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第20回決着 「探してるということは、それはつまり答えが必ずあるってことなんだ」

 ハイドラの姿を求めてウルフパックはホテル中を彷徨い歩いた。


 地下駐車場やカジノ、スポーツジムからショッポングモールまで。目につく場所に足を運べば運ぶほど、この巨大ホテルをたった一人で探すのは不可能だと痛感した。


 疲労困憊の彼にすれ違う客が奇異の目を向けてきた。大概の客はカジノで派手にスリでもしたのだろうと納得して目を逸らしたが、一方でウルフパックの方は簡単には彼らから目を逸らすことができなかった。


 あいつもこいつもハイドラなのではないか。女が怪しい男も可能性があるぞ。若い奴はハイドラだ年寄りもハイドラだ。そんなことを呟きながら食い入るように顔という顔を見て回った。


「もうダメだ。こんなの無理だよ。何か当てがなくちゃ……」


 ついにウルフパックは泣き言を言った。


「こんな馬鹿でかいところを一人で探そうったって所詮無理な話なんだよ。何でもいいから何かヒントになるようなものはないのか。何か、何か、何か……」


 と、ここで彼はあることに気づき卑屈に笑った。カードの束の一番上に『指南』のカードがあったのだ。


「あいつらにこんな姿見られなくて本当良かったよ。ボスの面目丸つぶれだからな。……さて、こいつで何を探すかだが、これはもう紙牌しかないよな。それ以外には考えられないからな。だが問題は奴が何のカードを持っているのかだが……それは分からない。分からないが、何かを持っていることだけは確かなんだ」


 そこで彼は「紙牌そのもの」を探させることにした。もちろんその条件に合う人間がこのホテルだけでも大勢いることは分かっていた。


「百人でも二百人でも指すがいい。虱潰しに探してやる」


 ウルフパックは嘯いた。


「夜明け前には片がつくはずだ」


 それから『指南』のカードを実装した。


 カードから文字が消え代わって羅針盤の針が現れた。針はフラフラ左右に揺れると、何かを思いついたかのようにクルリと半回転してウルフパックの腹を指した。


「俺……かよ。こいつ馬鹿にしてんのか!」


 怒りに任せてカードを振り上げると針もつられて動いた。


「え……後ろ?」


 パッと振り向くと、瞬間、何者かが廊下の角に身を隠した。


 顔は見えなかったが女であることだけは分かった。


「ハイドラか……?」


 彼は自信なさげに声をかけた。


「そうなのか?」


 ヒールの音が聞こえ、慌てて角を曲がると女が逃げていくのが見えた。


「あの女……」


 ウルフパックは唇を噛んだ。


「何食わぬ顔して背後から俺を殺るつもりだったんだ。信じられねえよ。なんて女だ。こいつは大胆なんてもんじゃねえ。そういうのをな、厚かましいって言うんだよおおお!」


 ウルフパックは悪鬼のごとき形相で走り出した。


 もう逃しはできなかった。『指南』は使い切ってしまったのだ。これで逃したら見つけることは到底不可能だろう。


 女は階段を駆け下りてどんどん階下へと逃げていった。ウルフパックは魅了されるようにその影を追った。


 途中、何度か銃撃戦になったが、どちらとも弾を消費するだけで仕留めることはできなかった。


 深夜、零時を回って周囲に人影はなくなっていた。宿泊客も皆ベッドで眠りこけている時間だった。


 ウルフパックも寝たかったが、安眠のためにもどうしてもハイドラを殺しておきたかった。今や彼女はウルフパックの人生の敵そのものであった。


 仲間が消えたった一人になって、気づくとカンビュセスから盗んだカードも大分減っていた。返す返すも口惜しいのは山猫に『万物』を使われてしまったこと。彼は今でもそれを根に持っていた。


 女は最終的に地下の駐車場へと逃げ込んだ。


 ウルフパックはほくそ笑んだ。これを待っていたのだ。


「出てこいハイドラ! 決着といこうぜ!」


 喚きながら車の間を歩いていると物陰から音が聞こえた。反射的に引き金を引くと三発撃ったところで弾が尽きた。周囲に目を配りながらポケットの中を探したが、予備のマガジンはどこにもなかった。


