第22話 ゲームと電気
ゲームとは何か?
一般的なゲームの概念とは一定のルールの下に行われる競い合いであるという。それは時間と場所を決め、勝敗が不確定の条件下で楽しむ為に行われるものである。またこれらの定義は人によって異なり個々人の感性によって大きく変化するものである。
ではルミルの庭ではどうなのか。ルミルの庭においてそれは酒場にいる酒に酔った冒険者が悪乗りで始める賭事であり、暇を持て余した貴族が時間を潰すための戯れで行う賭事である。他にもいくつか使われる場面はあるがそれらも大抵は賭事である。つまりルミルの庭においては、ゲーム=賭事、と言えるだろう。
さて、では信司の説明するゲームとはなんなのか。それはもっと分かりやすく一般的に普及しているものだ。テレビゲームにパソコンゲーム、携帯ゲーム機などのゲームを指している。最近では多目的携帯端末プライベートフォン、通称プラホでもアプリという形で配布され気軽に遊べるようになっている。
これをミレーヌ達に説明するとしたらなんと言うべきか……。ゲームはルミルの庭では賭事を指しているが地球では基本的にゲームは賭事ではない、中には賭事の要素を含むものがあったり、他のプレイヤーと競い合う過程で賭博化する場合もあるがそれは本人の意志で回避出来るものだ。
人によってはゲームは現実逃避であると糾弾する者もいる。ただこれは過激な意見で現実逃避という言葉のみを見れば他にもたくさんの現実逃避に該当しそうな案件が浮かぶ。要するに向き合い方だ、信司は決して現実逃避のためにゲームやアニメなどの二次元文化をやっているのではない。現実ではしっかりと働き、様々な問題と向き合っている。その上で二次元文化を楽しみに生活しているだけだ。だが、これは娯楽という概念が薄いルミルの庭の人達からしたら現実逃避に見えるのではないか? 信司はどう説明するか頭を悩ませた。
「一口にゲームと言ってもいくつも種類があるんだ、俺が言っていたのはVRMMORPGルミルの庭のことだな」
固まっていたのは少しの間。悩み抜いた末に深くは説明しないという選択を取ることにした。地球の文化に慣れてきたらミレーヌ達にも飲み込みやすくなるはずと微かな期待を込めて。
VRMMORPG? とミレーヌとフィオは疑問符を頭に浮かべている。
「VRはバーチャルリアリティー、二人に分かりやすく言うと幻覚みたいなものだな、本来は存在しないが存在しているかのように知覚させる技術だ。MMOとは大規模多人数型オンライン、この言葉単体では使われることはないが……壮大にたくさんの人が同時に、という意味だ。RPGはロールプレイングゲーム、役を演じるゲームという意味だな。つまりVRMMORPGとは本来は存在しない広大な世界にたくさんの人が同時に入り込んで役を演じる……つまり遊ぶというものだ」
二人ともいまいちよく分からないといった顔を浮かべている。これは説明するよりも実際にやってみた方が理解しやすいだろうな。しかし今は悠長に遊んでいる時間はない。
「まぁ、分かりにくいよなぁ。今はひとまずそういうものがあるってことが分かっていればいいよ」
それにしても世界を融合させた奴らの狙いが分からない。融合前に夢とゲームという形で先にお互いのことを知らせた。そこにどんな意味があるのか。ルミルの庭の人達や地球の人達を滅ぼすならそんなことをする必要はないはずだ。ルミルの庭の人達が科学技術に慣れるかどうかはともかくとして、地球の人達はゲームというものを知っているため魔法に対する理解はしやすいだろう。
頭に響いたアナウンス……今思えば念話か。あれもわざわざする必要はない。なぜする必要があったのか、ダンジョンのモンスターに不用意に戦いを挑んで死なないようにするためか? いやそれなら地球側の念話の主が魔物暴走をこちらに伝えなかったのはおかしい。それこそ知らなければ不味い情報だろう。
人類を滅ぼす気はないのかどうなのか……この第三者達が何をしたいのかがさっぱり読めない。
「ダンジョンやルミルの庭の人達のことも大事だがこの世界融合をさせた第三者のことが気になるな。みんなも頭の隅で考えておいてくれ」
