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第15回戦闘と取引 「チーリン、出ておいで。怖くないから。いい子だから」

 しばらくして銃声を聞きつけたハイドラたちが駆けつけた。


「私は大丈夫です」


 ハイドラがかけた言葉にココは早口で答えた。


「ただメガロマニアが……」


 ココは手短に状況を説明した。


「見せてみなさい」


 先生が二人を退けてメガロマニアの頭部を覗き込んだ。


「どう、先生」

「外傷はないが内出血してるようじゃな」

「『没入』を使ったと言ってました」

「脈と心音は一応あるな。非常に弱々しいものじゃがな。但し脳を傷つけられたとなるとこれは厄介じゃぞ」

「ジャボ、直ぐに救急車を呼んで」

「もう呼んでいる」


 ジャボがスマフォを耳に当てながら言った。


 救急車の要請を終えスマフォをポケットに入れたジャボは、ふと何かに気づいて眉を顰めた。


「ハイドラ、ハイドラ」

「何?」

「見ろ、奴らだ」


 ジャボの視線の先、劇場前の広場にはウルフパックと三人の仲間たちが立っていて、こちらをジッと凝視していた。


「どうやら事態を把握したみたいだな」


 一瞬の睨み合いがジャボにはひどく長い時間に感じられた。


「ウルフパックたちが逃げるぞ! どうする?」

「当然追うわよ。メガロマニアの為にも『再生』のカードが必要だからね」

「よし。二人は残ってメガロマニアの側にいてやってくれ」

「私も行きます!」


 ココが立ち上がって叫んだ。


 彼女のいつになく思いつめた表情に、ハイドラもジャボも一瞬言葉を詰まらせた。二人は顔を見合わせ言葉を使わずに相談した。最終的にはハイドラが頷いたのでジャボも頷いた。


「分かった。頼むぞ」

「はい!」

「じゃあ行くわよ。二人とも私に掴まって」

 そう言うとハイドラは一枚のカードを取り出した。

「『機動』!」


 言うが早いがハイドラたちは飛翔した。厳密には空を飛んだ訳ではないのだが、先生の目にはそのように映った。


 陽が暮れ出したトランスオクシアナの市街地を、ハイドラと二人は駆け抜けた。その跳躍は常人の何倍もの距離を飛び、その走りは疾風のようですらあった。ビルとビルの間を飛び移り、些細な突起に手を掛けてはそれだけで何メートルも上昇した。それら全てが『機動』の効果だった。


 もちろんウルフパックたちも同じように『機動』を使っていた。使わない方がどうかしているのだ。


「どうするウルフ?」


 リサーが言った。


「あいつらこのままどこまでも追ってくる気よ!」


「撒くか? それとも反撃するか?」


 山猫が一度後ろを振り返って言った。


「あいつらどうやって俺たちが音楽祭に行くことを調べたんだ?」

「今はそんなことどうでもいいでしょ!」


 チーリンの言葉にウルフパックは首を振った。


「いや、よくない。すげえ気になるし、何よりそれが分からない限りは撒いたとしても安心できねえ。また俺たちの行くところに現れるかもしれないからな」


「じゃあ今殺っちゃいましょうよ」


 とリサー。


「賛成! それなら無駄に頭を使う必要もないしね」


 とチーリン。


「それもそうだな。よし、それじゃあ足を止めてご挨拶と行こうぜ。おっと、間違えても『初めまして』なんて言うなよ。特に山猫は知らないと思うが、奴らとは一度カフェで会っているからな」


 ウルフパックたちは雑居ビルの屋上に着地すると、振り向きざまに銃を抜いてぶっ放した。


 宙を舞っていたハイドラたちに身をかわす余裕はなかった。とは言え簡単に当たる距離でもなかったので、多少驚いて墜落すると直ぐさま物陰に身を潜めた。


「見えたか?」


 とジャボ。


「見えたわ! 奴ら足を止めて撃ち合う気ね」


 とハイドラ。


「見て。奴ら前進してきますよ!」


 ココは素早く銃を抜いた。


 ウルフパックは気づいていた。ハイドラたちと自分たちとでは人数に差があることに。


「それが俺たちの勝機だ」


 ウルフパックは手で仲間に合図を送った。


「逃げ回るから不利な気になるんだ。攻撃すればこちらの方が一人多い分、最初から有利なんだぜ」


 ウルフパックたちの援護射撃を背に、山猫が突進し物陰に隠れた。次にリサーが突進し他の三人が援護に回った。次にチーリン、最後にはウルフパック自身が突進し、これを繰り返しながら少しずつ陣地を押し上げていった。


