第36話 幼き日のミレーヌと襲撃者後編
寝落ちしてました……。
投稿遅れて申し訳ありません。
ミレーヌは光に包まれた両腕から少しずつではあるが痛みが引いていくのを感じ、これが治癒魔法だということに気が付いた。
軽装の男は癒しの光が効果を発揮していることを見届けるとゆっくりと立ち上がり、背の低い男と対峙する。
「……光魔法、お前まさか光拳のアーロンか?」
「よく分かったね、僕は勇壮の風所属、光拳のアーロン。諸事情で予定より一日早く到着した君達にとっての死神さ」
問い掛けた男に対してさして驚きも見せずアーロンは答えた。
「くそっ、そんなの聞いてねぇぞ……」
男の把握している日程ではアーロンの来訪は明日のはずだった。だからこそ前日である今日、襲撃を決行したというのにこれでは意味がない。アーロンの言い回しから考えるにミレーヌを捕まえる計画が漏れていたか、漏れていなくても何かを掴んでいるのは間違いなかった。
先程までの状況とは一転、背の低い男は蛇に睨まれた蛙のように視線だけで動きを止められると、その額に汗を滲ませた。下手な動きをすれば一瞬で殺される、そんな予感に思わず喉を鳴らした。
目の前の男が光拳のアーロンだと分かった時点で、背の低い男は自分に勝ち目がないことを悟った。既に退場してしまった相方の魔法使いが健在だったとしても、歯が立たないことに変わりはない。背の低い男はそれだけの差があることを知っていたし、実際に対峙してより確信することが出来た。
しかし、逃げるという選択肢は最初から存在していない。ミレーヌを捕まえることが出来なければ機密情報の書かれた書類がアーロンに渡るだろうからだ。そうなれば勇壮の風が男達のギルドを摘発しに動き出すのは時間の問題だ。だから背の低い男の取れる手段は一つだけだった。
「ブラストソード!」
背の低い男の持っているスキルの中で最も威力のあるスキルが放たれる。
「光拳」
それに対して迎え撃つは光の拳。男が降伏する可能性を待ったが故の迎撃だった。しかし、遅れて出されたはずの拳は、相手のスキルが発動し終える前に長剣へと届く。アーロン以外が認識出来ない速度で拳は四度振るわれた。他の人から見れば一瞬アーロンの拳が光ったように見えるだけだっただろう。アーロンは長剣を殴り終えるとスキルを解除した。
それと同時に殴られた長剣が衝撃を受けた四カ所から瞬く間に亀裂が走り始め、男が長剣を振り切る前に破砕された。背の低い男が吹き飛ぶことはなかったが長剣を壊すほどの衝撃に男の両腕は耐えきれず、筋肉は断裂し骨は歪に折れ曲がった。
「ぐあぁー!?」
背の低い男は自身の長剣を目の前で粉砕され驚愕の声を上げようとしたが、両腕から伝わる激痛に苦悶の声を上げることとなった。あまりの痛みによろめきながら何歩か後退すると、恐れの籠もった目つきでアーロンを睨みつける。
「この化け物め……!」
「そういった台詞はSランク冒険者の方々に言ってくれたまえ。彼らに比べれば僕なんて可愛いものだよ」
Aランク冒険者、光拳のアーロンの言葉に反論しようと背の低い男は口を開く。だが言葉を発する前にアーロンは懐に潜り込むと死なない程度に手加減した拳を叩き込み、その意識を刈り取った。
「ふぅ、こいつで最期かな」
男を気絶させたアーロンは何かを確かめるように周囲を見回す。ミレーヌにはアーロンが何をしているのか分からなかったが、アーロンは何かを確認出来たのか暫く経つと負傷者の救護に移った。
ミレーヌはそれをぼんやりと眺めていた。比較的軽傷の人達は意識を取り戻すとアーロンの手伝いに回った。ギルドの外から異変を感じ取って駆けつけてくれる人達も現れる。意識を取り戻す人は徐々に増えていき、日暮れ前には全員が意識を取り戻すことが出来たのだった。ミレーヌの両腕もアーロンの治癒魔法のおかげで骨折は治らないまでも裂傷は塞がり跡も残らなかった。まだ身体を動かせそうもなかったミレーヌはアーロンが近くに来たタイミングで声をかけた。
「アーロンさん、ありがとう」
「ん? あぁ気にしないでくれたまえ。女の子に傷が残ったら一生の問題だからね。優先するのは当然というものだよ。寧ろ駆けつけるのが遅くなって申し訳ないくらいだ。すまなかったね」
