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第13回潜入か入場か 「それよりどう、ココちゃんのドレスは?」

 トランスオクシアナ祝祭音楽祭は毎年五月、トランスオクシアナ市内の祝祭劇場にて一週間ほどかけて行われる音楽祭であった。


 上演されるのは演劇やオペラ、クラッシック・コンサートなど多岐にわたり、演目は毎年変わった。


 ウルフパックたちが買ったのはその中でもオペラのチケットであり、今年の演目はヴォルフガング・アマデウス・モーツアルトの「魔笛」であった。


 チケットの入手は困難を極めた。そもそもが一年前から予約で埋まるほどの人気音楽祭であり、地下オークションとはいえ開催一ヶ月前にチケットを取れたウルフパックたちが珍しいのだ。


 開催日当日まで慌てふためくジャボたちを他所に、ハイドラは余裕の態度だった。


「それで、どうするんだ?」


 とメガロマニアに尋ねられても、


「変に回り道しても面倒臭くなるだけ。シンプルに中央突破が一番いいわ」


 と答えるだけ。


 次第にジャボたちも何か策があるのではと期待を抱くようになり、そのままチケットもない状態で会場へと向かうこととなった。


「つまりは盗賊の本分で真っ向から挑めってことだろ」


 ジャボがハンドルを握りながらハイドラに訊くと、彼女は車窓からの熱風を一身に浴びながら首を振った。


「盗んでも直ぐにバレるわ。だってこのオペラ、全席指定なんだもの」


「この分だと仮に入場は出来たとしても座る席は劇場ではなく警察の取調べ室になるじゃろうな。結局無駄足に終わる。それなのに何をそんな急ぐ必要がある?」


 そうは言っても先生の服装は完璧な正装で、燕尾服にホワイトタイまでつけていた。


「ならどうするんだ? イブニングドレスまで着て、中に入れませんでしたじゃ格好がつかないぞ」

「これは私の普段着よ。特別な意味はないわ」

「メガロマニアも真っ青の嘘をつくなよ。そんなの着てるの見たことないぞ」

「これからはたくさん見せてあげるわよ。それよりどう、ココちゃんのドレスは? 華やかで綺麗でしょ、メガロマニア?」

「何で俺に訊くんだよ」

「何であんたに訊いちゃダメなのよ。ほら、こういう時何か言うことないの?」


 メガロマニアは面倒臭そうにココを見た。


「何よ」


 沈黙に耐えかねてかココは顔を赤くした。


「さっさと何か言ってよね」

「ちょっと化粧が濃すぎやしねえか? おてもやんみたいになってるぞ」

「馬鹿!」


 暴れ出したココとそれをいなすメガロマニア。後部座席に埃が舞った。


 ハイドラたちはやれやれとばかりにため息をついた。


「結局チケットはどうする気じゃ?」

「大別すると二つの方法があるな。不法行為に訴えるか訴えないかだ」

「それはもちろん訴えますとも。私たちは盗賊なのよ。それに会場でチケットを譲ってくれって言っても、今更五枚も譲ってくれる人が見つかるとは思えないしね」

「では不法行為に訴えるとして次にまた二股路がある。右は『幻惑』のカード、左は『没入』のカードだ。そういうことなんだろ?」

「そういうこと」

「『幻惑』も『没入』もそれぞれ一枚ずつしかないぞ。これはいつかのメガロマニアみたいに慎重に決断しないとな」

「開演までまだ時間はある。腰を据えて悩もうか」

「どらちか選択するためには、その後の行動を考える必要があるわね。つまり私たちは劇場に入れたとしても席はない。ロビーまでしか入れないわ。一方奴らは席に座って二、三時間はずっとオペラを見ている」

「一応幕間に休憩時間がある。チャンスはその時か帰り際かのう」

「だとするとスリ取るしかないな。出来るかハイドラ?」

「正直言って自信ないな。あっちもプロでしょ。前に会った時も油断ない目つきで全く隙が感じられなかったのよね」

「それじゃあ『幻惑』で騙すかのう」

「でも五人組なんだろ。全員の本名でも分からない限り一人にしか使えないぞ。直ぐに残りの奴らにバレるだろうな」

「結局、最悪の事態は何かっていうと、やっぱり銃を抜くことになった時じゃない? そう考えると私は『没入』を残しておきたいかな。『没入』には集中力を高める効果がある。『幻惑』よりも戦闘向きよ」

「同感だ」

「やれやれ。他に『忘我』か『透過』のどちらか一枚でもあればこんな風に悩む必要ないのにのう」

「『透過』は確かに『没入』の能力と似てるけど、『忘我』はちょっと違うんじゃない? あれって集中力を高めるというよりは狂乱状態になるカードでしょ。例えるなら『没入』がダウナー系とするならば『忘我』はアッパー系。私はあんまり使いたくないな」

「知ってるか? 世の中には『没入』と『忘我』を同時に使う猛者がいるんだぜ。物好きというか馬鹿な奴らだよな」

「それってどうなるの?」

「普通の奴はぶっ倒れる。当然だろ。ただ稀に耐えられる精神と肉体を持った奴らがいるらしい。奴らはその二枚使いを『止揚』と呼んでイキがっている。反目するものを高い次元で統一するって意味らしいが、俺には『自殺』と名付けたほうがピッタリだと思うんだがな」


