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第11回イマキリvsウルフパック 「……このリムジンは本物か?」

 ハイドラに名刺をもらって以来ずっとイマキリは思い悩んでいた。彼女にメールをするかどうか、それが今一番の問題だった。


 日がな一日名刺を取り出しては戻し取り出しては戻しを繰り返し、合間にパソコンのキーボードを叩いては気もそぞろで仕事していた。


 あの日『指南』を二枚も無駄にして、犯人が逆位置にした『指南』で探索を防いでいることまでは分かった。


 手持ちの『指南』がなくなって、さてどうしようかと悩んでいる内にあることに気づいた。


——カードに困窮しているのは相手も同じではないだろうか?


 犯人はその日だけで二枚も『指南』を失った。このショックは大きいはずだ。犯人が後何枚『指南』を持っているかは分からないが、姿の見えない追跡者の影を肌で感じていることだけは確かだろう。さすれば犯人はどうするか?


——安心を買うはずだ。僕だったらそうする。


 そこでイマキリは犯人に対してはある罠を仕掛けることにした。これのいいところは空手でもできる点にあった。カードを消費する必要がないのだ。


「そろそろ時間だな……」


 イマキリは時計を確かめるとパソコンを操作してあるサイトに繋いだ。


「上手くかかっていてくれよ」


 かかっていなければやり直すことも考えていた。


 モニターにビザール・バザールのロゴが映し出され、ログインすると三通のメールが届いていた。


 数日前、彼はビザール・バザールに三枚の『指南』を出品した。もちろん犯人が落札することを見込んでの行動だった。


「さて、まず一通目」


 イマキリは最初のメールを開いた。


 彼が確かめたかったのは落札者の名前と住所であった。オークション自体はユーザー・ネームで参加することができたが、落札後の商品の配送には必ずその二つが必要になるからだ。


 一通目を確認して送り先が「日本」になっていた瞬間に彼はそのメールを閉じた。もちろん送るつもりなど毛頭なかった。


 次に二通目をクリックした。


「……これだ!」


 ウルフパックの名前とトランスオクシアナ市内の住所が書かれていた。


「ウルフパック、やはりこいつだったのか」


 あの時ハイドラには惚けたが、イマキリは最初から彼に目をつけていた。もちろんこれだけで犯人だと決まったわけではなかったが、彼が怪しいということだけは確定した。


 イマキリは上着を羽織るとポケットに銃を忍ばせて部屋を出た。天を仰ぐと陽は既に落ちかけていた。


 交通警察に鉢合わないよう祈りながら街道を飛ばして三十分、目的の住居の近くで車を止めた。


「あれがウルフパックか」


 闇の車内から目だけをハイエナのように光らせていると、しばらくしてドアが開き羽振りの良さそうな男女が登場した。彼らは目の前を通り過ぎると、通りの反対側に駐車されたリムジンへと向かった。


「浮かれてるな。何もかもが楽しくて仕方がないって感じだ」


 今、ここで撃つのは簡単だったが、イマキリにはまだ訊かなければならないことがあった。そこで彼は銃を『加熱』のカードに持ち替えると、一直線にリムジンへと向かった。


「誰だてめえは!」


 突然乗車してきたイマキリに、流石のウルパックたちも軽いパニック状態に陥った。


「全員動くんじゃない!」

「何言ってんのこいつ!」

「頭おかしいんじゃないの!」

「煩い! 僕の言うことを聞け!」

「だから何者だ!」

「手のカードが見えないのか! 今、僕は『加熱』のカードを持っている。実装して全員火だるまにしてやってもいいんだぞ!」

「分かった分かった! 早まるな!」


 ウルフパックが代表して皆を制した。


 イマキリはウルフパックと女二人を対面の席に移動させると、視界に一味全員を入れながら最後尾の席を独占した。


「自己紹介がまだだったな。僕はイマキリ警部。バッジは後で見せよう。お前たちウルフパック一味に訊きたいことがある!」


「バッジは後でもいいけど令状は今見せろよ。こんな真似したんだ。もちろん持ってるんだよな」


 イマキリは思わず言葉に詰まった。


「ないのか? ないんだな。よし、じゃあさよならだ」


 ウルフパックはドアを開けた。


「任意で訊きたいことがある!」

「いいから出てけよお山の大将。俺たちはこれから街に繰り出すんだ。一分一秒だってお前の相手をしている暇はねえんだよ」

「それなら早めに済まそう。盗んだカードはどこだ?」

「何いきなり言ってんのよ。馬鹿じゃないの!」


 リサーが歯を剥いた。


「カンビュセスのカードだ。お前たちが持ってるんじゃないのか?」

「持ってねえよ。さあ帰れ」

「お前たちのカードを見せてみろ。おっと、答える前に言っておくが、カードなんて持ってないなんて言うなよ。『走査』を使ってこの車ごとスキャンするから結局は分かることだぞ」

