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第35話 幼き日のミレーヌと襲撃者中編ノ三

投稿、遅くなりました。

 使うのは自分の身体、身体強化魔法をかけて思いっきり突っ込む!


 今のミレーヌにはいつも使っている短剣を正確に振るえる自信がない。だから身体強化のみをかける、行動の単純化、余ったリソースは魔法の構築に回される。

 本来であれば身体強化魔法はそれなりに魔法に精通した人が何とか使える程度に難しい魔法だ。使うためには自分でスキルを編み出すか、スキルスクロールなどで入手して覚えるしかなく、単純な魔法スキルのレベル上昇では覚えることはない。

 魔力の操作を誤れば身体が破裂することもありえる魔法で、間違っても一度も魔法を使ったことがない人が使えるような魔法ではない。

 しかしミレーヌはそんな絶望的な道に希望を託して歩み始める。


 私は矢、その身を犠牲に放たれる最初で最後の反逆の一矢。


 ミレーヌはイメージする、自分自身が光の矢となって目の前の敵を刺し貫く姿を。


 あらゆる色を置き去りにする純白の衣を纏いて赤に濡れる時を望む。


 身体全体を光で包んでその特性を得る。爆発しそうなほどに練り上げられた魔力を光の意に沿うように流し込み、盗賊のclassスキルで俊敏性を上げたときの感覚がちっぽけに思えるほどの超感覚に意識が飲み込まれそうになる。


 願いと想いを白の絵の具として、薄汚れた黒い野良猫の夢を描く。


 意識を繋ぎ止めるは大切な人達を傷つけられた怒りと悲しみ、理不尽な現実に対する恨みと憎しみ。本来あるはずの魔法を使うためのステップを二つ三つとスキップして独自のプロセスを描き始める。


 染められた偽りの白猫は魔法が解ける前に光に紛れる。


 ミレーヌは制御を外れそうになる魔力を強引に正して制御する。外れた関節を無理矢理はめ直したかのような痛みを覚えるが、魔法が発動に近付いた感覚がしたためそのまま継続する。


 理不尽な現実に抗う牙を、立ちふさがる簒奪者を引き裂く爪を。


 イメージは繰り返し、不可視の回路へと変貌する。荒ぶる魔力が魔法の発現はまだかまだかと、とぐろを巻いてはミレーヌの身体を軋ませる。身体の内側で渦巻く魔力が遂に形を為して外へ飛び出そうとしていた。


 その身を光に溶け込む白き刃として悪意纏う闇を穿ち貫け!


 想いが形を為す。

 記憶が力を生み、意志が法則を塗り潰す。


 覚えていない魔法を発現させ、詠唱という工程すら置き去りにし、ほんの数秒で独自の魔法を編み出した。心の中で呟かれた本来の詠唱とは異なる怪しい文言は不思議と望んだ結果と似たような効果を発揮し魔力を確かな物理現象へと変換した。


 ミレーヌは反逆の叫声を上げる。


 「────っ!!」


 その声が無音の世界に響くことはなかった。されどその行為にこそ意味があった。魔法を行使するための最後のプロセスとしてミレーヌはあらん限りの声で叫んだ。憎しみと怒りと悲しみが混ざり合った雄叫びは、聞こえていれば誰もが振り返るであろう異様さに溢れ、その姿は魔物と戦い慣れた冒険者でさえ、思わずギョッと目を見開いてしまいそうな気迫が見て取れた。

 しかしそんな鬼気迫る表情を見れたのも一瞬。ミレーヌは一つの魔法を使うにしては過剰と言えるほどの魔力を噴出させると同時に男達の前から姿を消した。

 身体中に流れている魔力に働きかけ、骨や筋肉に染み込むようなイメージで魔力を動かし、停滞を許さず循環させる。無色のはずなのにどこか眩しさを感じさせる体外に放出された魔力を身体全体に纏い付かせる。体内で固定化された魔力は頑強度を上昇させ、それを崩さぬまま内部で循環させることで力強さを増す。放出されミレーヌを包み込むように纏わり付いた魔力は、その色を白や黄色と呼べる色彩へと変化させると、薄い膜のような形状を取り収束する。それは間違いなく扱いが難しいとされる光魔法であった。


 必要なのは速さ……Bランク冒険者でも反応出来ない圧倒的な速さ。

 選ぶのは力ではなく硬さ……勢いよくぶつかっても刺し貫ける矢尻のような鋭さと硬さを。

 使うのは私の持っている有りっ丈の魔力、武器は私自身!

 ほんの僅かな時間でもいい、目の前の男に一撃を与えるまで保てばいい!


