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第33話 幼き日のミレーヌと襲撃者中編ノ一

 ミレーヌとフィオは貧民だ。二人はコルトバ王国の首都アーメントの貧民街に生を受け、貧しくも幸せな生活を送っていた。両親が亡くなってからは言葉では言い表せないような壮絶な目に遭いながらも、生きるための知識を身につけた。だからこそミレーヌは人の持つ優しさや暖かさには敏感だ。

 優しさは打算の上で使われるもの。善なる心根から生じる相手のことだけを慮ったような優しさなど貪欲な捕食者に食い散らされるのが落ちだ。

 お金が無くても食事をくれる優しいおじさんは睡眠薬で眠ったところで奴隷商に売り渡す気でいたし、両親が亡くなってから様子を見に来てくれるようになった面倒見のいいおばさんは二人が留守の間に密かに家具を盗み出していたし、飲食店の下働きとして雇ってくれた笑顔が優しいお兄さんは給料日前日に突然いちゃもんをつけ始めると給料を払わずに解雇してきた、子供なのに冒険者ギルドへの加入を許してくれた強面のおじさんの所属するギルドはあろうことか人身売買を中心に場合によっては殺人も厭わない違法な取引で生計を立てるギルドという始末だ。

 生前の両親からどんなに生きるのが辛くても、悪事に手を染めることだけは絶対に駄目だと教わっていた。ミレーヌはこれまでどんな酷い目に遭っても、報復するような真似などせずにずっと耐えてきた。でもこれは明らかにミレーヌとフィオを手に入れるためのギルド加入の口約束で……。だからこれは……これだけは無理だった。

 今までは何とか生き延びてこれたものの、今回の相手はBランクギルドにBランク冒険者……これまで何とかしてきた人達とは格が違う。相手は今まで悪事を繰り返しても捕まらずに活動し続けてきたギルドだ。まだ正式に所属していないため居場所を把握されることはないといっても、闇雲に逃げ出してもいずれ捕まる未来が容易に見える。故に生き延びるために取れた手段は、証拠になりそうな書類を盗み出して、力になってくれそうな人を探し出し渡すことだけ。両親の教えを破る選択だった。



 「今日は風が強い(・・・・・・・)


 最期の冒険者が強風を横から叩きつけられて勢いよく吹き飛ばされた。一切の遮蔽物が無くなったミレーヌの視界に二人の侵入者の姿が映り、その瞳に恐怖を滲ませるも薄暗い感情も湛えており、今にでも溢れ出しそうな感情の波は怒りを帯びて、より水かさを増しているように思える。

 私達が何をした? 貴族のような豪華な調度品に囲まれ、高価な菓子をつまみに連日お茶会を催しているような生活になんて興味はない。ただ質素で平凡な日常を過ごせるだけで良かった。そんな生活さえも私達には烏滸がましいとでもいうのだろうか。父さんと母さんを殺されて頼りになりそうな人に心当たりもない、近付いてくるのは人の皮を被った魔物のような人達ばかり。まるで私達が生きていることを否定するかのように襲いかかってくる悪意の数々。

 ……ううん、本当は分かってる、別に私達だけがこんな目に遭っているわけじゃないってことは。この場所が、貧民街っていう場所自体が、そういうことが許容される場所だってこと。強い人が生き残って弱い人から食い殺される場所、父さんと母さんは人の悪意の吹き溜まりだって言っていた。

 たくさんの小汚い格好の人々が行き交うメインストリートには乞食に掏摸、悪質な客寄せなどが平然と紛れている。裏通りには人攫いに怪しい薬の密売人など、より悪辣な連中が身を潜めている。

 生き延びるために必死な私達と彼らにどんな違いがあるだろうか。悪事に手を染めているかいないか、ただそれだけだ。その差はとても大きいにしてもこの貧民街に住んでいる殆どの人々の思いは同じなんだと思う。でも食われる側の弱者として悪意を向けてくる相手を恨むことくらいは許して欲しい。


 「はぁ……田舎者は躾がなってないから困るな」


 まるで野良犬の躾でもしてやったというように、背の高い男は溜め息を吐くと、老朽化に加え戦いで痛んだ床板をギシギシと鳴らしながら足を進める。その間には冒険者達を薙ぎ払っていた背の低い男が油断無く身構えており、少しでも動きを見せたら即座に取り押さえられる、そんな予感を感じさせた。


 もうミレーヌを守ってくれる人はいない。

 無愛想だったミレーヌに優しく手を差し伸べてくれた人達はもういない。

 氷のように冷たくなっていたミレーヌの心を暖めてくれた人達はもういない。

 厄介者としか思えないミレーヌを黙って受け入れてくれた人達はもういない。


 許せない……!

 恐怖のあまり小刻みに震えている身体を抑えきれない自身が恥ずかしい。

 こんなにも優しい人達をよくも……!

 大切な人達を傷つけられた怒りを滾らせ、血が流れるのも構わずに拳を握りしめ、唇を噛みしめて恐怖に抗う。

 こんなにも暖かい人達をよくも……!

