上がる度に叫びそうになる口を押さえて僕は震えた。荒くなっている呼吸音が悪魔どもに聞かれているんじゃないかと思えて涙が滲んできた。
突然運転席のドアがガンガンと音を立てた。ついに僕の車が狙われ始めたんだ。未だにローンが残っている僕の車がボコボコに凹まされていく。ドアは歪みタイヤが潰される。割られたガラス片が車内に降り注ぎ、機関部がやられたのかエンジンが止まる。
「……うぅ……うぅっ!」
大量に積まれた木材で車内の様子が確認し辛くなっているせいか、悪魔どもは僕の車を執拗に叩き続ける。車内に向かって膨らんだドアがどれだけ強く叩かれているのかを物語る。
運転席のハンドル下のスペースに隠れている僕は気付かれていないかとキョロキョロと周囲を見回した。車外の景色が見えないということは悪魔からも僕の姿は見えていないということだ。
身体の震えは止められないけど大きな音は立てていない。このままジッとしていればやり過ごせるはずだ。僅かに湧いてきた希望に身体の震えが少しだけ小さくなるのを感じた。
ベキッと今までの金属音とは毛色の違う音色が頭上から聞こえた。ハッと頭上を見上げた僕の目に随分と低くなった天井が映り……そこには突き刺さった斧があった。ギギッと音を立てて斧が引き抜かれ、僅かに出来た隙間からこちらを覗く悪魔が目があった
「……ぁっ」
「グギャギャ」
あまりにも情けない声を漏らす僕と楽しそうな声音で笑う緑の悪魔。
嗜虐的な瞳が遠ざかり、その悪魔は錆びた槍を持った別の悪魔と入れ替わる。変形したドアと積み込まれた木材で碌に身動きが取れない僕は、天井の裂け目から槍が突き込まれるのをただ見つめていることしか出来なかった。
日暮れ前に帰ってくるはずだった男達はその日帰ってくることはなかった。
次の日には捜索隊が組まれ樹海へと向かうが彼等の姿を見つけることは出来なかった。それどころか戻ってきた捜索隊の数は出発時の約半分にまで落ち込んでいた。
樹海の中には緑の悪魔がいる、血塗れになりながら逃げ帰ってきた捜索隊の面々は口々にそう言った。
町の近くに突如として出現した樹海。それは砂漠の樹海と呼ばれるようになり、町の住人はその危険性から近付こうとしなくなった。樹海を訪れるのは無謀な余所者と国の派遣する調査隊くらいであったという。