 その一部始終を車の陰からジッと見つめる者がいた。


「どうやら弾切れのようね」


 ハイドラだった。


「そっちだってそうなんだろ?」

「ふふ、まあね」

「どこだ。どこにいる?」


 ウルフパックは辺りを見回しながら叫んだ。


「どこだっていいじゃない。声さえ聞こえりゃ用件は済むんだもの」

「用件だ? なんだよ。俺に詫びでも入れたいっていうのか?」

「私の用件は一貫してあんたの持っているカードよ。それを頂くためにこんなに苦労してるんじゃない」

「カードが欲しいなら顔を見せろよ。角付き合わせてそこんとこよく話そうぜ」


 ウルフパックは再び『圧縮』していた千子村正をポケットの中で触った。


「遠慮しとくわ。化粧が崩れてるから人前に出たくないのよ。あんたももてたいんだったら、それ以上女性にしつこくするもんじゃないわよ」

「分かったよ。じゃあその代わり一つ教えてくれないか。あの時、お前は確かに『饗宴』に入っていった。そうだよな。だが俺が到着した時にはどこにもいなかった。『観察』で確認したから『幻惑』を使ってないことは分かっている。出入り口は一つだけ。そうするとどうやって逃げたんだ?」

「……カードをくれたら教えてあげてもいいわよ」

「だからそのためにはまず顔を見せて……やれやれ、これじゃあまるで堂々巡りじゃねえか。分かったよ。お前のしたいことしようぜ。手札を切れよ。力づくで奪ってみろ!」


「そっちからどうぞ」

「ハハ、やっぱりな。お前もう殆どカードが残ってないんだろ? 手札を扇状に (ファン)して見せてみろよ。俺が戦略を立ててやろうか?」

「あんたこそビビってんじゃないの。普段から銃に頼ってばかりでこういうのは苦手なんでしょ?」

「口の減らねえ奴だな」

「あんたが言う? お互い様じゃない。ほら、早く口だけじゃないところ見せてよ」

「……オーケー、分かったよ。じゃあお言葉に甘えて先に打たせてもらうよ。さっさとこんなこと終わらせて家に帰りたいからな。そうだな……『氾濫』を切るってのはどうだ? お前もそろそろ風呂に入りたい頃だろ。人生の最後にたっぷりの水に浸るのも悪くないんじゃないのかな?」

「この広い駐車場で? 例え水一杯に出来たとしてもあんたも一緒に土左衛門よ」

「俺はまだ『透過』を一枚残している。お前の方はどうだ? 『透過』か『没入』を持っているのか?」

「あんたが『透過』で下に逃げる前に水に『電影』を流して道ずれにしてやるわ」

「相打ち以外に手はないのか?」

「『凍結』で固めてもいいけどどうせ『加熱』で溶かしてくるんでしょ? だったら最初から『電影』を使ったほうがお互いカードを消費しなくていいじゃない」

「ハハ、確かにな」


——こいつこの分だと『透過』も『没入』も持っていないようだな。


 ウルフパックは舌なめずりをした。


「よし、じゃあ一手目に『加熱』ってのはどうだ。あの男みたいに火だるまになるってのは? もしかして『氾濫』くらいは持ってたか?」

「持ってない。けど『凍結』は持ってるって言ったでしょ。それで凍らせればあのくらいの火わけないわ。ところであんたさっきから安いカードばかり出すのね。もしかして高位のカードを持ってないの?」

「持ってるよ。残念ながらね」

「だったら何故それを切ってこないの? ははあ、あんたもしかしてケチ?」

「五月蝿えなあ。どうだっていいだろそんなこと!」

「あれ、もしかして気に障ったの? 何か触れてはいけないところに触れちゃったみたいね。まあ節約するってのはいいことよ。ただ小物には見えるけどね」

「そんなに言うならお前の方から切れよ。お前のいう通り俺はケチだから先攻は嫌いなんだよ。カードを多く消費するからな」

「そうね、それじゃあそうさせてもらうわ」


 しばしの沈黙の後ハイドラは口を開いた。


「『凍結』で固めるってのはどう?」

「何をだ? まさか俺をか?」

「他に何があるって言うのよ」

「まあそうだよな。でもそのためにはまずその暗闇から出てきて、俺に近づき更には触れないことには始まらねえじゃねえか。それが今のお前はどうだ? 物陰に潜んであわよくばカードだけで倒そうなんて、そりゃ横着ってもんだぜ。怠け者の発想だ」

