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第一話「魔ニ身ヲ堕トサレタ者タチ その1」


「いやああああああああああああ!!!!」


まだ幼い少女が涙と鼻水をまき散らしながらナニカに対して許しを請いている。

そこには恥も外聞も無い。目の前の絶対的な暴力から逃れたいその一点のみである。


「□□□□□□□□!!」


「◆◆◆◆◆◆◆◆!!」


「■■■■■■■■!!」


「○○○○○○○○!!」


「※※※※※※※※!!」


少女の目の前にいる五体のナニカが解読不可能な言語で喋っている。

それは恐らく意味を持つ内容では無かっただろう。

笑っているのだ。

目の前の少女があまりにも無様すぎて笑っているのだ。


「もう、もういやぁ、おうち、おうちにかえるのぉぉ!!」


少女は震えながら立ち上がり、ヨタヨタと歩き出す。

あまりの恐怖で足取りは何とも心もとないものだった。

それがまたナニカの琴線に触れたのだろう。

ナニカがまた笑い始めた。


「まま……ぱぱ…おにいちゃん…こわいよう…たすけてよう」


少女の行く先には少女の家があった。

そこまで辿り着けば自分は助かる。

自分のお父さんは村一番の力持ち。お父さんが自分を守ってくれる。

そして泣きじゃくる自分をお母さんが優しく抱きしめてくれる。

そしていつものように泣いている自分を何とかしようとお兄ちゃんがアタフタするんだ。

それでいつもの毎日に元通り。


「オーイ、○○○、パパダヨ」


「ぱぱ!!」


自分を呼ぶ声が聞こえてくる。

そう、自分が思った通りだ。

パパが守ってくれる。


「パパァ!!」


少女を呼ぶ声がした方向へと少女は目を向ける。

そこには少女の父親、そして母親も立っていた。


「ぱぱ!ま…ま…?」


ただ、その二人は既に息絶えていた。

目から鼻から口から、穴という穴から血が流れていた。

ナニカの内の一体が触手で操っていたにすぎなかった。


ミチミチミチミチミチ

ブシャァァァァ


そして二人に死体は頭から縦に真っ二つに引き裂かれた。

引き裂かれた勢いが強くそこらじゅうに二人の臓物がブチ撒かれる。

そして少女の足元に父親の目玉がコロコロと転がる。


「あああああ、いやあああああああああああああああああああ」


あまりのショッキングな光景によりついに少女の腰が抜けてしまう。

そしてあまりの恐怖に失禁してしまう。

ナニカはまたしても少女の姿に嬉々として笑う。


ガシッ


「ひっ!」


そして少女の頭に一本の触手が張り付いた。

その触手は内側から円形状な刃を形成し、少女の頭をくり抜く作業に取り掛かろうとした。


「いや、やめて、やめて、やめて、やめてよぉ!!!ひどいことしないでぇ!」


刃は高速に回転し、ついに少女の頭の皮膚を切り裂く。


「い゛っ、ぎゃあああああああああ、い゛だい゛ぃぃ!い゛だい゛い゛だい゛い゛だい゛」


今まで味わったことも無い激痛の嵐。

そして薄れゆく意識の中、少女はその声をしっかりと聞いた。


「魔ヲ孕メ、幼子ヨ」


ズプンッ


「ぎゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」





「……ッ」


夢を見た。いつも見るお決まりの悪夢だ。

そしてその悪夢は俺が生まれた最古の記憶。

忌まわしい、だがその記憶が俺を生かし続ける理由になっている。


「…おい【ベティ】起きろ、朝だ」


「んんー、あと…五分」


朝から最悪な気分で起こされた俺と違い、相棒は気持ちよさそうにまどろみの中。

そんな相棒を放っておいて一足先にベッドから出る。

閉め切った窓を開け朝のまぶしい光を部屋に取り込む。

未だ起きる気配が無い相棒はそのまぶしい光から逃れようと毛布の中に潜り込む。


「ベティ、いい加減にしろ。久々のベッドは確かに名残惜しいのも分かる。だが今日から調査をするんだろう」


「……」


「おい!!」


「んんー、もう。わかったよぉ」


ようやく観念したベティはモゾモゾと動き体を起こした。


「ふわぁ、おはよう【ベルム】」


そしてベティは素っ裸のまま俺に抱きついてくる。

急に抱きついてきたものだからバランスを崩し倒れそうになる。


「んー、調査するの面倒臭い。今日はずっとベルムといちゃいちゃする!」


能天気な声で能天気な提案をするベティ。

こいつはいつもそうだ。

