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★第3回ハイドラ登場 「これは……イカサマね」

挿絵(By みてみん)


「マシュマロだとさ」


 モニターを見ていた男が呆れたように言った。着崩したスーツを羽織るゴリラのように厳つい男だった。


「アホくさ。そんなもんで釣られる馬鹿がどこにいるっていうんだよ。田舎成金の発想なんだよ」


 隣に立っていた若い男も同調した。青いガラスの入った丸眼鏡の奥に狂気地味た目が光っていた。


「いいなあ。ドラ子もマシュマロ欲しいな」


 女がチップをルーレットの卓に点々と起きながら言った。四肢の全てがスラッと伸びた髪が綺麗な美しい女だった。


「何だって?」


 ゴリラ男が聞き返した。


「だから、私もマシュマロ食べたいなと」

「マシュマロなんてどうでもいい。それよりそのドラ子ってのは誰のことだ? うちにはドラ子なんて奴はいないぞ」

「もちろん私のことよ。ハイドラのドラと女の子だから子をつけてドラ子。どう、いい名前でしょ?」

「お前なあ。ハイドラってのが既にあだ名みたいなもんなのに、更にそれにあだ名をつけるのか?」

「ハイドラは偽名、ドラ子はあだ名よ。全然別物よ。そうだ、ジャボにもつけてあげようか? うーんゴリ夫、ゴリラ夫、いまいちピンとこないわね」


「俺はいいから。つけたいんだったらメガロマニアにつけてやれ」

「俺もいいよ。馬鹿馬鹿しい」


 丸眼鏡の男は首を振ってから何かに気づいて慌てだした。


「おいハイドラ、何してやがる。勝手にチップを賭けるんじゃねえ。そいつで最後なんだぞ!」

「分かってるわよ。だからこうやって慎重にやってるんじゃない」

「どう見てもテレビに気を取られて上の空で置いてたじゃねえか。ああ、畜生。これじゃモニターの向こうのデブに金を投げつけてるようなもんだぞ」

「煩いわねえ。まだ負けたと決まったわけじゃないわよ」

「負けたぞ」


 ジャボの指先でボールがあらぬ方角に落ちた。


 メガロマニアが頭を抱えハイドラは憮然とした表情で腕組みした。


「臭いわね。これは……イカサマね」

「お客様、当カジノはそのような行為は一切行っておりません」


 ディーラーが顔色一つ変えず口を挟んだ。


「気にしなくていい。単なる負け惜しみだ」


 ジャボは一ディル紙幣をディーラーのポケットに差し込んだ。


 その時彼らの横で一人の中年男が高笑いを上げた。彼の腕にはまるで付属品のように若く化粧の濃い女が縋り付いていた。


「ターさん凄い! また当たっちゃった!」

「やれやれ、財布が重いから少しでも軽くしてやろうと思ったのに、これじゃあ帰りも一苦労だな」

「全くこのホテルも気が利かないわね。貧乏人から巻き上げて金持ちに施しをするなんてさ」

「いやいやマリリン。今の勝ちには少々タネがあるんだよ。実はルーレットを回す前に『光明』のカードを使ったんだ。こいつには普通光を照射する能力があると言われている。春秋堂のホームページにもそう書かれているが、他にも隠された能力があるという噂があるんだ」

「どんな?」

「幸運を呼ぶ効果さ。春秋堂の説明は得てして不親切でね。どのカードも基本的な使い方しか記述されてないんだよ。だからこの噂を聞いて以来、一度実験してみたかったんだよ」

「じゃあ噂通りってことね」

「まあね。しかし横で喚き声が聞こえた時には、幸運の女神ならぬ貧乏神が現れたのかと思ったよ。ホテル・トランスオクシアナもこういうところが三ツ星ホテルに後一歩届かない所以なのかもね」

「馬鹿じゃないの」


 ハイドラが横目で言った。


「『光明』一枚の値段と今ルーレットで勝った金額、どっちが多いか小学生でも分かるわよ。嫌ねえ、算数が出来ない大人って」

「ターさん、分かってない庶民がいるよ」

「そうみたいだね。まあ算数の出来は彼らに譲るとして、我々は一つ紙牌の真実が解明されたことに祝杯を上げようじゃないか」

「素敵! ターさん、ロマンチック!」


 顔を顰めるハイドラの横で、これ見よがしに二人は熱々のラブシーンを演じた。


「ディーラー、早く次を回しなさいよ!」

「まだやるつもりか?」


 いきり立つハイドラにジャボがそっと耳打ちした。


「どこにそんな金がある?」

「金ならあるわ!」


 ハイドラがドンと札束を卓の上に置いた。


「全部チップに変えて!」

「どこから捻り出した?」

「ゴチャゴチャ煩いわね。それ以上しつこいと頭から丸呑みして咀嚼して消化して、そんでもって野生に戻すわよ!」

「分かったよ。好きにしてくれ。ウンコにされたんじゃたまんないからな」


 ジャボは呆れたように両手を広げた。


 晴れて自由の身になったハイドラは、チップを手に取ると後はギャンブルで負ける人間のお決まりのコースを辿った。


 見る見るチップが減っていき、それに反比例するかのように頭から湯気を出すハイドラを、ジャボ以下四名が見つめた。


「ターさん、生きるって苦しみの中でもがくことなのかもね」

「そうだねマリリン。悲しいね」


 最後のチップがなくなって、落ち込んでいるかとジャボが彼女の肩を抱こうとするも、意外にも振り向いたハイドラの表情は晴れやかなものになっていた。


「あー、スッキリした。何、どうしたの?」


 ジャボは浮いた右手で無精髭を撫でた。


「いや、落ち込んでなければそれでいい」

「世界が破産することはあっても私が落ち込むことはないわ」


 颯爽と卓を離れる彼女を眺めながら、博打に負けてこれほど堂々としている奴も珍しいとジャボは微笑した。そいつがとても頼もしいとも思った。


「さて、十分楽しんだことだしそろそろ仕事に戻りましょ」


 ハイドラがネクタイを締め直すと、彼女を取り囲むように長身の二人が脇を固めた。


「どうやら噂は本当だったみたいだし、おまけのカードもたくさんついてくると来た日には、これを狙わなきゃ盗賊の名折れよね」


 ハイドラが勢いよくドアを開けると、三人の眼の前に砂漠の街が広がった。


 トランスオクシアナ。砂漠に出来た歓楽のオアシスには大小無数のホテルが立ち並び、そのほとんどにはカジノや劇場が併設されていた。世界中のサーカスと芸能人が高額のギャラに釣られてこの街で公演をし、彼ら目当てに多数の観光客が集まった。更にはその財布目当てに様々な犯罪も横行していたが、それでも人々はこの街を愛した。

 

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