 変わってハイドラたちは防戦一方だった。人が少ないことも影響したが、何より先手を打たれたことで気持ちが守りに傾いてしまったのだ。


 三十メートル離れた距離から始まったこの撃ち合いも、気づけばわずか十メートルの距離での乱射戦となっていた。


「まずいわね。マガジンがどんどんなくなってくわ!」

「バラまかず一発一発を確実に撃つんだ!」

「でも、それができたら苦労しませんよね」

「あっちだって弾数に限りはあるはず。なんらかのカードを使ってくるかも」

「こっちからは切らないんですか?」

「生憎と紙牌の方も数が少ないのよね」

「とにかく今は押し返すんだ!」


 と、ここでウルフパックが最後の詰めに出た。左右に仲間を展開させ取り囲むとグルグルと回りだしたのだ。『機動』を使った彼らの姿は影のようですらあった。


「また先手を打たれちまったな……」


 一方立ち往生するハイドラたちには『機動』の恩恵は微塵もなかった。


「『没入』のカードを切りましょう。それしか手はないです!」

「そのようね」


 ココの提案を受けハイドラは『没入』を実装した。


 一瞬、目眩がしたかと思うと、次の瞬間空を飛ぶ鳥の姿がノロノロと緩慢になった。そよ風の音がはっきりと聞こえ、手に持つ銃の感触を皮膚の受容細胞が鮮明に認識した。


 ハイドラはゆっくりと銃を構えると、徐に二発撃った。


 ジャボとココが顔を見合わした。


 それからもう二発撃った。


 ウルフパックたちの影は相変わらず周囲を駆け回っていた。


「おい……全て外れたぞ」

「ハイドラがこんなに銃が下手だったなんて。何だか私ちょっと自信が出てきちゃいました。本当はこんなこと言うのは良くないんでしょうけど」

「違うの違うの! 集中してるのに全然目で捉えられないのよ。どうなってんのかしら。まさか素の能力の問題とか?」

「流石にそれだけじゃ説明がつかんだろ」


 敵弾が目の前を掠めジャボが首を引っ込めた。


「恐らく奴らはもう一枚重ねがけしているんだ。『没入』を使うのを読んでいたんだろう。文字通りあちらさんの方が一枚上手なんだよ」


「こっちも強化しましょう。ここまできたら行くしかないですよ!」

「それしか手がないようね」


 ハイドラは『加熱』のカードを取り出した。


「『加熱』の実装」


 カードの消滅と呼応してハイドラを包む世界が更に一変した。そこはまるで水の中に潜っているような静かで心地よい世界だった。


 そこではさしものウルフパックたちもあの超人的な素早さはなくただの常人に戻っていた。とは言えそれでも十分素早く見えたのは、恐らく素の能力が高いためだろう。しかし穴もあった。動きが雑なのだ。現実世界ではそれでも良かったが、同等の世界にまでハイドラが降りてきた今となっては決定的なミスだった。


 ハイドラは銃口を向けると落ち着いて引き金を引いた。


 リサーの腕を銃弾が貫き、彼女は慌てて物陰に隠れた。


「よし。行けそうだ」


 すっかり鼻をへし折られた女を見てジャボがほくそ笑んだ。


「次はウルフパックと行こうか。それで他の奴らも抑えられるだろう」


 ハイドラは銃を突き出し銃口をふらふらとさせた。


 ジャボとココが息を飲む。


 しばらくの間、彼女の銃口は影を追って揺れていた。が、ある瞬間ピタリと止まると、ドンッという音と共にウルフパックが宙で体勢を崩した。


「お願い……」

「アイサー」


 ジャボの銃が火を噴きウルフパックの銃を跳ね飛ばした。


 続けざまにハイドラの銃弾が山猫の腰を貫いた。


 ここが頃合いだとハイドラは読んだ。


「動かないで! 全員手を挙げなさい!」


 ハイドラが飛び出してウルフパックに銃を向けると、畳み掛けるようにしてジャボとココも山猫とリサーに銃を向けた。


「残りも銃を捨てなさい!」


 チーリンは物陰に潜んで沈黙を貫いた。


「ボスがどうなってもいいの!」

「チーリン、出ておいで。怖くないから。いい子だから」

 ウルフパックの軽い口調がハイドラには気に入らなかった。彼女は銃口を下に向けるとウルフパックの太ももを撃ち抜いた。

「何すんだよ!」

「跪いてなさい。……ムカつくのよ。その余裕が」

「へっ、サディストめ。おいチーリン。さっさと出てこい!」


 ウルフパックが切れて、漸くチーリンが銃を捨てて手を挙げた。


「これで全員ね?」


 ジャボとココが四人分の銃を集め遠くへと投げた。


「ああ、てめえらが殺したシパシクル以外は全員揃っている。そっちは? 一人二人足りないようだが大丈夫か?」

「怒らせてミスでも誘うつもり?」

「おいおい、そういうセリフは切れる前に言うもんだぜ」

「ふふ、そうかもね。どう、コンクリートの感触は?」


 ハイドラは片膝をつくウルフパックを見下ろした。


「無様な姿ね。いい気味だわ」

「性格悪いねえ。気に入った。くたばったら手紙くれ」

「死にたいの?」

「訊くってことは助けてくれるってことかい?」


 ウルフパックの目に狡猾な光が宿った。


「カードは渡すからさ。早まる前にちょいと首の上の物を使ってみてはくれないか。人一人殺しただけで色々と面倒な時代だよ。死体の始末とか警察の追及とか、後はそうだな。親族の敵討ちとかもあるぜ。弟は俺が大好きだからな。絶対お兄ちゃんを殺した奴を許さないと思うぜ」