今が楽しければ後のことなどどうでもいい。


「却下だ」


対して俺はベティの能天気な提案を蹴っ飛ばす。

絡みついていた腕を払いのけさっさと調査の支度をする。


「えー」


当然ベティは不満の声を漏らす。

こいつ本当に今日は働きたくないんだな。


「…ベティ、俺たちの目的を忘れたのか?」


つとめて低い声を出す。

そして今の俺たちの現実を突き付けてやる。

先ほどまでトロンとしていたベティもその言葉を聞くと態度が一変した。


「…ごめんベルム。行こうか」


そしてベティはサッと着替え俺より先に部屋を出ていく。





宿屋から出て数十分歩くと森に突き当たる。

そしてこの森こそが俺たち二人の目的地。

三か月ほど前はただの森であった。

だが今、この森はある魔物の住処と化していた。

その変化は目では分かりにくい。だが生物としての本能がそれを感づかせる。

この森には何か得体の知れない化物がいる、と。

生物として第六感がそう告げるのだ。


「どうだベティ」


この俺でも森の異常については一目で見抜いた。

だがそれでも念のためベティに確認を取る。


「うん、アタリだよ」


自然と笑みがこぼれてしまう。

その笑みは他の人間から見たらあまりにもおぞましいものであっただろう。

今にも飛び出して目的の魔物をブチ殺したくなる衝動に駆られる。

だが焦りは禁物。頭まで血が滾るようであれば殺せるものも殺せなくなる。


「くどいようだがもう一度確認するぞ。今回の依頼のターゲットはこの森に住み付いた魔物、それの討伐だ」


だから冷静を取り戻す意味で依頼内容の確認をもう一度行う。

しかしベティも先ほどの俺と同様の衝動に駆られているようだった。


「昨日の宿で何度も確認したよ。魔物はこれまでに9人もの若い女から子供を攫っていった。その形跡はまるでなく最初は家出をしたかに思えた。その魔物が人間を攫って行くところを偶然に見つけたことで魔物の仕業であると判明。そして魔物を狩り続ける私たちに依頼がきた」


「そうだ。魔物でもかなりの知性がある個体だ。油断するなよ」


ベティはコクンと首を縦に振る。

そして俺たちは森に誘われるように入っていく。

やはりこの森はアタリのようだ。

一歩一歩歩くたびに鳴り響く心の中の警報。心臓を鷲掴みにされるような感覚。

何度もこの感覚を味わった。

普通の判断が出来る人間ならば、即座に方向転換し森を脱出しようとするだろう。

だがそれだけは絶対にしない。

魔物を殺す。

それだけが俺に出来る唯一の行為なのだから。


「来るよ」


先にベティが気付いた。

森の奥から巨体な何かが猛スピードで俺たちに接近してくる。

それを証拠にズズン、ズズンと樹木がなぎ倒される音が聞こえる。


ヒュンッ


一瞬何が起きたのか理解できなかった。

視界の端に何か黒いものが目に付いた、と思った次の瞬間に体がフワッと無重力になる。


ゴシャッ


「あ゛ッ!!?」


全身が千切れるくらいの激痛と衝撃。

それと同時に口から多量の血を吐き出す。

折れた骨が肺に突き刺さり、さらには両の足はもう使い物にならないぐらいグチャグチャだった。


オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛


腹の底まで響く獣の咆哮。

霞ゆく視界の中、その魔物が姿を現した。

全長はゆうに5メートルは超えているだろう。

巨木のように太い腕が8本。そのどれもが筋肉で盛り上がっている。

全身毛むくじゃらの血走った眼をしたサル。

その中でも最も異質なのは腹にあるもう一つの顔であった。

二つの眼に鼻に口が付いているのだ。


「グギャギャ!!美味ソウナ女!女ァッ!!!」


魔物はベティを見つけるとその腹にある顔で喋りだす。

魔物は口からボタボタと涎を垂らし、ベティを獲物の品定めをするかのように見つめる。

対してベティは何も動じてはいなかった。

仲間のベルムはすでに虫の息。そして目の前には自分の何倍もの大きさの魔物。

これがベティと同じくらいの年齢の女であれば腰を抜かし、自分のその後の行く末を悟るだろう。

しかし、ベティはそうではなかった。

その異例なベティの態度に魔物は今までとは違う何かを感じ取った。


「女、何故泣カナイ?」


そう、自分の姿を見た人間は女であれ男であれ、地面に崩れ落ち、泣きながら許しを請う。

この森で9人、それ以前に喰ってきた人間はどれもそうなるはずであった。

しかし目の前の女はなんだ?

