第3話 ルミルの庭について
VRMMORPGルミルの庭、それは三年前に初めて全世界同時発売された大人気VRMMORPGのことである。
VRとはVirtualReality(仮想現実)の略で特殊な機材を装着することでPCなどにより作られた仮想空間に本人を投影する技術である。自室にいながら草原にいるような体験が出来る。
MMORPGとはMassivelyMultiplayerOnlineRoleーPlayingGameの略で大規模多人数同時参加型オンラインRPGでたくさんの人達が一緒に遊べるRPGである。
つまりVRMMORPGとはまるで幻想の世界にいるような体験の出来るみんなで遊べるRPGということだ。
当時VR技術が発達しはじめ一企業でも気軽にVRを生かしたゲームが安価に製作できるようになっていた。そのため市場競争も激しくたくさんのVRゲームが生まれてはひっそりと消えていく……そんな時勢であった。王道、壮大な世界観、新感覚、最高級のグラフィック、圧倒的やりこみ要素……など様々な謳い文句を掲げていても生き残るタイトルはなかなか見当たらなかった。
そんな中ルミルの庭は発売された。それは今までのVRゲームとは一線を画す魅力を持っていた。上記の要素は最高水準である、その上で……。
・視覚以外の五感も感じられる機能。
・全世界同時発売、その上ゲーム内の技能を高めると外国語の理解が可能で異文化交流が出来る。
・リアル感を重視した膨大な量の各種要素。
・それに応じた尋常じゃない難易度のゲーム性。
全世界のゲーマーは歓喜した。これだ、自分達が求めていたVRゲームはこれしかないと。ルミルの庭は発売と同時に天にも昇る勢いで爆売れし世界中に広まった。あまりの面白さに普段ゲームをやらない人達でさえ手に取ったぐらいだ。PCゲームでありながらその売れ行きは異常で全国のゲーム販売店で品切れが相次いだ。予想されていたのか、すぐにネット販売も行われ現物を買い損ねた人たちはネット販売で入手することが出来た。
人気は今でも続いており発売されてから毎年のベストゲーム賞でMMORPG、VR部門において評価、ユーザー数共に1位に君臨し続けている。その難易度の高さ故に発売されてから1年前後の期間の全盛期と比べればユーザー数は減少しているものの未だルミルの庭を上回るクオリティーのゲームが発売されておらずその人気は断トツであった。
驚くべきことにルミルの庭は発売されてから一度もアップデートが行われていない。それはネット機能を備えたゲームにとって異例のことであった。ユーザーから製作会社のGOCへ問い合わせが向かったがGOCはこのゲームは完成されており今後アップデートされる予定はないと答えている。最もアップデートによる新機能の追加を求める以前にゲームの攻略がほとんど進んでおらず不満はあまり上がらなかった。三年経った今でさえ完全クリアした人はいないと噂される。
だが中にはルミルの庭を批判する人たちもいた。ゲームへの傾倒による現実への悪影響を訴える者たちである。これにおいては裁判沙汰になることもあったが最終的には人類の技術の進歩を体験するのは成長において良い刺激となり今後の技術進歩の礎となるのではないか、悪影響などは一部の傾倒者にのみ発生する可能性があるだけであり良識のある人々には影響がなく個人の判断で規制出来るというGOC側の主張が勝利し悪影響を心配する人々はそれぞれが規制することで落ち着いた。一部の国においては様々な理由によりルミルの庭の販売、遊ぶことを禁止する法律を作っている。
そしてもう一つ、極少数ではあるが別の理由で批判する人たちもいた。それはルミルの庭、延いてはGOCの謎について不安視した意見である。それは噂のような物で確かな物ではない。だが確かにまことしやかに囁かれているものであった。
一つ、ルミルの庭のVRシステムはプログラムソースの容量上有り得ないほど少ない容量で構成されており足りない容量は人間の脳へ直接書き込んで処理しているのではないかという噂。
一つ、いくら解析しハッキングしようとしてもプログラムが理解出来ない、運良くハッキングに成功した者は廃人にされ人知れず処理されるという噂。
一つ、GOCの所在地は大国である某国だがいざ訪れてみるとただの空き地で何も存在しない。電話・FAX・メールには反応はあるが実際には存在しない会社だという噂。
