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★第6回イマキリ警部登場 「歌は得意ですがそういう者じゃなくて……」

挿絵(By みてみん)


 下降を続けるエレベーターに乗りながら、カンビュセスは体の凝りをほぐして今日一日のことを考えていた。


 レストランでの会食はまあまあだったが、定例会議はいつものように芳しくない結果に終わった。


「まったくどうして私の周りには覇気のない奴らばかり集まるのかね」


 同乗していた警備責任者のアンドリューが曖昧に笑った。


「意見もなく意志もなく、たまに何か言ったかと思えば的外れなことばかり。思えばあの狂犬くらいなもんだ。面と向かって私に意見した奴はな」

「しかし奴が腹の中に蛇を飼っていたことも確かです。そいつがいつ動き出すか、目の前に積まれた大金への欲望にいつ負けるのか。正直私としましてはハラハラ続きの連続でした。それが終わって正直ホッとしていますよ」

「そういう危険な奴だからこそ、味方に回せば頼り甲斐があったんじゃないのかね? 大きく張れば大きく戻る。それがカジノの鉄則だからな」


 カンビュセスはアンドリューをジロりと睨んだ。


「ええ、まあそれは否定しませんが……」

「ノトーリアス・ファミリーとの手打ちも奴が仕切ってくれた」

「あれには正直助かりました」

「お前に奴と同じことが出来るかね?」


 思わず目を逸らすアンドリューを見て、こいつはダメだとカンビュセスは舌打ちした。


「そう言えばなんと言ったっけ? ほら、お前の甥っ子の……」

「シーモアですか?」

「そう、いつか話してただろう。ゴロツキばかりと付き合って、どうにもこうにも手がつけられないとか」

「アレには本当に手を焼きました。一族の鼻つまみ者でしたね」

「だったら私にくれんか? 取り巻きどももまとめて世話をしよう」


 ニコニコ笑顔のカンビュセスに対し、アンドリューの顔色は真っ青だった。


「どうした? いやなのか?」

「いえ、そうではありませんが、むしろそうしていただきたいのは山々ですが……」

「そうか。ならば話は決まりだ。明日にでも私の部屋に顔を出すように言っておきなさい。但し身なりだけはきちんとするようにな。私は汚いものが嫌いなんだ」

「シーモアは……もうずっと前に亡くなりました。馬鹿な奴で、ヤクザな世界に身を置きながら名前を偽ることをしませんでした。それが格好いいとでも思ったんでしょうか。私には分かりません。とにかくそんな有様だったので紙牌の絶好の標的となって、最後は敵対していたギャングに本名を呼ばれ『加熱』であっという間に焼き殺されました」


