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白薔薇の騎士

 侍女長のエザリアが、リサフォンティーヌが脱ぎ捨てたばかりのドレスを手に部屋を出て行く。

 細身のパンツに乗馬ブーツを履いたリサは、白いタートルネックセーターの上に同じく白い立ち襟の軍服をまとっている。

「お掛け下さい。陛下」

部屋にもう一人残っているメイド服姿の女性が、鏡台の前の椅子を引く。リサの側近中の側近である侍女、オフィーリアだ。歳はリサの2つ上。身長はほとんど変わらない。

「気遣いは無用だと」

「それはもちろん存じております。ですが、王宮におられます時には、わたくしにお世話させてくださいませ」

 オフィーリアは、慇懃に頭をさげる。

 リサは素直に、引かれた椅子に腰を下ろした。

 鏡の前に腰掛けたリサの髪を、オフィーリアの細い手が、優しい手つきで丁寧に梳いて、慣れた手つきで高い位置で一つに結わえていく。装飾品を外し、化粧を落としたリサは、それだけで、女王から騎士の顔へと表情を変えていく。

姿見に映る姿は、もはや可憐な姫ではなく、キール白騎士と言われる一人の王宮騎士だ。

 そしてこれは、街へ降りるための単なる仮装ではない。

王宮騎士とは、キール公国騎士団の最上位の階級にあたる位だ。その中でも最強の4人にはそれぞれ、赤騎士、白騎士、青騎士、黒騎士の称号が付けられている。任務に合わせて独自に騎士団を編成することも許されており、下級の騎士からは、「○○騎士団長」の称号で呼ばれることも多い。リサフォンティーヌは、リース卿として白騎士の地位にいるが、その美貌から『白薔薇の騎士』として名を馳せている。

騎士の纏う軍服は階級や役職ごとに異なっており、特に王宮騎士の正装ともなると華美な装飾がついた豪奢な物だ。通常の勤務には、その正装から一歩下がった略装を着用する。リサが今着ているのはその略装で、動き易さを第一に考えて作られている。

彼女はこうして騎士として馬を駆り、剣を抜いて紛争のただ中に飛び込んでいったことも何度もある。こっそり城を抜け出して、キール国内だけではなく、ドレイファスや、カイザースベルンにまで旅に出て、1ヶ月くらい帰らなかったことも何度もある。

お忍び旅行にしては危険な旅も、何度かあった。斬り合いの最中に怪我をして、包帯を巻いた状態で帰ってきたこともある。執事のパークデイルが大騒ぎするのも当然だ。それでもリサは、自由に旅が出来る騎士としての自分を気に入っていた。民の中に入り込まなくては見えないこともたくさんある。リサはいつもそう言ってパークデイルを説き伏せる。

彼女がいない間にも滞りなく物事を取りはからってくれる有能な執政官にも、リサは支えられている。


 リサフォンティーヌが治めるキール王国は、海に面している。

北と東をドレイファス王国に囲まれ、南の国境はカイザースベルン王国に接している。ドレイファス王国もカイザースベルン王国も共にこの大陸の西を治める大国だ。

 歴史的には、何度も刃を交えてきた。

 しかしその度に、同盟が結ばれ、その手段が子供同士の結婚という手段であるということも度々あった。

 実際、現在のカイザースベルン王ディートリッヒの母は、ドレイファス王メンフィスの父の、腹違いの妹だ。

 そのおかげもあって、両国は長らく友好関係にあるのだ。

 しかし、キールの帰属(というよりはエリザベートとの結婚)に関しては一悶着合ったようで、メンフィスはしきりにカイザースベルンの王太子とのお見合い話を進めてくる。国のため民のために王族が犠牲になるという事に関しては、リサフォンティーヌ自身当たり前のことだとは思って気にはしてない。彼女が納得できないのは、お見合い話の時にいつも父王が口にするあの言葉だ。

【お前のように美しい姫が、自ら苦労を背負い込むことはない。男の支えに身を委ねていればよいのだ】

 こればかりは受け入れがたい。

 女だって自らの足で立ち、自らの意志で苦難と立ち向かっていいはずだ。と。リサフォンティーヌはいつもそう思う。人口の半分を占める女性達がもっと活躍すれば、国は栄えもっともっと良くなるはずなのだ。

