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作戦会議

 ラムズバルト駐留軍の敷地内は、兵士達が慌ただしく行き交う足音で満ちていた。

 キールの王都マロニアとカイザースベルンの王都ディアトゥーヴを結ぶ主要街道沿いにあるこの街は、交易と織物産業で繁栄してきた街だ。街道の主要都市ではあるが、カイザースベルンとの関係が良好であるために、駐留基地の規模は小さく、普段は五十人程度の兵士が交代で、街の警吏と協力して人の入出を調査するくらいだ。その小規模な建物の中に、現在、GMモンスター殲滅作戦のための作戦本部が置かれているのだ。せわしなくなるのも当然だ。格上の王宮騎士や宮廷騎士達が大勢いるだけではなく、隣国カイザースベルン軍の兵士まで滞在しているのだから、駐留部隊の兵士達の忙しさは半端ではない。当然、兵舎だけでは居住スペースが足りず、敷地の庭にテントを張って寝泊まりしなくてはならない有様だ。

 しかも、一昨日からは、なんと隣国の王子まで滞在中なのだ。

「すまない。遅くなりました」

 すっかり騎士の姿になったリサフォンティーヌが、息を切らせて部屋へと駆け込んできた。アレックスを送ってからマロニア王城に戻っていたリサは、予定よりも少し遅れて指揮所へ到着した。基地内の建物の2階にある会議室だ。

 今日この部屋にいるのは、バルディス、アラン、ティーダ、アレックス、フレデリック、イリア、そしてリース・セフィールドとなったリサの7人だけだ。

 部屋に入ったリースを、バルディスとアランが立ち上がって迎えた。

「ギルバートの行方がわかったって?」

 軽くカイザースベルンの二人に会釈をして挨拶をすると、すぐにアランに報告を求めた。

「はい、それが…。わかったのはわかったのですが、残念ながら…」

「我が国に不法入国したのは確認されたのだが、追跡むなしく、既に出国していた」

 言い淀んだアランの言葉を継いだのは、アレックスだった。

「ポーツマスビルの港からドラクマへ……」

「ドラクマ……」

 やはり。と言う答えに、リースは不機嫌そうな顔をした。

「すまない。行き届かなくて」

「いや。あなた方のせいではない。そもそも、不法に入国させて、不法に出国させたのはこちらの責任だ」

「男の名はギルバート・エドマ。ジョバンニ・クエントの研究所に出資していた男だ。ジョバンニが逃亡した時から姿をくらましていたが……」

「今はドラクマに保護されている、か……」

「そのようだな」

 ジョバンニに対して個人的な恨みを持つバルディスの声は、いつにも増して低く重々しかった。


   *****


 リースの目の前には、黒い表紙のノートが3冊広げられた。

 めくってもめくっても、どのページにもびっしりと細かい文字や数字が書き込まれていて、時々挟み込まれている図にも、几帳面に色が塗り分けられている。

「これは、カロリーナ様が残してくれた記録です」

 イリアの言葉に、ちらっとバルディスを見た。彼はノートを、見ようとはしていなかった。敢えて視線をはずして、机の上の一点を黙って見つめていた。

「彼女が残してくれたジョバンニ・クエントの技術の詳細から、組み込まれた部分を破壊する方法が見つかりました。このノートがなければ、もっと時間がかかっていたと思います」

 この短期間に何とか解析を終えたイリアは、その研究成果の記された紙を全員に配る。

「これを、直接心臓か、血液循環が盛んな動脈、なるべく心臓に近い部分の動脈に打ち込めば、中のウイルスが全身に廻って、遺伝子内の、別の生物から組み込まれた箇所をごっそり切り出し、破壊させることが出来る。これによって、体の内側、細胞の中から壊死させることが可能です。これなら、GMモンスターを滅ぼせるはずです。ただ……」