 意外な答えが返ってきてカンビュセスはちょっと顔を伏せた。


「そうか……」


 ちょうどその時チャイムが鳴って、エレベーターのドアが開いた。


「本当に馬鹿な奴だな」


 紙幣の山と警備員たちが二人を出迎えると、もうシーモアのことなど忘れて声を張り上げるカンビュセスだった。


 ◇ ◇ ◇


「用意は出来てるか?」

「はい。確認をお願いします」


 帳簿が渡されきっちり百万ずつに分けられた札束を数えると、カンビュセスは満足げに頷いた。


「よし。金を袋に詰めろ」


 男たちが金を袋に詰めワゴンキャリーに積むと、カンビュセスと部下二人とともにエレベーターへと乗せられた。


「私だ。降ろせ」


 監視カメラでの確認が済むと、管制室から制御されたエレベーターは静かに地下へと潜っていった。


 地下三階までたどり着きカンビュセスが警備装置を外すと、次に部下の二人がバームクーヘンのような扉の取っ手に縋り付きグルグル回してそれを開けた。


 男たちが金を運ぶ間、カンビュセスは例のカードたちにお休みを言おうと思いついた。それは名案のように思えた。


 二十五枚の紙牌は壁一面に備え付けられた升目状のセーフティボックスの一つに収められていた。


「待っててね。愛しの愛しの紙牌ちゃん」


 早速鍵を回して直方体のセーフティボックスを抜くと、テーブルの上に置き白い手袋をつけた。


「オジさんがお休みのキッスをしてあげるから」


 目を輝かせながら蓋を開けたカンビュセスは、数秒の沈黙の後、悲鳴を上げた。


 突如反響した豚の鳴き声のような悲鳴に、男たちが慌てて後ろを振り返ると、そこには左手で胸を押さえ右手でボックスを指差すカンビュセスがいた。


「どうなされました?」

「無い! 私の、大切な、世界にここだけにしかないはずの……」


 男たちの視線の先で、空っぽのセーフティボックスが全てを物語っていた。


「そんなまさか……」

「そんなまさかだと? 言ったはずだぞアンドリュー、このホテルからタオル一本盗まれても貴様の責任だとな!」


 カンビュセスは顔を真っ赤にし、アンドリューは真っ青になった。


「さあ、どうする? どうするんだアンドリュー!」


 カンビュセスがぶっ倒れるまでにそう時間はかからなかった。


 ◇ ◇ ◇

 

「よろしいですか?」


 男が半開きになった社長室の戸をノックして、ひょっこり顔を覗かせた。まだ若く終始笑っているような顔だった。


「なんだお前さんは? 見て分かる通り今ちょっと取り込んでるんだ。何の用かは知らないがまたにしてくれないか?」


 アンドリューがけんもほろろに追い返そうとしたが男は諦めなかった。


「僕はただここにくるように言われて——」

「ははあ、もしかしてあれだな。ミュージカルの役者か何かだな。残念だったな。オーディションならもう終わったぞ。次は午前と午後を間違えないようにするんだな」

「いえ、歌は得意ですがそういう者じゃなくて……それにダンスは下手ですから」


 男が内ポケットを弄りながら言った。


「踊れないんじゃ話にならんな。うちの社長は目が肥えてるんだ。顔はまあまあだが少し優男過ぎるしな。次のミュージカルの演目は『ヘラクレス対アキレス』だぞ。お前さんの出番はないと思うな」


「イマキリ警部です、警察の。電話されましたよね?」


 イマキリがバッジを見せるとアンドリューは驚いたように言った。


「これは失礼。しかしこんな夜中だというのに、よく来てくれましたね」

「お宅の社長さんにそう指定されちゃいましてね。上司が直ぐ飛んでけってやかましいんですよ。政治家の名前を出されると弱いんでね」

「分かります」


 男たちは互いの境遇を想像して苦笑いした。


「アンドリュー! どうした。誰が来たんだ?」


 部屋の奥から声がした。


 イマキリが声の主を探すとそれはソファーから聞こえたものだった。


「ボス、イマキリ警部がお見えになりました」


 アンドリューの言葉にカンビュセスは跳ね起きると服装を直した。側にいた医者が鞄を持って立ち上がり、イマキリたちに会釈して出て行った。


「やあやあ、こんな姿を見せてしまってお恥ずかしい。私はいらんと言ったのですが、部下たちが聞かんのですよ。全くこいつらときたらちょっと何かあるごとにあっちでオタオタこっちでオロオロ、命一つを投げ打ってことに当たることを知らんのです」

