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★第1回取引 「ショボくれたテメエと俺が似てるだって!」

挿絵(By みてみん)


 真夜中、人通りのない道に一台の車が止まっていた。月のない暗い夜だった。


 車内には中年の男が乗っていて、彼は時折作業着の内ポケットから封筒を取り出しては、まるで暖をとるかのように頬に当てたり恋人のようにキスをしたりしていた。


「全く信じられんよな。本当に夢みたいな話だ」


 男は噛みしめるように呟いた。


「でも本当のことなんだ。世の中にはこんなカード一枚に家一軒建つ大金を出す奴がいるんだ。俺も馬鹿だね。こんなに髪が白くなるまで気がつかなかった。つまり世間ってのはこういう仕組みなんだ。死んだ親父がよく『愚図のお前は幸せになりたかったら誠実さを売りにしろ』と言っていたが、どうせ忠告するなら売る相手を選べとも言って欲しかったね。畜生、お陰で大分人生を無駄にしちまったよ」


 そうは言っても彼の顔には満面の笑みが浮かんでいた。


 その時天井からドンと音がして男が慌てて首を引っ込めると、次に窓をノックする手が見えた。


「叔父さんかい?」


 見たこともない男が顔を近づけて言った。


 年の頃は三十代くらい、サングラスをかけスーツを着ていた。彼の他にも数人の男女が後ろに控えていて、ジッと車の彼を見つめていた。


「ああ、叔父さんだ。金持ちの甥っ子かい?」


 男は窓を開けて顔を出した。


「その代理だ」

「待ってたよ」


 男がいそいそと車から降りると、ルーフの上にはアタッシュケースが二つほど置かれていた。


「例のモノは持ってきたか?」


 男は内ポケットを弄って先ほどの封筒を取り出した。


「本物だろうな?」


 男は今度は裸のカードを差し出した。


 カードの中心には篆書体で「観察」と大きく印刷され、下には「太極春秋堂謹製」と緋文字で書かれていた。上等な紙質で裏地は美しい幾何学模様で覆われていた。


「用意がいいじゃねえか」

「誠実さだけが俺の取り柄なんでね」

「そうか、それはいい心がけだ。それじゃあ遠慮なく使わせてもらうぞ。『観察』の実装、紙牌を鑑定しろ」


 しばらく沈黙が流れた。


「……いいだろう」


 スーツの男は顔を上げるとアタッシュケースをひっくり返した。


 パチンと気の利いた音がして、中年男の目の前に札束が現れた。


「すげー、これ全部俺の金か?」


 中年男は札束を触りながら言った。


「ああ、お前の金だ」

「全部俺の好きに使っていいんだよな?」

「もちろんだ。何に使うんだ?」

「へへ、聞きたいか? 実は庭付きの一戸建てを買おうと思っている。家内がガーベラやリコリスを育てたいって言うんだ。昔は何がガーベラだって思っていたが、最近はそういうのもいいかもなって思うようになってな。あんたにも分かるだろう?」

「いや、残念ながら分からんね」


 スーツの男は封筒をポケットにしまいながら言った。


「結婚はしてないのか?」

「ああ、独り身だ」

「そいつはいけねえ。そろそろあんたも身を固める歳だよ。嫁がいれば小さな幸せも二倍に感じられる。子供がいれば三倍だ。後悔なんてさせない、俺が保証する」

「そうか、考えとく」

「俺はもう三十年も今の仕事を続けてきたが、他人の金を稼ぐばかりで家族には家一軒買ってやれなかった。でもこれでようやく肩の荷が下りた気がするよ。これからは幸せになれるような気がする」

「良かったな」

「お互い宮仕えは辛いよな。だが若いの、決して腐っちゃいけねえよ。いつかはいいことがあるからな。チャンスが来るまではジッと我慢の子って奴だ」

「何が言いてえんだよ!」


 スーツの男が突然声を荒げ、中年男は固まった。


「金が入って他人を見下す余裕ができたのか?」

「いや、ただ俺は……」


「オッさん、あんたまさか俺に同情でもしてくれてるのか?」

「俺はただあんたと俺がちょっと似てるかなって、だから頑張れよって……」


「おい、鏡見たことあんのか?」


 いつの間にか男の手には拳銃が握られていた。


「ショボくれたテメエと俺が似てるだって!」

「ウルフ、ダメ!」


 背後で女が叫んだが遅かった。銃口が火を噴き中年男の体が崩れ落ちた。


「何イラついてんのよウルフパック。単なる世間話じゃない」


 女が頭を振りながら近づいてきてウルフパックの銃を取り上げた。


「もう、どうすんのよこの死体。せっかくこの後みんなでカジノに行く予定だったのに」

「死体は俺一人で処理する。チーリン達はカジノで遊んで来い」

「……そう、それじゃあ遠慮なく——」


 その時、足元でモソモソと男が動き出した。


 チーリンはおもむろに銃を向けると男の頭を吹き飛ばした。火花が飛び散り暗闇の中に彼らの姿が浮かんで消えた。


「もう、どうすんのよこの死体……」

「心配しなくても後は俺がやるよ」

「じゃあ私たちは一足先にカジノに行くけどお金の方はどうする。ボスに返す? それともこのまま貰っちゃう?」

「そうだな……」


 ウルフパックは男の手からクシャクシャになった紙幣を取り戻すと、アタッシュケースの中に入れて閉じた。


「カジノで使え。それなら返したことにもなるからな」


 目を輝かせるチーリンにアタッシュケースを渡すと死体を車に積み込み、少し考えてから山猫を呼んだ。


「俺が行くまで全財産すらないように奴らを見張っていてくれ。特にリサーは見境がないからな」

「分かってるよ」


 山猫は笑った。


「それと例のチケットどうなった。そろそろじゃないのか?」

「バッチリだ。今度こそ落札したぜ」

「本当かよ!」


 山猫はスマートフォンをウルフパックに手渡した。


 ウルフパックは画面を見て山猫の言葉が嘘でないことを確認すると、満足そうに微笑んだ。先ほどまでのイライラが嘘のようであった。


「ふふ、もしかしたらこのオッさん、俺に長年取り付いた疫病神だったのかもな。いや、そうに違えねえ。こいつがクタバったら途端に幸運が舞い込んだぞ。信じられんな。夢みたいな話だ」


 ウルフパックはスマフォをポケットにしまうと上機嫌で車を発進した。


 途中鼻歌で「俺は鳥刺し」を歌いだし、興が乗ると次第に下手くそなドイツ語が口から漏れた。

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