 自分はきっとその見本となろう。と、リサは物心ついたときからずっと思ってきた。

 だからこそ、リサは淑女として大人しく皇女でいる道を、ことごとく外れた生き方をしてきた。キール公国の王となったこともそのうちのひとつだ。

そして、剣を学んだことも。


 海の向こうには、大陸の国家と敵対しているドラクマ帝国がある。

 キールには、建国以来ずっと、大陸の平和を維持する調停者としての役割が与えられている。強くあることが求められているのだ。

 クリスタルウイングの自室で、彼女はリース・セフィールドに変身した。『セフィールド』というのは、彼女の祖母の家系に連なる名家の名だ。既に跡継ぎがいないその家の名を、彼女は、騎士としての自分の偽名に使っている。リサフォンティーヌは、自身がリース・セフィールドであるということを徹底して秘密にしていた。王宮内でリース・セフィールドの本当の姿を知っているのは、侍女5人、侍従3人、執政官や執事、騎士団長の他にはあと数人だけだ。

 オフィーリアは、その中でも唯一リサと年齢が近く、華奢な体型ではあるが、どことなく顔立ちがリサフォンティーヌに似ている。少女の頃からリサフォンティーヌに仕える側近で、時に彼女の身代わりを努める忠臣だ。公式の行事でも時々、彼女が姫を演じ、リサ本人が騎士として彼女に従うということがあるのだが、未だに一度も疑われたことすらない。先月など、父であるメンフィス王まで、食事のテーブルにつく寸前まで気がつかなかったのだ。

 リサフォンティーヌにとってオフィーリアは、プライベートのことまでなんでも話せる数少ない親友だ。特に、同性の親友は彼女しかいないため、昨今の「お見合い騒動」の大方は、彼女に愚痴っている。

「失礼します。準備が整ったと、バルディス閣下から」

 先ほど退出したばかりのエザリアが、出発の準備が整ったことを伝えに戻ってきた。

「わかった。ありがとう」

 言葉遣いも、すでに姫のものではない。

「どうした?」

 リサは、背後に控えるオフィーリアに声をかけた。

「…ウキレイに参られると伺いました」

 消え入りそうな声。オフィーリアは、寒空の下に咲くヒナゲシのような顔で、鏡越しにリサの視線に答える。

「あぁ。頻繁に暴動が起きているようだからね」

 オフィーリアは、今にも泣き出しそうな目をしていた。

「そなたには迷惑をかけるが、何かあったらよろしく頼む。フェリシエールに頼んであるから、大抵のことは大丈夫だとは思うが」

「わたくしのことなど良いのです。それよりも、わたくしは、陛下に何かあったらと思うと心配で心配で…」

「そなたも、パークデイルに似てきたな」

 リサは、クスッと小さく笑って立ち上がった。

「私はまだまだ鍛錬が足りないらしい。側近にまでその腕を疑われているようではな」

「い、いえ! そういう意味ではなくて……あ!」

リサの右手がオフィーリアの首筋に触れる。至近距離で見つめられて、オフィーリアの頬が、みるみる朱に染まっていく。

「オフィーリア。私が留守の間に、ややこしいことがあるかもしれない。父上が薦めてきている例の話だ。今頃、謁見の間で、フェリシエールがカイザースベルンからの使者に応対している。戻ってきたら、また私の愚痴に付き合ってくれ」

「はい。もちろんでございます」

 オフィーリアは、頬を赤く染めたままゴム仕掛けの人形のように勢いよくお辞儀をする。

 騎士となった王は、髪を高いところで結っているためか、眼差しさえもキリリと鋭く見える。普段から、執事に隠れてこっそり鍛練している体には、剣士にふさわしい筋肉が付き少しの無駄もない。胸を潰して男装をしてしまえば、誰も、リースがリサフォンティーヌ王だなどとは思いもしないだろう。逆にリサフォンティーヌ本人には、両手の剣胼胝(けんだこ)を隠すために、人前では手袋を着用しなくてはならないという煩わしい弊害もある。

 リサは慣れた手つきで、テーブルに置いておいた剣を腰に差した。

 オフィーリアが、衣装掛けに掛けられていた襟の高いマントを主人の肩にかける。

「お気をつけて行ってらっしゃって下さい。陛下」

「行ってくる」

 白騎士リース・セフィールドは、二人の侍女に見送られながら、モスグリーンのマントを翻してルビーウイングへと降りていった。

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