「それは部下の方々の方が正しいですよ。命あっての物種です。あまり無茶をされても見返りは少ないですからね」

「警部。そういう言葉はこのカジノの都には相応しくないですな。仔細なことは気にせずに、ただ本命目指して一心不乱に突き進む。そういう人間が私は好きです」

「では僕もそうなるよう努力しましょう。さて、事件についてですが、盗まれたのは紙牌二十五枚でよろしいですか?」

「ええ、その通り。大事な私のカードたちです。今日の今日まであの金庫に入っていたというのに、それを……ああもう、思い出すだけでむかっ腹が立つ。コンチクショウ!」


 興奮したカンビュセスは次の瞬間胸を押さえて屈み込んだ。


「大丈夫ですか? 興奮すると体に毒ですよ」

「分かってます。それは医者にも言われました」

「とにかく早いとこ事情聴取を終わらせましょう。同じ金庫には現金も入っていたんですよね。それには全く手付かずと」

「不幸中の幸いでした。あれまで盗まれたら今頃首を括っていましたよ」

「不思議な話だ。あんな大金置いてく道理はないはずなのに。紙牌二十五枚ならポケット一つで収まるサイズ。残りのポケットや両手は何をしていたんでしょうかね」

「しかし警部。大金であればあるほど持ち運ぶ際に目立ちますぞ。あの大金庫室へ行くには必ずあるエレベーターを使わなければならない。そしてそのエレベーターを動かすには必ず管制室の承認が必要となる。紙牌だけならいざ知らず、札束の詰まったバッグを誤魔化して運搬するのは非常に困難だ」

「もしかして……内部の人間を疑っているのですか?」

「いいですか。あの金庫室に入るためには、都合三つのセキュリティーを突破しないといけない。まず衆人の監視の中あのエレベーターに乗らなければならない。次にあれを動かすため、監視カメラによる身元チェックを受けなければならない。そして最後に金庫の扉を開く前に防犯システムを切らないといけない。何故ならあの金庫の内部は少しでも重さがかかると途端に警報が鳴るよう出来ていますからね。それこそタバコの箱一つでピーピーギャーギャー、噂好きのオバさんみたいに喚き立てるよう出来ています。これらの条件をクリアするためには、完全な外部の者よりも先に内部の者を疑ったほうが早いですな」

「誰か心当たりでもあるんですか?」

「あると言えばあるし、ないと言えばないな」

「ではあると仮定して、誰ですか?」

「ウルフパックという男が今日の今日までここにいました。仕事は出来ましたがあまり素行の良くない奴で、こいつだったら裏切ったと聞いてもそこまで驚かないでしょう。但し奴は昼前にこのホテルを辞めました。最後の駄賃に盗んでいったとも考えましたが、そんな時間的余裕はなかったはずで、何よりエレベーターと大金庫室の監視カメラには奴の姿は映っていませんでした。奴は昼前に私の部屋に来て辞めると言ってその足でホテルを出て以来、一度もこのホテルには戻っていません」

「他に心当たりは?」

「どいつもこいつもドングリの背比べでして、誰か一人を名指しはできぬが、あえて言うなら全員ですかな。金が絡めば人間は変わるもんですから」

「そうですか。まあ他に何か気づいたことがあったら言ってください。ところで十周年記念の催しはどうされるおつもりですか? 目玉のカードを盗まれてしまっては、中止せざるを得ないと思うのですが」

「そっちについてはコレクター仲間に借りたりネット・オークションで買って何とか用意するつもりです。ですからくれぐれも盗まれたことは外部に漏らさないでいただきたい。このホテルの名誉がかかっていますからね」

「それは構いませんが、ネット・オークションですか。あれは止めといたほうがいい。ほとんど贋作ばかりですよ」

「分かってます。でもその分割安と来てますからな。警察の方を前にしてなんですが、背に腹は代えられません。なるべく本物を集めるつもりですが、ない物は偽物で補うしかありません」

「『再生』はどうするんですか? こっちの方はまだ市場には出ていませんよ」

「なければ作るしかありません。いやいや、そんな目で見ないでください。それを不都合と思うのなら、あなたが頑張ってアレを取り戻してくれればいいだけの話ですから」

「仰る通りです。失礼いたしました。それではそろそろ大金庫の方を見せていただくことにしましょうか」


 立ち上がろうとするカンビュセスを制してイマキリが言った。


「オーナーはここで安静にしていて下さい。案内はあの彼に頼みますから。それと今日はもう遅いですから、他の方への聴取は明日の朝にしましょうか。その時にこのホテルの設計図を貸していただけるとありがたいのですが」

「分かりました。明日一番で秘書に届けさせましょう」


 会話の間中ずっとカンビュセスはイマキリの力量を計っていた。彼の第一印象によるイマキリの評価は七十点。可もなく不可もなく、彼の部下よりはやるだろうといったところだった。

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