今の時点で分かることは少ない。かといって放っておいていい話ではないだろう。モンスターを倒すなりダンジョンを攻略していく傍らで考えておくべきことだ。
信司の言葉を聞いて全員が頷く。
「たしかに考えておくべきですよね。世界同士を融合させるなんてどれだけ力のある存在なのか……」
「戦っても勝てる気がしないのです……。かといって放っておくのは危険過ぎるのですよ……」
ミレーヌとフィオが同意する。地球では魔法自体が認知の外の技術だ、今の科学技術ではそんなこと出来る気がしない。
「たしかにそれも気にするべき話だな、政府にも注意を促すべきだ」
「一度出来たことが二度出来ないとは思わない方がいいでしょうね、誰がこんな事態を引き起こしたのかはすぐに調べさせるべきだわ」
「地球側とルミルの庭側の念話の声が違ったということですので最低でも二人はいるということですよね。でも見つけるにしても手掛かりが声しかないというのは難しいですね……」
父さんと母さん、陽菜も口を開く。確かに手掛かりは声しかない。政府の人に言っても一般に注意喚起しても大した成果は得られない可能性が極めて高い。閲覧スキルを使って第三者のステータスを見ることが出来れば何か分かるかもしれないということぐらいか。地球の人やルミルの庭の人のステータスとは比べようもないほど強いだろうから閲覧が通用するか怪しいところだがそれくらいしか調べる方法はないだろう。
「閲覧スキルを使って第三者のステータスを見るくらいしか調べる方法は無さそうだな。こんなことを引き起こしたぐらいだ、その能力は想像できないくらい高いはずだ。もし怪しい奴を見つけても無闇に戦いを挑まないようにな」
念のために釘を差しておく。見つけて捕まえようとしても殺されるのが目に見えている。五人とも分かった、と頷いた。
次は科学技術の説明をするとしよう。知っていないとルミルの庭の人達が混乱することは確実である。
「じゃあ次は簡単に科学について説明する、さっき説明したゲームでも使われている。地球では寧ろ使われていない部分を探す方が難しいだろう」
ミレーヌとフィオがビシッと背筋を伸ばす。
「魔法とはどう違うのですか?」
「魔法との違いか……、そうだな魔法は自身や大気中の魔力を使って引き起こす現象の総称だ。科学は魔力を使わずに世界の法則を利用した現象と言うべきか……科学という言葉にもいろんな意味がある。地球では原則として魔法は存在しない、もしかしたら俺が知らないだけで実際にはある可能性も否定は出来ないが……。故に魔法を使わずに様々なことをしなければならなかった。その過程で体系化されていった知識や経験の総称と言えるだろう」
どうしても難しい話になってしまうが出来るだけ分かりやすく説明する。
「魔力を使わない……魔法が存在しない……そんなことが!?」
「とても信じられないのですよ……」
ミレーヌとフィオは愕然とした表情を浮かべ、信じられないと声を上げる。
魔法や魔術が当たり前のように日常生活の一部として溶け込んでいるルミルの庭の人達からしたら理解し難い内容だ。火を起こす時には点火の魔法を、水が必要な時には湧き水の魔法、風を発生させたい時には微風の魔法、畑を作る時には活土の魔法、何をするにしても気軽に魔法が絡んでくる。魔法の資質がない者は魔術を使えばいいし、多少高価だが用途に応じた魔道具を購入するという手もある。魔法を使わずに生活している人を探す方が難しいくらいである。
「例えばこれ、照明の魔法で光っているわけじゃないんだ」
信司は指を上、天井に向けて二人に説明をする。指が指し示す先には、この居間を照らしている照明が佇んでいる。
ミレーヌとフィオは目を細めながら天井を見上げた。
「確かに魔力の流れが感じられないのです……!」
「これが……魔道具でもないなんて……」
二人の表情は信じられないものを見たとでもいうような驚きようで、ルミルの庭で初めて魔法を使った時の信司の表情にどこか似ていた。
何かを燃やしているにしては光の色が白過ぎる。火をつけると白い炎を上げる白炎炭は燃えるととても高温になるためこの部屋の気温から考えて有り得ない、それに白炎炭は高価なので一般的ではない。閃光石は明る過ぎて目が眩む上にすぐに効果が無くなってしまう。星明石なら安定して光を放ってくれるがここまでの明るさはない。
