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森の中の邂逅

 馬は疾走するのをやめていた。

 街道を外れて森の中に入ってから2時間近く。道なき道を馬を飛ばして駆けてきて、ようやく、ユレキニアが大空を不気味に旋回している近くまでやってきていた。

 広葉樹が針葉樹に切り替わる辺りの森の中で、降り積もったばかりの落ち葉が柔らかい音を立てている。

 朝早くにグランヒースの部下から報告を受け取って、ここまでほとんど休みなしで7時間。リースは、その疲れを微塵も感じさせない凛とした姿勢で馬を歩かせながら、時折空を見上げて、鳥の様子を確認する。

 ほとんど真上だ。

 ユレキニアは、森の番人みたいなものだ。森の中で何か変わったことが起きると、それを伝えるかのように上空を旋回する。

 しかし、今日ほどたくさんのユレキニアがまとまって円を為す光景を、リースは未だかつて見たことがなかった。母の時代からキール軍に仕え、この森のことをよく知っている騎士も、初めての経験だと驚いていた。

 森の中は荒れていた。

 大きな木が、何本か途中から折られている。しかもそれは、まだ新しかった。

「馬です! 馬がいます!」

 少し先を行っていた兵士が大きな声を上げた。

 主を失った馬が2頭、少し開けた木々のはざまで草をはんでいた。少なくとも二人。人間がこの森にいる証拠だ。

「近いはずだ。手分けして探すぞ。十分注意しろ」

 リースの指示で、兵士達は、それぞれ左右へと別れていく。

 竜巻でも吹き抜けた後のように枝葉を散らした木。雷でも落ちたかのように真っ二つに折られた木。小動物の気配すらしない静まりかえった森が不気味だった。

「リース閣下、こちらです!」

 程なく、左手の奥から兵士の声が聞こえた。

「何があった?」

 木々がなぎ倒されたその場所には、濃い血の臭いがした。リースは素早く状況を確認した。一人の男が血だまりの中に倒れている。

「ひどいな……」

 馬の目の高さの木の枝にまで、血液や肉片が飛び散っていた。ねっとりとした、人のものではない体液が、倒れた木の上にまでねっとりとへばりついている。

「うっ……」

 バルディスの後ろからやってきた馬の背の少年が、思わず口を押さえて吐き気を堪えている。

「まだ生きています」

 枯葉の上に倒れている男の脇で、兵士が叫んだ。彼の横には、固い硬皮で覆われた肉片が、板状の突起ごと切り落とされて転がっていた。

「他に生存者がいないか付近を捜せ」

 リースの鋭い声が響き、再び兵士達が辺りに散っていく。

「密猟者か」

 隣の馬上から低い声が降ってきた。

「いや。見ろ。カイザースベルンの近衛隊の軍服だ」

 リースは既に馬を下り、倒れている男の側へと歩み寄っている。

「ではスパイでしょうか?」

 男の脇に跪いていた兵士がリースを仰ぎ見た。

「自国の軍服を着て、隣国にスパイに来るバカはおるまい。キールとカイザースベルンは、友好関係にあるんだぞ」

 高いところで結われた長い金色の髪が、歩くたびにさらさらと背中を流れ、木々の間から零れる光を反射する。リースは、倒れているカイザースベルンの兵士の脇にしゃがみ込み、彼の体を仰向かせて傷の程度を確認する。青い斑点状の模様が、顔全体に浮き出ている。

「ティーダ。解毒剤を。まだ間に合う」

 振り返りもせずに、馬から下りようとしていた水色の髪をした少年に声をかける。フルバの孫で、軍で薬師(くすし)をしている。グランヒースの街まできていた軍本隊から同行してきたのだ。

「グリセラトプスの毒か」

 いつの間にか隣に来ていたバルディスが低い声で言った。

「そのようだ。まだ2時間と経っていない」

「ぐぅえっ……」

「大丈夫か?」

「す……すいま、せん」

 再び口を押さえて身をかがめたティーダに、リースが気遣いを送る。

「情けない。このくらいの流血現場で吐き気を催すようでは、軍医にはなれんな」

 バルディスが、揶揄するように、脇を通り過ぎた少年を一瞥した。

「やはり僕は、薬師だけにしておきます」

 力無い声でそう言って、ティーダは倒れている男の脇にしゃがみ込んだ。

「だが」

 入れ替わりに立ち上がったリースは、

「この惨状はなんだ? グリセラトプスの大群にでも襲われたか?」

 木々がなぎ倒され、無惨にもあちこちに血しぶきやら肉片やらが散乱している、そんな現状を見回して、吐き出すように言った。

「まさか。グリセラトプスは大きな群を為さん。それにこんなに獰猛な動物でも…」

 バルディスが、あり得ないと一蹴した。

 そうだ確かに。

 グリセラトプスは、鎧のような固い外皮を持つハ虫類だが、それほど獰猛な動物でもない。額に太い角が生えているのが特徴だが、それは繁殖の際の争いにのみ使われる。数匹の小さな群を作ることはあるが、大群を作るようなことはない。たとえ見習い騎士であったとしても、剣の心得のあるものに切れない生物ではないはずだ。

「あぁ」

 忌々しげに辺りを見回しながら、リースは絞り出すような声を出した。

 男の脇には、騎士が携帯する両刃の剣が転がっている。使い込まれたその剣は、持ち手がかなりの経験者であることを示している。

 その時、

「リース閣下、ここにもう一人倒れています」

 少し離れた木々の向こうから兵士の叫ぶ声が聞こえた。

 低いブッシュが茂る倒木の間に倒れていた二人目の兵士は、脇腹に重傷を負っていた。意識はない。痛々しく開いた傷口から、赤い血液が流れ出ている。

「とりあえず止血だ。誰か、村に走って馬車の手配をしろ。森の入り口まで持ってくるんだ。それから、担架を頼む。森を抜けるまで担架で運ぶ」

 兵士たちがすばやく散っていく。

「ティーダ、手伝ってくれ」

 解毒剤を打ち終えた少年が、すぐに駆け寄ってきた。

 上空では、まだユレキニアの群れが、落ち着きなく旋回を続けていた。

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