第45話 信司と刀
時刻は深夜を回る。
次の日が休日であれば日付の境目は曖昧になることが多い。飲めや騒げや歌えば踊れ。所謂オールナイト、調子に乗った学生や社会人になり仕事に慣れてきた若者に多いこの現象だが、果たして彼等にとってどこまでが金曜でどこまでが土曜になるのか。
渡里家階段にて、一段飛ばしで二階へと足を進める渡里信司の姿があった。それは普段の信司からは考えられない階段の登り方で、階段を登り終え早歩きで前に進む様はやはり普段通りではない。
日付は土曜を指しているが、自分の部屋にあるアイテムがどんな品なのか楽しみで仕方ない信司にとって、今はまだ金曜ということだろう。
信司はついに自分の部屋の前に辿り着くと堪えきれないといった様子で扉に手をかける。しかし、信司はそこで一旦動きを停止させると一つ大きく深呼吸をした。
「よしっ」
自分の気持ちが逸っていることを自覚していた信司は自制するように気持ちを落ち着かせると扉を開いた。その瞬間、魔力感知を意識しなくても知覚出来るほどの濃密な魔力が信司の肌を優しく撫でた。想定以上の魔力濃度に思わず固まる信司だったが本来の目的を思い出すと部屋の中へと入って扉を閉めた。
信司の目的は自分の部屋で魔力を発生させているアイテムを調べること。信司は自分の部屋に来るまでに原因のアイテムについて想像を巡らせていた。
おそらくアレだろう、アレであって欲しい、いやぁアレしか考えられない。
巡った結論はアレに集約していたが仕方ないことだろう。
濃密な魔力の発生源、渦巻く魔力の中心、その答えはすぐ目の前にあった。
一般的な男の部屋からはややズレていると言わざるを得ない信司の部屋。整理整頓の行き届いた部屋ではあるが、本棚には漫画やラノベがびっしりと整列しており、手に取られる時を待ち望んでいる。空いているスペースにはゲーム機器がどっしりと陣取っており隙間が見当たらない。
二次元に生きている人種であることは疑いようがないだろう。
もし信司に資金的余裕があったならば、これらの品に加えてアニメの円盤やタペストリー、フィギュアなどが並んでいたに違いない。
そんな信司の部屋だが、光の部屋と同じように部屋の空気に染まっていない物が紛れている。
それは一振りの刀であった。
どこまでも続く深い闇を思わせるような漆黒の刀。黒い木刀のようにも見えるが金色に輝く鍔がそれを否定する。鞘から刀を抜くと闇の結晶とも言うべき外観とは真逆の白銀色の眩い刀身が露わになる。自ら光を放っているかのように光り輝く刀身はまるで夜空に昇る月のようであった。
これも両親のお土産の一つであり、信司が一目見た瞬間に心を鷲掴みにされ受け取ったものだ。どこかの国の森の奥にある遺跡から見つけ出してきたもので、最深部の祭壇に安置されていたものらしい。
そんな重要そうな遺物を持ち帰ってこられる両親の謎はいつものことだが、ヌホン特有の武器である刀が外国の遺跡に祀られていたことは大きな謎だ。調べてもいつの時代のものなのか、誰が作り上げたものなのか、その一切が不明であった。材質すら他の刀とは全く異なるようで、少なくとも信司には見当もつかなかった。
信司は刀の前に移動するとその詳細を知るべく鑑定スキルを使用した。
「これは……!?」
鑑定スキルを使用した信司の口から驚きの声が漏れる。信司のお気に入りの刀、魔力を放つほど強力な品であって欲しいと期待した刀。驚きで開かれた口が元の形を取り戻すのにはそれほど時間はかからなかった。
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・★9無銘の刀Lv1:太古に作られた生きている武器、アビリティー★5伸縮★7成長★7吸収★7放出、物理攻撃力214魔法攻撃力168
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強い……! 俺の知っているどのルミルの庭の武器よりも性能が高い。それに生きているだって? 使えばレベルが上がって成長するということか。SPを消費して一時的に武器の長さを変更する伸縮もある。吸収と放出は知らないアビリティーだが……放たれた魔法を吸収して返すようなことが出来そうだな。刀なのに魔法攻撃力もめちゃくちゃ上がるなぁ、妖精銀みたいに魔力との親和性が高い金属で出来ているのかもしれない。この刀があれば叡智の霧森をより攻略し易くなるぞ。