他にも無数の噂が密かに囁かれている。特に三つ目の噂は荒唐無稽だと言うことで信じられていない。テレビのニュース番組が取材などで現地へ向かうと普通に存在していて放映されるためである。どこから生まれたのか不明だがこうした意味の分からない噂があった。噂の出所も噂をしている人もほとんど見つからずお手上げ状態である。しかしこの手の批判の話になるとどこからともなく流れてくる話であった。
長くなったがそれがVRMMORPGルミルの庭である。
「ふむ……。そんなゲームがあるのか」
父さんは顎に手を当てながら呟いた。結構有名なゲームなんだが……まぁ父さんと母さんはゲームなんてやらないから分からないか。
「それでそのゲームが今の事態と何か関係があるの?」
「俺はそう思っている。みんな視界の右下に何か変なマークが点滅してないか?」
母さんもよく分からないといった表情をしていたが俺の質問には頷いていた。
「何か光ってるねー」
「私も点滅してますお兄様」
光と陽菜も点滅していたようだ。やはりこれは全員に配信されたクエストと見て間違いないようだ。父さんも俺もだ、と頷いた。
「さっきの次元震とやらの前に響いた電子音、謎の男の話、そしてこの点滅しているアイコンにその内容。俺の記憶に引っかかるものがある」
「……ルミルの庭ですか?」
「そうだ」
陽菜の発言に頷く。
「あの電子音はルミルの庭のクエスト通知音とそっくりなんだ。そして点滅してるアイコンもルミルの庭のクエストアイコンと全く同じ。クエスト内容の画面構成もそっくりだったんだ」
「……つまりそのなんだ、あの男の言っていた融合した世界と言うのはそのルミルの庭というゲームの世界だってことか?」
「俺はそう思う」
そんなことが起きうるのか……父さんは苦虫を噛み潰したような顔をして頭を掻いた。世界が融合したってことも意味不明だがその融合した世界がゲームの世界、しかも大人気ゲームのルミルの庭だなんてふざけていた。
「……現状を整理しましょう。ついさっきの揺れは次元震とやらで私達の住んでいる世界はルミルの庭というゲームの世界と融合した。これで合ってる?」
俺は頷く。そしてルミルの庭のゲームシステムが適応されているのだとしたら……それは大変なことになる。まさしくあの男が言っていたように剣戟鳴り響き魔法が飛び交う世界になってしまう。それはゲームなら問題ないが現実ならばたくさんの人が亡くなるだろう。
「あの男が言っていたように冒険する人も出てくるだろうし実際に剣が交差し魔法が飛び交う世界になると思う。そしてゲームとは違いたくさんの人が亡くなるかもしれない」
びくりと光と陽菜が震えた。怖がらせてしまったかと思い二人に目をやると……逆だった、興奮していた。
「ふんす!」
ふんす! じゃないよ光……気持ちは分かるけど……。それから父さんと母さんはしばらく考え込んでいるようだった。二人には想像しにくいことだろう。俺もゲームでしか体感したことはないが。
「……信司、今するべきことはなんだ?」
父さんは真っ直ぐに俺を見つめる。とても力強い、信頼されていると感じる視線だった。
「ママとパパはゲームに詳しくないわ。信司、あなたが一番詳しい。教えて頂戴、今何をするべきかを」
母さんは俺に問いかける。俺の予想は想像でしかない。それでも二人は俺を信頼して意見を求めてくれていた。
「お兄ちゃん」
「お兄様」
光と陽菜も俺を見つめる。……そうだな、今思いつくことをしよう。合っているかは分からない、でも間違ってはいないはずだ。出だしで転ければ後々響くことになるだろう。これはゲームではない、現実だ。俺の肩に責任がのしかかる……。だが俺にとってはいつものことだ。光や陽菜を育てていたときの地獄を思い返せばなんてことはない。たくさんの人が死ぬかもしれない、俺が人を殺めることもあるかもしれない。家族が殺される可能性もある。しかしそんな殺伐とした世界……俺は嫌いではない、むしろこの平和呆けしたこの世界に必要なのかも知れないと考える。明らかに普通の人の思考ではないだろう、異常かもしれない。でも俺はそんな自分が気に入っている。
ふっ、上等だ。面白い。生き抜いてやろうじゃないか、この馬鹿げた現実を。あの男が言っていた波乱万丈な人生を!
思わず口元に笑みが零れる。光と陽菜はそれを熱の籠もった視線で見つめる。両親はさすが私達の子供だと満足げな表情を浮かべた。
「じゃあ今からやるべきことを説明するよ」
俺は出来るだけわかりやすくなるようゆっくりと話し始めるのであった。