第18話 ソファー争奪戦前編
このまま放っておいても話は進まない。とにかくまずは情報交換をしないと現状把握が出来ない。俺は一度両手を叩くとみんなの注目を集めた。
「えーと、とりあえず話を進めるぞ? どうやら俺達の世界とミレーヌやフィオ達の世界が融合してしまったらしい。その結果、今どんな事態になってしまっているのか分からない。少しでも情報が欲しいところだ。ミレーヌとフィオは何が起きているのか知っていることはあるか?」
話を切り出しながら二人にソファーへ座るよう促す。
先ほどミレーヌとフィオににじり寄っていた母さんは父さんに連れ戻されて二人用のソファーに父さんと一緒に座っている。光と陽菜はそれぞれ自分用のソファーに座っている。ミレーヌとフィオは俺が玄関から戻ってくる間に準備された三人座っても余裕がある大きめのお客様用ソファーに座る。
さて、俺も自分のソファーに座るとしよう……そう思い自分のソファーへと目を向けるが俺のソファーは光のソファーと陽菜のソファーの間に挟み込まれていた。……位置的によろしくないな。今の配置のままだと入口にミレーヌとフィオ、それを囲むように父さん母さん、光、陽菜となっており渡里家でミレーヌとフィオを尋問しているかのような威圧的な配置になってしまう。居間に来たばかりの二人はとても緊張した様子だから俺が近くにいた方が良いだろう。ソファーを妹達の間から妹達とミレーヌ、フィオの間に動かすことにした。
俺はゆっくりと自分のソファーに近付くと右手を伸ばした。ソファーに手が届くと同時に誰かの小さな手が俺の手の上へと伸ばされ重なった。陽菜の右手だ。そのまま握り込まれそうになったため慌てて右手を引き戻す。
ならばと左手を伸ばすとまた誰かの小さな手が重なる。今度は光の左手だ。光へ視線を向けるとそのまま俺の左手を握り、逃がさないといった感情を伝えてくる。その力はステータスの影響で成人男性並か、もしかしたらそれ以上と思えるほどの握力に上がっていたがこちらはもっと高くなっている。左手を強引に引き戻すとまさかそのまま戻すとは思っていなかったのか光は慌てて手を離した。そして妹達へと改めて向き直る。
どうやらソファーの移動を阻止してこの位置のまま座らせようという作戦のようだ。しかし、俺はソファーを動かすと決めた!妹達に捕まらずにソファーを動かす、引けない戦いが始まってしまったようだ。
光はステータスの影響で下手な成人男性よりも強い力を持っているように感じられた。左手は一切掴まれないように注意せねばならない。
改めて右手をソファーの手すりへと伸ばす。ソファーを持ち上げようとしても間違いなく止められる方が早いだろう。そうなると自ずと取れる手段は限られてくる。
妹達に捕まらずにソファーを動かす方法は二つある。一つは少しずつソファーを引っ張る方法、もう一つは逆に少しずつソファーを押し出す方法。後者はソファーが目的地から遠ざかるだけなのでNGだ。そのため必然的に前者の方法をとることになる。
先程とは違い素早く右手を伸ばしてソファーの手すりを掴むとこちら側へと手繰り寄せる。1cm、2cm、3cm……もう少し距離を稼ぎたい所だがこちらの動きに素早く反応した陽菜の手が近付いてきたため触れられる前にその手を戻した。陽菜の様子を見るとあと少しで触れるというギリギリのところで逃したためか柔らかそうな頬を膨らませてむくれていた。
次に左手を素早く伸ばす。陽菜と俺のやりとりを見ていた光は俺の手が動いたと感じると左手を素早く手すりへと伸ばした。手の動きを見て掴む場所を予想してから動くのではなく決めていた場所へと手を伸ばす、見て考えるという工程を省略した動きは迷いが無く素早かった。それは俺と光の速度差を埋めることに成功する。しかし二度も同じ手は使うのは危険だと分かっている俺は手すりへと辿り着く少し前に左手の軌道を変える。そして俺と光の手はほぼ同時にソファーへ辿り着いた。
「あっ」
気の抜けた声を零した光を尻目にソファーを掴んでいる左手を寄せる。光は慌てて左手を手すりの上から手すりの下へと伸ばすが信司が掴んでいた位置に辿り着く頃には捕まえるべき手は既に離されているのだった。
光の作戦は自分と信司との速度差を埋めることに成功するが信司を捕まえることはなかった。手すりの上以外にも掴めるポイントがあったためだ。光の作戦は掴めるポイントは手すりの上のみという思い込みが原因で失敗したのだった。もし掴むポイントは手すりの上のみという条件があれば光が勝っていただろう。その条件だと信司にほぼ勝ち目が無くなるわけだが……。
光が読み間違えたおかげで思ったよりも引き寄せることが出来た。元の位置から5、6cmほど動かせただろうか。
光が悔しそうな顔を見せている。
今度は左側が突き出しているので右側に、陽菜の方へ右手を伸ばすとしよう。先程の二手とは違い俺は気軽に手を伸ばす。ここからは一方的な戦い? になると予想したためだ。
世の中にはルールと呼ばれる物事を円滑に進めるための決まり事がある。それは遊びの中にも存在し、遊びにメリハリをつけ、より彩り豊かなものに仕上げる。それはこのソファーの位置取りを巡る戦いにおいても例外ではない。この戦いは打ち合わせもなく突発的に開戦されたため三人の中でルールが共有化されていない可能性が高いが今のところ順調に推移している。