 そこまで資料をめくって説明をしてくれていたイリアが、急に言葉を切って、言いにくそうに押し黙った。みなの視線が、彼女に集中した。

「ただ、なんだ?」

 沈黙を破ってリースが問う。

「たとえ言いにくいことであっても、言ってくれ。我々は、部下の命を預かっている。そして国民の命も。どんなことであっても、知っておく必要がある」

 部屋にいる全ての人間の顔を見回して、イリアに視線を戻す。

「わかりました……。これを、見て下さい」

 手元に大事そうに抱えていたファイルから、イリアはおもむろに、一枚のデータシートを取りだした。

「このグリセラトプスに組み込まれていると思われるのは……人間です」

 部屋の誰もが息を飲む音が聞こえた。

 あまりの衝撃に、目の前が真っ暗になったような気分だった。

 リースは、紙の上に書かれた文字を、おそるおそるのぞき込んだ。

 そこには、調べた遺伝子情報が、どの生物に一番近いかという比較情報が、事細かに数値化されて示されている。ラクトテクス、ペリトール、マールギニス、ユレキニア……この世界にいる多くの動物種の名前が連ねられ、記されている。

「なんてこと…」

 口の渇きを覚えて、ゴクリと唾を飲み込んだ。

「人だなんて…」

「グリセラトプスの遺伝子に、ヒトの遺伝子を組み込んだってことか?!」

「いえ。むしろ逆です」

「90%がヒト、10%がグリセラトプス」

 紙に記された恐ろしい解析結果から目を離さずに、リースがそれを読み上げた。とてもではない。目が離せなかった。

「あのおぞましい生物が、ヒトだというのか」

 実際間近でそれを見たアレックスとフレデリックが、封印した記憶の底から捻り出すような声で言った。

「ほぼヒト、ですよ」

「だから本能的に、人を見つけると近づこうとする、か…」

「救う方法はないのか?わずか10%なら、グリセラトプスの遺伝子だけを分離するとか」

 アランが、机に両手をついて立ち上がりながらイリアに迫った。

「それは無理です」

 悲痛な表情で首を横に振った。

「発生の段階から、すなわち受精卵の段階から、遺伝子操作されて育った生物です。組み込み率が10%だとはいっても、体の全てが融合しています。それを別の生物として分離するなんて事、不可能です」

「そ、そんな」

「助ける手段がないのなら、彼らを、せめて人間らしく、我々人間の手で葬ってやるしかない。死者を埋葬し、死者に対して泣けるのは、我々人間だけだ」

「問題は、この事実を知っても殺れるかということだ」

 アレックスの言葉に、リースも両手の指をくんだ。

「どういうことです?」

「組み込まれている部分を破壊すると言うことは、その部分を壊死させることを意味する。そうなれば、人としての部分が、垣間見えるかも知れない。たとえば皮膚や髪の毛といった部分が、人のそれのようなものが、滅びていく途中で現れてくるかも知れない」

 アレックスが、イリアの方を確認するように見た。

「はい。確かに…切り落とされて回収された足にアンプルを打ち込んでみたところ…固い鱗が剥がれ、下から皮膚がのぞいていた。まるで人の肌のような」

「なるべく兵士達には見せたくない。そうなると、できるだけ少人数で、早急に片づける必要が出てきたな」

「我々は、真実を知って、それでもなお進まなくてはいけない」

 部屋にいた全ての騎士が頷いた。

「わかりました」

 イリアは、脇に置いてあった木の箱を開いた。

「これがそのアンプル『DA』です。心臓か、なるべく心臓に近い部分に打ち込みます。使い方は簡単、先端部分を折って打ち込むだけ。実際には、打ち込めば自然に折れるような仕組みになっています。グリセラトプスの腹側の皮膚を貫通するように作られています。先端部分からは、何かに刺さったときにだけ急速に中身が吸い出される仕組みがされています」

