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第10回推理と追跡 「犯人だけが持つ条件か……」

 ホテルの一階にあるカフェに先生はいた。


 最近の彼はこれくらいの時間にはこの店の窓際に陣取り、アイスティー一杯で何時間も粘るのが日課となっていた。


 店は吹き抜け構造になっていて、天井はガラス張り、空はその一段向こうに高く高く広がっていた。


「お帰りハイドラ君。首尾はどうじゃった?」


 先生は本を閉じると言った。


「一言で言うなら成果なし。それらしき人物に心当たりはないってさ」

「そうか。それは残念じゃのう」

「ジャボの方はどうだったの?」

「こっちも空振りだ。まだそういう話は来てないらしい」


 ジャボはコップを傾けながら答えた。


「メガロマニアは?」

「まだそこら辺をふらついてるよ。連絡がないところを見ると、奴の方も何もないんじゃないのかな」

「まあそう急ぐこともあるまい。犯人とて今頃は昨晩の祝杯で眠りこけているはずじゃからな」

「それと既に警察が嗅ぎ回っているようだから気をつけた方がいいぞ。若い男でイマキリと名乗っているらしい。本名とは思えんがな」

「その刑事さんならさっき会ったわよ。結構やるみたいで、犯行の手口までは推理が進んでいるみたいね」


 ハイドラはイマキリから聞いた話を二人に説明した。


「透過させたのか。やっぱりあれは便利だよな」

「私達も一枚二枚持っておくべきかな」

「買うんだったら『没入』にしといた方がいいじゃろ。あれなら透過能力の他にも使い道があるからな」

「じゃあ買うわよ。さーて、相場が下がっているといいんだけど」


 早速パソコンを立ち上げてビザール・バザールを覗いていると、ハイドラの頭にあるアイデアが閃いた。彼女にはそれがとてもいい考えのように思えた。


「ねえ、ちょっと思ったんだけど『回視』のカード欲しくない?」


 ハイドラの思いつきに二人は顔を顰めた。


「え、ダメなの?」

「あんなもん何に使うんだよ」

「あれを使えば犯人が地下鉄で紙牌を回収する瞬間を見ることができるんじゃないかなと思ってね。先生はどう思う?」

「使ったことがないからなんとも言えんのう。実際どの程度自由に見られるのか分からんし、何より高すぎる」

「同感だ。ビザール・バザールでの値段見たことあるか? あんな金今の俺たちには逆立ちしたって出せんぞ」

「あーもう、それもこれも全てはあのカンビュセスみたいなコレクターが悪いのよ。あいつらが使いもしないのに集めるから値段がつり上がって、いつも泣きを見るのは私達みたいな罪のない庶民なのよね」

「そうかもな」


 ジャボと先生は真顔で頷いた。


 ハイドラは頬を赤らめながら、ツッコミを入れてくれるメガロマニアの有難さをシミジミと感じた。


「思ったんだけど、『回視』がなくても内部の者の犯行なら昨晩から今朝にかけての警備員のシフトを調べればいいじゃないのか? 犯人なら必ず紙牌を回収するためにホテルから外に出ているはずだからな」

「しかし本人が回収したとは限るまい。仲間がやったかもしれんじゃろ。その可能性がある以上、あまりその行為に意味があるとは思えんが」

「そう言えば手札に『指南』のカードあったわよね」

「一枚だけじゃがな」

「あれでどうにか犯人を探せないかしら」

「『指南』を実装して『犯人を示せ』って言うのか? あれはそういった曖昧な物は探せないぞ」

「だからもうちょっと対象を絞ってさ」

「例えば?」

「そうねえ。犯人だけにしかない特徴があるといいんだけどな。頭に角が生えてるとか、足がとっても臭いとか」


「だからそれじゃダメだって。『指南』は——いや紙牌全般に言えることだが——明瞭な物の名前でしか使えないんだよ。『リンゴ』は探せても『犯人』は探せない。『カンビュセス』は探せても『ハイドラ』は探せない。分かるか、この違い」