「『分解』は持っているか?」

「いや」

「なら言うけど、確かにカードは何枚か持ってるよ。だがカンビュセスのカードじゃないし、もちろん見せるつもりも全然ない。残念だったな。『分解』ならカードの種類まで分かったのに」

「じゃあ車ごとドカンだ」

「てめえの命をチップに博打を打つのはよしなよ刑事さん。ちゃんと手順を踏んで令状を用意すればいいだけの話じゃねえか」

「その間に貴様らは逃げてしまうだろ」

「逃げはしないけど旅行くらいは行くかもな。美しい海、楽しい街。俺たちはこれから失った人生を取り戻すために、世界中を旅しようと計画しているんだ」


 チーリンたちがクスクス笑った。


「お前たち警察に疑われてるというのに随分余裕だな?」

「だって犯人じゃないもん。チーリン生まれてから一度も悪いことしたことないもん」


 チーリンが戯けるように言った。


 イマキリは無言で何かを考え出した。


「どうした。今頃頭の中の相棒と作戦会議か?」

「……このリムジンは本物か?」

「どういう意味だ?」

「見栄を張るためにポンコツに『幻惑』で化粧してるんじゃないかと思ってね」

「俺たちがそんな悲しい人種に見えるのか?」

「見えるから聞いているんだ。その高そうな腕時計とか女たちの胸に輝く宝石とか、この車の中にある全てのものが見栄と幻想で出来ているんじゃないのか?」

「貧乏刑事の僻みは怖いねえ」


 山猫の言葉に再び車内に笑いが起こった。


「この車の中にあるもので紛い物なんて一つもないぜ。どれをとっても一級品。『幻惑』なんて使ってないぜ。そもそも物によっちゃあ『幻惑』の方が高い物もあるしな」

「本当か?」

「ああ、本当だ」

「そうか」


 と言ってイマキリは新たに紙牌を一枚右手に持った。


「カンビュセスのカードの中には世界で一枚しかない『再生』のカードが含まれている。お前たちはあれを守るためにここ数日『指南』のカードを何枚か費やしたはずだ。結果足りなくなってビザール・バザールで一枚落札しただろ? あれは僕が出品したものだったんだ」

「そうかい。確かに一枚買ったが、別に他意はないよ。それがそうか? なら使ってみろよ。俺たちじゃないと分かるはずだ」

「これは『走査』のカードだ」


 イマキリは空いた左手で更にもう一枚カードを出した。


「僕は今こう考えている。お前たちの余裕の根拠はなんだろうと。『指南』も残り少なくなって焦っているかと思いきや、全くそうは見えないのは何故なんだろうと。もしかしてこいつら『再生』をどうにかしたんじゃないのか。物理的に隠した? いや、違う。それでは結局見つかってしまうからね。ならばこいつら——」


 イマキリは左手の手の甲を返してカードの文字をウルフパックたちに見せた。そこには『観察』と書かれていた。


「『幻惑』で別の物に変えてしまったんじゃないだろうか。それなら確かに『指南』で追えなくなるからな」


 肯定も否定もなく奇妙な沈黙が流れた。


「この『走査』のカードと『観察』のカード、一緒に使うとどういう効果が現れるのか。お前、今言ったよな。この車にあるもので紛い物なんて一つもないって。ならばそれを確かめさせてもらうぞ」


 ウルフパックは無言でイマキリを睨んだ。


「さあ、素直に白状しないならやらせてもらうぞ。もしもお前のポケットやダッシュボードの中に何らかの変化の影が見て取れた時は、令状もバッジも関係ない。ぶん殴ってでもこの目で確かめさせてもらうぞ!」


