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第46話 その刀の銘は……

 それは無銘の刀の一言から始まった。


 『では早速始めるぞ』


 無銘の刀の言葉に信司は頷きを以て答える。それを合図にして空気が変わる。浮ついた空気が四散し静粛な雰囲気が漂う。高まる気持ちは身のうちに、想いは願いへと昇華され、誓いという形に錬成を果たす。


 『我は無銘の刀、未だ主持たぬ思考の一振りなり。汝、我に何を望む?』


 「……力を、我が欲望を満たし続けるための力を」


 頭に響く声に対して信司は正直に答える。善悪などどうでもいい、それは周りが勝手に決めることだ。問いかけられたのは願いの形、ならば答えるべきは忌憚のない望み。


 『クックックッ……汝は欲深い。だがそうでなくては我が担い手に相応しくない。我は汝の望みに応えよう。汝は我に何を与えうるか?』


 無銘の刀は何を求めているのか。魔剣や妖刀の類であれば血肉などの代償を求めるだろう。聖剣や神刀であれば悪の断罪や高潔な精神を求めるだろう。未だ銘のない刀、あらゆる闇を濃縮させたような漆黒の外観と眩い輝光を放つ白銀の刀身を持つ刀。太古に作られ今に至るまで主を得たことのない意志持つ刀。信司にはそれが善悪を内包する人間のように思えた。名前も与えられずに孤独に生きてきた一人の幼女のイメージが浮かぶ。

 あぁ……だからこの刀の誓約は……。


 「居場所を与えよう。我が命尽き果てるその時まで、我の隣で時間を共にせよ」


 一瞬ブルッと刀が震えた気がした。


 『……認めよう、汝は我の器を満たしうる存在である。汝は誓約を交わすに値すると認められた。汝の名を告げよ』


 「渡里信司だ」


 『渡里信司、我は汝を主と認め、汝の力となることを今ここに誓おう。汝の命が尽き果てるその時まで汝の時間に寄り添おう。我が主、渡里信司よ、我が身を抜いてこの身に汝の血を一滴垂らすがいい。それを以て誓約は交わされる』


 信司は手を伸ばして掴んだままであった無銘の刀をゆっくりと持ち上げる。そのまま自分の目の前まで引き寄せると静かに鞘から抜き放った。キラリと輝く刀身……いや、冷たい光を灯して仄かに輝き続ける白銀の刀身が露わになる。

 どのような法則が働いているのか普段以上の美しさをその身に宿し、自ら光り輝いていた。思わず目を奪われる白銀光は信司に月明かりをイメージさせた。

 あまりの美しさに数瞬固まる信司だったがすぐに誓約の途中であったことを思い出すと右手に無銘の刀を構える。左腕部分のパジャマを少し捲ると刀で薄く切りつける。左腕から流れ落ちた血が無銘の刀に滴り落ちると刀身が一際眩く輝いた。


 『ふぅ……これで誓約は交わされたのじゃ。これからは口に出さなくても念じるだけでワシと会話出来るぞ。ある程度ワシとの距離が離れていても大丈夫じゃ。考え事が筒抜けになるわけじゃないから安心するがよい。これからよろしくなのじゃ、信司』


 信司には最後の一言がとても弾んでいるように聞こえた。


 『あぁ、よろしくな』


 心が弾んでいるのは信司も大して変わらない。信司は無銘の刀を鞘に納めると自分の机から絆創膏を取り出し左腕の傷に貼り付ける。しかし思ったよりも出血が激しく、すぐに絆創膏に血が滲み出してきてしまった。果たしてそれは高揚して血圧が上がっているせいか、勢い余って深く切りすぎたせいか。


 『そうそう、お前の銘考えついたけど今決めちゃっても大丈夫か?』


 僅かに渋い表情を浮かべた信司は絆創膏を剥がして包帯を巻きながら無銘の刀に問い掛けた。


 『もう決めたのか!? そんなに急いで決めなくてもいいんじゃぞ? 早く決めてくれるのは嬉しいのじゃが……それよりも、こ、心を込めて考えてくれた銘の方が嬉しいのじゃ』