 真面目に生活を営んでいる人達を嘲笑うかのように平然と人を害する奴らへの憎しみで暗い光が瞳に宿る。

 私なんかの為に……!

 自分の事情に巻き込んでしまった申し訳なさと危険を省みずにその身を投げ出して散っていった彼らの優しさに涙が頬を伝う。

 

 「おいおい、泣いたところで助けてくれる奴はもう残ってねぇぜ? それともなんだ、そんなひでぇ顔で今更命乞いか?」


 違う! お前達みたいな最低な奴らに誰が命乞いなんてするものか!


 口にした言葉は音にならずに消えていく。それでもミレーヌは叫ばずにはいられなかった。戦っても勝ち目はなく、逃げても即座に捕まるだろう。何より怒りと憎しみをいくら燃やしても身体を動かすことが出来なかったのだ。目の前から迫る恐怖に対して口を動かすことだけがミレーヌに出来る唯一の抵抗だった。


 「そうやってロリコン共を手懐けたんだろう。まだ子供だというのにその生き汚さはさすが貧民街の住人といったところか。まぁ何の意味もなかったわけだが」


 男達は必死に口をパクパクさせているミレーヌを見て嘲るような笑みを浮かべる。

 弱肉強食、それは自然の摂理。弱い者は強い者に抗えず、為すすべもなく命を散らしていく。劣悪な環境下にある貧民街では、文化的であるはずの人間も野生に立ち返るしかない。

 背の高い男が近づいてきてもミレーヌは必死に抗っていた。どこかに隙はないかと目を凝らし、いつでも飛びかかれるように気を抜かずに身構え続け、使えたこともない魔法を発現させようと魔力を練り続けた。しかし、自身よりも遥かに強いBランク冒険者相手に隙なんて見つかるはずもなく、体内の魔力は高まっても魔法という形を取ることはなかった。


 「さて、持ち逃げした書類をどこにやったのか教えててもらおうか」


 目と鼻の先まで近づいた男はミレーヌを捕まえようと手を伸ばす。

 その瞬間、ミレーヌは背後に強く引っ張られると共に、男の手からミレーヌを守るように熟年の受付嬢が立ち塞がった。先程までミレーヌを抱きかかえるようにして後ろにいた受付嬢は、私を倒すまでミレーヌちゃんに手を出すことは許さない、とでもいうように大きく両手を広げている。その後ろ姿しか見えないミレーヌは知っている。ミレーヌを抱えていた熟年の受付嬢も怖くて身体を震わせていたことを。

 魔物を倒してレベルが上がっている冒険者とレベルが低いままの一般人とでは身体能力に大きな開きがある。それは例えるなら木の棒と鉄の剣といったもので、もしぶつかり合えばどうなってしまうかなど子供でも理解できる。

 怒りで赤くなっていたミレーヌの顔から一気に血の気が引いた。受付嬢の目の前にいる男は普通の冒険者ではない、目的のためなら平然と人を殺すことの出来る男だ。受付嬢はそれを知らない。ミレーヌは受付嬢を引き寄せようとその手を伸ばす。


 おばさん逃げてぇー!


 「邪魔だ」


 叫びは沈黙を奏で静寂を紡ぐ、伸ばされた手は空を掴み、その空白に喪失を訴えた。


 ……目の前に受付嬢はいなかった。


 男の吐き捨てるような言葉と共に無造作に拳は振るわれた。その拳はミレーヌの手が届く前に受付嬢の頬を捉え、打ち据えると軽々と殴り飛ばした。受付嬢は椅子とテーブルを巻き込みながら転がると、壊れたテーブルに乗り上げる形で動きを止めた。受付嬢の姿を探すミレーヌの視線が壊れたテーブルへと向けられ、その上で頭から血を流しながら横たわる受付嬢の姿が目に映る。床を転がり椅子やテーブルに引っかけたのか、着ている服は所々破れており先程まで皺一つ無かったものだとは到底思えない。ミレーヌを守るように優しく抱きしめていてくれた受付嬢の背中は驚くほど小さくて、どうしようもないくらい傷だらけだった。

 それはまだ幼いミレーヌの心を赤黒く染め上げるには十分過ぎる光景だった。


 あっあぁ、あぁああぁぁー!!


 まるで走馬燈のようにミレーヌの脳裏に幸せだった頃の記憶が再生され、それを押し流すように辛かった頃の記憶が入れ替わってくる。自分自身の中で荒れ狂う感情の波に浚われて、受付嬢への感情が溢れ出し口元から零れ落ちた。ミレーヌの身体は今にも崩れ落ちそうだったが目の前の男を必死に見据えることで己を保つ。

 瞬く間に辛酸な記憶のフィルムが現在に追いつくとミレーヌの中で何かが折れるような音が聞こえた気がした。


 今にして思えばそれは自身を守るための無意識、あるいは心の一部が壊れた音だったのかもしれない。

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