「数はどのくらい?」

「1ダース。すいません。これが限界でした」

 3日間フル稼働で生産しても、これが限界か。

「1人1本ずつ携帯するとして、12人か……」

「最も信頼できる人間を、お互い6人ずつ。ちょうど良い人数だろう」

「よろしいのですか?」

 アレックスの言葉に、リースが確認するような視線を向けた。

「俺達は運命共同体。協力すると決めた以上、負うリスクは同じで良い」

 彼の言葉に、黙って「了承」の仕草をする。

「そして、こちらはグリセラトプスに咬まれたときのための解毒剤です。もしもの時のために、肌身離さず携帯して下さい。市販されているものより即効性もあるし、3倍は効果があります」

 ティーダが、自身が開発した解毒剤のカプセルが入った瓶を机の上に並べてる。リースは、瓶の中に入った水色のカプセルに一瞬視線を移してから、

「で、場所は絞り込めたのか?」

 確認するようにバルディスを見た。

「アイアンピークの谷だ。ユレキニアが、昨日から上空を旋回して騒いでいる」

「森の周囲は封鎖してある。青騎士団が警戒にあたっていて、グリセラトプスの嫌うニッケニラの濃縮溶液を撒いて、なるべく谷に追い込むようにしている。まぁ、GMグリセラトプスに、どの程度効果があるかはわかりませんがね」

 カプセルの瓶を手にとってコロコロ転がしながら、アランが少し無責任な調子で言った。そんな彼を、バルディスがきつい目で睨み付ける。

「なにはともあれ、明朝にはアイアンピークだ。人選は今夜中に」

 宣言するようなリースの言葉に、全員がしっかりと頷いた。

 突然吹いてきた強い風が、ガタガタと窓ガラスを揺らしていた。

  

    *****


 腰に付けたホルダーには、DAアンプルが1本。グリセラトプスの解毒剤を入れた袋は、その横にくくりつけられている。

 最終兵器であるDAアンプルは、昨夜のうちに、その作戦に参加する全員に支給されていた。剣士達はそれを腰に付けたホルダーに入れ、弓士達はそれを矢の先に取り付けたものを携帯している。

「本当に行くのですか?」

 支度を終えて部屋を出ようとしているリースを、向かいのベッドに腰掛けて押し黙っていたバルディスが呼び止めた。

「そなたも、フェリス並みに心配性になったな?」

 その場に立ち止まって、振り向きもせずに応える。

「クルステットを呼んで、代わらせた方がいい」

 彼は、王宮の警備に残っている赤騎士団長の名前を口にした。

「鳩便を飛ばせば、昼前には現地に呼び出せる」

「私では力不足だと?」

 不満げな声で振り返る。城では、パークデイルにもフェリシエールにもクルステットにさえも、散々やめろと言われてきた。それを振りきってようやくここまで来たのだ。

「そのようなことは申しておりません。私はただ、あなたに何かあったらと」

「私は、関わった仕事を最後までやり遂げたい。ただそれだけだ。国の危機だというのなら、それに、我が身で立ち向かっていきたい。それは、私が王になる時に決めたことだ。それはそなたも知っているはず。だから……だからもしそれが出来ないのなら、私は王でいる必要はない。例え今回の作戦で命を落とすようなことになったとしても。私は、王として、国のために死ねる」

「もし王がいなくなったら、この国はどうなるのです? 滅んでも止むなしですか?」

 珍しく声を荒げて、バルディスは立ち上がった。いつも冷静な彼が、こんなに剥きになっている姿を初めてみた。それだけ自分のことを心配しているのだろう。リサは心が痛んだ。

 でも。

 行くと決めたのだ。逃げるわけにはいかない。

「王が死ねば……新しい王をすげるだけだ。国は滅びない」

「陛下」

 リサは黒騎士の顔を見上げ、その銀色の瞳を真っ直ぐに見た。

「私は龍の後継。キールに私が必要なら、私は、きっと死なない」

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