 ハイドラは無言で手を差し出した。


 ウルフパックはポケットを弄るとゴムでまとめたカードの束を放ってよこした。


「弟がいるの?」


 ハイドラはカードを確認しながら尋ねた。


「ああ。こいつが飛び切り凶暴な奴で、ガキの頃にヴァイオリンを習っていたんだが、間違えるたびに講師がピシリピシリと弓で弟の手を叩くのに切れて、三十万ディルもするヴァイオリンで滅多打ち。大の大人をヒイヒイ泣かせてついでに両親も泣かせて、結局ヴァイオリンは辞めちまったが、侮辱されると切れる癖だけは止められないようだな」

「愉快な弟さんね。名前は?」

「アガペーっていうんだ。もちろん本名じゃないぜ。俺がつけてやったんだ。気に入ってたよ」

「そう。益々興味が湧いてきたわね。一度会ってみたいな」


 徐にハイドラはウルフパックに銃を向けた。


「おいおい、何すんだよ。危ねえだろ。話を聞いてなかったのかよ」

「だってあんたを殺せばすっ飛んでくるんでしょ?」

「やれやれ、随分ツンツンしてんな。何が気に入らねえんだよ。カードは渡したろ」

「『再生』のカードがないわよ。舐めてんの?」

「あー、そういや用心して別にしておいたんだっけ。確か……お前に渡したよな。チーリン?」


 背後でチーリンが微笑した。


「うん、それだったら——」


 チーリンは右手の後から手品師のようにパッと一枚のカードを取り出した。


 ハイドラが目を凝らす。


 と、そこには……


「光明」


 と書かれていた。


「まずい! 目を閉じろ!」

「泡吹きな!」


 パッと辺りを強烈な閃光が包み、同時にハイドラが後ろにぶっ倒れた。『没入』が裏目に出たのだ。


 ジャボとココもまた無事ではなかった。彼らもショックを受けて反射的に子供のように身を丸めていた。


「またな、ハイドラ!」


 辺りにウルフパックの不気味な声が響き渡った。


「弟には俺からよろしく伝えておくからよ!」


 そしてそれは段々と遠のいていった。


 ◇ ◇ ◇


 その日のハイドラたちの収穫はゼロに終わった。カードを再び奪われ、ウルフパックたちにもまた逃げられてしまった。


 日の没した屋上で三人に残された物といえば悔しさだけ。先生からの連絡で病院に向かう間言葉は殆どなかった。


 メガロマニアのことは皆の心を深く傷つけた。


 執刀医との話しを終えた先生が三人のところへ戻ってきて、いつになく言葉を探している様子にハイドラは最悪の事態を覚悟した。ココなどはもうそれだけで泣きそうになっていた。


「一先ず命が助かっただけでも感謝しよう」


 先生は重々しい口調で言った。


「奇跡は起きたんだと考えよう。人間は欲張りな生き物じゃ。与えられた物の感謝は簡単に忘れ、失った物ばかりをあれこれ悔やむ。そういった物の考え方はあまり賢くない。最後には自らを傷つけてしまうからのう」


 メガロマニアの容態は以下の通りだった。

 ・自力移動が不可能になった。

 ・自力摂食が不可能になった。

 ・糞便と尿の失禁の恐れがあり、声を出しても意味のある発語が全く不可能になった。

 ・ほとんど意思疎通は不可能で、眼球は動いていても何も認識していない。


 要するに植物状態であり、この状態ですらいつまで保つかは不明だった。


 集中治療室内に横たわるメガロマニアを窓越しに見つめながら、四人は今後のことを話し合った。


「希望はまだあるわ」


 ハイドラが言った。


「先生の言う通り奇跡は起きたしこれからも起きる。私たちはそういう世界に住んでいるんだからね」


「そうですよね」


 ココは泣き崩れるかと思いきやよく耐えた。


「希望がなくなるまで私は泣きません。いえ、例え希望がなくなったとしても私はそれを探し続けます。メガロマニアが言ってくれたんです。いつの日か独立して私が盗賊団のボスになったら、その時はお前を助けてやるって。だからその日が来るまでに強い女にならなきゃならないんです。ハイドラみたいに立派になりたいんです。そうでないと彼に怒られますからね」


 力強く語るココに皆目を丸くした。


 もしかしたら収穫はあったのかもしれない。ココの成長に皆が驚いた一日だった。



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