アーロンはそれだけ言うと他の冒険者に呼ばれ、足早に歩き去っていった。腕の治療だけでなく、あの男達を倒してくれたことに対するお礼の言葉だったが、まるで人を助けるのは当たり前のことだとでもいうようにそれに対する返答はなかった。
これがAランク冒険者……。
他の冒険者とは一線を画す強さ、纏っている雰囲気さえ常人とは違うとミレーヌにも感じ取れた。
いつか私もあんな冒険者になりたい。みんなを助けるだけの力を持った冒険者に。力が足りなくて悔しい思いをしなくても済むように。
「……ミレーヌちゃん? あぁ、ミレーヌちゃん無事で良かった」
ミレーヌの耳に聞き覚えのある声が届いた。それはいつも依頼を受けるときに聞いている声であり、依頼の達成報告のときにも聞いている声である。
「……おばさん!」
ミレーヌは動かない身体を無理やり横に向けるとそこには熟年の受付嬢がいた。服装は所々血で汚れ、穴が開いたり裂けたりはしているが、きちんと意識のある受付嬢がミレーヌを見て安心した表情を浮かべていた。
「私は大丈夫よ。少しは怪我はしてたけどアーロンさんに治してもらったから元気よ」
心配そうな顔で見つめてくるミレーヌを見て、受付嬢は元気だということをアピールする。実際には表面上の傷は治ったものの、ミレーヌ同様に身体中の痛みが残っていたがミレーヌを安心させるために笑顔を浮かべてた。
「よかっ……た……」
ミレーヌはそんな受付嬢の姿を見て安心すると不意に強烈な眠気に襲われた。
ミレーヌは受付嬢の無事な姿を見てやっと本当の意味で安心出来たのだ。戦いが終わってもどこか現実感のない感覚で、気を抜いているつもりでも完全に抜けることはなく強張っていた。だから安心と共に負荷に耐え続けた身体が休息を求めて意識を追いやるのだ。また疲弊したミレーヌの意識も受付嬢の姿を見て安心したことで抵抗することなく無意識の海に身を任せるのだった。
「ミレーヌちゃん!?」
突然言葉を途切れさせ、力無くダラリと頭を下げるミレーヌに受付嬢は慌てた。しかしゆっくりと上下する胸と穏やかに奏でられる呼吸音に、ただ寝ているだけだと気付いてほっと胸を撫で下ろす。今まで決して人前で弱みを見せることがなかったミレーヌが無防備に寝顔を晒している姿を見て受付嬢はミレーヌが心を開いてくれていることに喜びを禁じ得なかった。だからだろうか、ミレーヌに語って聞かせた、とある話に想いを寄せて、ふと言葉を零してしまったのは。
「……私にも帰る場所を守れたのかしら」
それは近くで耳を澄ませていなければ聞こえないほどの小さな音だった。偶然にもその音を拾うことが出来たのは無意識に身を任せきる直前だったミレーヌだけだった。その直後、完全に意識を手放したミレーヌの記憶に朧気ながらその言葉だけが刻み込まれることになる。
こうしてミレーヌ捕獲計画、元いミレーヌ襲撃事件は幕を閉じた。
この度の事件は犯罪行為を行っていたギルドから、自身の身の危険を感じたミレーヌ・アリアルスが、犯罪行為の証拠になり得る書類を持ち出した事に端を発する。
書類が盗み出されたことに気付いた件のギルドは即座に追っ手を差し向け、アリアルス姉妹の捕縛及び書類の奪還を試みるが、思うように事が運ばず苦渋を味わうこととなった。
件のギルドにおいて人身売買の標的は主に二種類存在した。一つは家持ちと呼ばれる貧民街では珍しい家を持っている人達、もう一つは崩れと呼ばれる何らかの理由で没落した人達だ。アリアルス姉妹は後者に属し、家なしと呼ばれる貧民街の厳しい環境に精通した存在になる前に狙われたものと思われる。
だからこそアリアルス姉妹の捕縛は難航する事となった。件のギルドはアリアルス姉妹を両親を亡くして数年は経っているものの、未だに家を持ち細々と暮らしていることからただの崩れと判断した。しかし、実際には家なしとは言えないものの、貧民街の厳しい環境に順応し始めているところだった。アリアルス姉妹はそれを利用してまんまと追っ手を出し抜き逃げ出すことに成功する。
