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第17話 自己紹介

 あれから暫くの間待ってみたが状況に変化はない。ミレーヌは背を向けたままでフィオはしがみついたままである。いつまでもこのままでは時間が勿体ない。出来るだけ早く二人には居間に来てもらって情報交換を始めたいところである。

 少しは時間を空けたしそろそろ声をかけても大丈夫だろうか。ミレーヌは後ろを向いたままだが今はぷるぷるしていない。


 「……あー、ミレーヌ。そろそろ居間に案内したいんだけどいいかな?」


 「あっ、はい、大変失礼しました……。んっ、大丈夫です」


 声をかけるとミレーヌはビクッと一瞬身体を震わせ、まだ微かに赤みの残る顔を見せながらこちらに向き直った。


 「ん、じゃあ行こうか。フィオも行くよ? 居間に向かうからついてきてね」


 「はいなのです」


 フィオの返事を聞きながらなんとか普段の調子を装うミレーヌを見届けると土間から廊下へ足を運ぶ。フィオが靴を履いたまま抱きついているので一度降ろして靴を脱がせる。


 「フィオ、ここで靴を脱いでもらっていい? 家の中では靴を脱ぐのがルールなんだ」


 「そうなのですか? たしかに綺麗な床だから靴のままだと汚れちゃいそうなのです……」


 ルミルの庭では靴を履いたまま生活するのが普通だったからなぁ。建物の中でも靴を履いたままでそもそも靴を脱ぐ機会がなかった。

 フィオは土間と廊下を見比べて納得したのか靴を脱いで廊下へと上がった。ミレーヌも同じように靴を脱ぐと他に置いてある靴の様子を見て自分とフィオの靴の向きを変えると他の靴と同じように整えてから廊下へと上がった。

 細かなことに気付いて丁寧な気配りをする彼女の姿を見ると服装も相まってメイドにしか見えない。ミレーヌはメイド服を着ているがメイドではなく勇壮の風(ヴァリアントガスト)のサブマスターの一人であり都市の責任者を任されたことのある大変優秀な人材である。本人曰く動きやすさと大人しいながらも確かな可愛さを持つメイド服こそ試行錯誤を繰り返してようやく辿り着いた最高の制服なのだそうだ。メイド服が勇壮の風(ヴァリアントガスト)の制服ということではないのでご注意願いたい。ちなみに妹のフィオの服装はメイド服ではなく彼女の色に近い明るい茶色のケープコートを着ており、その下にワンピースである。

 二人とも素足で屋内を歩くことに慣れていないためか落ち着かない様子でついてきている。


 「うちの家族構成は父と母、俺と妹が二人の五人家族だ。みんな居間にいるけど二人とも緊張しなくても大丈夫だからね?」


 安心するよう話しかける。

 家族と会わせたとしても言語理解スキルの無い妹達には言葉が伝わらないだろう。父さんと母さんには少しは言葉が伝わるかもしれない。これからお世話になるだろうから今のうちに顔合わせが出来るならした方が良いだろう。



 玄関からあまり距離が離れていないためすぐに着いた。居間に入るとみんなの視線がこちらに向く。


 「ルミルの庭で俺がよくお世話になってた人達が来てくれたみたい。とりあえず挨拶と情報交換をしようと思って連れてきたよ」


 緊張のためか俺の背後で固まっていて二人が前に出てこない。仕方ないので後ろに隠れている二人の手を掴んで無理やり前に引っ張り出した。


 「わっとと」


 「し、信司様!?」


 ミレーヌに恨みがましい目で睨まれた。フィオはバランスを崩した様子で転けそうになり信司にしがみついて唸っている。


 「信司、その娘達が?」


 「そう、メイドの格好をしている娘がミレーヌでケープコート着ているのがフィオだ」


 「あら、可愛い」


 母さんが二人を微笑ましそうに眺めている。そう言えば母さんは猫や犬みたいな小動物が好きだったな。小さな音に反応してピクピク動く猫耳を今にも飛びかかりそうな目つきで見ている。


 「はじめまして、私はお兄ちゃんの妹の光です! そ、その耳と尻尾は本物?」


 母さんに負けずとも劣らない目つきをした光が二人を見据えていた。こちらも今にも耳と尻尾を鷲掴もうと走り出しそうな雰囲気だった。


 「こんばんは、同じくお兄様の妹の陽菜です、よろしくお願いします」


 そう言うと陽菜は軽く頭を下げた。どうやら陽菜は大丈夫……じゃなさそうだな。よく見ると陽菜の瞳は平常時と比べて僅かに大きく開かれており、残念ながらきらきらと輝いていた。

