第47話 夜の終わりに
月影曰わくむずむずするが治まるのには、それなりの時間を要した。いや、正確には脳内に響く月影の幼女ボイスが言葉の体を成さなくなったので終了と判断したのである。
月影も落ち着いたようだしそろそろ寝ようとする信司だったが部屋の一部から違和感を感じた。
信司の部屋に充満していた魔力は月影が早く信司に気付いてもらいたいがために故意に放出していたものであり、目的を果たした今は月影に吸収され他の場所と殆ど変わらない魔力濃度まで下がっている。そう、殆どだ。
魔力感知スキルがLv49の信司には部屋内の一部に僅かな魔力の空白が感じ取れた。まるでそこに魔力の入り込めない何かがあるかのように。
信司の頭には一つだけ思い当たるものがあった。
両親のお土産。ディフィオンの首飾り、蒼禍の書、無銘の刀、とそのどれもが強力なアイテムだ。もちろん全てのお土産が強力なアイテムというわけではないだろう。
陽菜の部屋には蒼禍の書以外にも魔法書っぽい両親のお土産はあったが鈍器にするくらいしか使い道がないものであった。しかし、三つも強力なアイテムがあったのだから他のお土産の中にも強力なアイテムが紛れている可能性は高い。
信司は自分の机の前に移動するとそれを手を伸ばした。信司の部屋に置いてあった両親のお土産は二つ。一つは無銘の刀、もう一つは────。
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・ドゥールグの願石(★4):収集癖を拗らせた倉神ドゥールグが死の間際に力の一部を封じ込めた石、使用するとアビリティー★4時空倉庫を習得します
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ドゥールグの願石という名前の石であった。
見た目は掌サイズの立方体で、河原に落ちている石ころと遜色ない一般的な石色。道端で落としたら無くしてしまいそうである。
見栄えが良いとは言えないがその整った形から置物として机の片隅に飾ってあったものだ。
『……ふむ、その石ころからは神力が感じられるのう』
『神力? 魔力とは違うのか?』
『神力とは信仰を集めて神性を帯びた者が扱える力じゃ。膨大な魔力、気力、霊力が混ざり合ったものらしいのじゃが本当のところはよく分からんのう』
『つまり神力は魔力の上位互換といったところか』
『うむ、大雑把に考えればその認識で問題ないじゃろ』
それなら魔力感知スキルで捉えられないことも理解出来る。魔力が入り込まないということは神力に弾かれているのだろう。
『気力、霊力っていうのは魔力とどう違うんだ?』
何となく想像はつくが念のために聞いておく。
『そうじゃのう……。まず魔力、気力、霊力という力は誰しもが持っている力じゃ。人によってその比率や大小に違いはあるが魔力に寄っている者が多いのう。もちろん信司もそうじゃ。気力は自己作用系、霊力は他者作用系、魔力は体外作用系の能力の使用に向いておる』
魔力=闇、気力=無、霊力=光じゃなかったか……。
予想とは違ったが納得出来る話だ。例えば気力がない状態、無気力出あれば生き物としてやっていけない。
『気力は流動性が高く揮発性も高い。故に身体強化などのエネルギーとしては優秀な反面、体外に出すとすぐに四散してしまうため燃費が悪いのじゃ。魔力は気力に比べて流動性も揮発性も低いので体外作用系の能力に使うというわけじゃ。霊力はその中間じゃから他者に作用させる能力に向いておるというわけじゃな』
『そういうことか……』
だとしたら身体強化魔法や味方に補助魔法をかけるときに魔力ではなく気力や霊力で発動出来るようになればもっと効率が良くなるということか。今思えばSPという表記は気力や霊力も含めた表現だったのかもしれない。魔力であればマジックポイントやマジックパワー、MPという表記でいいのだから。
信司は気力や霊力を感じ取れるように普段から意識していくことにした。気力や霊力を使えるようになるためにはまず認識出来るようにならなければ始まらない。神力を感じ取るには気力や霊力が感じ取れない現状では話にならないだろう。
まぁ、とりあえずこれは使っておくか。デメリットも無さそうだし。