その後は足取りを掴めるような証拠を残さないようにしながら各地を転々としていたようだ。事態が動くのはそれから数ヶ月後となる。
逃亡生活の疲労が蓄積しフィオレーナ・アリアルスが病気を患ってしまう。療養のためにとある村に長期滞在する事となり、それが原因で件のギルドに捕捉される事になる。
件のギルドは用意周到に調査と準備を重ね、その村に光拳のアーロンが訪れる日を知ると、その前日を襲撃日に定め情報収集に徹した。
襲撃者達は目立った問題も無く当日を迎えるがここに来て予想外の事態が発生する。昼前に冒険者ギルドに入っていったミレーヌ・アリアルスが出て来ないのだ。これにより普段通り幾つかのクエストを受けてダンジョンに向かう途中のミレーヌ・アリアルスを浚う計画は変更を余儀なくされた。
朝のミレーヌ・アリアルスの様子から妹同様に風邪を引き、ギルド内で休んでいるのではないかという予測の元、慎重に調べた結果それが間違っていない事を確定させる。ギルド内の魔力反応を調べ保有魔力から内部の人間全員が襲撃者達より格下であると判断し、逃げられないように周囲を包囲した上で強襲する決定が為された。
ギルドに突入したのは隊長格の二人、包囲していたのは部下十四名であった。強襲はその場に居合わせた冒険者達による妨害はあったものの、戦力の差から誰もが計画の成功を確信していた。しかし、その結果は襲撃者達の敗北という形で終わる事となる。どちらにも負傷者は多数出ることになったが幸いなことに命を落とした者はいなかった。
襲撃者達の計画が失敗に終わった原因は二つある。
一つは光拳のアーロンが既に冒険者ギルドに到着していたことである。辺境の村や町を視察に回っていた光拳のアーロンは、件の村へ向かう前の町での視察が長引いてしまい、馬車による移動では到着が遅れてしまうことが判明したため、自力で走って向かうことにしたらしい。光拳のアーロンは自慢の身体能力強化魔法を活用した移動のせいで前日の明け方に村へ到着してしまうが、そこで怪しげな集団をを発見。気配を隠してその村唯一の冒険者ギルドに移動しギルドマスターと相談する。その結果、同じ様に気配を隠してギルド内に潜み様子を窺うことになる。そして襲撃が発生し結界が張られると同時に窓から建物の外へ脱出、迅速に周囲を囲っていた怪しい冒険者十四名を鎮圧するとギルド内に戻り、残っていた怪しい男を沈黙させた。本来はまだいるはずのない光拳のアーロンが登場したことにより事態が速やかに解決に向かった事は間違いないだろう。
もう一つはこの度の事件の被害者であるミレーヌ・アリアルスが相手の想定していた以上の力を発揮したことである。当初ミレーヌ・アリアルスは障害足り得ないと判断されていた。それは襲撃者だけでなく、光拳のアーロンが駆けつけてくるまでに時間稼ぎをしていた冒険者達も同じ考えだったようで、彼女を守るように捨て身の盾となっていたようである。しかしミレーヌ・アリアルスは多大な代償を支払いながらも隊長格の一人を倒すことに成功する。事件後のミレーヌ・アリアルスのステータスは事件前のものから変化しており、幾つかの能力を獲得している。恐らく戦闘の最中にそれらの能力を獲得したものと思われる。彼女の力が無ければ光拳のアーロンの到着が間に合わず、犠牲者が増えていた可能性は高い。今後の成長が楽しみな冒険者だ。
事件後は光拳のアーロンを中心に負傷者の救護活動が行われ、数日後には全員が軽傷以下の怪我にまで快復する。件のギルドはミレーヌ・アリアルスからもたらされた書類によって摘発され、その極悪非道な行いが白日の下に晒されると共に満場一致で所属する冒険者全員に死刑の判決が下された。アリアルス姉妹を襲撃した構成員十六名も後日憲兵に引き渡され、首都アーメントに向けて護送されたそうだ。
これがこの事件の大まかな概要と結末である。死刑判決を受けた者の総数は二十七名にも及び大変遺憾であると言わざるを得ない。少しでも犯罪者ギルドが少なくなることを切に願う。
追記、アリアルス姉妹は勇壮の風に加入する事となった。ミレーヌ・アリアルスは光拳のアーロンに教えを請うようである。
勇壮の風事件録387より抜粋




