第34話 幼き日のミレーヌと襲撃者中編ノ二
休日のため寝過ごしました……。
投稿遅れて申し訳ないばかりです。
その瞬間、ミレーヌの身体の中に風邪の熱とは別の熱が生じた。
ミレーヌは先程よりも力が漲っているような感覚を受ける。拳を思いきり握り締めると骨が軋み、赤いものが流れた。
目の前の男を睨みつけ、打倒する方法はないかと模索する思考が異常な速度に加速する。
このまま殴る? 駄目だ、威力が足りない。
じゃあ脚で蹴る? 駄目だ、脚が届く前に止められる。
スキルを使う? 駄目だ、短剣の初級スキル程度じゃ話にならない。
レベルもステータスもスキルも経験も何もかも相手の方が上。正攻法ではどうしようもないほどの埋められない差が、溝がある。
不意打ちは? 目の前にいるから使えない。
アイテムは? 薬草の葉が数枚あるだけ。
仲間は? もういない。
残された時間は少なく、取れる手段も殆どない。その選択肢の全てが成功の道筋を描いておらず、覆すためには予想の外側を走るほかない。
魔法が使えれば可能性はある。本当に?
相手の守りを貫く威力と反応出来ない速度を備えた魔法を放てればあるいは……。でも私は魔法は覚えてないよ?
今から使って覚える……! それしかないよね?
ミレーヌの思考速度がさらに増していく。加速した思考はミレーヌの体感時間を引き延ばし、時の流れを遅く感じさせる。その代償に頭が沸騰しているかのような熱を帯びる。風邪の熱でぼやける視界がより不確かなものになった。
それは風が吹けば今にでも落ちてしまいそうな綱渡りにしか見えない。途切れそうになる意識はその度に、暗闇に浮かび上がる大切な人達の倒れ伏した姿によって保たれる。この男を許せない、その憎しみでミレーヌは予想の外側への道を切り開く。
自分の身体に宿る魔力を勢いよく循環させ練り上げる。普段よりも動かしやすく感じられた魔力は身体の隅々まで行き渡り、驚くほどの速度で練り上げられ熱を帯びていく。今の私なら魔法が使えるかもしれない、その感覚は間違いではないはずだ。
魔力とは不可視の力、魔術や魔法を行使するために必要なエネルギー。それは濃淡の違いはあれどあらゆる場所に存在し、存在しない場所を探す方が難しい。魔力は人によって捉え方が違うようで、自然と寄り添うような空気みたいなもとだと言う人もいれば、炎のように熱を持ち燃焼するもの、水のように形を変え流れるものなど様々だ。
ミレーヌの魔力のイメージは風だ。身体の中で風が吹き、旋風のように向きを変えては駆け巡る。今のミレーヌの魔力はかつてないほどに練り上げられ、竜巻の如く体内で渦を巻いていた。
でもこれじゃ駄目だ。
荒れ狂う風を感じながらミレーヌはあの男を倒すためにはまだ足りないと直感する。
魔力の捉え方はそのまま適性に繋がるとされている。風のように感じていれば風魔法が、炎のように感じていれば炎魔法に適性があるということだ。複数の属性に適性があれば複数または複合的な捉え方をするようだ。
風魔法が得意な魔法使いに風魔法をぶつけても対処される可能性が高い。今のミレーヌがもし魔法を発現させたとしたらそれは恐らく風魔法。男を確実に倒す一手にはなり得ない。
必要なのはあの男を倒すための力……風魔法じゃ威力も速度も足りない。威力と速度を兼ね備えた魔法といえば雷魔法。でも私に雷魔法の適性はない。私の適性は……。
ミレーヌの魔法の適性は四属性、そのうち無と風のイメージでしか今まで魔力を動かすことが出来なかった。でも今ならばミレーヌは他の属性も扱える、そんな気がした。
竜巻のように渦巻く魔力に変化が生じた。その変化は緩やかなものであったが、徐々に魔力の質を変質させ循環速度をさらに上げていった。もしこの場に魔力を視覚で捉えることが出来る人がいたとしたら緑色の風が徐々に光り輝いていく様子が見られただろう。
光、それは日中に頭上から降り注がれる日射しであり、暗闇で灯される松明の明かりでもある。風や雷よりも圧倒的に速く、他の追随を許さない。
しかし、その速さは扱い辛さに直結している。例えば風魔法であれば旋風のように螺旋を描くようなイメージ、水魔法であれば高いところから低いところへと流れ落ちる水流のイメージで魔力を動かし循環させ練り上げることができる。