信司は掌に載せたドゥールグの願石の重さを楽しむようにお手玉にする。
レア度は★4、使えば★4のアビリティーが手に入るまさかの消費アイテムだった。
時空倉庫という名前からルミルの庭のアイテムボックスよりもさらにゲームチックなアイテムボックスを想起させる。ブラックホールの如き要領を持ち、重さを感じさせず、内部の時間は進まない。ファンタジー系の異世界に転生するなら誰もが欲しがる能力の一つ、万能系アイテムボックスである。
レア度が★4であることからそこまで高性能ではないだろうと思いつつ、信司はドゥールグの願石を使用した。
一見使い方の分からないアイテムでもルミルの庭では何とかなることも多い。アイテム画面を表示して使いたいアイテムを選択し使用すれば使い方が表記される物がそれなりにあるためだ。例えばポーションであれば飲むか、かけるかすればいいと表記される。
ドゥールグの願石は特に使い方が表記されることはなかった。既に使用条件を満たしていたのか、使うことを望むことが条件だったのか。
ドゥールグの願石は突然その形を崩すと液体に変わり、信司の掌に染み込んでいった。
アビリティー★4時空倉庫を習得した。
突然掌から何かが入ってくる感覚に驚く信司だったがアビリティー習得のログが流れたため問題なかったことに安堵した。
──────アビリティー──────
★4時空倉庫:使用すると1万種類、各1万個のアイテムを収納出来る時空倉庫に接続する、コストレア度
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習得した★4時空倉庫の詳細を確認してみると信司の予想していた以上の性能であった。
広さではなく種類と数で区切るのか。相当な容量だし、何よりコストが安いな、たった4で使えるのか。新しいアビリティーやスキルを覚えたら使ってみるに限る。幸い燃費も良いことだし早速使ってみよう。
信司は時空倉庫を発動させてみると目の前の空間に拳大の穴が現れた。光も通さない真っ暗な穴はどこまでも続いているようにも思える。横から見てみると一本の黒い線にしか見えない、平面上に開いた穴だ。
信司は適当に物を拾うとその中へ放り込んでみる。人気漫画に物差し、バラしたティッシュにティッシュ箱、未使用のボールペンに使いかけのボールペン、飲みかけのペットボトル飲料の中身を半分ほど穴に注いでからペットボトルも入れる。腕時計を入れてから最後にまどにへばりついていたカナブンを入れようとするが弾かれて入らなかったので諦めて時空倉庫を閉じる。
暫くしてから再び時空倉庫を開いて中身を確認、整理する。それを何回か繰り返すとある程度のことが分かってきた。
「発動自体はSPを4消費するだけだが時空倉庫を開いたままだと少しずつSPを消費するか……まぁ、それでも十分安い」
基本的にはアイテムボックスと同じような仕組みのようだ。アイテムボックスとの違いは主に二つで、一つは内部の時間が止まっていること、もう一つは生き物は本人の了承がないと入れられないということであった。嫌々ながらも実験に協力してもらった月影が生き物として判定されていれば、であるが。
アイテムボックスであれば人間は無理でもペットなどの小型の生き物は入ったのでそこは大きな違いである。逆に了承さえ取ってしまえば人間すら収容出来てしまう可能性がある時空倉庫は他の人に知られると不味いアビリティーであると信司は眉を顰めた。
『全く、酷い目に遭ったのじゃ。ワシはもう二度とあの穴には入らんからの!』
『すまんすまん、早めに知っておきたかったからついな。もう入れることはないだろうから安心してくれ』
月影のおかげで時空倉庫の実態が把握出来た。他人に知られるに少し不味いアビリティーだということも……。
昼に集まるまでに隠蔽スキルのついた魔道具をミレーヌかフィオに準備してもらわないといけないな。余っていればいいんだが……。
ゲームではかなりの数出回っていた隠蔽スキルの付与された魔道具も現実のルミルの庭ではどれくらい出回っているか分からない。さらに確実に隠せると思えるほど高いレベルの隠蔽スキルが付与された魔道具となると準備出来ない可能性の方が高いだろう。
