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第9回イマキリはハイドラに恋をする 「下心ないわよね?」

 ノトーリアス・ファミリーのアジトを出て以来一言も喋らないハイドラに、イマキリはどう接していいか分からず困惑していた。


 とは言えいつまでも臆している訳にもいかず思い切って歩み寄ると、


「あの、ちょっとよろしいですか?」


 と声をかけた。


「なによ! なんかまだ用?」


 ハイドラは振り返らずに言った。


 イマキリは苦笑しつつも任務遂行のためにはと、この今にも爆発しそうな爆弾を触ることにした。


「訊きたいことがあるんですけど、ダメですかね」

「ダメよ」

「どうして『再生』のカードが売られることを知っていたんですか?」

「ダメって言ってるでしょ。聞きたくない!」

「あれは世界で一枚、ホテル・トランスオクシアナにしかないはず。盗まれたことを知っていたんですよね」

「私が盗んだっていうの!」


 振り返ったハイドラの目は三角だった。


「いえ、そうは言ってません。盗まれたことを知っていたのではと訊いているだけです」

「教えるわけないでしょ。あなたと私は敵みたいなもんなのよ」

「これは手厳しい」


 イマキリはそこで少し考えた。警察バッジに物を言わせても、彼女の場合逆効果だと思ったのだ。


「どうです、取引しませんか? 『再生』のカードの情報を教えてくれたら、相応の対価は払います」

「警察にそんな予算あるのかしら」

「上は僕が説得します。どうでしょうか?」

「断るわ。私は警察が嫌いなの。いつも威張ってばかりいるからね」

「ハハ、実は僕もそうなんですよ」

「合わせなくてもいいわよ。私、そういうの一番嫌いなの!」

「すみません」


 しょんぼりするイマキリを見て、流石にハイドラも少々気が引けた。何より助けてもらったことには一定の恩を感じていた。


「まあ取引するつもりはないけど……気が向いたらまた会ってもいいわよ」

「是非お願いします!」

「下心ないわよね?」

「ないです。ただもう職務に忠実なだけですから」


 本当かな、とハイドラは男の瞳を覗き込んだ。人懐っこい目に悪意は感じなかったが、他の何物も見えてはこなかった。


「訊いていい? どこまで捜査進んでるの。犯人の目星はついている?」

「いえ、それが全く」

「嘘じゃないわよね。私の協力を得たいなら、そっちも相応の情報は流してよね」

「もちろん。ただ手口については一つ予想があります」

「どんな?」

「あのホテルの警備状態について、どれくらい知ってますか?」

「だいたいのことは知ってるつもりよ」

「いいことなのか分かりませんが、とにかくそれなら話が早い。結論から言えば犯人はあのエレベーターで金庫室に降りたのではありません。他の方法で紙牌を盗んだのです」

「穴を掘ったとか?」

「そんな労力を使うよりもっといいものがあるでしょ」


 イマキリはハイドラのポケットを指差して悪戯っ子のように笑った。


「紙牌? ……『透過』か『没入』を使ったって言いたいわけ?」

「正しくその通り。これなら穴を掘る必要はありませんからね」

「ふーん、でもそれだと三つ問題があるわね。一つは監視カメラに映ってしまうこと。次に行きはいいけど帰りの道がないこと。三つ目は金庫室の床の重量センサーの問題。警報装置はしっかり作動していたんでしょ?」

「賊本人が『透過』で金庫室に降りたのではなく、紙牌そのものを透過させて下で受け取ったんですよ。あのホテルの下には地下鉄が通っているんです。あの二十五枚のカードのどれかと『透過』もしくは『没入』のカードを『接続』で予め繋いでおいて、頃合いをみてカードを実装する。透過の効果は対象物とその付属の物にまで範囲が及びます。例えば人間が使った場合、服や靴、アクセサリー、歯の詰物もまた透過の能力を得るように、あの二十五枚の内たった一枚に使うだけで、まとめて全てがストンと遥か下まで落ちていく。現金に手がつけられてなかったのもこれなら説明がつきますからね」

「なるほどね。でもそれって結局内部の人間の仕業ってことじゃない。カンビュセスのコレクションに触れないと意味がないんだからさ」

「そうなりますね」

「本当に目星ついないんでしょうね。嘘言ったらただじゃおかないわよ」


 ハイドラが疑いの目を向けると、イマキリは慌てて首を振った。


「本当です。全くちっとも分かんないんです。信じてください!」

「馬鹿、力説することじゃないわよ」

「すみません。信じて欲しくて思わず力が入ってしまいました」

「とにかく高価な『接続』のカードまで用意できたとなると、犯人はまず間違いなくプロね。警備員の安月給で手に入るカードじゃないもの」

「やっぱりそう思いますか? 実は僕もその線で追うつもりだったんです」


 イマキリは嬉しそうに顔を明るくした。


「なんだか気が合いますね、僕たち」

「懐かないの。ほら、これ私の名刺」


 差し出された名刺には「ハイドラ」という文字とメールアドレスが書かれていた。


「ハッキングしないでね。やったら『反転』でやり返すわよ」

「それはもちろん。……あの、失礼ですが本当の名前を訊いてもよろしいですか?」

「いいわけないでしょ!」


 ハイドラの勢いにイマキリは思わず後ずさりした。


「すみません。ちょっと図々しかったですかね」

「うん、すっごくね」


 笑って誤魔化すイマキリを見ながら、ハイドラは呆れながらも少し警戒した。


 この男、捉えどころのない鵺のようだ。もしかしたら刑事として非常に優秀なのかもしれない。そんなことをチラリと思っていた。


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