 車内は静まり返り、皆の視線がただ一人に集まった。


「……分かったよ。俺の負けだ刑事さん」


 イマキリの気迫に押されたのか、ウルフパックは肩を窄めて言った。


「確かにカンビュセスのカードは俺が盗んだ。悪かったよ。反省してる」


 それからポケットに手を突っ込んで無造作にカードの束を取り出すと、名残惜しそうにイマキリの膝の上に乗せた。


 イマキリはカードを手に取ると一枚一枚調べ始めた。直ぐに彼は白紙のカードにたどり着いた。


「そいつだ」

「見てないで『幻惑』を解いてくれないか? 実装した本人なら解けるはずだ。わざわざ僕の一枚を使うのは勿体ないからな」

「おっと、これは気がつかなくて申し訳ない」


 魔法が解けるようにスーッとカードに文字が現れた。


「もう一つ、いいか」

「何でもどうぞ」

「お前たちはこの『再生』のカードをどうやってカンビュセスの為に調達した?」

「何のことだよ。言ってる意味が分かんねえな」

「別に今更義理立てする必要もないだろ。それとも相当やばい手段で手に入れたのか? あの春秋堂は偽物だ。カードを提供されただなんて嘘っぱち。君たちがどこかから盗み出したんだろ?」

「何故そう思う」

「勘だ」

「ダメだよそれじゃあ。さっきみたいに理詰めで俺たちを納得させないと」

「太極春秋堂は実店舗を持っていない。ただネットの自社ページでのみ販売を行っている。そしてそのページにはどこにも彼らとコンタクトを取る方法が書かれていない。住所や電話番号、メールアドレスもなければ掲示板すらない。この状態でどうやってカンビュセスは彼らとコンタクトを取ったというんだ?」

「確かにな」

「話してくれるか?」

「まあ……いっか。実はな、春秋堂に出入りしている業者から買ったんだよ。よくビザール・バザールに横流しして小遣いを稼いでいた奴でね。あまりにも頻繁に出品するんで調べてみたら、とてもじゃないが紙牌を買えるような経済状態じゃない。俺たちと同じように盗賊かとも疑ったが、うだつの上がらないオッさんでとてもそうは見えなかった。それで話してみたら、そうだったって訳さ」

「そうか……」


 イマキリはカードの束をポケットにしまうと、再び『加熱』を握った。


「それではそろそろ警察署に行くとしようか。手錠を渡すから各々自分の手にはめてくれ。運転は僕がするからそこのお前もこっちにこい。最後のリムジンでのドライブだ。せいぜい車窓の景色を楽しんでくれたまえ」


 イマキリが手錠の束を渡すと、ウルフパックは首を捻った。


「どうした。さっさと手にはめないか」

「数が足りないよ刑事さん」

「なんでだよ。ちゃんと四つ渡したろ」

「いや、四つしかないんだ」


 イマキリにはチーリンたちの顔がどことなく笑っているように見えた。


「私たちは……五人組よ、お馬鹿さん」


 突然背もたれから腕が出て、イマキリの喉笛をグイと掴んだ。シートの中に誰かいたのだ。腕はイマキリをシートに抑え込むと、彼の手から『加熱』の紙牌を取り上げた。


「閉所愛好症とでも言えばいいのか——」


 ウルフパックはイマキリのポケットを弄ると、彼が持っていた全てのカードと銃を取り上げた。


「そいつは『没入』で物に潜るのが好きでねえ。名前はシパシクル。ほとんど一日中何かに潜っている変人さ」


 リサーがドアを開けた。


「さあ、お帰りはこちらからどうぞ」

「私たちの方はもういいから、捕まえたいならカンビュセスを捕まえたら?」


 チーリンがニヤニヤしながら言った。


「おっと、その前に——」


 と言ってウルフパックは束から『忘我』のカードを引き抜いた。


「前から思ってたんだけど、このカードってどれくらい前のことまで忘れるんだろうな」

「一、二時間は確実だ」


 山猫が言った。


「それどころかもっと前のことまで忘れた奴もいるらしい。実験した奴がいるらしくて、最長でその日一日あったこと全部を綺麗さっぱり忘れちまったって話だ」

「まあ、何にせよ暫くは我を忘れて道草でも食っていてくれ」


 ウルフパックがイマキリの顔を『忘我』で撫でると、リサーが勢い良く車外へ蹴落とした。


「じゃあね刑事さん」

「もう二度とその面チーリンに見せないでね」


 茫然(ぼうぜん)自失のイマキリを置いて車は勢い良く発進した。


 車内では路上で這いつくばる彼を可笑しそうに五人が眺めていた。


 イマキリの目にはハッキリとリムジンのナンバープレートが映っていた。だが今の彼ではそれを記憶に留めておくことはできなかった。


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