『信司よ、外にある倉庫の中身を時空倉庫に移した方が良いのではないか? あそこにはワシほどではないがそこそこ使えそうなやつがおるぞ?』
信司が頭を悩ませていると月影が屋外倉庫に使える物があると伝える。
『そうだな、そうするか』
倉庫には両親のお土産という名の怪しい品の数々が放り込んである。どうやらその中に当たりのアイテムが紛れ込んでいるようだ。魔力感知の範囲を屋外にまで広げると倉庫の中から相当数の魔力反応が感じられた。時空倉庫という信司だけが自由に使える収納空間を手に入れた今、それらをしまっておかない理由はない。信用していないわけではないが野放しに置いたままにしておくのは不用心というものだろう。
もしかしたら倉庫の中に隠蔽スキルが付与された物があるかもしれない。
そうと決まれば動きは早い。信司は月影を手に持つと早足に倉庫へと向かった。
先程ミレーヌとフィオに見せた懐中電灯を使って信司は倉庫に辿り着く。二つある倉庫のどちらからも魔力が感じ取れるため、どちらの鍵もきちんと持ってきている。
早速信司は片方の倉庫の鍵を開けると中へと入り物色する。月影を手に取ってからは殆どSPを使っていないためほぼ最大値まで回復している。そのため信司は高い魔力を持つアイテムや怪しい気配のするアイテムを優先的に鑑定していき、次々と時空倉庫の中へ放り込んでいった。
時空倉庫を開いたままだとSPが徐々に消費されてしまうため鑑定結果を楽しむ暇もない。信司は効率を重視して黙々とアイテムを収納していくが途中、おっ、えー、マジかよ、とバリエーション豊富な呟きを漏らしていたが仕方ないことだろう。
「ん?」
作業を続けているとそこそこの魔力と怪しげな気配を発する質素な指輪を鑑定した信司の動きが一瞬止まる。お目当てのアイテムだったのか、信司はその指輪を時空倉庫ではなくアイテムボックスにしまうとすぐに作業に戻った。
一つ目の倉庫が空になる頃には信司のSPも半分を切っていた。
二つ目の倉庫のことも考えてSPを残した信司だったが、大量の未鑑定のアイテムを取り出して今すぐに鑑定してしまいたい衝動に駆られて、もどかしそうな表情を浮かべていた。とはいえ、それはSPに余裕があるときにじっくりすればいい。そのことが分かっている信司は渋々といった調子で一つ目の倉庫を後にすると二つ目の倉庫の鍵を開ける。
「さて、サクッと終わらせるか」
『……む、信司、蜘蛛が登ってきたきたのじゃ、ちょっと払って欲しいのじゃ』
一つ目の倉庫と同じように時空倉庫にアイテムを放り投げ始める信司を、倉庫の壁に立てかけられた月影が呼び止める。どうやら音と振動に驚いた蜘蛛が月影に登ってきたらしい。しょうがないな、と信司は肩を竦めると月影を持ち上げ勢い良く振るった
刀の扱いスキルを習得した。
……これで覚えてしまうのか。
刀を扱う腕前を示し、刀技スキルを習得するために必要なスキルである刀の扱い。戦士系classの人が刀を振るっていれば習得出来る、比較的簡単に手に入るスキルではある。だが蜘蛛を振り落とすための一振りで習得してしまった信司は何とも言えない気持ちになった。
『うむ、ご苦労じゃ信司』
いや、まぁ、いいんだけどね……。
月影から蜘蛛を落とした信司はどこか気落ちした様子で作業に戻っていった。
「これでラストっと」
信司は最後のアイテムを時空倉庫の穴に放り投げる。乱雑な扱いではあったが時空倉庫に入ったアイテムは中でぶつかり合うこともないので問題はない。二つの倉庫の中身を時空倉庫に移し終えた信司のSPはほぼ空であった。
『今やれることはやった。後は寝て起きてからにする』
『それがいいじゃろう。ご以上起きていると明るくなってきてしまうぞ。ワシも眠くなってきたのじゃ』
……刀は眠るのだろうか。
いくら穴に向かって投げるだけとはいえ数が数だ。信司が倉庫に来てからはそれなりの時間が経過していた。世界がこんな状況だというのに自分だけ昼間にぐっすり眠っているというのは避けたい。
『それは困るな、戻ってすぐに寝るとしよう』
信司は忘れないように月影を拾うと倉庫の鍵を閉めて家の中へと戻る。
部屋に戻る途中、両親の部屋を覗くと父さんは寝ていたが母さんが起きていた。信司は屋外倉庫の中身を自分の能力で移しておいたことを伝えて自分の部屋へと戻る。
