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第22回エピローグ 「最後になりますが、一つ覚えておいてください」

 エレベーターを降りるとそこは最上階だった。


 社長室の前には秘書がいたが何度か会って顔なじみだったので、一声かけるだけで彼を中に通してくれた。


「おお、警部でしたか」


 デスクに座ったカンビュセスが顔を上げて言った。


「お仕事の邪魔しちゃいましたか?」


 イマキリはソファーに腰を下ろすと足を組んだ。


「いやいや、むしろちょうどいいところに来た。実はこちらから電話をしようと思っていたんです。捜査がどうなっているのか詳しく聞きたくてね」


 カンビュセスは少々機嫌が悪そうだった。


「ウルフパックを捕まえました」

「そのようですな」

「アンドリューたちの殺害は認めたようですよ。これで彼らも浮かばれますね」

「カードの窃盗についてはどうでしたかな?」

「そっちの方は今のところ否認しています。まあ確かに奴がやったという証拠はどこにもない。一応アリバイもありますし」

「それを信じるのですかな?」

「オーナーがそう言ったんじゃないですか。奴はホテルに入ってない。監視カメラがその証拠だって」

「しかし……」


 カンビュセスは葉巻に火をつけながら言った。


「奴しかいないのです。他に思い当たる節はない」

「実際はそうでしょうね。証拠はありませんが手口はおおよそ見当がついている」

「ほう、お聞かせ願えますかな?」

「奴は『透過』を使ってカードを地下に落とし回収したのです。このホテルの地下には地下鉄が通っていますからね。もちろんこれには条件があって、実際にオーナーのカードに触り『透過』とカードを『接続』で繋いでおく必要があります。どうです? これならホテルに入らなくても出来るでしょう?」


 カンビュセスは何事か思い出したのか苦虫を噛み潰したような顔になった。


「そこで一つ質問があります。奴にカードを触らせたことはありますか?」


「あるかもしれん」

「大事なコレクションですよ。それをあのような者に触らせたのですか? オーナーだって言ってたじゃないですか。あまり素行の良くない奴だって。裏切っても不思議じゃないって」

「そりゃ私だって機嫌のいい時はちょっとくらい部下にコレクションを自慢する。その時『接続』されたのだろう」

「ではそれはいつ、どんなタイミングでしたか?」

「それは覚えとらんな」

「覚えてないんですか? そんなにしょっちゅうウルフパックに自慢してたんですか?」

「いや、そうではないが……」

「思い出すまで何時間でも待ちますよ。調書に書かなければならないんでね。分からないじゃ上司に叱られます。あなただって人の上に立つお方だ。部下が分からないだの知らないだの連発したら、ただじゃおかないでしょ?」

「……警部さん。あんたどっちの味方ですかな。お話を聞いてると、まるで私が尋問されているみたいだ」

「私はどちらの味方でもありません。あなたも仰ってたでしょ? 仔細なことは気にせずに本命目指して突き進めって。だからあなたの仔細な苦情には耳を貸さず、気になっていることだけを調べているんです」

「私のどんなことが気になると言うのですかな」

「いいですか。僕は今こう疑っている。あなたはあの『再生』のカードを春秋堂から提供されたんじゃない。盗んだんだ。ウルフパックに出入りの業者を買収させて、横流しさせたんだと」

「無茶苦茶だ。デタラメ過ぎて頭がクラクラする」

「既にウルフパックの証言は得ています。まあ実際には喋ったわけじゃないですけど『走査』で読み取ったからまず間違いない。奴がカードに細工したのはこの時です。恐らくこの時から裏切ることを考えていたのでしょう」

「おや、警部さん。もしかして知らなかったんですかな? 『走査』は嘘発見器と同様法廷での証拠能力はありませんよ」

「そうかもしれませんね」

「その法廷も認めない絵空事で私の罪をでっち上げるおつもりか? それとも他にまだ何かあるのですかな? その業者とやらは? もしいるんだったらですが見つかりましたか?」

「……見つかりました」


 カンビュセスの顔が一瞬張り詰めた。


「が、死体でした。車ごと海に沈められていました」

「そうですか。何があったか知りませんが……知りませんがとにかく可哀想な話ですな」


 カンビュセスは嬉しそうに言った。


「さて、この辺でもう宜しいですかな? そろそろお客がくる頃だ。三階の『饗宴』で今日もパーティーですよ。ははは、十周年の記念行事に向けて毎日忙しくて、この調子だと本当にポックリ逝きそうですな。気を付けないと、危ない危ない」

「業者は殺されてしまったので証言を得ることはできないですが、代わりに春秋堂からの証言は得ています」

「なんですと? 今、あんたなんて言った?」


 カンビュセスは驚いて立ち上がった。


「太極春秋堂の証言は得ています。あなたにびた一文提供した覚えはないってね」

「嘘だ! 奴らが証言なんてするはずがない! あいつら私が幾らコンタクトをとっても梨の礫、貝のように口を閉じて穴倉にこもっているような連中だぞ!」

「……それは自白と受け取っても宜しいですか?」


 イマキリの目が静かに光った。


「いーや、取らないでくれ。私は何も言ってないし、裁判で使おうとしてもあんたに脅されたと言うね!」


 カンビュセスはそこで一度落ち着くと、椅子に座って葉巻の火を消した。


「してやったりと思ったか? 馬鹿者め。知らないなら教えてやる。こうやって罠に嵌めて得た自白もまた裁判では証拠としては使えないんだよ」


 イマキリは黙っていた。


「分かったか若造。分かったらとっとと失せろ。その面二度と見せんな!」


「……どうやら分かっていないのはあなたの方ですね。別に僕はあなたを裁判にかけるために動いているのではありません。ウルフパックの『走査』だけでことは十分なのですが、一応報告書に彩りを添えるためあなたの話を聞いただけです。もちろん万が一ってこともありますしね。でも——」


 イマキリは懐に手を入れて一枚の紙牌を取り出した。


「これであなたの有罪は疑いようもない」

「なんのカードだね、それは?」

「最後になりますが、一つ覚えておいてください。太極春秋堂は太極春秋堂をコケにする者を決して許さないと」


 イマキリはカードを表にした。


 するとそこには……


「殺人」


 と書かれていた。


 肉体の破裂する音がして、デスクに真っ赤な血飛沫が飛び散った。


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