 驚き、慌て、恥ずかしがる無銘の刀。とても感情豊かであった。


 『んー、たぶんこれ以上考えても良い銘は浮かばないと思うぞ? お前にぴったりな銘だと思うし、誓約を交わすよりも銘を打った方が俺の刀だっていう実感が湧くだろう?』


 誓約を交わしても性能に変化はないみたいだしな。てっきり何かアビリティーかスキルを覚えるのかと思ったが誓約の効果はどこにも載らないらしい。銘を打てば生まれ変わるって言っていたくらいだし何かしら変化が生じるはずだ。それにこの銘なら早めに決めておいて損はない。少なくとも今より弱くなるなんてことはないだろう。


 『し、信司の刀としての実感!? つ、つまりそれはワシに信司の所有物としての自覚を持てということか!? そんな強引な! 俺の言うことを黙って聞けということなのか!? ……あ、あれ? おかしいのじゃ、理不尽なことを言われているのに喜んでいる自分がいるのじゃ……』


 突然興奮し始める無銘の刀。信司自身の実感の話であったのだが、無銘の刀は自分の話だと勘違いしたようだ。人間と刀の精神構造は似て非なるものということだろう。

 ぼそぼそと呟く無銘の刀は最終的にやや喜んでいた。


 『決心がついたのじゃ。ワシは信司の物じゃ、どんな銘でも受け入れるつもりなのじゃ!』


 どんな葛藤があったのかは分からないが信司が包帯を巻き終える頃には、無銘の刀は信司の考えた銘を受け入れる決意をしていた。


 『銘を打つには誓約を交わしたみたいに宣言すればいいのか?』


 『うむ、それで問題ないはずじゃ』


 銘の打ち方も誓約と同じようにそれっぽくでいいらしい。随分と適当に感じられるがそれだけ感情に比重が寄っているということだろう。

 信司は捲っていた左腕のパジャマを元に戻すと両手で無銘の刀を持ち上げる。右手に柄、左手に鞘を持ちいつでも引き抜ける状態で胸の高さまで上げて静止する。


 「無銘の刀よ、汝の主、渡里信司の名に於いて銘を定める。数多の色を飲み下し光すらも容易にかき消す闇より暗き深淵を纏う刀。万物を睥睨し万象を廃絶させる非情なる白銀の輝光を宿す刀。光と闇を内包する汝の有り様には月明かりとそれに伴う影を意味するこの言葉が相応しい。対にして交わらず、されどその身に光と闇を内在させる刀……月影」


 信司が無銘の刀に銘を告げた瞬間、無銘の刀は激しく震え眩い光を放った。光が収まるとそこには変化を遂げた無銘の刀……いや、月影があった。

 闇を押し固めたかのような黒き外装はまるで生きているかのように色合いをうねらせている。どういった原理でうねっているのかは不明だがそれに触れている信司には特に影響はないようである。

 デザイン性のないただ無骨なだけの楕円であった金色の鍔には十二の紋様が刻まれその周囲がくり抜かれている。持ち手から見て峰を零時、刃を六時とすると、右側は月が欠けていく様、左側は月が満ちていく様を現すように十二の月が刻まれている。現在の月の状態を示しているのか、十時方向の月が僅かに輝いていた。

 信司は刀身の変化を確かめるために月影を鞘から引き抜く。白銀の月、それが初めて月影の刀身を目にした信司が抱いた印象だった。天上の月がそのまま刀になってしまったかのような美麗なる輝きが信司の部屋を満たす。銘を打つ前とは比較にならないほどの光量は正に月明かり、夜の地上に降り注ぐ月の支配光に他ならない。