何故平気な顔押して俺を睨みつけている?

睨みつけている?


「貴方に聞きたいことがあるの。質問してもいいかしら?」


口調は丁寧だったがベティの目つきは180度違うもの。蛇のようにその魔物を睨みつけている。

まるで親の仇のように、その目線だけで人を殺せるような、尋常なものではなかった。

そしてその異常な事態に魔物も困惑していた。

それと同時に湧き上がってくる衝動。

人間と魔物であればこの俺の方が絶対的に強い。人間などただの餌だ。

俺のために喰われるような存在なのだ。

その餌が俺を睨みつける?

俺に対して明確な敵意を見せつける?


ヴォオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛


ついに魔物はキレた。

本来の魔物であれば泣き喚く餌を楽しむことは無い。

ただ襲い、喰らうのみ。

そこに楽しみを見出すという発想自体在りえないのだ。

それ故にこの魔物の知能の高さは窺えた。いままで出会ったどの魔物よりも話が通じそうだ。


「ベ…ベティ…!」


虫の息であったベルムはその敵意剥き出しのベティに声をかけた。

このままではマズイ。

折角対話が出来そうな魔物と出会ったというのにこれでは…

普通の魔物のような戦意のみの魔物になってしまったら…


「大丈夫。私だってそこまで快楽主義者じゃないよ」


ベティは目の前の怒り狂った魔物から目を離し、後ろにいた重症のベルムに向けて笑顔でそう言い放った。


「ば…か…野郎、前――」


ベルムが注意したその時にはもう遅かった。

先ほどのベルムに対しての魔物の突進はただのお遊びで放ったもの。

そのためベルムはまだ生きていたのだ。

そのお遊び程度の攻撃で人間を重症にさせる魔物。それが怒り狂い本気の一撃を喰らったのならば。

想像するのは容易いだろう。

そしてその想像は正しかったと目の前で証明された。


ブチン


例えるならゴムだろう。

ゴムが限界まで伸びきって、そして引きちぎれた。

その現象が人間の体で起きたのだ。


「ベ…ティ…」


ベティは体を魔物に引きちぎられた。

ちょうどへその辺りから横に真っ二つ。

ボトボトと音を立てながら臓物が地面に落ちる。

そして魔物は心底楽しそうにベティの肉片を腹の口から食べ始める。


「人間ノ癖ニ、俺ニ喧嘩ヲ売リヤガッテ」


魔物はベティを殺したことで少しは冷静さを取り戻したようだった。

そして次に湧いてきたのは食欲。そして目の前にはちょうど手ごろな肉の塊もある。

魔物はさも当然に死肉を喰らっていく。

一瞬。一瞬でベティの死体は魔物の腹に収まった。


「ン、何ダオ前?」


そしてようやくその魔物がベルムに気付く。

今突然と現れて驚いているようにも見える。


「お前…に轢かれた…んだがな」


「男カ…アマリ美味シクナイ」


魔物はベルムに近づきスンスンと匂いを嗅ぐ。

そして異変が訪れた。


ボトッ


「ハ?」


魔物の腕が一本落ちた。

魔物は不思議そうに自分の腕を拾いマジマジと見つめる。


「俺ノ腕?」


「おい、ベティ!全部喰うなよ」


グジュルジュルジュル

グジュルジュルジュル

グジュルジュルジュル


「ア、ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」


そして魔物は突然叫びだした。

それは激痛によるものだった。全身が抉り出されるような感覚。

それが体の内側からくるものだとようやく理解した。


「ヒッ、ヒィィィィッ!!」


魔物は情けない声を上げて仰向けに倒れる。

それは激痛によるものではなかった。見る者全てを生理的嫌悪に陥れる光景。

先ほど落ちてしまった自分の腕に無数の蛆虫が大量に湧いていたのだ。

グジュルと肉を勢いよく喰らう音に発狂しそうになった。

