第20話 情報交換!前編
……短くも激しい、まるで嵐のような時間であった。雨風過ぎれば雲一つ無き蒼天の下、心地良い風と暖かな日差しを感じられるというものだ。
雨雲の下で雷に打たれて気を失っている光を視界に収めながら信司はスッキリとした表情でソファーへと腰を下ろすのであった。
「ミレーヌ、フィオ待たせてすまんな……早速話を聞かせてもらえるか?」
信司は話し合いが遅くなってしまったことを謝ると二人に今何が起きているのか把握出来ていることを尋ねた。
ミレーヌは話し始めても大丈夫なのかとソファーに俯せで倒れている光を見つめる。時折ビクリと体を震わせている姿が不安を誘う。だが渡里家の人達はいつものことだとばかりにまるで気にしていない。信司はミレーヌ達の話の方が重要だと光を放置して先を促した。
ふとミレーヌは思い出す。信司のギルド水月の雰囲気もこんなはちゃめちゃながらもどこか暖かみを感じさせるものだったということを。さすがにくすぐられてダウンしている人を見るのは初めてだが……光を見捨てる陽菜とそれを見守る両親、相手の想像の斜め上を行く信司の姿はまるでここが水月と言われても信じそうになるほどに普段の水月に近いものだ。改めて暖かな雰囲気の中心は信司なのだと認識するミレーヌなのであった。
ミレーヌは瞳を閉じると一度大きく深呼吸をした。たったそれだけでミレーヌの雰囲気が切り替わる。瞳を開けるとそこにはキリッとしたどこか凛々しく感じられる表情を浮かべたミレーヌがいた。
「そうですね……何から話したらいいか……。まずは今日の私のことから話しますね。今日は特に出掛けるような案件も無かったので水月のギルド内で朝から書類整理をしていました。ですが日が暮れて少ししてから昨日茶葉を切らしてしまったことを思い出しまして、慌てて買いに出掛けたのです。ですが流石に遅過ぎたせいで普段買っている店は閉まっていまして、開いている店を探し回っていたらかなり遅い時間になってしまいました。それでも何とか茶葉を無事に買うことが出来まして、ギルドに戻っている途中のことでした。突然、次元震とやらに襲われて……しばらく経って揺れが収まると信司様の家の前、叡智の霧森のある広場……勇壮の風、叡智の霧森キャンプ場にいたのです」
「フィオもキャンプ場でおっさんの底力の人達と話していたら急に揺れに襲われたのですよ。最初は地震かと思ったのですが揺れの割には露店に積まれている商品が全然崩れなかったので何か変だなぁと思ったのです」
どうやらミレーヌ達もこちらと同じような状態だったようだ。ミレーヌに言われて、そう言えば昨日の夜、お茶を飲み切ってしまったことを思い出した。
「幸いなことに妹のフィオは近くにいたのですぐに合流することが出来ました。ですが他の水月のメンバーはみんな出払っていたため行方が分かりません……。周りのギルドの人達も突然の事態にみんな混乱していました。周囲の景色はキャンプ場のままでしたが、遠くを見ると見慣れない建造物が並んでいましたし、風の香りも聞こえてくる音色も違いました。感じ取れる空気中の魔力も信じられないほどに薄かったのでびっくりしましたよ。ダンジョン内というわけでもないのに、周囲の空間ごとどこかに転移させられたんじゃないかと……」
みんなの行方は分からないか…みんな無事だといいんだが……。
ルミルの庭と比べて空気中の魔力濃度が低く感じられたのは間違っていなかったようだ。これだけ低いと空気中の魔力を使うのは相当魔力の扱いが上手くないと難しいだろう。なぜ空気中の魔力濃度が低いのか気になるところだな。
「それから急に念話のようなものが聞こえてきたのです」
初めてのソファーが面白いのか、フィオはボヨンボヨンと跳ねながら喋っていた。
ここまではこちらと同じだ、あとは念話の内容に違いがあるかどうか。
「内容は?」
ミレーヌは要点を纏めているのか少し考えるような素振りを見せてからゆっくりと口を開いた。
「まず、念話の声は女性でした、基本的には丁寧な口調でしたが中にはこちらを挑発しているように感じられる言い回しの部分もあったのでどこか上から目線のように思えました。主な念話の概要は、私達の住む世界ルミルの庭と信司様達の住む世界地球が融合したこと、先程の揺れは次元震という現象であったこと、ルミルの庭は魔法が発達し地球は科学が発達した世界だということ、ダンジョンを放っておくと魔物暴走が起きる可能性があること、の四つです」