「分かってるわよ」


 ハイドラは口を尖らせた。


「ちょっとしたジョークじゃない。笑ってくれれば丸く収まるのに」

「……だそうだ。笑ってやれ先生」

「ハイドラ君の冗談は若すぎて年寄りの私にはついていけんのだよ」

「すまんな。つまらんオッさんと年寄りで」

「あーあ、ココちゃん何時に上がるのかしら。久しぶりに女だけで思いっきりお喋りしたいわね」

「確か夕方には終わると言っておったな。夕食は二人だけでどこかに食べに行ったらどうじゃ?」

「そうさせてもらうわ」

「話を戻すが、結局犯人が誰かを特定しないことには『指南』は使えないということになるな」

「警備員を一人一人虱潰しに調べてく?」

「手間じゃのう」

「ここはその刑事の捜査の進展を待つか、或いはココからの内部情報を待つしかないんじゃないのかな」

「ただそれだと結局は警察に持ってかれることになるわよね」


 三人はしばし無言になった。


「犯人だけが持つ条件か……」


 ハイドラは空を見ながら考えた。


「持ち物ってのはどう?」

「おっとそれじゃな。盲点じゃった。犯人を捜すのではなく紙牌を探せばいいのかもな」

「そうは言ってもこの街の人口は百万を超えてるんだぞ。観光客の数も膨大で、その上羽振りがいいときている。俺たちみたいに紙牌を持っている者はたくさんいるはずだ。そいつらを一人ずつ当たるというのか?」

