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第26話 ルミルの庭の食糧事情

 信司が壁に立て掛けられた時計を見上げると時刻はちょうど0時を過ぎた辺りであった。

 思っていたより時間が経っていたようだ。

 信司は時間の経過を自覚すると体中が固まってしまっていることに気付く。

 殆ど体を動かさずに長時間座っていれば当然か。

 体中の筋を伸ばすかのように信司はその場で大きく体を動かした。手や足を大きく伸ばすとパキンッと小気味良い音が鳴ると共に体が解れる気持ちよさに思わず吐息が零れる。話し合いや考え事に集中し過ぎていた代償は全身の凝りだった。ゲームをやっている時にも度々その状態に陥るため妹達によく心配されており、気をつけているつもりなのだが気付くとやらかしていることも多い。しかしその状態から筋を伸ばしたときの気持ちよさには筆舌しがたいものがあり、それを求めているわけではないがまたやらかしてしまうんだろうなぁと漠然と感じている信司だった。


 「もう……お兄様、また……」


 腰を回している信司や心配しながらもジト目で見据える陽菜が小さく声を上げる。続けて肩を回そうとした信司がそれに気付いて苦笑いを浮かべたところで、ぐぅー、とどこからともなく可愛らしい音が聞こえてきた。普段であれば聞こえない程度の小さな音だったが残念ながら草葉の陰で鳴く虫の声ですら聞こえてくる今の静かな居間では全員の耳にしっかりと届いてしまい、その発生源へとみんなの視線が向けられてしまうのであった。


 「ちょ、ちょっとお腹が空いてしまっただけなのです……」


 みんなから見つめられたフィオは恥ずかしそうにそっとお腹を押さえながら言葉を紡ぐ。羞恥のあまり顔を紅潮し、声は上擦り、尻すぼみになっていった。

 かわいいなぁ……。

 信司はほっこりすると共に何か軽い夜食でも作ろうかと思い立つ。


 「何か軽い夜食でも作ってくるよ」


 信司はそう言うと台所に向かおうと立ち上がるが。


 「いえ、お兄様は座っていてください。私が作ってきますから。私はミレーヌさんとフィオさんの言葉が分かりませんし、見知っているお兄様がそばにいた方が二人とも安心出来ると思いますから」


 それを遮るように陽菜が声を上げた。


 「……ん、そうだな、陽菜頼んだよ」


 「はい、お任せください」


 陽菜は夜食作りの役をバトンタッチされるとその姿を台所へ消していった。

 そういえば洗い物が残っていたことを思い出すが、食卓の上にあった洗い物が無くなっていることに気づく。先程まで忘れていたがミレーヌとフィオと一緒に居間に入ったときには既に無かったような気がする。お客様が来る可能性を考えて二人を連れてくる間に誰かが片付けてくれたんだろう。俺はすぐに気付けなかったことに若干の申し訳なさを覚える。

 おそらく陽菜はさっきの言葉だけじゃなく、殆ど情報交換で役に立てなかったと思い、気に病んでいたんだろう。全然そんなことはないのになぁ……。

 陽菜と調理役を交代してしまっため立ち上がったばかりだがすぐに座り直す信司。


 「信司様すみません……フィオが……その……」


 「ごめんなさいなのです……」


 二人の話を聞いた感じだと夕食を食べていないみたいだしお腹が空くのは当たり前だ。描人族は犬人族には劣るものの人間族よりも鼻が利く。人間族の俺でも夕食の焼肉の臭いがまだ微かに感じ取れるし、そんな中で話し合いをしていたんだから二人とも相当キツかったはずだ。


 「いやいや気にするなって、二人とも夕食食べてないんだろ? 誰だってお腹が空けば鳴ることはある。それにルミルの庭で言ってただろう? いつかこっちの料理を食べてみたいって」


 ルミルの庭では食べ物を食べるとその味を感じることが出来た。そのため色々な食べ物を味わってみたのだが、見た目が似通っていても全く違う味だったり、言葉に表せないような味だったりと総じて地球の食べ物と比べると美味しくなかった。そのため地球の食べ物があればいいのになぁとよく話していたのだ。ミレーヌ達は地球という言葉には反応出来なかったが食べ物の話題には反応出来たため、もし食べられる機会があれば食べてみたいね、と言っていた。

 ルミルの庭の食文化の水準は地球と比べるとかなり低く、舌の肥えている地球の人達からするとお世辞にも美味いとは言えない代物である。良く言えば素材の味を活かしている、悪く言えばほぼ素材のまま、そんな料理が大半を占めている。

 一番美味いと思えたのはダンジョンの魔物の肉を焼いたものだろうか。軽く炙るだけ溢れ出す肉汁に口に含んだだけで勝手に蕩けだしていってしまうほどの柔らかな肉質は地球での高級肉に匹敵するものがある。魔物によっては食べられない物もあるがダンジョンで手に入る食材は基本的に美味しかった。

 逆にダンジョンの外、野生の獣や木の実に茸、食用として育てられている動物や農家が育てている野菜……それらはどれも不味いのである。地球では品種改良によってより美味しくなるように人間の手が加えられている。その影響かと思いたいが……それらを加味して味を比べてみてもやはりどうしようもなく不味く感じるのだ。