 三人の視線を受けてミレーヌとフィオはまるで不意に強力な魔物と出会ってしまったかのような緊張感を漂わせて後ろに一歩前進した。


 「はじめまして、信司の母のレイラです」


 「信司の父の信吾だ、息子が世話になったようだな……ママ……二人が怯えているじゃないか、少し落ち着いてくれ」


 徐々に二人ににじり寄っていた母さんの襟首を捕まえて父さんは溜め息をついた。


 「うぐぅ……だ、だってパパ、二人があまりに可愛くてつい……」


 「それでもだ、いきなりそれは失礼だろう」


 「そ、そうね……。二人ともごめんなさいね、私ったら可愛い動物に目が無くって」


 珍しく父さんが母さんを止めている。普段は母さんが父さんを止めることが殆どのためかなり珍しい光景だ。


 「い、いえ……」


 ミレーヌは少し落ち着きを取り戻したようだ。これでやっと話を進められそうだ。


 「あとで時間があれば二人と話し合ってもふもふさせてもらえばいい」


 やっぱり父さんは父さんだった。


 「そうね! そうしましょう!」


 母さんも息を吹き返してしまった。ミレーヌはそれを見てまた緊張感を漂わせる。

 話が進まないな。


 「父さん母さん話が進まないから落ち着いてくれ。ミレーヌとフィオからも挨拶してもらっていいかな? 襲いかかってこないから安心してくれ」


 その一言で何とかみんな普段通りの雰囲気に戻ってくれた。光と陽菜は自分達のことも言われていると察したのか少し姿勢を正していた。辺りが落ち着いたところでミレーヌとフィオも挨拶を始めた。


 「私はミレーヌ・アリアルスと申します。ギルド勇壮の風(ヴァリアントガスト)所属、コルトバ王国辺境都市メドス、叡智の霧森(ウィズダム)キャンプ場の責任者をやっております。信司様には普段から大変お世話になっており……そのいろいろ助けられております……」


 なぜかミレーヌの声が徐々に小さくなっていったが重要な部分はみんなに聞こえていただろうから気にしないことにした。


 「フィオの名前はフィオレーナ・アリアルスなのです。ギルドは信司様のギルド水月に所属してました。そしてフィオは信司様のお嫁さんになる予定なのです! 光と陽菜はフィオのことをお姉ちゃんと呼ぶことになるのです」


 またか……。俺は思わず眉間に手を当てた。フィオは自己紹介の時にいつも俺のお嫁さんまたはお嫁さんの予定と話す。好意を向けてくれることは嬉しいのでそのままにしているがこのタイミングでそれを言われると……。


 「フィ、フィオ!」


 ミレーヌが慌てた様子でフィオを睨みつける。


 「そ、そんな目で見られてもフィオは負けないのですよ!」


 フィオは一瞬ビクリとしたがミレーヌを一生懸命睨み返していた。父さんと母さんはフィオの話を聞いて、ほほぅ、と目を細めて見ていた。一番に反応すると思われた光と陽菜はよく分からないといった風できょとんと二人の姿を眺めている。

 あぁ、そうか。光と陽菜は言語理解スキルを持っていないから何を言っているか分からないのか。父さんと母さんは低レベルだけど言語理解スキルを持っているからなんとか意味が通じてしまったようだ。

 父さんと母さんがニヤついた顔をしてこちらを見ていた。俺は何も言わずに首を振るのだった。


 「んー? お兄ちゃん二人が何を言ってるのか全然分からないよー」


 「お兄様、私にも二人の言葉が分かりません」


 「あぁーそうだね。二人はルミルの庭の人だから言語理解スキルがないと意志疎通するのは難しいんだよ。父さんと母さんは言語理解スキル持ってるから辛うじて伝わったみたいだけど」


 「えぇーそんなぁ……」


 「お兄様言語理解スキルはどうやったら手に入るのですか?」


 二人とも悲しそうな顔を浮かべたがすぐに陽菜はスキルの習得方法を聞いてきた。


 「そうだなぁ……言語理解スキルは適性があれば意味の分からない言葉や文章を見たり聞いたりして理解しようとすると習得出来るかな。適性がないとその方法だとほぼ習得出来ないからスキルスクロールで覚えるしかないね。運が良ければレベルアップ時の習得判定で得られることもある。とりあえず分からなくてもミレーヌとフィオの話を聞いたりしてチャットで外国語の文章を理解しようとすれば覚えられるかもしれないからやってみるといいかな」


 光と陽菜はなるほどと呟くとチャット画面を開いてせわしなく目を動かし始めた。外国語の文章を読もうとしているみたいだな。

 ミレーヌとフィオを未だに睨み合っていて、父さんと母さんは嫌に生暖かい視線をこちらに向けながら何やらこそこそ話し合っている、光と陽菜はチャット画面に釘付け。信司は一向に話が進まないので溜め息をつくのだった。

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