ルミルの庭の知識を総動員しても二人にはどのような仕組みで光っているのか、皆目見当もつかなかった。
「これは電気で動いている。電気が通ると発光する部品が組み込まれていて、必要に応じて光らせたり暗くしたりするんだ」
「電気? 雷のことなのです?」
「それは一体どういう仕組みなのでしょうか?」
ルミルの庭に電気という言葉はない。しかし自然現象としての雷は存在するし雷魔法もあるため説明はしやすい。照明の仕組みを説明するのは他の家電との電力の絡みもあるため専門知識がないと難しいが、もっと簡略化して……懐中電灯を例にすれば理解しやすいか。
「光、懐中電灯を持ってきてくれるか?」
……あっ。思わずいつもの調子で光に頼んでしまった。
声をかけても光は未だにソファーで倒れ伏していて蘇る気配がなかった。
「私が持ってきますね」
別の世界に行ったきり帰ってこない光の代わりに陽菜が懐中電灯を持ちに行った。
「ごほん、雷も電気の一種だな。自然現象である雷のような強い電気や雷の初級魔法であるサンダーも同じ電気の仲間だ。細かい説明は省くが、魔力とはだいぶ性質が違うけど電気を使って魔法に近い現象を起こしている」
わざとらしく咳払いをして誤魔化そうとする信司だったが、他の人には僅かに頬を赤くした珍しい信司の姿が目に入り、脳裏に記憶されるのであった。後にそれを聞いた光が嬉しさのあまり舞い踊りながら、私も見たかった! と騒ぎ立てることになるがそれはまた別の話である。
「電気というものは移動する時に、より移動しやすい場所を好む性質がある。それを利用して電気の流れやすい物質で道を作り通り道にする。その中に電気が流れると発光する性質を持った物質を組み込むと、照明が出来上がるというわけだ」
実際にはもっと複雑だけどな、と添えておく。専門的な知識がないので、俺にはこれ以上細かく説明出来ない。
「こちらで言う魔法陣のようなものでしょうか。魔法陣という魔法を発動させるための依り代に魔力を流して魔力を起こす、どこか近いものを感じます」
「そうだな、魔法陣のイメージで考えると分かりやすいかもしれない」
ルミルの庭の人達からしたら魔法陣をイメージするのが一番理解しやすいだろう。
そんなことを話しているうちに懐中電灯を持った陽菜が戻ってきた。渡里家では玄関に懐中電灯が置いてある。懐中電灯は二つあって片方は太陽光による充電やラジオ機能などがついた大型のもの、もう片方は複数のLEDライトを点灯させるだけの小型でシンプルなものだ。陽菜は信司が説明しやすいように照明機能のみのシンプルな懐中電灯を持ってきてくれていた。
「陽菜、ありがとう」
「いえ、お兄様、お気になさらずに」
信司は陽菜から懐中電灯を受け取ると共にその頭を優しく撫でる。陽菜は嬉しそうに目を閉じると信司の手に身を委ねる。頭を撫でているだけで指先から伝う滑らかな銀髪の心地よさに思わず頬が緩む。やけに距離が近い陽菜からは、指を動かす度に髪が揺れて、どこか甘さを帯びた柔らかさを感じさせる陽菜の香りが信司の鼻へと届く。それを嗅いでいるだけで穏やかな気持ちになれた。
陽菜の香りと柔らかな髪の感触を胸に、やっぱり陽菜はかわいいなぁと、陽菜を撫でる指の動きが一層優しくなる信司であった。兄妹なのに、まるで恋人であるかのような空間が形成され周囲の人々を寄せ付けない、それはある種の結界のようでもあった。
またかぁと呆れる視線に、仲良しねぇと見守る視線、羨ましそうにする視線に、フィオのポジションが!? と悔しそうにする視線……四種類の視線が二人へと突き刺さるが、まさかこの後5分間もダダ甘結界が展開されたままになるとは誰も思わないのであった。
惜しむらくは光が沈黙していたこと。普段であれば光がダダ甘結界が完全に展開される前に破壊するか、持続時間を著しく縮めさせている。たまに光が結界を作る側になる時もあるが……。哀れ光、残念光、光の知らない所でダダ甘結界が作られてしまうのであった。