 殆どの食材が何かしらの酷い特徴を持っている。強烈な苦味や渋味、辛味を持つ物から始まり、腐ってもいないのに尋常じゃない酸味を帯びた物、大量のハーブを口内に詰め込み噛み潰したかのような強烈な臭気で明らかに鼻を殺しに来ている物、噛めば噛むほど油味と生臭さがハートフルにコラボしているリバースを狙っているとしか思えない肉、金属味に下水道フレーバーで意識を刈り取っていく野菜、酸味80%生臭さ15%甘味5%の乳に至ってはチーズに加工してみると発酵過程でどんな化学反応が起きてしまったのか辛くて渋い固形物となり果て原形を想像することすら叶わない。挙げていけばきりがないほどの劇物のオンパレードであり、一人一人のプレイヤーの記憶にそれぞれの惨劇の様子が鮮明に刻まれている。

 世の中には見ただけで涎が溢れそうになるほどの美味しそうな料理の画像を相手に見せつけ、空腹感を刺激する飯テロと呼ばれる行為がある。それを大したことじゃないしあまり興味がないと言って気にしない人もいれば、愚劣な犯罪者にも劣る悪逆非道な行いであり万死に値する恥ずべき行為であると激おこな人もいる。だがしかし、ルミルの庭で料理に関わってしまった人達は口を揃えて言う、その程度で飯テロとは片腹痛い、と。

 見ているだけで涎が溢れてくるような素敵な料理、だがそれを口にした者は帰らぬ人となる。運悪く調理現場に居合わせてしまった者はこの世ならざる形容しがたい異臭を味わうことになるだろう。そこから運が良ければ気絶することが出来るが、悪ければ高濃度のアンモニアでも含まれているのか鼻血が止まらなくなり、口で呼吸しようものなら喉が焼け付く。肺がやられる頃には吐血に至り、頭痛に腹痛、吐き気に目眩、微熱に倦怠感、果てには身体全体が痙攣や麻痺を引き起こし幻覚も見られるようで経験者からは毒や猛毒が可愛く思えるほどの勢いでHPがガリガリ削られていくという話だ。

 彼らが次に目を開くときに映るのは教会の天井である。魔物にやられた冒険者の大抵はすぐに教会を出て行くが、料理にやられた冒険者は強烈な体験の衝撃が抜けないため動く気が湧かず、暫く呆然とした後、立ち直った者から徐々に去っていくという。その際、どんな化け物(料理)にやられたのかと話し合う様子もよく見受けられるのであった。

 そんな狂気すら帯びる凄惨な料理の数々はSNS上にて獄飯・真飯テロ・庭飯などのハッシュタグで世界中に本物の飯テロとは何たるかを発信し続けている。また噂で極々一部の狂人達が新たな恐怖と惨劇の味を求めて日夜秘密裏に街を徘徊して犠牲者を増やしているらしい……。

 突き抜け過ぎた感性はバイオウエポンならぬクッキングウエポンで一般人の味覚や嗅覚を壊して回り仲間を増やして回りたいのか、悍ましいトラウマ必須な人外料理をその身で味わいたいという一種の中毒患者なのか、その目的は定かではないが狂っていることだけは間違いない。

 閑話休題、とにかくルミルの庭の食料は不味いということだ。おそらく得体の知れない成分が含まれているに違いない。そのせいか一部の食材はポーションなどの地球の人達からするとまるで魔法としか思えないような治癒効果を発揮する薬の材料にもなる。

 ルミルの庭の食文化の水準が低い原因はおそらくこれだろう。数々の狂気溢れる食材の中から比較的まともな物を選び出し、さらにそれを煮たり干したりして命の危険がない状態にまで持っていく。そこまでしてようやく食べることが出来るのだが勿論不味い。そんな毒物を濾過することで食べ物にしているような環境で食文化の向上なんて夢のまた夢である。ダンジョンで手に入る食料が美味しいこともあって自分達で生産するよりもダンジョンで狩猟をする方が食料調達の主流な方法になってしまっていることも大きな要因の一つだろう。調味料も海系のダンジョンから得られる塩と森系のダンジョンから得られる胡椒に似た風味の木の実くらいしかなく絶望的だ。


 「たしかに言いましたけど、夜中にお邪魔させてもらっているだけでもご迷惑をお掛けしているというのに貴重な食料まで頂くわけにはいきませんよ」


 ミレーヌの台詞を聞いたフィオは力無く耳と尻尾を下へ向けて落ち込んでいた。


 「いや、ほんとに気にしなくても大丈夫、裕福な訳じゃないけど二人分の食事を出す余裕くらいはある。むしろ食べてくれた方が俺は嬉しいかな」


 そして初めて地球の料理を食べてみた感想を聞いてみたい。ルミルの庭の料理しか食べたことがない二人の反応が楽しみだ。

 フィオは信司の言葉に瞳を輝かせると圧力さえ感じさせる勢いでミレーヌを見つめた。そんなフィオの姿を見て笑いをこぼすミレーヌはこれ以上食事の話を断っても逆に信司に迷惑をかけてしまうと感じたため受けることにした。


 「……分かりました、すみませんがご馳走になります」


 「なるのです!」


 フィオは夢の中で何度も聞かされていた地球の料理が食べることが出来ると腕を振り上げて喜んだ。そんなフィオに落ち着かせようとするミレーヌだったがフィオの横顔を見て、はっと自身の口元へと手を当てる。


 私もフィオのこと言えないなぁ。

 自分の表情もフィオと大して変わらないことに気付き、お腹の空き具合もいつ鳴ってもおかしくないこともあって言葉を飲み込むのであった。



 二人が納得してくれたところで、さぁ夜食といきたいところだがさすがに流石にまだ出来ていない。もう少し待ってもらう必要があるな。空腹から意識を逸らすには何がいいだろうか。

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