「そうかもしれないわね」


 再びのハイドラの沈黙に、ウルフパックは警戒の念を強めた。


——この女……何かを考えてやがるな。考えているということは、何かを探してるということだ。探してるということは、それはつまり答えが必ずあるってことなんだ。


「ねえ、さっきの質問に答えるから、そっちも一つ私の質問に答えてくれない?」


 来たな、とウルフパックは身構えた。


「質問の内容によるな」

「まあ答えられなかったら答えなくてもいいわよ」


 ハイヒールの音が響き渡りハイドラが姿を現した。とはいえまだ彼女の姿は遠く、暗闇が被さり腰から下しか見えなかった。


「出てきてくれたのは嬉しいが、まだ顔がよく見えないな。もっとこっちに来いよ。ライトの当たるところまで来てお前の美しい顔を見せてくれ」


 この千子村正で切り裂いてやるからよ、とウルフパックは目を細めた。


「……分かったわ」


 思いの外ハイドラは素直に従った。


 彼女の足音が近づいて暗闇のベールが取れた時、


「……誰だお前?」


 ウルフパックは呆気に取られずにはいられなかった。


「これが私の素顔なのよ」


 とハイドラ。


「いつもの方が『幻惑』で化けた顔だったて訳」


「そうか。どうりで『観察』で見抜けないはずだ」

「ご満足いただけたかしら?」

「ああ、大満足だ。もしかしてハイドラって名前の方も?」

「たくさんあるのは首じゃなくて顔の方。飽きたら次々に取り替えるからね。あの顔で幾つ目だったかしら」

「なるほど。日頃から用心しているって訳か。いや、こりゃ参ったね。脱帽だよ。それで、俺への質問はなんだ?」

「あんた、モーツアルト好きよね。あ、勘違いしないでね。これは質問ではないし、惚けなくてもいいのよ。クラッシック愛好家のサイトであんたの熱烈なモーツアルトのレビューを読ませてもらったから。ユーザー・ネームの1756もモーツアルトの誕生年よね」

「……だからなんだ」

「だからなんだって割には顔色が変わったわね。どうしちゃったのかしら。意表を突かれて驚いてるみたい」

「続けろ」

「あなたのモーツアルト好きって、もしかしたらあなたのご両親の影響じゃない? 弟さんに子供の頃からヴァイオリンを習わせるくらいですもの。絶対クラッシック好きよね。そうなんでしょ?」

「答える気はない」

「口ではそう言っても表情は答えてるわよ。そうだって。まずいなって。話すんじゃなかったって、弟さんの名前のこと。『アガペー』は『神の愛』の意。あんたが付けてあげたんでしょ。弟さんの本名から。そして同じようにあなたのウルフパックって名前もあなたの本名から付けたんでしょ。あなたのご両親は愛する息子二人に愛するモーツアルトの名前をつけた。弟さんは『アマデウス』ってところかしら。『神に愛される人』って意味よね。ならば差し詰めあなたは『ヴォルフガング』……いえ、ここは英語風に『ウルフギャング』と言った方が正しいのかしら?」


 ウルフパックがサッとポケットに手を入れた。


 それはハイドラも同じだった。


「実装! ウルフギャングを『凍結』しろ!」


 ハイドラが叫ぶもウルフパックは余裕だった。


「残念だったな」


 彼の手には『反転』のカードが握られていた。


「『反転』の実装! 凍るのはお前だ、ハイドラ!」


 ウルフパックは勝ち誇ったように叫んだ……が、直ぐにその表情は凍りついた。


 ハイドラがゆっくりと手札をずらすと『凍結』の後ろから逆にされた『反転』のカードが顔を覗かせたのだ。


「どう? 届いたばかりの『反転』の味は。ふふ、せっかく強いカードを持っていても出し惜しみしてちゃ勝てないわよ」


 『反転』のカードは相殺して消え、ウルフパックの体は完全に凍りついた。


「さよなら。ウルフギャング (狼の一団) さん」

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