般若
下手な学園モノの恋愛ドラマでしか聞いたことない台詞だ。
拓真はそう思いながらも鎌田について行く。
校舎の裏側は、庭になっていて、先月まで咲いていた桜もすべてが緑色になり、すっかり春は終わろうとしているのは感じられる。
薄桃色の床を踏みつけ、緑色の風景の中に人が一人、立っていた。女子の服装の上に妙な般若の面がかかっている。
「あ、吉村はん。まーた、けったいな面ですなぁ」
「おう、鎌田おせーぇぞ。」
この声…
「おまえは!」
「よう、笠原拓真。」
そう言っておもむろ面を取ると、その中身は昨晩、渡月橋にいた少女である。
「成敗屋。昨晩はやってくれたな。」
「あら、まだ反省してないようね。」
「当たり前や!よくもあんなふざけた真似してくれたな。暴行やろ!暴行!」
「っるさいわねぇ!大声で下ネタさけばないでくれる?」
「そっちのボウコウとちゃうわ!!」
こうなってはらちが明かない。拓真は鎌田に怒鳴った。
「何でこいつが、うちの学校におんねん!何でお前は昨日の今日、こいつに会わせた?俺は何でこうまでして、シネミヤに戻らなあかんのや!」
「いや、自分には言うたかもしれんけど、ピンチなんや。今のシネミヤは。」
「今の一年があんまりおらんっちゅうやつやろ?知っとるわ!」
「ちゃう!それもそうやけど、先週望月先輩が辞めはったんや。」
「は?」
「お陰でこっちは大損害やで。シネミヤ唯一の脚本家が消えたんやから。映画が撮れる撮れない以前の問題や。」
「お前、何でそんなこと…」
「ほんで、原因を突き詰めてみたらお前やった!お前の成長に期待して書き上げた脚本はお前の退部によって否定されたんやと。間違って当たり前やのに、プライド高いお前はすぐに挫折しおった。それでもって散々吐いてた悪態の中でも脚本の悪口がひどかったな!『俺に不釣り合いな役を当てはめた脚本家が悪い!』ってな。お前のその言葉が先輩を塞ぎ込むようにしてもうたんや。それからや、こっちとしても、このままマジで辞められたら困るから、戻って来てもらうように頼み込んだ。ほしたら、『吉村という成敗屋に拓真を成敗させ、シネミヤに戻ったら私も戻る』て言いはったんや。」
拓真は驚愕した。自分がちっぽけなプライドを周囲にひけらかしたばっかりに、先輩を初め、そこまで迷惑がかかっていたなんて。拓真は申し訳なさそうな顔で言った。
「すまんかった。」
静かになる。やがて、成敗屋、吉村が口を開く。
「それで、戻るの?戻らないの?」
「いや、それは…」
「もう、戻るしかないんじゃない?」
「んん…」
苦悶の表情になった拓真に吉村が詰め寄る。
「わかるでしょ?望月先輩は貴方に戻って来てほしいのよ。」
「いや、せやけども…」
「信頼なら戻ってから取り戻せばいいのよ。それは貴方の行動次第よ。」
「そうやなくて…」
「なぁにぃ!?」
拓真の代わりに鎌田が言った。
「こいつ、シャイやからやり方がわからんのとちゃう?」
こくり、と拓真はうなずいた。
それまですらっと直立していた吉村の体は漫画のようにひっくり返り、桃色の床が低く舞った。