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12/22

第12回祝祭音楽祭 「ココちゃんは何着ていく? 私はねえ——」

「それから自分の身に何が起こったのかを理解するのには非常に苦労しました。想像してみてください。気がつくと見知らぬ街角に立っていて、ここがどこで自分が何故こんなところにいるのかも分からない。無愛想な住人たちに囲まれて、ここで何をしているのかと質問攻めにあう。帰り道も何もかも分からないんですよ。聞いていますかハイドラさん。僕がどれだけ不安だったか分かりますか!」


「はいはい、聞いてるわよ」


 ハイドラは面倒臭そうに相槌を打ちながらグラスを傾けた。


 イマキリからメールを貰ってホテルのバーで会ったはいいものの、最初から自棄酒全開の彼に少々手を焼いていた。


 イマキリはお代わりを頼むと残りの酒を喉に流し込んで話を続けた。


「服は泥だらけ。財布は取られていませんでしたが銃と紙牌はなく、時計を見ると一時間ほど時間も記憶も飛んでいました。どうやら何者かに攻撃されたようです。唯一それだけが確かでした」

「『忘我』の紙牌で記憶を消されたってこと?」

「それ以外可能性はありません。特に目立った外傷はありませんでしたからね。頭もほらこの通り凹み一つなく綺麗なもんです。触ってみますか?」


 イマキリは後頭部を見せた。


「いい。それよりあなたを襲った相手は分かってるの?」

「恐らくはカンビュセスの元部下だったウルフパックとその一味です」

「ふーん、あいつがね」

「お知り合いですか?」

「一度顔を合わせただけよ。でもどうしてあいつがそうだって分かるの?」

「実はあなたと会った後、罠を一つ仕掛けましてね。犯人が『指南』のカードを欲しがるだろうとふんで、ビザール・バザールに『指南』を出品していたんですよ。それにまんまと引っかかったのが奴だった。証拠のメールがパソコンの中に残っていましたよ。盗難事件の犯人が奴らだという確証はありませんが、僕が我に返った時にいた場所は奴の家の近く。メールを読んで奴に会いに行き、あんな目にあったと考えるのが妥当ではないですかね」

「つまり確証を掴んだからこそ記憶を消されたって訳か」

「その通りです。僕はこれでも結構やり手ですからね」

「自分で言うの? 変な人ね」

「誰も言ってくれませんからね。この仕事は出来て当たり前、少しでもトチろうもんなら大目玉。孤独なもんです」

「まあ、結構頑張ったんじゃない」

「本当ですか? あの、それどの程度本心で言ってます?」

「知りたい?」


 ハイドラが悪戯っぽく笑った。


「いや……お世辞レベルだと落ち込むので、淡い期待を胸にここらで満足しておきます。とにかくそこまで気づいて再びウルフパックのアジトに舞い戻ると、もうそこはもぬけの殻。色々と家捜ししましたが、最初から仮の住まいなのか目ぼしいものは残っていませんでした」

「そう、残念」

「当然といえば当然でしょうね」

「ねえ、私にもその住所教えてよ」

「いいですけど何も出てこないと思いますよ」

「別にあなたを侮ってるんじゃないの。ただ自分の目で確かめないと気が済まない性質なのよ。本当よ」

「分かってます」


 イマキリはメールを転送すると、改まったようにハイドラの方を向いた。その顔はいつになく真剣味を帯びていた。


「ハイドラさん」

「何よ。まだ愚痴あんの?」

「一つ言わせてください。あなたも堅気ではないようなので分かっているとは思いますが、奴らの名前は全て偽物。それで身元を洗うことはできません。だからウルフパックと名乗る人物の正体を暴くためには、奴が何を好みどんな風に物事を考えるのか。そういったことを知ることが大切なのです。名前を偽ることはできても習慣というものは中々偽ることはできませんからね」


 ハイドラは少し驚いたようだったが、素直に好意を受け止めて頷いた。


「生意気なこと言ってすみません。しかしこれこそがこのゲームに勝つ鍵なのです。野ざらしの壁から滲み出る雨水のように、いつかどこかに必ずボロが出る。それを見つけらえれるかどうか、問題はそこなんです」


 イマキリの素顔がほんの少しだけ見えた、そんな一時だった。


 ◇ ◇ ◇


 次の日、朝から念入りにウルフパックのアジトを調べたハイドラたちだったが、イマキリの言葉通りこれと言って目を惹くようなものは見つからなかった。


 彼らの手際がいいというよりは、最初から足跡となるような品物を取っておかなかったといった方が正しいだろう。

 