興奮を抑えきれなくなった信司は無銘の刀に手を伸ばした。
『……ようやくワシの力に気付いてくれたようじゃの、渡里信司』
「……ん?」
信司の頭の中に幼女の声が響いた。
無銘の刀が語りかけてきたということか? ……なるほど、生きている武器というのは文字通りそのままの意味らしい。自我を持ち成長する武器、刀の形をした一つの生命体だな。
信司が無銘の刀に自我があることに感動していると、部屋の中に充満していた濃密な魔力が無銘の刀に吸い込まれていき、周囲の魔力濃度と大して変わらないくらいに薄れる。
気付いてもらえるように自分の魔力を放出していたのか。最初に魔力感知で感じたときよりも魔力濃度が高かったのは早く気付いて欲しかったからか? 随分と可愛らしい刀じゃないか。
『早速じゃが渡里信司よ、おぬしに頼みたいことがある。わ、ワシの、あ、主になって欲しいのじゃ!』
信司の頭の中に恥ずかしそうにどもりながら頼み事をする幼女の声が届く。
「いいぞ」
『ほんとか!? う、嬉しいのじゃ! 後で撤回するとか言われても受け付けんからの!』
簡単に容認する信司。
……後で撤回したくなるようなデメリットでもあるんだろうか。
『ご、ごほん。少し興奮し過ぎてしまったのじゃ。それでは誓約を交わしたいと思うのじゃ。ワシの誓いの後にそれっぽいことを言ってくれれば大丈夫なのじゃ』
「その前にいくつか教えてくれ。誓約を交わすことのメリットとデメリット、誓約を交わさないままお前を使った場合どうなるか、だ」
誓約を交わすことに文句はない。この刀を自分の物に出来るのだから当たり前だ。しかし、誓約を交わすことでどんな影響があるのか、交わさなかった場合どうなるのかは先に知っておきたい。
『せ、誓約を交わしてくれんのか!?』
喜びを抑えきれないといった雰囲気から一転、見捨てられた子犬のような悲しげな声が刀から伝わる。
「俺はお前が欲しい。だから誓約は交わすつもりだ。ただ俺はその影響を先に知りたいだけだ。後で説明されてこんなはずじゃなかった、なんてなりたくないからな」
事前説明を求む、というやつだ。というより後で説明するなんて、今時詐欺師でもしないだろう。それを信用する人もいない。
『お前が欲しい……お前が欲しい……あぁ! なんて甘美な響きなんじゃ……! ワシは信司だけの物じゃ、他の塵芥なんぞに触られとうない!』
聞いちゃいない。
『す、すまぬ……少しばかり気が急いておったようじゃ。きちんと説明するから許して欲しいのじゃ』
暫くすると自分の世界に籠もっていた無銘の刀が帰ってきた。
『まず誓約を交わすメリットじゃが、渡里信司にしかワシを扱えなくなることじゃ。盗難や悪用される心配が無くなるぞ。デメリットは特にないが……強いて言うなら渡里信司以外の人はワシに触れられなくなることかの? ワシを他の人に持たせることが出来なくなるということじゃな。高位の武具になると誓約を交わせるようになるのじゃが、ワシの誓約は比較的軽いタイプなのじゃ。誓約を交わさずにワシを使った場合じゃが、本来の三割程の力しか出せん上にワシの能力も使えんからオススメせんぞ』
「ふむ……」
話を聞く限り誓約を交わさない手は無さそうだ。デメリットもメリットの副作用みたいなものだし、普段から俺が持ち歩いていれば問題ない。
『ついでに今なら誓約を交わしてもらえればワシに銘を打つことが出来るぞ。名は体を表す、という言葉がある、刀も同じじゃ。渡里信司の刻む銘によってワシは本当の意味でお主の物になる、いや生まれ変わるじゃろう』
となるとこの刀は今まで誓約を交わしたことがない、主がいなかったということか。クックックッ、面白い! 俺がこの刀の初めての主になるのか、良い銘を考えなくちゃな。
「そうか、分かった。誓約を交わすことにするよ」
『お、おぉ……ついに念願の主が……! 後で嘘だと言われても取り消せんからの!』
「嘘じゃないから問題ないな。誓約の言葉は本当に適当で大丈夫なのか?」
『ワシの言葉に合わせてそれっぽく言ってくれれば全然大丈夫じゃよ。もちろん格式高い言い回しであれば尚良いが、それよりも気持ちの方が大事なのじゃ!』
格式高いのか、低いのか、いまいち分からない刀である。
「分かった」
たがひとまず分かっておく信司。
初めての誓約、初めての主が出来ることに喜びを隠し切れない無銘の刀。だが強力な武器を手に入れることが出来る信司も逸る気持ちを抑え切れていなかった。