「並みの紙牌ならそうじゃろうな。『指南』で追っても数が多すぎて犯人を特定するのは不可能じゃ。但しここに一枚、犯人だけが持っている特別なカードがある」

「そうか。『再生』のカードね」

「確かにそれなら犯人しか持っていないだろうな」

「決まりね」


 ハイドラが左手を差し出すと、ジャボが選んで二枚のカードをその上に置いた。もちろん一枚は『指南』だったが、もう一枚は……


「『俯瞰』もなければ話にならんだろう」


 ハイドラの視線にジャボが答えた。


「使う時は思い切って使え!」

「そうね、ありがとう。ではでは、皆さんを代表してこの不肖ハイドラがカードを使わせてもらいます」


 ハイドラはそう言って先ず『俯瞰』のカードを掲げた。


「『俯瞰』を実装」


 直ぐに彼女の目の中だけに街を上空から見た映像が広がった。


 通常『指南』は方向を指し示してくれるだけだが『俯瞰』と組み合わせることで遠景から対象を探すことが出来るようになる。それが『俯瞰』のいいところだった。


「お次は『指南』の実装よ。『指南』よ、あなたの仲間の『再生』のカードを探してちょうだい。必ずやまだこの街のどこかにあるはずよ!」


 『指南』の文字がカードから消え、代わりに羅針盤の針が現れた。またそれに呼応してハイドラの視界にも同じような針と現在地のマークが現れた。


「さあさあ、追い詰めてやるわよ泥棒さん。震えながら待っててね」


 ハイドラは舌なめずりをした。


「あのなハイドラ、俺たちも泥棒だぞ」


 ジャボがハイドラの裾を引っ張って言うと彼女は頬を膨らませた。


「もう、今いいところなんだから、野暮なツッコミは控えてよね」


 時をおかずに羅針盤の針が『再生』を求めてクルクルと回り出し、皆の期待は否が応にも高まった。


「おっと、早速見つけたようじゃな」

「当然よ。うちの『指南』は出来る子ですもの」

「俺は『没入』の落札を進めておくよ。犯人とのドンパチに備える必要があるからな」


 ジャボがパソコンを引き寄せて弄りだした。


「そろそろかな」


 ハイドラの視界の中で針の勢いが弱まり出した。通常この後俯瞰図の中に目的地のマークが現れるのだが、何故かこの時だけは違っていた。


「あれ、おかしいわね」


 ハイドラは自分のこめかみをポンポンと叩いた。


「どうした?」

「変ね。俯瞰図からコンパスの針が消えちゃったんだけど」

「画面の他の場所に移動したんじゃないのか? もっとよく探してみろよ」

「探してるわよ。もしかしてこれ不具合か何かじゃないの?」

「そういう訳ではなさそうじゃな」


 先生はジャボを肘で突くとハイドラの手を指差した。


 彼女の手の中から『指南』のカードだけが忽然と消えていた。


 ◇ ◇ ◇


「まただ……」


 リムジンの座席に体を埋めながら、ウルフパックは不愉快そうに手札を確かめた。


「どうしたのウルフ?」


 隣に座っていたリサーが尋ねた。


「誰かが俺たちを探してやがる。逆位置にしておいた『指南』が消滅しやがった! 相殺して消えたんだ」


 ウルフパックは怒りに任せて前の席を蹴飛ばした。


「えーまたー? 今日でもう三枚目よ。一体これでいくら損したの!」


 チーリンが指折り数えて計算し出した。


「俺に言うなよ。向こうのクソに言え。畜生! 警察か、カンビュセスの手下か? 全くしつこい連中だぜ!」

「とにかくもう一枚カードを逆位置にしときなさいよ。連中がまた使ってくるかもしれないんだからさ」


 リサーが冷静に諌めた。


「言われなくても分かってるよ。畜生、これが最後の一枚じゃねえか」

「どうする? 後がないわよ」

「仕方ねえ。ビザール・バザールを覗いてみよう。いいよなチーリン?」


 ウルフパックはスマフォを出しながら言った。


「なんで私に訊くのよ」

「なんでって、お前以外は文句を言わないからに決まってんだろ。お前が良ければ『指南』をもう一枚落札するぞ」

「ウルフだけは私の気持ち分かってくれると思ったのにな」

「俺だって流石に金よりは命を取るね」


 チーリンはしょんぼりしながら頷いた。


「よし。決まりだ」

「出品されてるの?」

「ちょうど出たばかりの品があるな」

「ほんとだ。でもこれ同じ人が三枚全て出してるね」

「大方金が足りなくなってストックを放出してるんだろう。念のため三枚全てにビットしとこうか」


「買うのはいいんだけどさ」


 ハンドルを握っていた山猫がミラー越しに言った。


「この我慢比べいつまで続ける気だ? このまま受け身だと非常にマズイぞ。『指南』のカードを買うために盗んだカードを売る羽目になる。それって本末転倒じゃないのか?」

「それは向こうだって同じはずだ。特に警察なんて予算がないから、そうそう紙牌なんて買えるはずがねえ」

「カンビュセスは? 奴が本気で財力をつぎ込んできたら、こっちの財布じゃ太刀打ちできないぞ。市場の『指南』を独占されたら防げるもんも防げなくなるぞ」

「カンビュセスが本気かどうかは簡単に分かる」

「どうやって?」

「ビザール・バザールでの相場を見ればいいんだよ。このタイミングで高騰して来たら奴が買い漁っていると考えていい。地元のマフィアから直接買ったとしても、結局のところネットの世界の価格にも影響がでるからな。ある意味では世界中の紙牌使いたちの動向が、このサイトに集約していると考えていい。もちろんそれを適切に読み取れるかどうかが鍵なんだけどな。因みに今のところ『指南』のカードは高騰していない。一ヶ月前と比べて逆に一ポイントも落ちてるくらいだ。つまりはそういうことだ」

「でもさあ、山猫の言うことも尤もだと思うよ。向こうは向こうのタイミングでカードを切れるけど、こっちは逆位置で防ぐくらいしか方法がないのよ。ジリ貧だし何よりこのままやられっぱなしなのは癪じゃない?」


 リサーの言葉にチーリンも頷いた。


「それチーリンも思った。あーあ、『ぶっ飛ばす』ってカードがあったら今すぐにでも切るのにな」

「あったとしてもこんな離れてたら無理でしょ」

「そうかなあ。本名さえ分かれば可能なんじゃない?」

「無理無理。流石にもっと近づかないと効果はないわ」


「要するに元凶はこいつだろ」


 ウルフパックは『再生』を摘んで皆に見せた。


「そうだけどどうするの?」


 チーリンが尋ねた。


「さて、どうしてくれようか。どこかに隠しても意味ないからなあ」

「もっとずっとずっと遠くへ持って行っちゃえばいいのよ。そうすれば流石に『指南』と『俯瞰』のコンボでも追えないよ」

「じゃあお前が持って行ってくれるか?」

「えー、チーリンが? 嫌よ面倒臭い。チーリンもうちょっとこの街を楽しみたい」

「そりゃ俺たちだって同じだよ」

「そうだ。『幻惑』をかければいいんじゃねえのか?」


 山猫が思いついたように口を出した。


「それで別の何かに化けさせておけば追えなくなるはずだ」

「それだ! なんだよ、いい方法があるじゃねえか」


 ウルフパックは早速『幻惑』を取り出すと実装した。それで簡単に『再生』は真っ白なカードへと変化した。


「これでもう大丈夫だ」


 ウルフパックがカードを指で弾くと、女たちは喜びながらシャンパンのボトルとグラスを用意した。


「さあて、それじゃ俺たちの自由と未来を祝して乾杯といこうじゃねえか。もう俺たちを縛るルールも口煩いボスもいないんだ。人生楽しまなきゃ犯罪だぜ!」


 ウルフパックが咆哮を上げると女たちが後に続いた。


「シャンパンのグラスを回せ! 飲めねえ奴は車から叩き落とすぞ! 運転で忙しいだ? バカ野郎! ハンドルなんて握らなくても道は一直線じゃねえか!」


 夕焼けに照らされながら車は一路街の中心部へと向かった。


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