脱衣所と浴室から明かりが消えていたため陽菜は部屋に戻ったようである。おそらく寝ているだろう。
『それじゃあ月影、おやすみ』
『おやすみなのじゃ』
月影を元の位置に戻した信司はすぐにベッドに潜り込んだ。早く寝ておきたいところだったが先にやっておかなければならないことがあった。
アイテムボックスから先程しまった指輪を取り出す。見た目は目立った装飾のないシンプルな金属製の指輪。長い時を経た代償か全体的に色がくすんでいるのが唯一の特徴と言える指輪であった。
それなりの魔力を秘めている品であったが感じられる魔力が他と比べて珍しいものだったため鑑定を優先した。
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・★4隠者見習いの指輪:隠者が弟子に贈ったとされる指輪、隠者とその弟子以外が身につけると二つの能力が消失し名称が変化する、スキル認識阻害Lv10、気配遮断Lv20、隠蔽Lv30、物理防御力1魔法防御力1
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その結果はこれだった。三つもスキルがついている上にそのどれもが有用なものであった。だが鑑定結果を見る限り信司が装備するとスキルが一つだけになってしまうようだ。
勿体ないが装備するしかないな。
それでも信司は装備することを選ぶ。隠者というclassに覚えがないし、自分のclassが隠者になるとは思えなかったからだ。
消失するスキルはランダムなのか選べるのかは分からない。だがどちらにしろ昼までに隠蔽スキルが必要なことに変わりはない。自分で準備出来るのならそれに越したことはないだろう。
信司は隠蔽スキル残ってくれるようにと祈りながら左手の小指に指輪をはめた。すると残せるスキルは選べるようだったので隠蔽スキルを選択する。
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・★3隠蔽の指輪:身につけると隠蔽効果を発揮する指輪、スキル隠蔽Lv30、物理防御力1魔法防御力1
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スキルを選択すると見た目に変化はないもののアイテム名や効果が一般的な隠蔽の指輪と同じ物に変わった。スキルレベルが30もある隠蔽の指輪となると早々見つかる代物でないが。
信司は無事に隠蔽スキルを持つ装備を手に入れたことで安堵の息をついた。これで安心して眠れるとプラホのマップデータを自動アップデートするように設定してから目を閉じ……ようとした。
時空倉庫拡張スキルを習得した。
それを遮るようにスキル習得のログが流れた。
────────スキル────────
時空倉庫拡張Lv1:時空倉庫を拡張するスキル、一定レベルに達する毎に時空倉庫の容量を拡張する
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どうやら時空倉庫の容量が増えるスキルのようだ。既に個人で使うには十分な容量だが……まぁ増える分には困らないか。
念のため時空倉庫の容量を確認してみるが特に変化はなかった。流石にレベル1で拡張はされないようだ。
通常、スキルの習得やレベルアップは該当スキルの熟練度が一定以上溜まると発生する。時空倉庫拡張スキルは時空倉庫を開いていないタイミングで習得したため、時空倉庫の中にアイテムがある状態、つまり時空倉庫が使われていることで熟練度が得られるのだと信司は予想した。
時空倉庫の有用性を考えれば特に気にしなくても勝手にレベルが上がってしまうスキルだろうと判断した信司は今度こそ寝るために瞼を閉じるのだった。
こうして世界融合の起きた夜は終わりを迎える。
何も気にせずいつも通りに眠る者、避難指示に従って夜の町を移動する者、期待と興奮に目を輝かせる者、先が見えず怯える者、運悪くまたは愚かにも命を散らした者。その行動は様々だ。
直に不吉な夜が明け、太陽が残酷な現実を照らし出すだろう。変わってしまった世界での日々はここから始まるのだ。