ふむ、どうやらこちらが聞かされた内容と少し違うようだ。こちらは声が男性だったがあちらは女性だったらしい。となるとこの事態を引き起こした連中は少なくとも二人以上いるということか。声を変えることが出来るのであればまた変わってくるが……。
ミレーヌが伝えてくれた概要から新たに分かったことがある。融合した世界の名前とそれぞれの特徴だ。ルミルの庭はゲームのタイトルそのままだが、俺達の世界の名前は惑星の名前らしい……。ルミルの庭の特徴はなんといっても魔法、俺達の世界にはないものだ。逆にルミルの庭には発達した科学技術はない、剣や槍はあっても銃がないのが分かりやすい例だろう。
ふと、ギルドメンバーの一人が何で弓はあるのに銃はないんだ……と落ち込んでいたのを思い出す。ファンタジー系のRPGだから近代兵器はないタイプなんだろうと思っていたな。
「魔物暴走?」
概要の中に一つだけ不穏な言葉があった。魔物暴走……ファンタジー系のゲームやアニメ、漫画や小説などで見られる単語だ。作品によって言葉の意味は異なるが……どれも総じて俺達にとってあまりいい意味ではない。
「念話では詳しい説明はされませんでしたのでどういった現象なのかは分かりません。ですが魔物暴走の部分は特に挑発的な言い回しでしたのであまりいい言葉ではないのだと思います」
……だとしたら相当不味い事態かもしれない。ダンジョンの数や分布も調べないといけない。判断を間違えれば国すら滅びかねない。
「想像していたよりも不味い状態なのかもしれない……」
「どういうことだ?」
話を聞いていた父さんと母さんはよく分からないといった顔をしており、父さんは疑問の声を上げた。大雑把に話の内容は伝わっているようだが魔物暴走という言葉から特に予想はついていないようだった。
たしかに所謂オタク文化に触れていなければ予想出来なくても無理はない。二人はそういった物に詳しくないしなぁ……。
「その念話の主の言う魔物暴走は分からないが、アニメやゲームで使われている魔物暴走なら知っている」
アニメやゲームなんて……と馬鹿にする人はここにはいない。そもそもルミルの庭はこちらではゲームである。
「アニメ? ゲーム?」
フィオがそれは何? といった風に首を傾げる。
そうか、ルミルの庭ではそういった娯楽文化発達していないから伝わらないのか。科学技術の話に絡めて後でまとめて説明するのが良いだろう。
「あとで説明するけど科学を利用した娯楽文化の一種だな、あとで纏めて説明するよ」
「分かったのです」
フィオが納得してくれたところで信司は自分の予想について話し始める。
「魔物暴走と言っても作品によって幾つかの種類がある。ミレーヌの話を聞いた感じだと念話の主は魔物暴走で人類が辛酸を舐めると思っているんだろう。辛酸を舐める程度ならまだマシで最悪それで滅びると思っている可能性もある。さらにルミルの庭のシステムに当てはまる魔物暴走……それを踏まえた上で考えられる魔物暴走の種類は……」
誰かがゴクリと喉を鳴らす。一人を除いて全員が集中している室内にその音は静かに響き渡った。
「……魔物群のダンジョン外への進出、恐らくこれだろう」
「魔物がダンジョンの外に出てくるのですか!?」
「そんな……」
ミレーヌとフィオが顔色を悪くする。
「何が原因で魔物暴走が起きるのか、ダンジョンを放っておくと起きる可能性があるということは、条件の一つは魔物の飽和だろう、可能性という言い方をした事を考えると他にも何か条件があるのかもしれない。今、予想出来るのはこのくらいだな」
ミレーヌとフィオは口を開けたまま固まる。顔色もどんどん悪くなっている。
「その魔物っていうのはどれくらい強いの?」
魔物がダンジョンの外に出てくると言われてもルミルの庭をやっていない父さんと母さんにはそれがどれだけ深刻な事態なのかが伝わらない。
「そうですね……その魔物によって変わってきますし、同じ種類の魔物でも個体差があるので説明が難しいですね」
ルミルの庭で使われていた専門用語を使わずに分かりやすく伝えるのは難しい。信司、ミレーヌ、フィオの三人は頭を悩ませた。