 家には写真もなければ各種書類も保存されてなく、冷蔵庫やベッド、テーブルといった家具の他にはピアノが一台あるだけだった。


 ココとメガロマニアが買い出しから帰ってきた昼過ぎには、ハイドラたちもすっかり飽きていて、先生はピアノを弾きジャボは打て立て伏せに勤しみ、ハイドラはベッドの上で眠れる森の美女を気取っていた。


「昼飯一つ買いに行くのに何をそんなに喧嘩する必要があるんだ」


 ジャボが汗を拭いながら二人に言うと、メガロマニアは憮然とした表情で買い物袋をテーブルの上に置いた。


「聞いてくれよジャボの旦那。俺はケバブでいいって言ってるのに、こいつが他のものにしようってしつこいんだよ。珍しく俺が即決したのに台無しだよ」


 買ってきたのはドネルサンド、パンにケバブを挟んだ食べ物だった。


「あら、私はメガロマニアから羊は戒律に引っかかるからダメだと以前聞いていたから、それで別のものにしようって言っただけですよ」

「嘘に決まってんだろ。なんだよ戒律って、俺がなんかの宗教を信じているように見えるのか?」

「羊がダメだと教えてくれた時に、ボコノン教の信者だって言ったわよね」

「なんだよボコノン教って?」

「私が知るわけないでしょ」

「いいか。あの時は婆さんが教会の修復費用をカンパしろって煩いから、それを断る為の嘘、方便だよ」

「じゃあ一生懸命信じていた私はなんだったのよ」

「分かった分かった。こいつの大ボラは今に始まったことじゃないだろ」

「ココ嬢は少し素直すぎるようじゃな」


 先生が手を止めて振り向いた。


「メガロマニアのホラは一つの手なんじゃよ。嘘をたくさん散りばめることで、本当のことが分からないようにかく乱しているんじゃな。我々は多かれ少なかれ過去を隠して生きている。しかしお前さんもそうだと思うが、黙っているということは結構ストレスを感じる行為でのう。結局は自分の好きなこととか過去のことをポロっと話してしまう。人間は本質的にお喋りな生き物じゃからのう」


