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「ハッ! ……ってなんだよ、夢かよ」
走行する地下鉄の車内、目を覚ました伊藤 武はなぜか残念そうにそう呟いた。
ひとつ大きな伸びをした彼は、手持ち無沙汰に周囲を見回す。
先ほどまでの彼と同じように窓ガラスに頭をもたれかけさせて眠っているサラリーマン風の男性や、夜になって疲れが出てきたのか微笑を浮かべた母親にもたれかかって眠っている子ども、ただひたすらにスマホを弄っている長い黒髪の女子高生。
同じ車両の乗客はそれくらいだった。
(この路線、大丈夫なのか……?)
そんなお節介なことを考えながら、伊藤は見るべきものもないので前方を見やる。
座っている側とは反対側の窓ガラスに、伊藤の姿が映っていた。
いつもと変わらない私服姿。なにか大きな荷物を持っているわけでもなく、特徴的な髪型をしているわけでもない。雑踏に入り込めばあっという間に溶け込んでしまうような見た目をしている。
――見た目だけは。
(ってまるで中二病みたいだなおい)
そんなことを考えつつ大きな欠伸をしながら、彼は座席に座りなおして背もたれにもたれかかる。
そこでまたひとつ、大きな欠伸。
(いやちょっと待てよさすがに眠たすぎるぞ? 昨日は早めに寝たはずなんだがな)
なぜかまた漏れてきた欠伸に口元を押さえながら、伊藤はそんなことを考える。
そうしている内に段々と瞼が重たくなってきて――ここに来てようやく彼は気がついた。
(あ、これヤバイやつだ。寝たら死ぬ、っていうか寝たら死にかねない状況に陥るやつだ)
“過去の経験から”そう推察した彼だったが、ただの人間が睡眠欲求に勝てるはずもなく、瞼は完全に閉じてしまった。
そして、段々と意識が朦朧となっていき――
(あー、せめて敵がゾンビ程度だったらいいのになぁ……)
それが意識が闇に落ちる前の最後の思考となった。