なぜ、いきなり大量に蛆虫が湧いてきたのか。

だがその疑問も全身の激痛でまともに思考することもできなくなっていく。

壊される。

自分の体が内側から喰われてしまう。

魔物は激痛と共に想像もしたくない自分の末路に恐怖した。


「ベティ!聞いてるのか?一旦止めろ」


「「「「はーい!!」」」」


さっき自分が喰らった人間の声が自分の体の中から、しかも複数に聞こえる。

そして今までで一番の激痛が腹を襲った。


「ギィィィィィッ!!?ア゛、ギャアアアア!!!!!」


ミチミチミチ

ブチン


自分の腹にあるもう一つの顔の右目から人間の腕が飛び出してきた。

この激痛は内側から肉を裂いて出てこようとする痛みだった。


「アガガガガガガガッ!」


「よっと」


そして先ほど真っ二つにした人間が腹を掻っ捌きながら出てきた。

想像を絶するほどの激痛に何度も気を失い、激痛により覚醒を繰り返した。


「全く、すぐ攻撃するんだもん。話そうと思っても出来なかったじゃない!コイツはもう動けなさそうだし、尋問は任せるよ」


「ああ」


そしてベルムは何事もなかったようにスクッと立ち上がった。

先ほどまでは命に関わる重傷を負っていたことは間違いなかった。

だがそれがまるで無かったかのように平然としていたのだ。


「お前に質問がある。『国喰らい』の連中はどこで眠っていやがる?」


「!!」


痛みで朦朧としていた魔物であったがベルムの発した『国喰らい』という単語にビクッと反応した。


「知、知ラナイ!!俺会ッタコトモ無イ」


「へぇ」


ベルムはベティに合図をした。

そしてベティは魔物の腕を一本引きちぎった。


ブチンッ


「ギ、ギャアアアアアア」


バキンッ


「ガタガタ騒ぐな。八本ある内の一本だろうが」


ベルムは魔物の横っ面を殴り飛ばす。


「ユ、許シテクレェェ!」


「…許してくれ?」


「ッ!!」


そこで魔物は感じた。己の問答を間違えたことに。

今の中に相手の逆鱗に触れる部分があった。

現に今、目の前の二人から尋常じゃないほどの殺気が漏れ出している。


「お前、今『許してくれ』って言ったのか?」


「ア、アアッ…」


魔物は二人の殺気に当てられ恐怖で何も喋れなくなってしまった。


「なあ、俺は聞いてんだよ。『許してくれ』って言ったのかよッ!?」


ヌジャッ


「ギイィィァァァアアアアアアアアッッ!!!」


ベルムはベティが魔物から出てきた際にポッカリ空いた眼窩に手を突っ込んだ。

そしてそのまま肉を引き裂きながら腕を肩の部分まで突っ込む。


「テメェらの造物主が俺らに何したか知ってるか?俺らの村を文字通り喰い散らかして、俺と妹は生きたまま頭くり抜かれてテメエら魔物の核を無理矢理埋め込まれて、なりたくもねえ『魔物にされた』んだよ!!俺たちがどんなに謝ろうがテメエらは関係なしに改造してくれたよなァッ!?それで今度は自分が死ぬ番になったら泣いて謝るだ?ふざけるのもそのアホみてえなオツムだけにしろよ、許すわけねえだろ!!!」


ベルムはその時の光景が頭にこびりつき毎回悪夢としてフラッシュバックする。

それがむしろありがたかった。魔物、そして魔物の造物主である『国喰らい』に対する憎しみを忘れないで済むからだ。

だから、目の前の魔物がどれだけ謝ろうが絶対に許さない。己のプライドを捨てて謝ろうが絶対に許さない。

生きようとする意志を真っ二つにブチ折り、死ぬことを懇願されようがそうさせない。

自分が生まれてきたことを後悔させるまで殺しはしない。


「…でだ、お前が知っている『国喰らい』の情報を洗いざらい吐け」


ベルムは笑っていた。

あの時あいつらが笑っていたように。

生きようとするものを馬鹿にするように。

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