「そしてそれはウルフパックとて同じこと」


 皆が声の方を向くとハイドラが立っていた。


「いつの間に起きたんだよ」

「今よ。あんたが五月蝿いから」


 ハイドラは紙袋に手を突っ込むとドネルサンドをパクついた。


「確かに部屋は念入りに片付けたようだけど、必ず言葉はどこかに残っているはず。先生が言ったようにそれを隠すことは不可能だからね。午後はそれを探しましょ」

「よし、食事にしよう」


 ジャボの言葉に各々席についてケバブに噛り付いた。


 腹ごしらえを済ませると、午後の作業はハイドラの一言から始まった。


「寝ながら考えたんだけど、このメールを手がかりにウルフパックの足跡を辿ってみない?」

「どうやって?」


 メガロマニアが言った。


「まさかそのアドレスにメールでもすんのか? こんにちは私ハイドラ。今どこにいるのって」

「そんなわけないでしょ」

「じゃあハッキングしてGPSのデータを抜き取るのか? でも誰がやるんだよ。そんなの誰もできないぞ」

「誰もできないからやらないわよ。私が着目しているのはメール自体じゃなくてここ」


 ハイドラはビザール・バザールのユーザー・ネームを指差した。


「Wg1756」


 それがウルフパックのユーザー・ネームだった。


「これで検索かけてみない? もしかしたら他のネット・サービスでも同じ名前を使っているかもよ」

「マジかよ。そんなもの引っかかるのかね」


 半信半疑のメガロマニアに反してジャボと先生は乗り気だった。


「やってみる価値はあるかもな」

「現実世界ではガードが硬くてもネットの世界では緩々な奴は多いからのう」


 早速パソコンが立ち上げられ、ハイドラが腕まくりしながら「Wg1756」の文字列を入力すると意外なサイトが検索結果に現れた。


「……どう思う?」

「どう思うも何も、見て見なきゃ始まらんだろ。さっさと見てみろよ」


 メガロマニアが勝手にクリックしホームページが表示された。そこはある特定の趣味のファンが集まり、レビューを投稿したり互いに意見を交わしたりするサイトだった。


 確かにそこには「Wg1756」のユーザー・ネームを使った書き込みが残っていた。しばし五人は沈黙し、ウルフパックが書いたであろう文章を読んだ。


「ちょっと、これ……何なの!」


 ハイドラは思わず口に手を当てた。


「顔に似合わず意外な趣味を持っているんだな」


 ジャボは腕組みした。


「何かまずいのかね? 素晴らしいレビューだと思うんじゃが」


 先生がムスッとしながら尋ねると、ココが慌てて取り繕った。


「まずくはないですよ。先生がそうなのは分かるんですけど、あの人にこういう趣味があったってことが驚きなんです」

「え、お前ウルフパックのこと知ってんの?」

「一緒のホテルで働いてたからね。顔くらいは見たことあるよ」

「ウルフパックの意外な一面が分かったわね。奴はクラッシック音楽を好んでいる。しかもかなりの熱狂的なファンね」

「分からんもんだね。顔だけで言ったらパンクかヘヴィメタ好きに見えるんだけどな。それ以外は音楽じゃないとか言いそうだし」


 メガロマニアが首を捻った。


「とにかくあいつが同じユーザー・ネームを使いまわししていることは分かった。この調子でどんどん他のサイトからも情報を集めていこう」


 それからしばらくはあっちのサイトに飛んだりこっちのページを見たりして時間が過ぎていった。


 色々頑張ってはみたものの、残念ながらそれ以上ウルフパックの痕跡を見つけることはできなかった。先ほどのレビューも気まぐれか何かだったのかもしれない。


「もうないかな」


 ジャボが諦めてブラウザを閉じようとした時、


「ちょっと待って」


 すかさずハイドラは手を伸ばすと検索窓に「classical music」という単語を追加した。


「さあどうぞ」


 検索ボタンを押すと一番上にネット・オークションのサイトが上がった。


「ビザール・バザールが引っかかったぞ。そうか、確かに他にも何か買っているかもな」

「……チケットのようですね。でもこれ何のチケットなんだろう?」

「それはトランスオクシアナ祝祭音楽祭のチケットじゃ」


 先生の答えにココが首を捻った。


「毎年この時期になると行われる音楽祭のことじゃよ。結構伝統があって資金も豊富じゃから一流のオーケストラが呼ばれるんじゃ。ファンにとっては垂涎のイベントじゃな」

「チケット、五枚買ってますね」

「仲間の分か」

「仲の宜しいこと。ウルフパックの影響かしら」

「開催日はいつだ? もう終わっているとか言わないでくれよ」

「三日後ですね」

「そうか。あいつらが街に留まったのもこの音楽祭に行くためだったのか。何で逃げねえのかと不思議だったが、この熱狂具合から察するにこいつを見ずに街を出て行くとは考えにくいな」

「どうする? ハイドラ」

「もちろん私たちも行くわよ!」


 ハイドラは目を輝かせた。


「よし決まりだ。ここで盗もう。一戦交えることになるかもしれないから皆んな気を引き締めろよ」

「やっぱそうなるかな?」

「相手もプロだ。一筋縄ではいかんだろうな」

「それにしてもクラッシック・コンサートなんて久しぶりね。ココちゃんは何着ていく? 私はねえ——」

「え、どうしようかな。そういうの行ったことがないんですけど、やっぱり正装じゃなとダメなんですかね?」

「下手な格好してると摘み出されるぜ」


 メガロマニアが真剣な顔で言った。


「そうなの?」

「当たりめえだろ。最低でも準礼装、それもコンサートが昼か夜かで変わるぜ。付ける宝石は五十万ディル以上、それ以下だと光沢が下品だと言われて没収されるぜ」

「どうしよう。私、そんな高価な物持ってないよ」

「安心しろよ。お袋の指輪を貸してやる。形見なんだけど、お前が気に入ればくれてやってもいいぜ」

「えー、そんな大切な物を私なんかのためにいいの?」

「もちろんだ」

「おいココ。気づいてないようだけど、今のこいつの話真っ赤な嘘だからな」

「え、そうなんですか!」


 ココは顔を真っ赤にした。


「こいつのお袋さんが死んだなんて話、一度も聞いたことがないし、形見の指輪なんて見たことないからな」


「いやいや、割と本当の話だぜ。但し指輪は今、質屋に預けてるんだ。直ぐにでも受け戻すから三十万ディルほど貸してくれ」

「馬鹿! ……でもそれだと宝石の方はどうしよう」

「……だからそれも嘘だって」


 ジャボがやれやれとばかりに首を振った。


「とにかく小綺麗な格好しておけば大丈夫だ。なんの心配もいらない」


「待て待て。お前さん方、一つ大事なことを忘れてはいないか?」


 先生が髭を撫でながら言った。


「何? まさかクラッシックの知識とか言うんじゃないでしょうね」

「やれやれ、こりゃ先生の長い講義が聞けそうだぞ」

「馬鹿だね。鑑賞時のマナーに決まってんだろ。こういうハイソなイベントは色々と五月蝿いからな」

「やっぱり服装とか宝石とかですか?」

「そうじゃない。そのどれでもない」


 先生は呆れたように首を振った。


「お前さん方、一体どうやって中に入るつもりじゃ? もしや当日券なんて代物があるとは思ってないじゃろうな?」

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