 思わず感嘆の息をついた信司は暫くの間、白銀の刀身に見入っていた。


 『そ、そんなにまじまじと見つめるでないわ……。刀にだって羞恥心はあるのじゃぞ?』


 そんな時間は恥ずかしそうに信司を咎める月影の声で終わりを迎えた。


 『あ、あぁ……。あまりにも綺麗だったからつい、な』


 信司はもう少し見ていたかったという感情を顔に滲ませながら月影を鞘に収めた。


 『き、綺麗か……。そ、そこまで言うのであれば仕方ないのう。たまに、たまにであればまた見ても良いのじゃ。ただし、ワシの心の準備が出来ているときに限る! 絶対じゃぞ!』


 『分かった』


 信司は妹達をあやすのと同じ要領で月影の鞘を撫でる。頭の中に響く幼女ボイスがそうさせるのか、刀身を見つめるなと言われた腹いせか、それはもう丹念に撫で回した。月影は自分で言った手前、鞘へのお触りくらいは我慢しようと考えたが、想像以上に丁寧かつ繊細な優しい指捌きにすぐに悩ましげな声を上げることになった。相手が刀でなければ事案発生である。時折、やあっ、そこはだめぇ、という言葉が聞こえた気がしたが月影の悶える声をBGMにして信司は月影の鑑定データを見ていた。


 ────────────────

 ・★9月晶刀・月影Lv1:太古に作られ渡里信司に名付けられた生きている武器、アビリティー★5伸縮★7成長★7吸収★7放出、物理攻撃力428魔法攻撃力386

 ────────────────


 信司は鑑定した月影のステータスを見て自然と笑みを浮かべる。アイテム名とその説明、物理攻撃力、魔法攻撃力に変化があった。

 刀の見た目が変わったのはアイテム名が変化したことが原因か。月影……月をイメージして考えた銘だったが、その銘に相応しい姿に変化、いや生まれ変わったということだな。元の刀の特徴がより強化されたような見た目になった。刀が成長していけばさらに変化するのかもしれない。アビリティーに変化はなかったけど物理攻撃力と魔法攻撃力がおかしなことになっている。金属系の魔物すら簡単に切れるんじゃないだろうか。

 考えを巡らせていると手元が疎かになる。その隙をついて息を整えた月影が声を上げた。


 『変態じゃ! 信司は変態なのじゃー! わ、ワシの鞘をあんなに撫で回しおってからに……癖になったらどう責任を取るつもりつもりなんじゃー! あぁ、まだ撫でられているような気がするのじゃ。全く乙女の身体を何だと思っておるのじゃ』


 鞘は撫で回してはいけない部位らしい。


 『ん? 鞘を撫でる行為が変態だとしたら、二週間前に手入れするためにバラしたあれは……』


 『あーあー! 聞こえない、何にも聞こえないのじゃー!』


 信司の声を遮るように声を上げる月影。頭の中に響き渡る幼女の声で信司はいろいろと察した。

 つまりあれは恥ずかしいとかそういったレベルの話ではないのだろう。


 『ごほん、と、とにかくこの話は終わりじゃ終わり! ワシはもう信司の物なんじゃ、少しくらいのスキンシップであれば我慢する……つもりじゃ、たぶん』


 分が悪いと悟った月影は妥協することにしたようだ。若干怪しいが……。


 『そういえば月影になってからはまだ言ってなかったな。月影、これからは俺の愛刀としてよろしく頼む』

 

 月影は信司が聞き取れないくらいの小声で何かをぼそぼそと呟いていたが、それで落ち着いたのか少し真面目な雰囲気を漂わせる。


 『我が主信司よ、この月影、主の刃として立ち塞がる全ての障害を斬り捨てる所存じゃ。これからよろしくなのじゃ、信司』


 『あぁ』


 こうして信司は刀との誓約を交わし月影という銘を定めた。信司の期待以上の性能を有していた月影が今後どのような成長を遂げていくのかとても楽しみである。


 『あっ、えー信司よ。少しばかり鞘がむずむずするから掻いてくれんかのう? 爪を立てずに優しくしてくれると嬉しいのじゃ』


 ……それはもはや掻くとは言わないだろ。

 どうやら既に変な癖がついてしまったようである。我慢とは何だったのか。素直に言えない月影に苦笑しながらも鞘へと指を走らせる信司であった。

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