だが光はどうだろうか? どうすれば光のイメージで魔力を動かすことができる? 太陽は光の塊で、日射しは地上に降り注がれる光に他ならない。しかしそれをいくら視界に収めても光の動かし方を知ることは出来ない。始まりから過程、結果までのプロセスが人間には知覚出来ない速度のため、人間にとっての一瞬の間に既に数え切れない始終が詰め込まれているためだ。松明の明かりは光という概念をより一層際立たせるが、明かりの揺らめきは炎の揺らぎによるものでしかない。光や闇といった属性は適性のある人の少なさもだがその扱い辛さもあって使い手が少ないのだろう。
ミレーヌは今まで光属性をイメージした魔力の動かし方が分からなかった。今だって完全に理解しているとは言い難い。しかし、加速した思考の中でその取っ掛かりを得ることに成功した。
心地良い風が吹く木陰で、僅かな枝葉の隙間から入ってくる、木漏れ日を浴びている自分を想起する。風の香りと太陽の暖かさ、それは自然の聖域のように思えて、迂闊には壊し難い清らかさのようなものを感じた。
それがトリガーだったのか自分の中に風以外の何かが生まれた感覚を覚える。風よりもずっと素早く動き回るそれに意識を向けてみると、無色透明な眩さと仄かな温もりを感じた。
これが光……!
魔力のイメージに必要だったのは視覚的な明るさではなく、感覚的な暖かさや神聖さだったのだ。
ミレーヌは光の魔力の捉え方を忘れないようにその感覚に死に物狂いでしがみつくと、循環させている魔力を風のイメージから光のイメージへ徐々に変換していく。それに伴って魔力の循環速度も著しく上昇していった。
ミレーヌの保有している魔力の半分ほどが光のイメージに変わったところで変換作業が止まる。
全力疾走し続けているかのような早過ぎる鼓動に息を乱し、玉のような汗が身体中に滲み流れ落ちる。ここがミレーヌの限界だった。意識を保てているのが不思議なほどに上昇した体温は、ミレーヌが気を抜いた瞬間に意識を狩り取るだろう。これ以上風の魔力を光に変換すれば魔法を発現させる前に倒れる線が濃厚だ。機械で言うところのオーバーヒート、過剰な負荷による熱暴走。
風邪で弱っているところに多大なストレスを受けながら思考加速、魔力循環からの新しく光の魔力感応を習得して変換、さらに魔法のアビリティーもスキルも持っていない中、初めて魔法を発現させようとしている。それも引き延ばされた時間の中でのことであり、実際の時間にすればほんの数秒という短い時間で為したことだ。そんな短時間では今なお上昇し続けている体温を下げることなど叶いやしない。
それでもミレーヌはいつ倒れてもおかしくない環境下でぼやける思考を束ねて魔法の発現を目指す。果たして間に合うのか、受付嬢を殴り倒してミレーヌの様子を楽しんでいた男が動き出そうとしていた。
自分の中で練り上げられた魔力が力強く脈動するのを感じる。どんな魔法を使えばあいつを倒せるのか。
巨大な光の玉作る……ここは室内だ、みんなを巻き込んじゃうし建物が壊れかねない。
光の矢を放つ……相手は魔法使い、いくら光魔法が速くても威力が低くては通じない。
光線みたいなものを撃つ……そんな難しそうな魔力操作が必要そうな魔法は使えそうにない。
最も有効な魔法を模索、僅かな選択肢から自身の安全性を除外し可能性を拡張する。
必要なものは相手を倒せる威力と反応出来ない速度、気をつけることはみんなを巻き込まないってこと、出来ないのは魔法……ううん、出来る、やってみせる! 流石に難しい魔力操作がいるのは無理だけど。
それらの条件を満たせる魔法がミレーヌの頭に一つだけ浮かび上がる。
身体強化魔法、魔力を使って身体能力を強化する魔法である。一口に身体強化魔法といってもその種類は様々だ。ミレーヌの思い浮かべた魔法は光属性の身体強化魔法、光を纏い身体能力の向上と光の特性を得る魔法である。
魔法使いは魔法的な面は強く、物理的な面は弱いという特徴があり、体力も僧侶と並んで低い傾向にある。故にミレーヌは魔法を単純に撃ち込むのではなく、魔法で強化した身体を使って攻撃することを思いついたのだった。