まずはお互いの勝利条件の確認だ。
信司の勝利条件は自分のソファーを移動させること、つまり妹達の手の届かない位置までソファーを引っ張り出すことである。
光と陽菜の勝利条件は信司の隣に座ること、信司のソファーを死守して移動を諦めてもらうことになる。
次にルールについてだが信司は自分のソファーの左右の手すりの上部と下部、計四ヶ所を押し引き出来る。ソファーの下や背もたれを持った場合咄嗟に動けない上に妹二人を同時に相手取らなくてはいけなくなるため選択肢に出来ない。
それに対して光と陽菜はソファーの上から片手を使って信司の動きを阻止しようとしていた。二人が両手を使えば信司の手数が足りなくなるのは明白だったため片手で臨むことにしたようだ。またソファーから降りてしまうと戦いの舞台が際限なく広がってしまうため二人の行動範囲はソファーの上に限られている。信司のソファーに乗ってしまうという手も考えたようだが万が一その状態でソファーを引っ張られた場合にカーペットが傷付く可能性が高く怒られそうなため諦めたようだ。
戦いの流れは信司の予想通り一方的なものとなった。
陽菜は信司の狙う場所を読んで手を動かしていくがそれを逆に読まれてしまっていた。上かと思えば下、次こそ上かと思えばまた下、あえて下かと思えば上へと……、まるで未来が見えているようで捕まえられる気配がない。
光は最初の失敗から考えることを放棄して野生の感のみで戦っていた。この場合敢えて思考を放棄した光の選択は正解だったのかもしれない。信司を捕まえることまでは出来なかったが何度か手が触れそうになる機会があったためだ。
徐々に開いていくソファー同士の距離、決着は近付きつつあった。
実は一見条件は平等なように見えるこの戦い、実際は光と陽菜にとってはかなり不利なものであった。
まずソファーの位置が光と陽菜の真横だったこと、これがもう少し後ろにあるか、信司に引っ張られる前に下げていれば少しは有利になれたかもしれない。光と陽菜の位置から手すりに辿り着くためには手を伸ばさないといけない。二人は同年代と比べて背が低いため腕もとても短い、そのため信司のソファーに触れるためには腕を伸ばすという工程を加えないといけないため僅かながらタイムロスが発生してしまっている。後ろにソファーがあれば信司の手と接触出来る区間が広がるため勝てる可能性が上がっただろう。
次に信司に動きを読まれていたこと、光と陽菜は兄である信司のことをよく知っている、だからこそ考え方や動きを予想することが出来た、だがそれ以上に信司は妹達のことをよく分かっていた。二人がまだ赤ん坊だった頃から両親に代わってずっと面倒を見てきた信司、そんな兄に特に作戦もなく読み合いを挑んだことが失敗だったのだ。
最後にステータス差が開き過ぎていたこと、これが手も足も出なかった最大の要因である。今回のソファーの戦いでは力強さを表すSTR、素早さを表すAGI、技量を表すTECの三つの値が重要だった。しかし光と陽菜の値は信司の値の半分以下であり、二人の数値を合計しても信司に届いていなかった。二人の倍以上の力と速度で引っ張られて技量の差も大きければどうしようもないというものだ。
さて、これでさすがに俺の勝ちだろう。
ソファーは順調に前へと進み、もう30cmは引っ張っただろうか……。
光と陽菜はうまくバランスをとりながら大きく身を乗り出して奮闘していたが二人の短い腕ではもう届きそうにない。これ以上身を乗り出すとソファーから転げ落ちそうだ。
俺はトドメとばかりに両手でソファーを掴んで大きく引っ張った。ソファー間の距離はさらに伸び、誰が見ても光と陽菜の手は届かないと思える距離になっただろう。
二人はこちらを見て、むー、と呟きながら頬を膨らませていた。まるで口内にどんぐりを溜め込んだ栗鼠のような顔を見て思わず笑みを零しそうになる。しかし周りから注がれている視線を思い出したため慌てて表情を引き締めるのであった。
情報交換をしようと仕切り直した矢先にソファーの戦いである。渡里家には話が逸れたり、寄り道をしてしまう性質があるのかもしれない。
横から見ていた両親からは生暖かい視線が、背後からは、じとーっ、とした絡み付くような視線が感じられる。
この状況から脱するには早く情報交換に移るより他はない!
信司が自分のソファーを移動させるため持ち上げようとしたその時、不意に光と陽菜が立ち上がった!
何!?
既にソファーの戦いは終わったのではなかったのか?
俺は瞬時に思考を切り替えると状況を確認し結論を導き出す。
ソファーは妹達から十分に離れているため勝負はついている。しかし光と陽菜は立ち上がり、こちらへ向かってこようとしている。ソファーの上で行動するというルールを破って何をしようとしているのか。立ち上がってソファーの取り合いを再開するのは時間的にミレーヌとフィオに迷惑がかかるし。口を挟まずに見守っている両親もさすがに介入してくる可能性が高いってことは分かっているはずだ。その上で行動するということは……。
……そうか、なるほど、狙いは俺ということか。