 今にも立ち消えそうになる意識を繋ぐ。沸騰する頭、魔法の発現、魔力の操作に維持、既に満身創痍のミレーヌに短剣を振り回し打ち合う余裕はない。引き延ばされた僅かな時間の魔法の公使でさえミレーヌに計り知れない負担をかけている。

 だからミレーヌは目の前の男にそのまま突っ込んだ。頭は守ろうとその小さな両腕を頭の前で交差させて、限界を越えて強化された身体の痛みすら力に変えようとするかのように叫び声を上げながら。


 それは男達からしたらまるで突然消えたように見えたかもしれない。そう思えるほどの速さで元々殆どなかった距離を零まで縮めたミレーヌは驚くほどの前傾姿勢だった。扱い切れない速さをそのままにミレーヌは転倒するが本人の身体の小ささと男の背の高さも相まって男達の視界から消えていた。背の高い男はミレーヌが魔力を放出したことは知覚出来たがそれだけだった。元々動きの速くない魔法使いは受け身を取ることも間に合わず────。


 「ごはっ!?」


 「あ゛あ゛あ゛ぁぁー!!」


 その身体にミレーヌの突進を受ける。

 それと同時に無音の空間も解除され、世界に音が帰ってくる。ミレーヌの叫声で意識を取り戻したのか辺りからは男達の呻き声が聞こえてきた。

 ミレーヌの突進を腹に受けた背の高い男はまるで大鬼(オーガ)に思いっきり殴られたかのような勢いで吹き飛ぶとギルドの出入り口である木製の扉をぶち破り、ギルドの外で二、三回バウンドすることでようやく動きを止めた。身体をくの字に曲げ、白目を剥いて気絶している姿からミレーヌの突進の威力が窺える、

 ミレーヌは男が起き上がってくるのではないかと屋外を睨みつけるが、男が全く動かない様子を見てその場に崩れ落ちた。


 「はぁはぁはぁ……っく……」


 ミレーヌの荒い呼吸音がギルド内の苦しげな呻き声の一つとして加わる。限界以上に酷使された身体は指先すら動かせそうにない。一度に殆どの魔力を消費してしまったことも原因の一つだろう。先程まで赤く染まっていた顔はいつの間にか青白いものへと変貌しており、その額に脂汗を滲ませている。男と接触した両腕は強化が足りなかったのか、衝撃が強過ぎたのか、赤黒く変色して縦に裂傷が走っていた。床を血で濡らし全身の痛みに耐えながら、意識を手放さないでいることだけが今のミレーヌに出来る精一杯だった。


 「この糞餓鬼がぁー!」


 忘れていたわけじゃない。襲撃者の男は二人いて、まだ片方が健在だということは。

 ミレーヌの視界内に映る背の低い男は仲間をやられた怒りに身体を震わせ、捕まえる予定だったはずのミレーヌへ怒声を上げる。殺気に満ちた目つきでミレーヌへ走った。その速さはEランク冒険者のミレーヌにはとても捉えきれるものではなく、気がつけば目の前に長剣を振り上げた男の姿があった。


 このまま私は殺されるのだろう。


 最早抵抗する手段はなく回避する力もない。仮に足を動かせるだけの力が残っていたとしても、あれだけの速さで動ける相手から逃げられるわけもない。


 もっと私に力があれば……。


 午後の日差しを受けて、鈍い輝きを返す長剣の切っ先を見上げながらミレーヌが最後に抱いた感情は、自分を殺そうとする男に対する恐怖でも怒りでも憎しみでもなく、巻き込んでしまったみんなへの悲しみでもない、非力な自分に対するどうしようもないほどの悔しさだった。

 そんなミレーヌの感情などお構いなしに凶刃は振るわれる。それはミレーヌちゃんを見守る会の面々を殴り飛ばしたものとは違い、明確に殺すつもりで放たれた一撃。怒りを露わにしながらも剣筋に乱れはなく、真っ直ぐにミレーヌの首を切り落とす軌道を描く。


 「怪我をして動けない女の子の首を狙うだなんて随分と汚い剣を振るうじゃないか。僕はそういうの良くないと思うな」


 たがそれは、いつの間にか現れた男によって止められていた。


 新しく現れた男は身軽そうな装いをしており、皮製の防具を身につけている。軽さを重視した様子が見て取れるが厳つい手甲と足甲を装備しているため手足が浮いて見えた。そのアンバランスさに加え、装備の品質がこの辺りの店では見られないほどの高さであることが素人目にも分かるため、街中にいても目立つことは想像に難くない。


 「なっ……!?」


 男の驚愕は自慢の一撃は片手で掴まれることで止められたことが原因なのか、この男の接近を知覚できなかったことが原因なのか。背の低い男は慌てて長剣を引き戻すと数歩後退し、油断無く軽装の男を見据える。軽装の男は長剣の引きに合わせてあっさりとその手を離す。そして相手の警戒している様子を眺めてからおもむろに背を向けるとしゃがみ込んだ。


 「すまない、先に周囲の奴らを片付けていたら駆けつけるのが遅くなってしまった。君はよく頑張った、あとは僕に任せてゆっくり休んでいてくれたまえ」


 軽装の男は優しい手つきで唖然としているミレーヌの頭を撫でると、その視線を痛々しい傷を負った両腕へと向け僅かに口元を歪めた。


 「癒しの光(ヒーリングライト)


 背後には長剣を持った男が隙を窺っているというのに、軽装の男はミレーヌの両腕に躊躇無く魔法をかけるという判断を下す。

 詠唱が終わるととても柔らかな光が発生しミレーヌの両腕を包み込んだ。

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