 ジャボが皮肉っぽく笑った。


 しばらくすると劇場が見えてきて、いよいよウルフパックたちとの対決も近づいた。


「『魔笛』の上演時間は約三時間、合間に休憩も入るし、その間にじっくりとカードを奪う方法を考えよう」


 最後に先生が話を締めて一同車を降りようとした時、突然ハイドラが血相を変えた。


「ちょっと待って!」

「どうした?」

「一度車に乗って」


 再び皆が車に乗ると、ハイドラは辺りを警戒するように見回した。


「大切なことを言うのを忘れてたわ。ウルフパックは私たちが盗賊だと知っている」

「何故知ってるんだ?」

「砂漠のカフェで会った時にバレてるからよ。目端の利く奴だったからあなたたちの顔も確認しているはず」

「マジかよ。それって結構やばくね?」

「そうね。バッタリ会っても偶然だとは思ってくれないでしょうね」

「何より自分たちが追われているという自覚もあるだろうから、顔を見られた瞬間に逃げられるかもしれない」


 五人は少し身を屈めた。


「ハイドラ君。そういう重要なことはもっと早く言って欲しかったぞ」

「ごめんなさい。でもまだ私たちのほうが有利よ。先手は必ずこちらが打てるんだからね」

「もちろんそうなんじゃが、それも必ず奴らの死角、つまりは背後からという条件付きになってしまったのう。素知らぬ顔で近づいてすれ違いざまにどうこうなんて出来なくなってしまったようじゃな」

「どうするんですか?」

「とにかく今は——」


 ジャボは大きな体を窮屈そうに縮めた。


「他の観客の入場が済むのを待つことにしようか」


 他の四人も同じように縮こまった。


 ◇ ◇ ◇


 午後七時のトランスオクシアナにはまだ陽が昇っていた。


 劇場から係員が出てきて開演五分前を告げるラッパを吹くと、ハイドラたちは慌てて中に入った。


 もちろん『幻惑』を使ったのだが、メガロマニアに言わせれば、


「あのモギリ、ハイドラとココの胸ばかり見てたぞ」


 とのこと。


「畜生。これならカードを使う必要なかったな。一枚損した気分だぜ」

「まあいいわ。とにかく次のことを考えましょ」


 観客の着席が済み「魔笛」の序曲が始まると、ロビーには五人を除いて人っ子一人いなくなった。


「相談は小声でな。それがマナーじゃ」

「でもそれだと悪巧みしてるみたいじゃない」

「してんだろ、実際」

「それで、どう奴らから盗み取る?」

「そもそも誰が持っているんですかね? やっぱりボスであるウルフパック?」

「恐らくは我々と同じように、基本的にはボスが預かってその中から個々人が好きなカードを何枚か持っているといったところじゃろうな。これが結局のところ一番効率的じゃからな」

「何か使えそうなカードはない?」

「今持っているのは『加熱』『光明』『暗転』『電影』『旋回』『機動』『没入』『走査』『解放』『凍結』この十枚だ」

「『暗転』使えねえかな。場内を暗くしてその隙に奪うとか」

「元から真っ暗じゃぞ」

「じゃあそのまま入って盗めばいいじゃん」

「途中入場は係員に止められてできんぞ」

「それにいくら真っ暗とはいえ、大人しく盗まれてくれますかね?」

「だってすげえクラッシックのファンなんだろ。恐らくオペラに没頭して気づかないと思うぜ。俺だったらそうだね」

「あんたはね。でもあいつは違う」

「イマキリとかいう刑事もやられたんだろ。そんな簡単にいかんだろうな」

「やってみなけりゃ分かんねえだろ。オペラに集中している時が一番隙が出来るはずなんだよ。幕間に盗むなんて俺は無理だと思うね。恐らく四人の手下にガッチリ周りをガードさせるはずだからな」

「仮にホール内で盗むとして、ウルフパックが一番端に座ってないと出来んぞ。しかも座っていたとして、逆側のポケットにカードを入れていたらそれはそれでアウトじゃ」

「そういえばあいつらどの席に座ってるのかしら」

「確かオークションのサイトに写真付きで載ってなかったか?」


 ジャボはスマフォを取り出した。


「パンフレットあるか? この席番は……」


 ハイドラがパンフレットを開いて見取り図の上を指でなぞった。


「まん真ん中じゃない!」

「これは……とてもじゃないが無理ですね」


「じゃあ『光明』で目くらましをかまして、その間に——」

「もうちょっと現実的な方法を考えましょ」

「俺の案が現実的じゃないっていうのかよ!」

「こういう仕事だから危ない橋を渡るなとは言わないけど、ほとんど成功の確率がないことをやっても仕方ないじゃない?」

「だからそれは!」

「そう興奮すんな。大声出すと係員が飛んでくるぞ。まだ時間はある。付属のバーにでも行って何か飲みながら考えようぜ」


 ジャボがベンチから立ち上がって言った。


「そうね。そうしましょ」

「酒を飲むのはいつだって名案じゃな」

「私ビール飲みたーい。あんたは?」

「俺はいいよ」


 メガロマニアはそっぽを向いた。


「俺に構わず皆んな行ってくれ。俺はバルコニーで風にでも当たってくるから」

「あ、ちょっとー」


 立ち上がって歩き出したメガロマニアに、ココは思わず手を伸ばした。妙にその後ろ姿が寂しげに見えたからだ。


 扉の向こうから微かに歌声が聞こえた。


 パパゲーノが「俺は鳥刺し」を歌っていた。

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